絶望⑵
――地獄行?
頭をフル回転させるが理解が追い付かない。それを見たアイアコスはさらに面白がって笑う。
「ふーはっはっはっ。貴様、いい表情だな。何度見てもその驚愕と絶望の入り混じった顔は最高だな」
趣味が悪いと言いたいところだが、侑里は今それどころではない。
俺が地獄行――? 何で――?
「何で俺が地獄行なのかって感じの顔だな」
普段の侑里ならば自分の心を読み取られて悔しいと思う。
しかし、今はそれどころではないくらいには侑里は絶望に満ちていた。
「何で貴様が地獄行か知りたいか?」
アイアコスに言われて侑里はやっと顔を上げる。
「そうかそうか、それは教えてやろう。自殺も罪だからだ」
「自殺も……罪?」
侑里はコレーと自殺についての話をした時を思い出していた。
「そうだ。どんな理由があろうと自殺は自分の命を粗末にしたという時点で罪。だから貴様は地獄行だ」
たしかに俺は現世での自分の命は粗末にした。それが決まりなら俺が地獄行なのも一応理解はできる。ただ、コレーはこの自殺は罪で地獄行っていうことは知っていたんじゃないのか? 知っていたなら何故止めない? まさか知っていて自殺を止めなかったのか? 何のために……?
侑里は必死に考えるが自分が地獄行になった絶望とコレーへの不信感で上手く頭が回らない。
「ふははは。いい顔だ。我はそういうのが見たかったのだ」
アイアコスは侑里の絶望と不信感の狭間で苦しんでいる顔を心底面白がって笑う。
侑里は腹が立ってアイアコスをキッと睨みつける。
その瞬間、どこから湧いて出たのか鎧兜を身にまとった骸骨が侑里の周りをぐるりと取り囲んだ。全員右手には長い刀を持っていて今にも切りつけてきそうな勢いだ。
今の今までこの三番の部屋には、アイアコスと侑里しかいなかったのに一瞬で、さらに無音で囲まれるとは尋常じゃなく強そうだ。少なくとも侑里は勝てない。
「まあ待て」
アイアコスがそう言うと鎧骸骨たちは刀を鞘に戻す。
「おい、二六〇三番。こいつらは我の手下共だ。相手にするか?」
「いいえ」
勝ち目のない相手に丸腰で挑むほど馬鹿ではない侑里はそう答えるしかない。
「いい選択だ。ではお前ら下がっていいぞ」
鎧骸骨たちは侑里の目には見えないスピードで消えていった。
「あ、言い忘れるところだった」
「まだ何か?」
侑里はもう絶望で埋め尽くされそうだった。
「貴様、岸本侑里という名前なんだな」
アイアコスは手元にある資料を見ながら話を続ける。
「もうその名は捨てろ。というか貴様に選択肢などない。この冥界に来た全ての者はみな名前を捨てさせられ番号で呼ばれる。貴様の場合は二六〇三番と言う訳だ」
侑里は悔しかった。こんな屈辱は今まで何となく生きてきた侑里は味わったことがなく勝手に涙が流れた。
「悔しいか。ならば名前をもらえるまで自分を高めてみろ」
アイアコスの言葉はもう侑里の耳には届いてなかった。頭を抱え侑里はその場にしゃがみこんでしまいそこから動けなくなった。
こんなにたくさんの感情があるなんて侑里は知らなかった。むしろコレーと会えないのならば知りたくなかった感情だった。
その様子を見てアイアコスは指を鳴らして、先ほどの鎧骸骨を二人呼びだした。
「こいつを地獄に連れていけ」
鎧骸骨はその言葉を受けて、侑里の腕を片方ずつ抱えた。
アイアコスの後ろにある異様な光を放つ扉を鎧骸骨達は侑里を抱えてくぐる。
とうとう侑里は地獄入りしたのだった――。