地獄⑴
苦しい。呼吸ができる場所を求めているのにどこにもそんな場所が見当たらない。もがけばもがくだけ沈んでいく。もういっそ呼吸を諦めれば楽になれるんだろうか。苦しくてたまらない。侑里は絶望の海で溺れていた――。
「あなたが二六〇三番さんですか?」
背後からの声に侑里は慌てて振り返り、返事をする。話を聞くくらいはできるくらいに一応回復していた。
「はい、そうです」
「元気のない声ですね。まあ地獄行と聞いて元気な方はそうそういません」
そう答えるのはカロンや冥界の入り口で働いてた人と同じ、死神だ。もう侑里はその格好に対する驚きはなかった。
「私はここ地獄の案内人のような仕事を仰せつかっている者です。名前はまだありませんが番号は一八七九番ですのでこれからよろしくお願いします」
丁寧な挨拶でこの人はいい人なんだろうなと予測できる。
しかし侑里には気になるところが1つあった。
「あれ、あなたも名前ないんですか?」
自分の名前がない理由はアイアコスから聞いた話でギリギリ覚えている。でも働いている人はみな名前があるのかと思い込んでいた。
「はい、私には名前などまだありませんよ。というより名前がある方のほうが少ないです」
「名前ってどうすればもらえるんですか?」
「そうですね……、簡単に言うとこの冥界でかなりの活躍をされた方々のみもらえることができるそうです」
「あんな趣味が悪いアイアコスですら名前もらえてんだな」
思わず呟いた侑里の言葉に一八七九番は慌てて侑里の口を塞ぐように手を伸ばす。
「そんなこと言ってはいけません! 名前のある方のお立場はここ冥界に置いて絶対的なものです。アイアコス様以外の方々も同じです。今後二度とそのようなことを言わないほうが身のためです」
一八七九番は早口で言った。
「おう、わかった……」
侑里は圧倒されて他に言葉が出てこなかった。
「ちなみにコレーには名前があるんだろうか?」
「コレー……さん? 分かりませんね。そういう名前の方は聞いたことがありません」
コレーは侑里つけた名前だからかここでも全く正体を掴めなかった。