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第2話

第2話


「難波津に咲くやこの花冬ごもり今を春べと咲くやこの花」


 古典の教師がさらさらと黒板に書き出した。


「百済からの渡来人である王仁の歌とされていて、百人一首競技かるたの初めに使われる序歌として歌人の佐佐木信綱が定めたものです」

「古来より和歌の手本として使われたからだとか」

「また地域により変化もしてて、太宰府天満宮の場合は菅原道真(すがわらのみちざね)を祀っているということもあり、『東風吹かば匂いおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ』という歌が使われていたりします」

「道真が左遷で九州へ行く時に、『東からの風よ、梅の香りを太宰府まで届けてね』、という歌で、んなアホな、と突っ込みたくなりますよね」

「さらに梅の木が道真を慕って飛んでいったという伝説もあるくらいで――」


 どうして教師は周りの反応を見ずに話してしまうんだろうか。クラスの大半が興味無さそうに聞いている。かるた部があれば興味持って聞いたのかもしれないけど、そういう類の部も無いような学校なので、授業で興味持って聞くものはいない。ただ、今このクラスは普通科体育コースで、梅の木が京都から福岡まで飛んでいったのはどうやっていったのか、と早さを気にするものがいることはいる。


 栗山季乃は水泳部に特待生として入学したこともあり、この普通科体育コースに籍を置いている。


「百人一首か……」


 ボソっと呟いただけだったが、聞き逃さなかった教師は目を輝かせながら素早く「興味あるの?」と聞いてきた。だが、それ自体には興味が無かったので、授業の邪魔にならないように肩をすくめながら「いいえ」と断った。


 とはいえ、序歌や百人一首のことは知っている。少しだけ勉強した。せざるを得なかった。


 2年前、13歳の時。手に白紙の読み札が出現した時。


「おめでとう、あなたは歌人・右近(うこん)の襲名者だ」


 目の前に現れた小野篁(おののたかむら)という存在から告げられた。


 襲名者とは――過去の歌人達の意思や異能を引き継ぎ持たされる人物のことである。


 篁の言葉はまだ続いた。


「右近の襲名者よ、あなたの異能は『満潮(ハイタイド)』。物理的に全体的な視点から物事を見ることができ、状況を把握できる能力である」


 季乃は幼い頃から他者とは違う感覚を持つ瞬間があり、年齢が上がると共に違和を覚え、異能としてはっきりと意識し始めたのは10歳ごろ。襲名者となる者達は、この異能の発動タイミングを、10歳過ぎるまでにだいたいの者が自覚し始める。その異能がどういう内容かぼんやりしてたものが、この襲名者の名前と共に知ることになる。


 それら、襲名者についてと異能について教え、これらの意味を伝えて確約させる行為は六義現出と言う。この役目は篁が担っている。


「右近が陣営に所属するもしないも、こちらから指示することはしない。だが、その時はいずれ来る。身を委ねるもよし、逆らうもよし」


 陣営とは――6つの陣営が主義主張を持って存在していて、同調する襲名者たちが所属している。


 と、このような話をかいつまんで聞いても、13歳の季乃にされてもピンとくるはずもなかった。一通り説明した篁は姿を消した。


 それでも気になった季乃は中学生の頃、ネットで調べようとしてみたが、ほとんど情報が無く、それ以上必死になることはしなかった。


 15歳になった今でも右近の襲名者や異能について、ちゃんと考えたことも無く、結局昨晩の様な違和を感じて生活しているだけに過ぎず、何か得をしている実感も無かった。


 まだ教師は百人一首の説明をしている。あとから聞くと、学生時代はかるた部に所属していて、この高校でもその部活を立ち上げたいと目論んでいたからだとか。興味のあるものをあぶりだしていたようだった。しかし残念なことに、このクラスに興味を持つものはいなかったようだった。


 季乃は退屈そうに教室の外を見ると、堂々と遅れて登校してくる坂本天音の姿が見えた。

 タイミングよく三時間目終了のチャイムが鳴ったので、天音のいるクラスへ向かった。


◇◇◇


 文京(ぶんきょう)高等学校一年一組、普通科特進コースクラスA。

 中を覗き込んでも、まだ天音は居なかった。


 天音が教室に来るまで季乃が教室前の廊下に立っていると、トイレ休憩で教室から出て行く生徒から「お前、体育コースじゃね? 特進に何しに来たの?」ということを言われるのでは無いか、という無言のプレッシャーを勝手に感じる。中では休み時間でも机から離れずに、自主勉強なのか宿題なのかカリカリと鉛筆の音が響いている。勉強が得意ではない季乃にとって胃が痛くなる音である。


