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第7話

第7話


 業平は陣営長らしく真面目な表情に一変した。


「京都会館、隣にあるみやこめっせ、確かに連日して岡崎エリアに続いているよね」


 何が連日なのか良くわからなさそうにしていた季乃に、天音が説明した。


「お前は連日違和感を感じたことは無いだろ?」


「うん……たしかに」


「未練のある歌が怨霊となって出ていているにしても、京都市内も広いし、全体で出たとしても一日に数えるほど。唐紅陣営が治めている場所は東西南北500mの間だけしかないわけで、さらにピンポイントに連日、ってのは異常なんだよ」


 まだピンときてないところ、行平がテーブルにあるパソコンのモニターに、去年と今年の4月に出現したポイントを示している比較地図を出して見せた。


「うわ……」


 去年は1つか2つしか見当たらないが、今年は既に10は越えていた。しかしそれは平安神宮や京都会館周辺だけで。


 モニターのその状況の地図を見て、業平は息を漏らした。


「さらにこれより前の年はもっと少なかったからね……襲名者として名ばかりで、実生活で気持ちよく、楽……も多少しながら生きていくだけだったんだけど、どうして俺が陣営長の時に限ってワラワラ出てきちゃうんだかなぁ~」


 やれやれ面倒だと言わんばかりに業平は愚痴った。前の代もその前の代――もっと前の在原業平も、多少の歌合はしてたものの、だいたいが平穏に暮らせていたらしい。


「今日俺が戦った詠み人知らずも、いままでより少し強い気がしましたし、近寄れなかったので、単独だと厳しかったかもしれないです」


 そういって天音は季乃を見て「うん」と軽く頷いた。文句は言いながらも、天音から感謝しているようだったので、季乃は心地よかった。



◇◇◇


 頻度が上がっているということから、今後の対策も踏まえて業平と行平はモニターを見ながら相談している。


 季乃と天音は、帰り際だった茶房のスタッフから余っていたティラミスを貰い、食べながらその話を聞いている。



 陣営で得られた情報は行平のもとに集まってくる。


「今年に入って、どの陣営も詠み人知らずの発生頻度は上がっているみたいだね。」


 そう言って行平は地図を動かす。京都市内全体の地図を見ると、唐紅の北側にある青藍陣営の宝が池公園周辺で去年の3倍、南側にある月白陣営の八坂神社周辺で5倍、翡翠陣営の嵐山付近でも5倍は増えている。ただし、これは唐紅調べなので、実際はもう少し多いと思われる。鞍馬と大原周辺、宇治周辺は調査ができていない。


「過去の話からの推測も入れて、僕の分析だけど、これは自然発生じゃないと考える……つまり人為的だと」


 過去の推測とは、1180年、1450年頃の話である。これは強い怨霊がもたらしたものでもあり、自然ではなかった。つまり今回も何か別の要因が考えられた。その意見は業平も同じだった。


「青藍は僧正遍昭(そうじょうへんじょう)のジジイが頑張ってて、強権発動してるとはいえ、一枚岩だし、超保守の方針だからあえて変な動きはしないだろうし、月白の小町も18歳と若いけど、陣営長としては俺より長いし、何より陣営の基盤を整える仕上げにかかってるところ。まして、恩を売って他陣営を使ってのし上がろうとしている手前、潰しにかかることも無いだろう」


 小町の陣営と言えば、今日の季乃を面倒見てくれたところでもある。その裏には「恩を売る」という相手側のメリットがあったからだと理解できた。反面、自分のせいでこの唐紅陣営が恩を売られたことにもなり、申し訳なく思った。


「翡翠はまだ長についたばかりの文屋康秀(ふんやのやすひで)が幼いから、あちらもまた他陣営を構っている場合ではないし……となると、鞍馬の烏羽か、宇治の黄檗か……」


 双方、詠み人知らずの発生率が不明で、中心部から離れていることもあり、不気味な存在である。


 烏羽陣営は、鞍馬側と大原側で陣営が分散している状態で脅威ではない。ただ、情報によると、近々合流して1つになる交渉があると見られる。そうなると対抗組織として考慮しなければならない規模になる。もっと詳しく調べるために、陣営メンバーから業平は「同じ大学なんだから藤原俊成に聞けばいいじゃない」と言われるのだが、大学にあまり行っておらず交流がない。


 黄檗陣営は愉快犯の喜撰法師(きせんほうし)を筆頭に、他陣営への嫌がらせをすることが多い。だからと言ってここまで規模の大きな詠み人知らず発生させることができるかと言われると、そこまでの力は無いはず。まして混乱させるだけでは何のメリットも無く、場所を奪って陣営を拡大するには至らない。


