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第4話

第4話


 季乃は、昨日と同じ時間に工事中の京都会館付近まで走ってきたが、肌を舐め回すような気持ちの悪い違和感はなかった。


「天音が来るなってことは、ここでまた何かあるかと思ったんだけど……」


 来た理由のほとんどは興味である。体力もあり危険なのものが近づいてきたら逃げたら良いと思っている。それよりも、詠み人知らずや、異能、それらを持つ歌人の襲名者とはどういう存在なのか、それを知っておきたい。午後の授業、部活動、晩御飯の時間も上の空で考えていたので、いつもと違う季乃の態度に周囲は困惑していた。


 小野篁から「右近の襲名者で、異能を持っている」と言われてもピンとこなかった。だけど、感じた違和感がもっと具体的になると自分の存在がわかるのではないか、と期待している。


 だが、昨日と同じように平安神宮の前の冷泉通りから近づいても何もなく、周囲に違和感はない。


「肩透かし? 連日は出ない?」


 天音の言葉を思い出し、近寄らせないために嘘をつかれたのかもと訝しげに考えつつ、また二条通まで歩いてきた。


 するとそこで、また違和感を感じて鳥肌が立ち身震いをした。しかしそれは京都会館の方向ではなく南側、みやこめっせの方向だった。


 昨晩京都会館に現れた詠み人知らずは、その日のうちに天音が藤原敦忠の襲名者として退治していた。よほどのことがない限り、まったく同じポイントに連日登場することは無い。ただ、通りを挟んで隣接する場所に連日現れるのも本来は珍しい。「誰かが意図的に何かしようとしているのではないか」というのは、昨晩在原業平が呟いたことである。それもあり、詠み人知らず単体の力としては弱いが、出現意図が不明なだけに、天音は季乃を近寄らせたくなかった。


 そんなこととは露知らず、違和感を感じたことに高揚している季乃は、みやこめっせに向かっていった。


 京都市勧業館、通称みやこめっせは岡崎エリアにある、京都でも比較的大規模なイベント会場である。中にはホールの他に京都の伝統工芸の展示や体験、または販売などするスペースが常設さている。建物の前には抽象彫刻の清水九兵衛が作ったオブジェ・朱鳥舞があり、独特な形が印象的である。ただ、アートにさほど興味が無い季乃にとっては「入口の変なオブジェ」という印象でしかない。


 そのオブジェの近づくほど、違和感が強くなっている。


「間違いない、もうすぐそこに、その詠み人知らずというのがいる……」


 異能が発動して約五年。初めて詠み人知らずとわかって対峙する今、ココとは違う場所・その世にいる敵(?)の存在を思うと、骨から痺れるような感覚になった。これは嫌悪感ではなく、さらなる高揚感を煽った。


 ゴクリと唾を飲み、おそらく入口であろう滲み歪んでいる空間を探した。しかしそのオブジェは見た目は変だが、空間の歪みは見当たらず、周りを見渡すと、源氏物語石像の横が揺らいでいるように見えた。


