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五十三ページ目:変則のままに

今回、なんとご飯が出てきません

 依頼人であるエーマ・ボルグラッドが「出来るだけ早く来てほしい」と言っているそうなので、準備が出来る次第俺たちは早速ボルグレーに向かって出発することになった。準備と言っても荷物は特にまとめていない。思っていた通り必要なものがあれば空間魔法やら転移用魔法陣やらでヴォルクがどうにかするそうだ。

 当然のことながら、ボルグレーでは黒焔──ヴォルケルド・レオマティアを祀る場所なんてものはない。故に転移魔法という便利なものもここでは使えない。幸いなことに飛行手段があるから地道に歩かなくてもいいけれども。ラーテがいてくれることに感謝だ。


「悪いな。俺まで乗せてもらって」

「構わない。事情がある」


 俺を後ろから抱きしめる様な形で座る、緩くウェーブのかかった長い髪を風になびかせる巨乳の美人がラーテに話しかける。身体が密着しているから俺の背中にはその豊満な胸がしっかりと押し当てられているし、美人の声は俺の耳元から発せられる。正直に言ってめちゃくちゃドキドキする。この美人の正体がヴォルクだと分かっていても、だ。背中に押し当てられる柔らかな感触に邪な考えが浮かんでしまう。これはもう、俺が俺として前世からの記憶を引き継いでしまったが故の本能だ。仕方のないことなんだ。許してくれ。

 何故こんなことになっているのかと言えば、魔王であるヴォルクが他国の領地に入ったと知られればそれなりの騒ぎになってしまうからである。『ヴォルケルド・レオマティアが自ら侵略しに来たのなら、何かされる前にこちらで撃墜してしまおう』なんて状況になったとしても何ら不思議ではない。逆の立場だったら俺もそんなことを考えるかもしれない。なので、そういったことを避けるためにヴォルクにはヴォルクだと分からないように変装してもらう必要があったのだ。

 一応、魔王としての姿は炎を纏ったあの姿なので、いつもの姿が公に知られているわけではないがここは念には念を、である。二度に渡りヴォルクに言いがかりをつけて襲撃してきた謎の人物という実績もあることだし、普段の姿で大丈夫とは言い難い。

 そう、ちゃんとした理由がある。ちゃんとした理由があって、ヴォルクはこれがヴォルケルド・レオマティアだとすぐには分からないであろう巨乳美人の姿をしているのだ。そのことを俺は自分の脳にしっかりと叩き込まねばならない。邪な考えを抱いている場合ではないのだ。

 実際、結構危うい状況ではある。

 ラーテの背に乗っての移動になるから、風の抵抗やらなにやら乗っていて不便が無いような調節をヴォルクはしてくれている。が、その代わりそれ以上のことをヴォルクは出来ないのだ。

 というのも、せっかく変装していてもヴォルクの魔力を察知されてしまったら元も子もないからである。変装して、空の旅を多少快適なものにする程度のちょっとした魔法なら誤魔化しがきくそうだが、身体強化やら攻撃やら防御やらとなるとそうもいかない。つまり、万が一戦闘に巻き込まれるような事態に陥った時、ギリギリの状態になるまではヴォルクは参戦できないということである。ヴォルクが参戦したら最後、ほんの小競り合いを大規模な総力戦に昇華させかねない。それは出来る限り避けたいことだった。

 万一の場合にはラーテがどうにかするとは言っていたけれど、出来ればその時ラーテには逃げることに専念してもらいたい。となると、攻撃を防いだり相手が近寄らないよう牽制したりするのは俺の役目だ。一応それなりの準備もしてきたけれど、あまり自信は無い。これを試してみる時間もなかったのだ。

 胸元に忍ばせた札にそっと触れる。ほぼ思い付きのようなもので作ったこれがちゃんとした効果を発揮するかどうかは賭けだ。使うことが無いに越したことは無いけれど、もしその時が来てしまったら、俺の思う通りの効果を発揮してほしいと祈るばかりである。

 魔力の結晶(エレメメ)を細かく砕いたものを水に溶いて、俺の血を少し混ぜて作ったインクで描いた札。魔法というよりは呪いの類に近いのかもしれない。この世界に呪いという概念があるのかどうかは分からないけれど。

