第3話
第3話
天音は今置かれている立場について説明を始めた。
◇◇◇
この京都には過去・現在・未来が当たり前にあるように、この世・あの世・その世がある。
この世は現在生きている世界。
あの世は死後の世界で、魂が辿り着く冥府。
その世はどちらでもない世界。異能を持つ者が作り出し踏み入れる空間。
京都に未練を持つ者が書いた和歌は、負の力により“詠み人知らず”という怨霊として彷徨い、京都を混乱させている。それが襲名者の感じる違和感になる。
自然発生している小さき力の場合は愉快犯程度で収まり、大混乱になることはない。強大な異能を持つ者がそのような和歌を集めて詠み人知らずを人工的に作り出したとき、京都は恐怖に陥る。過去に2度、1180年、1450年頃に、京都の人口が8割近く消えてしまうことがあったが、これは負の力が幾重にも重なり、異能を持つ者が詠み人知らずをその世で押さえられずに起こってしまった結果である。
それらに対抗する存在が、村上天皇が創設した対魔部署の和歌所を起源とする歌人達の存在である。歌人の歌には異能が宿り、その世で行う〈歌合〉で、詠み人知らずに勝利することで怨霊を天に返すことができる力がある。歌人が亡くなっても、引き継げる存在が生まれた時、その歌人の名を襲名し異能と使命を受け継ぐことができる。その流れは詠み人知らずが存在する限り無くなることはない。
小倉百人一首に収録されるはずだった百人の歌人は、選外の歌人より力を持っているため歌合の中心になっている。選外の歌人は、上の句下の句の内容から派生する個々の異能だけしか使えないが、百人の歌人はさらに強力な異能を発動することができる。
本来、藤原定家が編纂した小倉百人一首は、和歌所の流れを汲み、完全に詠み人知らずを押さえ込むつもりであった。しかし、現れる速度に対処することを優先してしまったことで、編纂することができなかった。そして当時の歌人達は適宜対応に追われることになった。これが現代まで歌人と詠み人知らずの関係が、昔と変わらずに歌合で対処することになってしまっている原因である。
この歌合だが一人で応じることも多いが、相手に対してより優位になるために、複数で組んで挑むこともある。共に戦う歌人に決まりは無いが、主に同じ陣営内で組むことが多い。
六歌仙を起源とした6つの陣営が存在し、各陣営ごとに考え方も異なる。その考えに賛同するものや、共感するもの、従っているもの、利用しているものなど理由は様々だが組織されている。
・陣営長の監視の下、保守を貫く考えを強く持ち、京都の秩序を守ることを是とする。洛中、洛東の北部と洛北の南部に広く陣を取る青藍陣営。
・古いものは捨て去り、異能を生かし新しい京都を生み出したい……よりも今は女の子と遊びたい考えを持つ、東山周辺の唐紅陣営。
・力よりも情報で全ての陣営や京都を支配下に置くことを目的とする、祇園周辺に陣取る女性だけの組織。月白陣営。
・様々なものと共存し、その橋渡しをすることで中心になることを考えている。嵐山一帯に拠点を置き、他陣営よりもゆったりしている翡翠陣営。
・京都市から離れた宇治市で、人の心をもてあそび思うがまま行動し、京都が混乱しても楽しめなければ放置している黄檗陣営。
・本来の陣営長である大伴黒主が百人一首からこぼれたこともあり、定期的に不安定になる組織で、鞍馬と大原一帯に陣を取る烏羽陣営。
天音(敦忠)は唐紅に属している。季乃(右近)は異能を行使して何かしようという考えになっていないので、所属とか考えていない。
各陣営は、詠み人知らずの対応や可能なら撲滅、主張を広げるために京都での陣地拡張、そのための仲間を集めたりしている。
異能は年齢と共に薄れていく襲名者が大半である。その能力が無くなるか、篁に返上を申し出ることで歌人の襲名者ではなくなる。だが、そのときの記憶は残っており、裏から陣営や個々に活動を支援しているものも多い。
昨晩の工事中の京都会館に潜り込んだのも、天音が詠み人知らずに対抗するための行動だった。それを季乃に見られていた。
幸い程度の低い怨霊だったので時間もかからずに天に召すこと(昇天)ができ、季乃の違和感も無くなっていたということである。
◇◇◇