 制鞄をダルそうに肩からかけて、あくびを我慢することなく、眠そうに教室の前まで来た天音。季乃に気付くと気まずそうに頭をかいたが、特に何かを発するわけでもなかった。


「……」


「って、無言!? 何か言おうよ!」


 すかさず季乃のツッコミが入る。子供の頃から無口な天音だったので、色々と誤解されやすい。幼馴染である季乃などに理解してもらえるならそれで良いと思っている節がある。


 とはいえ、聞かれたいこともわかっていた天音だったので、素直に答えた。


「昨日のことでしょ?」


「はい、とても物分りが良いです。そうです、昨日の夜のことです。天音はあそこで何をしてたの?」


 あの違和感とそれが消えた真相を知りたい季乃は、グイグイ喰い気味ににじり寄った。


 みなが教室で真面目に勉強をしているが、男子生徒が女子生徒に迫られている姿は、世の高校生諸君と同様に興味の視線が集中する。別のクラスの女子が教室前で待っているというのも、嫌でも視線が集まる(つまり季乃が感じていたプレッシャーはこれなのだが)。まだ二人が幼馴染であることも知らない生徒が多く、この光景に馴染みが無い。


「今は忙しいから、あとで……」


 天音からすると、あまり答えたくは無い。昨晩、見られると思っていなかった。なるべくその活動は季乃に知られたくなかった。


「忙しいって……遅刻してきてるのに? 重役出勤なのに?」


 その程度の言い訳でグイグイ攻撃は収まることは無い。


 押し退けようとしても、そんなやわな体力ではないことを知っている天音は、ためいき交じりに降参の意を表した。


「じゃあ、昼休みとかで良い?」


「ホント? マジでね! ランニングコースだから、ああいうのは不安なんだよね。いやマジで。でも天音が何とかしてくれたってことでしょ?」


 この廊下で内容についてグイグイ来られると、状況によって困ることになる。天音は逃げたかったが、感謝と興味の気持ちで目をキラキラさせている季乃の押しには昔から弱い。


 困惑し、躊躇しているところに次の授業の教師がやってきていた。


「二人とも、もうチャイム鳴っているぞ」


 気がつけば、廊下には二人しかおらず、一組の教室からの全視線は廊下に向けられていて、二人とも肩をすくめることになった。


「……じゃ、じゃぁ、お昼に教えてね」

「お、おう」


 天音は教室に入り、クラスメイトに冷やかされ、幼馴染であるからなど言い訳をすることになる。


◇◇◇


 昼休み


 季乃も天音も食堂に居たが、一組の連中が冷やかしにきたので、早々に屋上に出てきた。「二人の関係は?」なんて質問は、幼馴染以上答えようが無いので気にしないのだが、話の内容を聞かれるのが好ましくなかった。とはいえ、周りは、「あぁ、二人の時間を大切にしたいのね」と優しい目で屋上に見送っていた。


 四階建ての屋上とはいえ、建物の高さ制限のある京都では十分見晴らしが良い。春の気候も相まって、なかなか良さそうなランチタイムになりそうだと天音は思ったのだが、弁当箱を開ける前に、既に一つのパンを食べ終わった季乃がいる。


「ホント、お前はよく食べるよなぁ」


 これは感心ではなく呆れであるが、「いやぁ」と照れる季乃には伝わっていない。いつもされる言い訳によると、「シンクロの選手がケーキワンホール食べるって聞いたことがあるから、水泳は全身の体力使うから大丈夫なんだよ」ということらしい。ただ、その話はオリンピック系の選手の話だった気がするが、そこを突っ込まずスルーして天音は大人の対応をした。


 天音は自分の食事であるゼリー飲料をポケットから取り出した。


「昨日の夜のことだけど――」


「え!? 天音ってソレだけで足りるの?」


 季乃の関心はまだ食にあるようだ。まだ余計に持っていたメロンパンを差し出してくる。


「若いんだから、もっと食べなよ~」


「若いって、同じ学年だろ! ってか俺はこのまえ16歳になったので、お前より一つ年上だ!」


 微妙な年齢差で競ってしまうのは、まだまだお子様だとわかっているが、二人でいるときは少し気が緩むこともあり天音は油断している。


 とはいえこのままだと一向に話が進まなさそうなので、もらったメロンパンをほおばって、ゼリー飲料で無理やり流し込んだ。


 弁当を食べ始めた季乃だったが、天音は構わず話し始めた。


 天音が藤原敦忠(ふじわらのあつただ)の襲名者であると小野篁から告げられたのは、季乃よりも1年早い12歳の時。お互い10歳くらいから異能が出始めていたが、天音の成長が少し早かったためである。つまり、季乃よりも知っていることが多い。


<第2話了>

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