 魔法陣を描くときと同じ要領で式を縁取るように書いて、中央には漢字で『無』とだけ書いてある。アンクレットの時に日本語が通じたから、もしかしたらこの世界の言葉でなくとも効果が出るのかもしれないという期待を込めてのことだ。もし漢字でも魔法陣として成り立つのであれば、効果の幅がぐっと広がる。なんせ、漢字は読み方も意味も幅広い。たった一文字で色々なことが出来る可能性がある。

 魔力の結晶(エレメメ)を砕いて使ったのは魔力が扱えない俺でも魔法が発動するようにするため。俺の血を混ぜたのは、魔力の結晶(エレメメ)と混ぜ合わせることで疑似的な俺の魔力ってことにならないかと考えたためだ。この考えが理論的に正しいのかどうかは分からない。なんせヴォルクにもシキにも勿論ラーテにも相談せず、夜な夜な一人でこっそり作ったからだ。これを作るために指の先を少し切ったと言えば呆れ顔からの説教が待っている予感がする。お説教されるのはごめんだ。

 ちなみに護身用魔法陣は使えない。あれは特にヴォルクとシキとの相性が悪すぎて、二人をはじいてしまうことがあるのだ。精霊と妖精という、ほぼ魔力の塊みたいな二人だからだろう。護身用魔法陣は魔力に反応して作動するように作られてしまっている。いざとなったら投げて使うぐらいの使い方は出来ると思うけれども。


「ここからがボルグレーだ。あの一番高い山に向かってくれ」


 色々なことを考えていたら周囲の景色を楽しむ暇もなくボルグレーに来てしまった。

 事前情報の通り、地上には本当に何もない。手つかずの自然がただただ広がっている。これはこれで中々の絶景だ。自分の中に眠る冒険心をくすぐるような魅力もある。ここに秘密基地をつくったら絶対に楽しいと思う。

 だが楽しい光景ばかりではない。所々で黒い煙が立ち上っているのはおそらくルディネリオの兵士によるものだろう。ただ野営しているだけならいいが、そうでないとしたら。勝手に想像力が働いて緊張してしまう。頼むから何事もなくこのまま目的地に着いてくれ。


「あんまり心配するな、カナメ。ここまで来たら逆に安全だよ」

「そうなのか?」

「ああ。森が多いだろ? そのせいで俺たちからは地上の様子がほとんど分からないし、逆に地上からも空がほとんど見えない。開けてる場所だけ気にした方がいいが、そんな分かりやすいところにいたら空から狙ってくださいと言ってるようなもんだからな。なにも気にせず、このまま通り過ぎればいい」

「なるほど……」


 確かに、ヴォルクの言う通り地上の様子はほとんど分からない。煙が立っている場所には誰かがいるかもしれないけれど、それ以外はどこに誰がいるかなんて分からない。シキ曰く、地上はルディネリオの兵士でいっぱいだそうだが、その事前情報が無ければ兵士がいるとすら思わなかっただろう。なるほど、警戒はしても心配しなくてもよさそうだ。それでも不安にはなってしまうけれど。


「あそこに何もない丘があるのが見えるか? そこに降りてくれ。確か、そこからエーマに行けるはずだ」

「分かった」


 あまり口を開くことも出来ず、ただドキドキしながらラーテの背にしがみついていると、やがてヴォルクがそう言った。辺りを見回してみると前方に開けた土地があり、その中央に小高い丘が見えた。多分あれのことだろう。あそこからボルグレーの首都『エーマ』に行けるということは、もうこの辺りも全部エーマということなのだろうか。あまり想像はつかない。

 あとから聞いた話だが、この小高い丘には『星降りの丘』という名前がついているらしい。木も何も生えていない、視界を遮るものが何もない場所だから星が綺麗に見えるそうだ。余裕があれば、ここから星空を眺めてみたいものである。

