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第1話

第1話


 体力をつけるため、いつも走っている道をただ走っていただけだった。


 部活を終えて自宅に帰り、晩御飯を食べるまでの間、南禅院近くの自宅から京都市動物園を越え、平安神宮方向へ向かい、岡崎公園や京都会館周辺を何周か回って自宅に帰るというルート。


 来年新しくなり名前も変わる京都会館は、絶賛改修工事中で作業は急ピッチで進んでいるようだったが、それも昨日と目に見えて変わっている部分は無かった。


 そう、いつも通りのランニングコース。だったが、肌で感じる違和感はその横を通った時にあった。


 栗山季乃(くりやまきの)は怨霊の類を信じる子供ではなかったが、成長するにつれてそれが身近なものであると知ってから、感じやすくなっていた。


「……やだなぁ」


 まだ肌寒く、桜が残っている2015年4月中旬。上下学校指定のスウェットでのランニングだが、身長も160後半と高く、手足もすらりと長く、とはいえやせ細っているのではなく無駄な肉が無いと感じられる身体つき。時折吹くぬるい風が顔から首にまとわりついて、やや這っていく様に過ぎていく。


「っ……!」


 誰かに触られたような感覚は気持ち悪く、腕から脚へ鳥肌が立った。


 時計を見ると午後7時を過ぎている。そのまま過ぎ去っても良かったが、今日はまだ1周目なので、物足らなさを感じていた。


「コースを変えたら良いんだけど……」


 と思いつつも、明日以降同じところを走るわけなので、このまま違和感を残したままにしたくない。そして感じるのは仕方がないのはわかっていたから、原因を確認するくらいはしておきたかった。


 季乃は走るのをやめて歩いて確認を始めた。平安神宮を右に、京都会館を左にすると、左の方から圧を感じる。


 まだそれが何かの怨霊なのかどうかはわからない。そういうものが存在するとはっきりわかってからまだ2年ほどしか経っておらず、実際にちゃんと確認しようと行動に移したのは初めてだから。


 今日はどうして行動に移したのか、季乃自身も良くわかっていなかった。高校に入学して少し考え方が大人になっていたのかもしれないし、ただの気まぐれだったのかもしれない。


 確信は無かったので、京都会館を左に見つつぐるりと南側の二条通まできてみた。やはり、間違いは無かった。


 工事の作業も終わっていて、柵に囲まれた中は薄暗く、季乃は躊躇した。


「中は入っちゃダメだよね。うん、ココに違和感があったことがわかったし、明日からこのルートを通らなければ良いだけだよね」


 誰も周りにいない状況で完全な独り言だが、声に出さないと静けさとまとわりつく風の恐怖に飲み込まれそうだった。


 ピロティの柱にもたれかかり、帰りたい思いになり、落ち着かせるために「ふぅ」とため息をつこうとしたとき、自分ではない別の足音が聞こえた。


 ガサッ


 季乃は息が喉に詰まった。少しの音も漏らさないように反射的に止めた。そしてゆっくりと唾を飲み込み、柱の向こうの、音がした中庭方向を覗いた。


 月の光しかない状況で、焦点をあわせるのに時間がかかった。ぼんやりと人影が一つ、白い工事柵に近づくように見えた。その人は周りをきょろきょろ様子を伺っていた。


 怨霊など感じることができる同類だと季乃は直感した。ただ、その人は自分にとって味方なのか敵なのか何者なのかわからない。


 そしてその行動はまだ慣れていないように見える。集中して“隙間”を探していて、季乃が少しずつ近づいていても気がついてない。


 その距離あと10メートル。季乃が声をかけようとしたとき、滲み歪んでいる空間・隙間を見つけたその人は、小声で何かを唱えて隙間をこじ開けた。


 向こう側から風が漏れ、その人は体を一部を無理やり押し込んだ。そうすると、その瞬間、他の部位も隙間から向こう側に引っ張られるように吸い込まれていった。


「待って!」


 思わず大きな声を上げてしまった季乃の声は、夜の中庭に響いて残った。季乃は知っていた。いやよく知っていた。それは幼馴染の坂本天音(さかもとあまね)だった。吸い込まれる瞬間、声をかけてきたことに気付き、季乃の方へ目を向け、驚きの表情をしたように見えた。だが、返事を返すことはなく身体はそのまま隙間に消えた。


「どうして……」


 家族同士も仲が良く、二人は幼い頃、一緒にスイミングスクールに通っていたりして、男女関係無く競い合って、また仲が良かった。だが良くある思春期を迎えるころになると徐々に疎遠になり、言葉を交わすことも無くなっていた。


 天音の気持ちはわからないが、季乃はまだ仲が良くしたいと思っていて、同じ高校に進学した。特進科と体育科とクラスは違うが。


「なんで天音が向こうへ行っちゃうの……?」


 季乃も怨霊が実在するとわかって以来、同様に隙間を見つけ、向こう側へ行く手段を持っている。ただ、それは未知の世界であり、誰かの指導や補助がないと踏み込めない世界。にも関わらず、天音は一人で踏み込んでいった。


 行くなら一緒に行きたかった、相談したかった、して欲しかった。そんな想いが季乃の中に渦巻いた。隙間は既に閉じていて、触っても反応しない。工事中の白い柵の周りを回っても見当たるわけが無い。今、天音は“この世”にいないのだから。


 30分近く探してみたが、隙間も見つけられなかった。隙間を見つけ入る勇気は季乃にはまだ無い。天音も戻ってくる気配は無いが、気がつけば違和感は消え去っていたので、おそらくそれは終わったのだと感じることができた。


 明日、学校へ行って確認しなければならない。入学したばかりの高校でまだ天音と会話をしたことがなかったが、そんな場合でも無さそうなのは理解してた。季乃自身が以前より感じることができていることもあり、何かが変わってきているのだと実感するしかなかった。


 今日の夜は、これからの騒々しさを予感させる出来事だった。


<第1話了>

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