 近づくと、縦に1メートルほど、横は魔横から見るとほぼ0の幅で空間に切れ目があるように見えた。


 季乃はそれに手を伸ばすが触れることはできなかったが、波紋のように振動した。何度かすれば別空間に入れるのではないかと試したが無理だった。

 昨晩のことを考えてみた。天音は何か言葉を発していたことを思い出した。


「なんて言ってたっけ……ハモン? ハイジ? ハイ○ュー? う~ん……ハイチ?」


 「ハ」なんとか、だったことは覚えていたが、適当に言ってみるもので、「ハイチ」が当たっていた。


 異能を持っている襲名者が、空間の隙間で「配置」を口にすることで、その世への扉が開かれる。その世に詠み人知らずが居る居ないに関わらず、そちらに行くことが出来る。


 滲んでたところが少し虹色になり、歪みが大きく揺らぎ始めた。


「ハイチで当たりだったのか……カリブ海? いや、たぶん違うと思う」


 その世に入場する呪文については、一人でツッコミを入れて一旦完結させた。それよりも、天音がやっていたようにそこに入らなければならない。


 いざ、手を突っ込むと別の空間に行く……となると躊躇してしまう。普通なら。しかし、季乃にはなかった。


「お邪魔しま~す」


 そういって、歪みに両手を入れて左右に開き、顔を突っ込み、目の前には同じ風景があるが、少し色味が違うことに気がついた。


「あれ? 色がちg……」


 思っていることを全て口にするまもなく、隙間に吸い込まれた。



◇◇◇


 その世には昼も夜も無く、どちらでもない。明るさがあるが、CMYK/RGBでいう何かの色が欠落しているのか、全ての色が薄いのか、この世と比べて「生」を感じることのできない空間である。


 自然発生的に詠み人知らずが怨霊となり産まれてくる。その世から出てこなくても、現実にある同じ場所のこの世では空気が澱んだり、感の良い者は悪寒を感じたり、敏感な動物は吼えたり逃げたり。何かしら生物に対して影響をもたらす。


 また、歌人達が争う場所もその世である。これは歌人が詠み人知らずを排除し、そのエリアを支配し力を得ることがわかったことで、エリアの奪取のためにその世で勝たなければならないからである。


 この空間は自由に行動が出来る。鍵もかかっておらず、周りに迷惑をかけることも無い。破壊しても現実には影響が無い。しかし、壊し放題になってしまうと、それ以後もこの空間で壊れたままになるので、いつ何に影響があるのかわからない。自然発生した詠み人知らずと戦う際に不利になることもある。ゆえに不文律として支配している陣営や歌人が修復することになっている。


 過去、平安時代はまだ個々人での活動も多かったが、時代を経るごとに陣営が組織され、エリアの保持も目的とされてきた。京都会館やみやこめっせ周辺の岡崎エリアは、天音の所属する唐紅陣営が支配しているところであり、何かトラブルがあると出動している。


 季乃は横にある変なオブジェを触ってみるが、温度を感じられない。色も朱色ではなく、黄色と青色が強い感じがする。空気が動いておらず、木々などの揺れがなく、音もない。そこに生命を感じることができない。三半規管がおかしくなり、めまいがおきそうになる。


「外で感じた違和感より、酷いかも……」


 見えている周りにあるものは、みやこめっせや府立図書館、二条通を挟んで工事中で柵で覆われている京都会館と変わりが無い。だからこそ余計に気持ちが悪い。


「この中で、いつも天音は戦っているのか……」


 視覚聴覚嗅覚など全てが無効になるような空間。一人ぼっちで取り残された世界にいるような感覚に襲われる。


 初めて「怖い」と感じる。


 しかし、ここが異能を持った歌人の襲名者が存在することが出来る場所・その世である。


「自ら飛び込んできて、弱音を吐いている場合じゃないよね」


 震えていたふともももパンパンと叩いて止めて、頬をパシっと叩き目を覚まさせ、季乃は顔を上げた。


 冷静になったところで、すぐ下から、天音の声が聞こえた。オブジェ・朱鳥舞の横にある花壇の向こう、半月状になっている地下吹き抜けの場所からだった。



「くっ……!」


 地下1階、光庭と呼ばれる場所で、天音は詠み人知らずと戦っていた。


 それは人の形をしているようだが、全身が青味かかった色で統一されている。烏帽子を被り、袖を振っている。光庭を舞台に見立てて、舞っているかのように。


「詠み人知らず……」


 季乃は初めてそれを目にしている。顔にかかっている御簾のようなものから時折覗く面には表情はなく、ただ何も考えず、淡々と義務だけで動いているかに見える。ゆえに気持ちが悪い存在。


 それは何か唱えながら、下に溜まっている水を烏帽子の上まで持ち上げ、何千という粒状の水玉に変え、マシンガンのように天音に対し乱れ打っている。


「く……っそ!!」


 異能・思はざりけりを唱えていることで、攻撃を避けやすくなっているとはいえ、避けることで精一杯の天音は、詠み人知らずにダメージを与えることができていない様子だった。