 星降りの丘のてっぺんに着地すると、そこから少しだけ歩いて下る。すると、崖を抉って作られたような洞窟の入口が現れた。ここから地下に降りていけるそうだ。


「じゃあ、ここから先は絶対に単独行動するなよ」

「ラーテと手を繋いでおくよ」

「ああ、そうしてくれ。で、歩いているときは絶対にその手を離すな」

「約束する」


 出発前にも同じようなやりとりをしたが、改めて釘を刺される。それ程までに危険ということは重々承知しているから、鬱陶しいとは思わない。むしろそこまで心配をかけて申し訳ないとすら思う。俺がもうちょっと一人で戦える程度の力があればヴォルクの心労もここまでじゃなかったと思うんだけどな。

 ラーテが人の姿になるなり俺はその手を取る。ちょっと恥ずかしい気がしなくもないけれど、人の目なんて気にしてる場合ではない。文字通り死活問題に関わる。

 とはいえ、ちょっと緊張感に欠けるのもまた事実だ。いや、逆に妙な緊張感があると言えばあるが。だって、シキを除けば見た目は完全に女子三人による女子旅なのだ。しかし内二人が変装した男と、精神が男という組み合わせ。いくらなんでも盛りすぎだろうと我ながら思う。現実だから仕方ないのだけれども。現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。

 そんな緊張しているのかしていないのかよく分からない心持のまま洞窟へと足を踏み入れる。そういえば灯りはどうするのだろう。ヴォルクが用意してくれるのだろうか。一応俺はただの人間なので暗闇では何も見えないのだが。

 地下へと続く道は緩く下りながらカーブしている。曲がり切れば外の明かりが届かなくなって完全な暗闇になるだろう。ラーテには悪いが、いよいよ困ったらラーテにしがみついて歩くしかないな。


「……明、るい?」


 そんなことを考えていたというのに、進めば進むほど辺りは暗くなるどころか逆に明るくなっていった。松明のようなものが設置されているわけではなく、地面や壁面がほんのり発行しているように見える。そういう魔法か何かが仕組まれているということなのだろうか。


「全部ルッチカ鉱石。鉱脈」

「ルッチカ鉱石?」

「ずっと光る石。消えない」


 あまりにも俺がキョロキョロとしているからか、ラーテがそっと教えてくれた。その眼差しはどこまでも優しい。完全に好奇心旺盛な子どもを見守る母親の表情だ。ちょっと恥ずかしいけど、悪い気はしない。


「凄いな……運よく鉱脈がある土地に当たったってことか? それとも鉱脈があるからここに街を作ったのか?」


 どちらにせよそういったものを探る能力に長けていなければここまでのものは見つけられないだろう。そういった能力があるからこそ国を治められているのかもしれないな。首都と名前が同じだから、エーマ・ボルグラッドが築き上げた国と考えてよさそうだし。

 なんてことを考えていたのだが、シキから明るい声で「違ウヨ!」と言われてしまった。違うのか。何が?


「ルッチカ鉱石ハ 妖精ガ作ルンダヨ!」

「妖精が?」

「四季モ作レルヨ! ソレー! ッテヤルト 光ルンダヨ」

「ルッチカ鉱石以外にもそういう鉱石って結構あるぞ。大体は遊んでると出来る。俺がやると別物になるから作れないんだけどな」


 シキとヴォルクが口々に言う。どういうことだ? と一瞬混乱しかけたけど、そうか妖精と精霊だからそうなるのか。鉱石とか結晶とか、そういったものって漠然と『大自然の力』で出来上がるものだと考えていたけれど、妖精や精霊はその『大自然の力』そのものだ。目に見えるしこうして会話が出来るから分かりにくいけれど、そう考えれば納得のいく話である。ヴォルクに至っては炎という概念そのものなんだもんな。あんまり実感は無いけれども。まだまだ前世の常識が抜けきらない俺の脳には衝撃的なことがいっぱいだ。


