第12話
第12話
ウェスティン都ホテル京都。開業は1900年と100年以上の歴史があり、2002年にはウェスティンブランドに入ったことで、外国人客も増え、国外に対しも京都を代表するホテルになっている。
その高級ホテルのプールサイド。セレブらしさの欠片も無い競泳水着でたたずむ季乃。本来なら緊張するべきところだが、同行者の業平、行平、元良の三人も泳ぐ気を見せるような水着だったので、場違い感は無かった。
さらに、この四人以外に客は見当たらなかったので、安心することができた。
「行平さん……ここってお高いんですよね? 大丈夫なんですか? 私、お金持ってきてないんですけど……」
今更ながら料金の心配をした季乃だが、それは必要のないことだった。
唐紅陣営にある都ホテル。創業時から警護なども兼ねて襲名者とは近い存在を保ってきた。風評被害もホテルにとっては問題になるので、詠み人知らずなど怨霊の類は避けた起きた。また、襲名者にとっては、一般の人となるべく遠さがったところで鍛えたり会合をしたい。そのあたりが合致していた。
唐紅陣営以外にも、青藍の府警の僧正遍昭、素性法師、自衛官の藤原興風、烏羽の議員の行尊、書道家の源俊頼など地位があったりする者は守秘が約束されている都ホテルは使い勝手が良いようだ。
さらに来年度からは三条院の襲名者が働くことになっており、ますます各襲名者にとって利用しやすくなると思われる。
「今日は我々がプールを使いたいと頼んだから、他のお客さんにはご遠慮いただいている感じだ」
行平の言葉に、襲名者や陣営の影響力が京都に深くあるのだと季乃は知った。ついでに、その世のような結界も貼っている。
ちなみにこのプールは一般の宿泊客なら、500円程度で利用できるらしい。が、泊まるのもそこそこのお値段がするので、安いわけではない。
◇◇◇
「87、60、88、……D!」
今日一日部活をサボったこともあり、サクっと1キロを泳ぎ切り、プールから上がった時、業平から言われた。季乃は初め、真剣な表情だったこともあり何かの暗号と思ったが、自分のサイズについて言われていることに気がつき、バスタオルで体のラインを隠した。
「え?どうして? なんなんですか?」
バッチリだった。公式発表しているわけではないのに……。その疑問にはすぐ答えてくれた。
「これは俺がもっている異能の1つ、よく見え~る――別名スカウターという能力なんだよ」
業平は片目を瞑り、人差し指と親指で感覚を測る恰好をした。
「へぇ、そんな能力があるんですね!」
何に使えるものかわからないが、慣れた上級者になると幾つもの異能力があるものだと感心したが、そうでもなかった。
「アホなことを言って騙すな!」
すぐに行平からのツッコミが入り、季乃はからかわれて騙されていると気が付いた。
和まそうとしてくれたことは理解できたので、業平のセクハラ問題は不問となった。
プールサイドのベンチで休憩に入った季乃は、ガチで泳ぐ元良を見て「もったいないなぁ」とつぶやいた。スマートに泳ぐし、3年まで合わせた男子部員の中でも上位に入るくらい早い。しかし、本人がサーフィンを見つけてしまったのならそれは仕方が無かった。
業平の格好を見て、外で遊ぶ、ナンパをすることも多いのか、スタイルも良く、肌の色も健康的で、見てて納得できた。それなりに努力も感じられた。「お姫様抱っこくらいなら簡単そう」、腕の筋肉がそう思わせた。
行平はプールに入ることも無く、パーカーを羽織り読書をしている。聞くと、大学院の勉強なのだが、季乃に理解できる言語ではなかった。
それら、水に対しそれぞれの楽しみ方を見てて心と目の保養になった季乃はリラックスできた。
◇◇◇
だが、当初の目的の修行はできていない。業平たちは何も教えてくれない。
「ボールで遊ばない?」
2時間経っているが、まだまだ遊ぶ気満々の業平。嫌がる行平を引きずり込んで楽しんでいる。行平も泳げないわけでは無さそうで、次第に楽しんでいる。元良は相変わらず泳いでいる。
「ちょっと! 私の修行ってどうなってるんですか? 何か教えていただけるんじゃないんですか?」
ギリギリの状態でしか出せない異能力の不便さを改善したくて、季乃は少しだけ叫んでしまった。他に誰もいないところでは、それでもよく響く。
必死さを感じる季乃の姿に、業平行平は手を停めて、元良も泳ぎを止め、三人で顔を見合わせた。
少し泣き顔になりそうなのを見て、業平はプールの縁に肘を乗せて話し始めた。
「ウッちゃんは、今日のプール、楽しかった?」
「え……はい、部活と違って、楽しんでましたけど……」
修行は? と言いつつも自分が楽しんでいたことに恥ずかしさを感じたが、それは間違いでは無かった。
「俺が思ったのは、ウッちゃんは水=泳がなければならないところ。もしくは、部活だったりタイムを出さなきゃならなかったりする場所、ってので緊張があったんだと思ったんだよ」
季乃は、言われてみればそうなのかもしれない。このプールに来た時もいつものように軽く1キロを泳いだのは、タイムを出す前の準備運動のつもりだった。
「水だけど、リラックスする、ってのが重要かなと。つまり、他もそうなんだけど、異能力を出すときって、いかに相手よりも冷静でいるかが重要だったりするんだよね。感情のコントロールというか、そういうの」
力任せにやれば良い結果が出ることは、異能力に限らず稀である。怒りに身を任せ、大声で叫んでいるように見えて、心の中では冷静だったりするものである。先日出せた異能力は、季乃が持っている潜在的な能力が出ただけで、出したのではなかった。
「子供の頃からの水泳だったから、知らない間にそういうプレッシャーを背負ってるんだと思うよ」
業平の言葉に行平も元良も頷いている。
季乃は自分の手のひらを見て、いまなら何か出せるのかも、と唱えたくなっている。その様子を見て、業平は試してみることを薦めた。
「まずは、初歩の上の句でも言ってみたらどうかな?」
季乃――右近の上の句「忘らるる」は、やがて忘れられる身、という言葉が込められてて、異能力としては一瞬だけ姿を消すことができるものである。言葉と能力の意味を理解し、考えて唱えることで、異能力は発揮される。
試合前、飛び込む時と同じように、冷静に。季乃は集中力を高め、普段と同じ声のトーンで唱えてみた。
「忘らるる」
◇◇◇
都ホテルを出た時は、夕暮れだった。
四人は坂道を下りながら、満足気だった。
「俺にあの能力があるなら、もっと女の子と近づけるのに」
「それは物理的な問題で、心が通うわけではないと思うよ」
季乃の異能力が面白かったのか、それをネタに業平は妄想を働かしていた。
「たぶん、業平さんの言うようなことはできないと思いますよ。1秒ほど姿を消してますが、私の意識もそこから動けないだけなので、目くらまし程度にしかならないかもです」
業平は「そうかぁ」と残念そうにし、行平は「お前によこしまな能力は着かないようになってるよ」と突っ込む。
「だけど、発揮はできたから、これからが課題だよね。どうやって上手く自分のものにするかどうか」
「そうですね……頑張ります」
「あまり力まなくていいからね」
陣営の長である業平のこの性格が、季乃は自分に合ってるのかもしれないと思い始めていた。
◇◇◇
翌日、京都会館で、曽禰好忠が攪乱させようと企んでいるという情報が入ったため、業平、行平、季乃は向かった。
まだ天音は戻ってきていない。
<第12話了>