 業平と行平は悩んでいるが、現状では答えが出ず、引き続き調査をすることと、別の陣営にも協力を仰ぐことを決めるに留まった。


 季乃は、もしかしたら大変な時期に襲名者になってしまったのではないだろうかと焦っていた。



◇◇◇


 まだティラミスを食べきれていない様子を見て、業平は季乃に質問した。


「こういう話を聞くと不安かい?」


「そう……ですね」


 実際仕方が無い話である。一昨日まで自分が襲名者であるから何か、なんてことは考えてこなかったから。


 業平は少し悩みつつ質問をした。


「ウっちゃんは、今後もその世に入ったりしたい?」


「……どういうことですか?」


「いや、入るっていうのであれば少し考えなくちゃならないなぁと思って」


 したいかしたくないかで判断して良いのか、でいうと入ってみたい。


「正直……また入ってみたい、知らなかった2つの異能を使ってみたいという興味はあります」


 しかしそれを聞いて行平が苛立ちながら言い放った。


「興味でやられたらたまったもんじゃないよ!」


 既に22時を過ぎ、外も静かで、部屋には換気の音しかないところで叫んだので、ビリビリと音が響いた。軽く聞かれたと思ったのだが、そうではないと気がついた。これは危険があることなんだと、言い方が良くなかったと。


「すみません、天音を助けることができて、私にもできることがあるならやってみたいです!」


 襟をただし、思ってたことをちゃんと答えた。そう、この時代に生まれて襲名したということは、もっと自分から動かないとダメかもしれない。また動くことが自らも守れることになるのだろうと考えていた。


 しかし、行平は賛成といわない。


「素人を育てる余裕はない。関わらないほうが安全かもしれない」


 それもそうかもしれない。栗山季乃、文京高等学校一年四組、 普通科体育コース、水泳部、ただの女子高生として生きる。というのもありなのかもしれない。しかし、何かあったとき天音1人に守ってもらうので良いのか? 天音が何かあったとき1人で何とかできるのか? そんなことを考えると、そのまま変わらない日常を受け入れることはできない。


「でも……今日みたいに力になれると思うんです!」


 さらに天音以外にも協力できるのなら、そのために行動したいと季乃は思い至った。


「覚悟はわかった。ひとまず仮でどうかな?」


 業平に熱意は伝わったようだった。そもそも陣営を大きくするにはメンバーを増やさなければならないし、既にメンバーの敦忠から話を聞いている存在だったので、身分も確か。


「……」


 行平は答えないが、そのフォローをするのが自分の仕事だと知っているのでそれ以上何も言わない。


「唐紅メンバーの敦忠が守りたい存在でもあるわけだから……だから俺たちが協力するということで」


 メンバーを増やし、育て、守ることは先輩や陣営長の仕事でもあり、それが業平自らも強くしていくことでもある。


 季乃は感じた。自分だけじゃなく他の人にも迷惑がかかるかもしれない。ましてや自分は初心者だから助けられるということだから、真剣に答えなければならなかったんだと季乃は感じた。また、業平は答えやすいように聞いてくれた、優しさだったのだというのも理解できた。


 歌人の襲名者であり、詠み人知らず対策をし、訪れる運命に流れに身を委ねる。陣営に所属するもされるもメリットが多いこともあり、どの陣営でも思惑が合致することが多い。


「あ、ありがとうございます」


 業平は「これからよろしくね」と言い、行平は「くれぐれも邪魔をしないように」と釘を刺した。おそらくこの二人はこれで良いのだろうと季乃は感じた。


 

◇◇◇


 少し自己紹介など雑談をしたところで、時間も深くなっていた。この仮の陣営詰め所から自宅まで近いとはいえ、そろそろ帰ろうとしていたところ、最後に業平から言われた。


「何か質問はある?」


 季乃は1つだけ気になっていたことがあった。


「その世に入る時に、ハイチって言いましたけど、あれって何なんですか?」


 いざその世に入る際になぜカリブなのか、気になっていた。


「それは、『配る』『置く』の配置ってことで、いつの時代からか、そのような言い方で入ることが一般的になったんだよ」


「そうなんですね」


 平安時代から続くことを考えるとカリブなわけはないのはわかっていたが、あまりに普通だった。


「ダサいっちゃダサい。けど、セットアップとかチャージとか叫んでも入れないんだから、まぁ我慢してよね」


 業平も同じようなことを思ったいたのかと、安心した。セットアップやチャージも、それはそれでダサいなぁと思ったは、他に妙案も無く自分も「配置」でその世に入ろうと諦めた。おそらく過去からの歌人の襲名者たちも同じだったのかもしれない。特にそこに拘ってもと。


<第7話了>

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