「さて、着いたぞ。ここがボルグレーの首都、エーマだ」


 俺たちの前を歩いていたヴォルクがそう言って立ち止まる。地面をひたすら掘って作られた道はここまでで、ヴォルクの隣に立てば視界が一気に開けた。

 これまでの道とは比べ物にならない程大きく掘られた巨大な空洞はすり鉢状になっている。全部で五階層に分かれていて、俺たちがいるのは一番上の階だ。どの階層もぐるりと一周隙間なく建物の壁のようなものがある。窓のようなものもあるし扉のようなものもあるから、それぞれが個室になっているのだろう。看板もちらほらと見えるから店の類なのだと思う。植物は生えていないけれど代わりに水晶のような塊などがあちらこちらに生えている。当然のことながらルッチカ鉱石がこの辺りにもふんだんにあるらしく、全体的に明るい。光を厭い闇を好むと言っても、この程度の明かりなら問題が無いのだろう。

 ここでなによりも目を奪われるのは、この巨大空間の中央部に存在する王城だろう。王城は天井から下に向かって逆さ向きに鎮座している。地上から下向きに建てられている、と言えばいいのだろうか。城内部がどうなっているのか大変気になるところだ。

 凄いというありきたりな感想しか出てこないのが悔しい。でも凄い。文化の違い、常識の違いというものをこれでもかという程に見せつけられている。どの階層もここの住民たちが闊歩している様子が伺えるが、当然のように人族らしき種族はいない。それどころか二足歩行の種族がほとんどいない。どちらかと言えば足すらない種族の方が多い。

 一応、それぞれの階層を行き来できる階段が存在するけどその数は多いとは言えない。飛んだり跳んだり壁面を這ったりして移動しているから必要ないのだろう。面白いな、本当に。

 そんな中、珍しく人の形をした者がこちらに向かって飛んできた。色素の薄い紫色の髪を一つに束ね、黒の中に青い装飾を施した燕尾服に身を包んだその人物の背には蝙蝠のような翼が生えている。外見では女性のように見える。男装の麗人とはこのことを言うのだろう。美しく格好いい。


「……何用でしょうか。迷い込んでしまったのであれば今すぐ引き返すことを勧めますが、念のため用件を伺いましょうか」


 麗人は俺たちの目の前まで来ると顔色一つ変えることなく淡々と言った。歓迎してくれている雰囲気は微塵もない。追い返されないだけいいと思うけれど。


「なんだ、お出迎えと思ってたけど聞いてないのか」

「……? お客様がいらっしゃるとは聞いておりませんが……まずどちら様でしょうか」

「あー、これだとお前は分からないのか」


 麗人に対し親しげに話しかけるヴォルクと、ヴォルクが誰なのか分からず首をかしげる麗人。コントかな? いや、ここはヴォルクの変装スキルが高すぎるのだと思っておくことにしておこう。

 変装を完全に解く気は無いらしく、ヴォルクは麗人に見えるように右手を胸の位置まで持ってくると、そのまま右手を黒い炎に変えた。それを見るなり麗人はハッとして、それから少し表情を和らげた。どうやら伝わったらしい。


「まさかその様なお姿をされるとは思っておりませんでしたよ、ヴォルケルド」

「俺なりに考慮したんだよ。で、今エリオットってことは、エーマはしばらく後か」

「恐らく一刻(にじかん)は後になるのではないでしょうか。よろしければ姉上になるまでお話をお聞かせいただければと」

「本当に何も知らないんだな」

「ええ、何も。そちらの方は……人族、でよろしいですか?」


 エリオットと呼ばれた麗人は俺にちらりと視線をやるとやや戸惑った表情を浮かべる。ヴォルクが突然女装して現れた上に人族を連れて来たらそりゃ困るよな。どうしよう、何か言った方がいいだろうか。自己紹介とか? でもこの人雰囲気的に貴族っぽいし、ここにそういったマナーがあるのか分からないけど勝手にこちらから声を掛けてはいけないとかそんなのがあったらまずいよな。どうしたらいいんだろう。


「ああ、その通りだ。その辺りも含めて説明する」

「よろしくお願いします」


 もだもだしている俺をよそに、ヴォルクはさらっと返す。俺の名前を言いすらしないのには何か理由がありそうだ。よし、黙っておこう。

 こうして俺たちは観光をする暇もなくさっさと入城することになったのだった。

悪役令嬢ものでよく出てくる夜会とかで男性が来ている煌びやかなあの服は燕尾服とはまた違うんでしょうか私にはわかりません

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