地獄⑵
一八七九番はゴホンと咳ばらいをして自身を一旦落ち着かせる。
「話が脱線しましたね。元に戻しましょう。ここ地獄は今いるこの一階からどんどん地下深くに伸びていく形で建物ができています。地下は八階まであり、八大地獄になっております。この一階は受刑者の皆さんの寝る場所となっております」
「ちゃんと寝る場所まで確保してくれているんだな」
侑里は意外な構造に感心した。
「そうですね、地獄の試練は本当に辛く自身が消えてしまいそうになることも多々あります。でも身体が消えてしまったら刑期を全うできません。その回復をするところが寝る場所になります。ちなみに大人数の大部屋です」
侑里はそれを聞いて怖くなってきた。
「地獄は獄卒、現世では看守と呼ばれる立場に近い者たちによって常に見張られています。ここでは地下深くになればなるほど罪が重い者が行き、罰も大変なものになっていきます。
ちなみに2603番さんは地下一階の等活地獄という場所に行くことになります」
「等活地獄?」
侑里は気になって聞き返す。
「そうです。等活地獄とは殺しをした者、自殺をした者が落ちる地獄になっています。現世で争いごとを好んでいた者や、たとえば小さい虫などをいたずらに殺し反省しなかった者も落ちます」
一八七九番は丁寧に淡々と説明していく。
「この等活地獄では、それぞれがお互いに害を与えようとする心が芽生え、この鉄の爪によって殺し合いをするようになります。実際には殺されることはありませんがそれと同様の痛みがあります」
そう言いながら一八七九番は侑里に指にはめていく使うのだろう鉄の爪を渡してきた。
それを自分の爪にはめながら侑里は聞く。
「そして殺されそうになったところで獄卒たちに自分の寝る場所に連れていかれて回復してまたその刑に服すことになるってことか」
侑里がそういうと理解してくれて嬉しいのか被っている布で表情は分からないが気持ち高めの声で一八七九番は言う。
「そうです! そういうことです! ちなみに殺し合いをしなかった場合は獄卒によって身体を引き裂いていくそうです。まあもちろんこれも寸止めですが」
「そうか……」
いつもならこんなことを聞いたら震え上がりそうだが今の侑里は何も感じなかった。
絶望に溺れていて全てにおいてもうどうでもいいと思っていたからだ。
「では行きましょうか。二六〇三番さんは一旦睡眠を取ってもらい日付にして明日から刑に服してもらいます」
一八七九番はゆっくりと歩き始めた。侑里はその後を付いていく。
随分と長い廊下だ。二人の間を通る風は寒々しい。
だんだんと廊下の両脇に扉があるようになってきた。ここが回復のために受刑者が寝ているところなんだろうと予想はつく。
その中の一つの扉の前で一八七九番は止まった。
「ここが二六〇三番さんの寝る大部屋になっています。ここからは二六〇三番さんの身柄は獄卒の手に渡ります。何か聞いておきたいこととかありますか?」
「あ、ひとつ……、いいですか?」
「何でしょう?」
「刑期ってどのくらいなんですかね?」
侑里は小さな声で少し気になることを聞いてみる。
「そうですね、ハッキリは決まってないのですがだいたい五〇〇年ほどと聞きます」
「五〇〇年……、ありがとうございました」
侑里はそれだけ聞いて大部屋の中に入っていった。
さらに深い絶望の海に沈んでいく気持ちだ。
大部屋に入っていく侑里の背中に一八七九番は深々と頭をさげた。
大部屋の中は簡易的なベッドが六台、ベッドの近くにそれぞれの番号札が書いてあるボードがあるのみだ。間に仕切りも何もない。本当に回復するための部屋という感じだ。
侑里の番号が書いてあるベッドは、扉を背にして右側の一番廊下側だ。
取り敢えず侑里は横になってみる。お世辞にも寝心地がいいとは言えない固さだ。
それでも侑里は現実から目を背けるようにぎゅっと目を閉じる。
コレー、お前はどこにいるんだ? 俺を騙したのか? 何のために自殺までさせたんだ? 俺はそのおかげで地獄にいるよ。コレーは地獄にはいないよな? 多分天国にいるんだろうな。俺はこれから最低でも五〇〇年はこの地獄に生かさず殺さず耐え続けさせられ、刑期を全うしなければならない。五〇〇年後、コレーに会いにいったとして覚えてくれてるのかな。というか、1番最近会えたのって俺が自殺して以来だよな。もう俺のことなんて忘れちゃったのか? お前は俺に会いたいとか思わないのか? 全部俺の都合のいい解釈だったのか? 何か言ってくれよ……、。会いに来てはくれないのか? 俺は……、お前に会いたいよ――。