 なんとか助けなければ。そう必死に思った季乃は、小野篁から伝え聞いていた異能・満潮を唱えた。


「一か八か――」


 異能はこの世でどれだけ唱えてもなんら変化がなかったが、天音の戦いを見ていると、この空間・その世では使えるはず。ただ、どういう効果があるかわからない。でも何もしないと変化が無い。


「――満潮(ハイタイド)!」


 季乃は腹の底から声を上げた。


 その大きな声に意表を突かれた天音と詠み人知らずは、声が聞こえた上部花壇を見上げた。


「なんで、お前……」


 まだ何か発動されているようにも思えなかったが、詠み人知らずが手を止めているのを見て、天音が吐いている驚くセリフを無視して叫んだ。

 

「天音!! 今よ、攻撃しな!」


 だが、その声に気がついたのは天音だけではなく、詠み人知らずも気付き、攻撃の態勢から、残っていた水玉を季乃に向けて放った。


「きゃっ!」


 一つ、二つと身体に当たって衝撃を受けたので、他を避けようとした季乃は足を滑らせて、落ちた。


「季乃っ!!!」


 見ていた天音も落下地点まで5メートルはあり、手を伸ばしてみるものの間に合わない。万事休すかと思った……がしかし、その時、ゴゴゴゴゴと地響きと共に、光庭に溜まってた水が山なりに押し上がってきて、季乃が落ちる手間でクッションとなり、さらに高く持ち上げた。そして、二人を見下ろすような体勢になった。


 驚いた詠み人知らずは天音よりも季乃にターゲットを変えて攻撃をしようと試みたが、水は全て季乃の足元に使われていて全て空振り。焦る詠み人知らず。安堵する天音。


 そして大波の上でふわふわしている季乃が指をさした。


「ほら、今なら大丈夫っぽいよ!」


「たしかに……」


 何もできず、二人から見つめられて戸惑っている詠み人知らず。

 天音はゆっくりと近づき、その胸に腕を突っ込んだ。


「昇天!」


 詠み人知らずの体の中にある札を握り締め叫んだ。すると、詠み人知らずの体が透けていき、ボロボロと捲れて欠けて落ちて、消えていった。



◇◇◇


 二人の前から脅威は去った……はすだったが、天音は、まだ波に乗ってふわふわしている季乃を見上げている。


「降りれないって、どういうことだよ?」


「いや、今初めて異能を使ってみたんだよね」


「それで?」


「……どうやったら、これ、止めることって出来るのかなぁ」


「マジか……。なんか、そろそろ終わりとか、感覚……無いか?」


「ない……どうしよう」


「あれか……今まで使ってなかったのと、バカみたいな体力のせいで、ありえない持続力なのかも」


「え? じゃあ、いつ降りれるの?」


「いや、俺に聞くなよ」


「ってか、バカって言った? ねぇ、バカって言ったよね?」


「……」


「そりゃ、特進コースの天音に比べたらバカだけど。でも、そのバカのおかげで助かったのは誰ですか? ねぇ?」


「あぁ! そういうこと言うの? この空間に勝手に入ってきて、そういうこという?」


 地団駄を踏んで大声を上げると、波が上下に激しくなった。


「天音、あんたね……うぅ」


 緊張感が解けていて、気が緩んだのか、その揺れが大きなものと気がついた。そのせいで、波が小さくなり下りてきた。


「あ、ダメかも……」


 そう言い、季乃は天音の胸に飛び込む形になった。


「おい、ちょっ……」


 正面から抱え込み、季乃の顎が肩に乗り、天音はちょっと嬉しそうに表情が緩みそうになったが、それは次の瞬間崩れた。


「酔っ、ちゃった……」


 奇妙な空間で三半規管がおかしくなっていたところ、大波で上下に揺られて、緊張感を失った季乃は、口からキラキラするようなものを放出した。


「ゴメ……ん」


 そう言って季乃は気を失った。


<第4話了>

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