第14話
第14話
「ギリギリですまん」
何度目かの天音の腕の中。これは良いトラウマ……ではなく思い出。このまま眠りにつきたいところだけど、そうも言ってられないので、季乃は身を起こした。
「修行は、大丈夫だったの?」
「あぁ、時間の割にしっかりとね。精神と時の部屋ほどではなかったけど」
「なにそれ?」
自信と小ボケをかましてみたが、伝わらなかったのは残念だけど、相手が何をしてくるわからない黄檗の長を相手に、震えることも無く対決の意思を出せている。
「お前を守れるくらいに……たぶん、なれてると……思う」
「こういう時は、もっとはっきりした方がかっこいいよ!」
このいちゃいちゃを見ていたのは唐紅陣営だけではなく、喜撰も楽しんでいる。
「嫌いやないよ、そういうの……ぞくぞくするやないですか?」
さらに状況が悪くなっているように見える。喜撰法師としては、幻影の異能をその世全体に使うことで時間を稼いだり、各個に攻撃することも可能だが、いちゃいちゃに当てられてしまい、今日はそこまでのつもりはなくなった。
「ええもん見せてもらいました。名残惜しいですが、分が悪そうなので撤収させていただこうと思います。それじゃぁまた――」
と立ち去るついでに、袖から札を何枚もばらまき、残っている異能力の限り、一般の襲名者では出せない数の詠み人知らずを呼び出した。
「――とはいってもタダで消えさせてもらうわけやないんやけどな~。多少のダメージを食らってもらわんと、追いかけられても困るから。申し訳ないけど、適当に怨霊出させてもらいます~」
「き、喜撰……っ!」
業平が喜撰に近寄ろうとしても、素早い詠み人知らずは舞台っぱなまで移動してきていた。
「ほら、こっちに何か言ってるよりも早よせんと、陣営の中に出て行ってしまいますやん?」
行平も怪我をしている元良も、物理的に殴り倒し昇天を始めている。
「はよ、あんたも撤収せんと、置いていきますえ~」
それを聞いて曽禰好忠は慌てて舞台下手へと姿をくらまし、その世から撤収した。
喜撰は立ち去る際に季乃と天音に近づき、一声かけてから姿をくらました。
「これならあんさんらにも退治できますやろ? 敵になるなら早よ強ぉなりなはれ」
「?」
二人はその真意を分かりかねたが、考えるよりも詠み人知らずの対応に追われることになった。
全てが片付いたのは、深夜になっていた。
◇◇◇
後日、改めて陣営が間借りをしているチェカに訪れた季乃。
今日はまだ業平と行平しかいない。
「いらっしゃいませ~。何食べる?」
席に案内して、メニュー表を持ち、前と同じように迎えてくれる業平。行平は大学の課題をこなしつつ、暇を見ては自陣営と他陣営の様子と今後の広げ方など連絡を取っている。
「私、陣営に入ります!」
注文を待っていた業平は意表を突かれた。行平も思っていたことと違い、耳がピクリと動いた。
「……あんな危険な目にあったのに? 女の子だからって相手は容赦してくれないよ? 襲名者を返上すれば普通の生活を送るってのも可能だよ?」
怖い目になってもやるというのは歓迎だが、いざ始まってしまうと、季乃のことを守ってあげることは難しくなるし、単独行動で街の治安を守らなければならない。
「やっぱり、この、襲名者ってのになって、知らない間に守られていることってあったんだなぁ、私もそういう存在ならやらなければならないかなぁって思ったので」
少し曖昧な言い方が気になったので、振り返り行平が諭した。
「かなぁ~、ってバイト感覚だと困るよ?」
「すみません、軽い気持ちじゃなくて、ちゃんと考えてきました。天音――敦忠にも相談しました。だから大丈夫です!」
季乃の思いを伝える目を見て、二人は頷いた。
「それじゃあ、正式に、唐紅陣営に迎えます。右近」
業平の出してきた手を握り返し、「よろしくお願いします」と返事したところで、引っ張られ抱きしめられた。
「でも、恐怖に感じたり、もうダメだって思ったら、返上して、ウチはいつで抜けてもらって良いからね」
強く抱きしめられたことで、本当に危険もあり、心配してくれていることが伝わった。
とても伝わるくらい、長い時間……そう、かなり長い時間、季乃の肉質の感触を味わうような感じの優しい手つきで、気が付けばそのように抱きしめられていた。
「……行平さん?」
「何? 右近さん?」
「唐紅陣営内って、セクハラで訴えることってできるんですか?」
「もちろん大丈夫だよ。ウチの陣営にはいないけど、弁護士の襲名者や警察官の襲名者もいるから、そういうサポートも安心してよね」
その二人の会話を聞いても止めるつもりのない業平だったが、「リストアップする?」という行平に対して「お願いします」という季乃でさすがに怯んだが、さらにそこに敦忠が入ってきた。
「な、なにしてんですか、業平さん!」
「あぁ、ウッちゃんが陣営に入るって言うから、ちょっと長めのハグをね」
「で、それを訴えるための最強軍団のリストを俺が作ってるわけだよ」
賑やかな感じで、季乃は学校、部活に次いで過ごしやすい場所を得たような気がした。今まで感じていた違和感やもやもやを活かすことができるなら、それでも良いと。
そして、喜撰の最後の一言も気になった。彼は本当に悪人なのかも知りたかった。それを知るには、彼の言うとおり、認められる存在にならないとたぶんわかることはできないだろう。
<了>