第6話
第6話
時間は21時を越えていた。ランニングのために出てきただけなので親が心配している可能性があり、「天音と一緒」だとメッセージを送り安心させて了解してもらった。
先ほどから居る場所は、岡崎にある菓子・茶房の二階だそうだ。
螺旋階段を上がり、テーブルに椅子が6脚、窓の外を見ることができるカウンターに2脚、3畳ほどの小上がりという小ぢんまりしたスペース。しかし、壁や天井は白で統一され、家具も木製で温もりがあるようなオシャレな空間だ。
唐紅陣営の正式な詰め所はまだないので、この店の休店日の月曜と火曜、それ以外の夜19時の閉店後に使わせてもらっているとのこと。
意識がハッキリしてきた季乃は業平や行平を見たところ、かなりの男前。天音もカッコイイ部類に入ると思うが、大学生という少し大人の補正も入って、キラキラしているように見えた。
しかし、業平曰く「俺が女の子に優しくするのに、下心が無いわけ無いでしょ」という一言と、行平の「結局あるじゃん! 清清しくクズだな!」というツッコミで、色々台無しな感じもするが、正直なところもまた彼らの魅力なのかもしれない。
業平曰く、「唐紅陣営は男前の歌人を誘っている。そして世界中の女性を癒して幸せになってもらう」とか考えているそうだ。それを聞き、季乃は「それも下心があるんですよね?」とツッコミを入れたが、軽く微笑んで曖昧な態度で返された。
◇◇◇
先ほどの天音と詠み人知らずの戦い、つまり歌合は、季乃の協力もあり、天音の勝利で終わったとのことだった。相手の札を取るというのが条件とのことだった。
「それじゃあ簡単に説明するね」
歌合について、まだ理解が足らない季乃に対して業平が説明を買って出た。
「異能同士の戦いが、この世でやっちゃうと迷惑かかるし目立っちゃうというのもあるけど、フルで発揮する場としてその世があるんだよね。そして詠み人知らずが形として現れるのもその世。現実のこの世では目に見えない存在なんだよ」
季乃が感じていた違和感は、その見えない存在で、さっきの歌合でその世へ行った時に見えた青味がかった存在が具体化されたものだった。
「異能はそれぞれ歌人の特徴によって異なっていて、また襲名者個人の力でも複数持つことができたりする。我々百人一首に選ばれている歌人なら、だいたい3つ。上の句と下の句から1つずつ派生するもので、上下で総合された異能が1つ。例えばウっちゃん――あぁ、右近ちゃんだからウっちゃんね――の場合だと、存在を消せる『忘らるる』と、一度使った異能を再度使うのに疲労させなくする『惜しくもあるかな』。あとはさっき使ってた『満潮』の3つ、ってのは決まってるんだよね」
季乃は、複数使えることを知らなかった。まだあと2つ使えるなら使ってみたい衝動にも駆られてしまう。しかし、それより気になることがあった。
「ウっちゃん……ですか?」
「大人しく聞いてると思ったけど、そこ!?」
話が長くて、解説ばかりで、だから少しでもわかりやすくコンパクトにまとめていたのだが、本題ではないところのツッコミに業平は「oh!」と、行平と天音はため息が出た。
「そういう強心臓は重要だよね」
業平は、そう褒めて話を続けた。
「異能の戦いは、打撃強化をするものや、支援するものなど直接間接色々あるんだけど、決着させるのは、さっき敦忠――天音くんがやったような札を取って昇天というのと、相手は詠み人知らずじゃない、歌人同士の歌合の場合は、従わせることも出来るんだ。その時は『隷属、隷従、服従、従属』とかって言ってね」
さらりと言っているが、良く考えると、怖い話だと思った。歌人に『昇天』と言ってしまうと、異能や襲名者としての存在が消され、一般人になるということで、下駄を履かせてもらって恩恵を受けていた日常生活の分が消えてしまうかもしれないということ。
また、従うことになると、もしかしたら異能を利用されて悪事を働かされるのかもという怖さがある。
「だからこそ、得手不得手を補うために陣営に所属するのが安全だったりするんだよね」
つまり、歌人の襲名者とバレると狙われるかもよと、暗に言っているのである。笑顔で軽く言っている割に、結構シビアな話なので、季乃は固唾を呑んだ。
「だから敦忠には早くウっちゃんをウチの陣営に連れて来てって言ってたんだよね……でもどうしてか、のらりくらりかわされて拒まれてたんだよね~」
業平は天音の方に振り返り、ニヤニヤしながら首をかしげた。天音はその視線から目を逸らした。
「べ、別に、今日もそういう予定ではなく、コイツがそこまで力を使えるようになってると思ってなかったんですよ……」
顔に手を当てて、言葉を発している天音だが、業平のニヤニヤは止まらないのであまり説得力なさそうだ。
「ランニングコースを知ってて、敵に狙われないかというのを心配して見回っていた敦忠クンなのに、そういうことを言うの?」
「ん、な!」
隠せているつもりだったが、業平には全てお見通しだった。というか行平も、陣営の他の仲間も知っている話で、天音だけバレてないと思っていた。
「え?」
突然の告白……のようなものに季乃も戸惑った。
「ちょ、天音、どういうこと? 見回り?」
「う、う、うう、うっせぇよ、見回ってなんかねぇよ! 最近あのあたりに違和感感じまくりだったから確認してただけだよ!」
焦る天音を、業平はさらに煽った。
「またまたぁ、危険に晒したくないとか、王子様みたいな感じだったんじゃないのぉ~?」
業平の王子様というキーワードに季乃の頬は再び赤く染まっていった。
「ちょ、ちょっと業平さん、天音が、王子様だなんて……天音が……」
目だけチラっと天音を見るのが精一杯だった季乃は、王子様に守られていた嬉しさとむず痒さで「キャッキャ、うふふ」と身体をくねらせて喜んでいる。
頭を掻いている天音をさらに「どうよどうよ?」と煽っている業平で、静かな店内に騒がしく声が響いている。
だったが、行平が「ゴホンっ」と咳払いをして、冷静に状況の確認を促した。
「小学生じゃあるまいし、もう少しちゃんと話したらどうなのかな? 僕としては違和感感じまくるような状況になっている岡崎近辺が心配なんだけどね」
三人は調子に乗っている態度を改めた。
<第6話了>