季乃は詳細を初めて聞いた。陣営に所属してないということは、誰も教えてくれる人がいない。日常的に生活をしているだけでは同じような異能を持っている襲名者に出会えることはほとんど無い。天音が藤原敦忠だとわかったのは幼馴染だからであり、そうじゃなければ知ることも無かった。
近づいてくるものもいたが、鈍感な部分もあり気付いてなかったか、天音が守っていたこともある。
天音は陣営に属しているので、過去や現在における全体の勢力や陣営の考え、異能の違いなど勉強会でしつこく聞かされているので知っている。
成長が自分より遅かったこともあり、季乃に詠み人知らずは察知できないと思っていた。だが昨晩のように、季乃の年齢と共に違和感を感じやすくなっているのであれば、知っておくべきことは最低限知っておかないと、自衛する気持ちを持たせないと対処できないことも出てくると思った。
天音は昨夜のあと、陣営事務所に戻った時に、陣営長である在原業平とその兄の行平へ相談し、伝えることを了承させていた。
「お前は異能を使ってないと思っているようだけど、無意識に底上げされているのは知ってるのか?」
「いやいや、私、聞いたけど、異能って日常に使えるものじゃなくない? 私は自分のものがどんなのかもいまいち理解してないわけだし……」
異能を持っている襲名者は、自動的に何かしら巻き込まれるのが定めのようなものだというのが歴史上の流れだ。しかし、小野篁に「襲名者だからといって特に指示しない」と言われたのが、変わらない日常で自由だと思い、自覚無く過ごしているのではないかと、天音は季乃に危機感を覚えた。
水泳部の実力は自分が幼い頃から鍛錬してきたものだし、底上げされてるなら、どうして勉強が苦手なのだろうかと、季乃はふて腐れてぶつぶつ文句を言っている。
「まぁなんというか、お前らしいというか」
「天音……呆れちゃった?」
「いや、その図太さを見習いたいと思った」
「……馬鹿にしてる?」
「いや、マジで……。しかし、お前が勉強苦手って言うけど、底上げされてその成績だという考えにはならないのか?」
「……はっ! やっぱり馬鹿にしてる!」
シリアスに話を纏めることもできず、気がつけば予鈴のチャイムが鳴っている。
天音は自覚の無い季乃に、急ぎ補足説明した。
「冗談抜きで、お前の水泳も、どこか何かの力が生まれて底上げされているのは間違いない。これはどの襲名者も同じで、いわゆる多少のチートみたいなものだ。音楽やスポーツなどで著名な人物がいたりするし、元襲名者に政財界の重鎮もいる。それは上手く活かしているという感じでもあるけど――」
季乃はそこまで考えたことがなかった。得意な水泳が異能で底上げされている。それはショックだった。完全な実力ではないと言われたことであり、全てを否定されたような気がした。
落ち込ませてしまったことに気がついた天音はフォローを入れた。
「お前が努力してるのは俺は見てるから、落ち込むことじゃない。異能はあくまで+αだと考えればいい。」
とはいえ、まだ季乃の表情の曇りが取れたわけではない。しかし、事実には代わりが無いので天音は続けた。
「――しかし、当然だけど、悪く使うやつもいる」
「悪く……」
「異能を使って京都を混乱させて喜ぶやつ。詠み人知らずを生み出し、一般人が気付かないうちに攻撃をしている者」
「それ……最悪じゃない」
「力を持つってことは、善悪どちらにもなれるってことだよ。だから、自らの立場を理解して、自分を守らなければならない……」
「だから天音は陣営に入っているの?」
「そう、自分以外の周囲も守れるし、情報も得られるし、協力もしてもらえる。あと……実は少しバイト代みたいなものももらえる」
最後の言葉をはにかみながら言うことで、重そうな話が少し和んだところで始業のチャイムが鳴り始めた。
特進コースの天音は学校に来てる以上、授業に遅れるわけにはいかないので「やばっ」と扉へ駆け出した。去り際に「京都会館近くは改修工事で狙われやすくいから、当分近づくなよ!」と言って教室へ向かった。
季乃は、天音の話を聞き、自らの置かれている立場や異能、その他の状況が知りたくなっていた。理解した今、もう一度近づくと、もやもやしてた違和感の原因がもう少し鮮明になるのでは? という思いと、そんな理由でランニングコースを変えるのもしゃくだという思い、あとは興味と「行くな」と言われると行きたくなる思い。
今夜、改めて近づいてみることを決めた。
<第3話了>