五十二ページ目:依頼のままに
気を抜くとすぐご飯の話になるのが最近の悩みです
ヴォルクが心底嫌そうな表情を浮かべている理由も気になるが、それよりもまずは行き先がボルグレーであることに俺は何よりも驚いていた。この世界のこと、九つの国のことを調べていく中で、おそらくボルグレーにだけは絶対に立ち入ることは無いだろうと思っていたのだ。
ボルグレーは吸血鬼エーマ・ボルグラッドが治める国で、なんでも主要な街や施設は全部地下にあるらしい。裏を返せば地上には何にもなく、ボルグレー全土において荒野が広がっている。というのも、ボルグレーの国民は基本的に光が大敵な種族ばかりだからだ。王であるエーマ・ボルグラッドもその筆頭である。
光を厭い、闇を好む種族というのはやっぱりどこの世界でも共通なのか肉食であることが多い。俺のようなか弱い人族が無防備に赴けばあっという間にどこかの誰かの胃袋の中だ。食べてくださいと言っているようなものである。
そりゃあヴォルクも躊躇するだろう。レオマティア国内ですら俺の一人旅を阻止しようとするような男だ。しかもそのヴォルクの目を搔い潜って旅行した結果、誘拐されかけた俺である。常人ですら危険極まりない国になんて行かせたくはないだろう。
まあ、行けるんだったら俺はいくらでも行っちゃうんだけどな。
「行く! 受ける受ける! その依頼やる!」
二つ返事で意思を表明すると、ヴォルクは「お前はそういう奴だよなぁ……」と深くため息をついた。俺のことをよく分かってらっしゃる。こう言ってしまうとちょっとアレだけれど、ヴォルクが関わっている以上は俺の身の安全って保障されているようなものだし。しかも、ラーテにも声を掛けたってことはラーテも一緒に行くってことなんだろう? 危険な目に遭う可能性を極限まで減らされているのであれば行きたいに決まってる。
「ってことなんだが、どうだ?」
「カナメに付いていく」
ヴォルクがラーテにも話を振ると、ラーテも当然のように頷いた。うんうん、綺麗に話がまとまったな。となると次にやるべきことは……荷造りか? 肖像画を描くってことは画材を持っていく必要があるよな。いや、まずはボルグレーにいったら何を見るか情報収集をした方がいいだろうか。危険な国って知ってから、行けると思ってなかったからあんまり情報を集めてないんだよな。荷物についてはヴォルクがなんか色々としてくれるような気がするし、転移用魔法陣もあるからどうにでもなる気がするな。
「黒焔様 聞イテ来タヨ!」
「お? シキ、どこ行ってたんだ?」
「黒焔様ノ オツカイ!」
さてどうしたものかと考えていたら、シキが勢いよく視界に飛び込んできた。カレーを食べる前からずっと静かだとは思っていたが、なるほどヴォルクに何か頼まれごとをしていたのか。
シキの登場はどうやらヴォルクにとってタイミングが良かったらしく、ヴォルクは表情を少し和らげて「どうだった?」と主語もなしに尋ねた。
「スッゴク 悪イヨ!」
元気よく答えるシキ。その元気の良さに誤魔化されそうになってしまうが、流石の俺でも良くない報告であることは分かったぞ。元気よく明るく答えられるような内容じゃないこともな。その証拠に、ヴォルクの表情がみるみるうちに難しくなっていく。
ヴォルクは特に何も言わずに、シキの言葉の続きを待っているらしい。全部聞いてから何か言うつもりなのだろう。シキもその意図を汲み取って、話を続けた。
「『ルディネリオ』ハ 今モ毎日 誰カガ 殺サレテルヨ」
「『ボルグレー』ノ仕業ダッテ 皆言ッテタヨ」
「デモ『ボルグレー』ハ 『ソンナ汚イ食ベ方シナイ!』ッテ 怒ッテタ」
「『ボルグレー』ノ地上ハ 『ルディネリオ』ノ兵士デ イッパイダヨ」
「……なるほど、ほとんど全面戦争みたいなもんだな」
「ミタイダネ 『ルディネリオ』ノ魔王様ハ 何モ シテナイミタイダケド」
「そりゃそうだろうよ。してないんじゃなくて、出来ないんだけどな」
シキへの頼み事はボルグレーに行くにあたっての視察ってところだったらしい。なんだ、俺が依頼を引き受けるの見越して準備万端じゃないか。あんなに渋い顔をする必要ってあったのか?
シキが『悪い』と評価した意味はよく分かった。ルディネリオで惨たらしく殺された死体が見つかったという話は前にも聞いたことがあったけど、まだ続いていたんだな。だからこそ状況が悪化の一途を辿って、ルディネリオとボルグレーがほぼ全面戦争を起こすぐらいの事態にまで発展してしまったと。元々関係の悪い国同士だから、今のご時世が余計に大義名分になってしまったんだろうな。多分、もう少し世の動きが違っていれば冷静に犯人探しを始めるところからだったとは思うけど……犯人探し、今はされているのだろうか。
それにしても、ルディネリオの魔王は何もしていないってどういうことなんだろう。いや、ヴォルク曰く何も出来ないのか。自国が大変な状況だというのに、手出しできないもっと大事なことがあるのか? うーん、お国のことはよく分からない。
「さて……現状も分かったところで、改めて依頼についての話を詳しくさせてくれないか? 引き受けてくれるのはありがたいが、経緯とこれから起こりそうなことについては知っていてほしいんだ」
頭の中でシキの話を整理し終えたのか、ヴォルクは改めて俺たちに向き合ってそう言った。そうだな、肖像画を描くって聞いただけで誰の肖像画を描くかすら聞いてないし、そんな状況にもかかわらず肖像画の依頼を出した気楽な依頼人についても気になる。もちろん、ヴォルクがそれを引き受けた理由も。ここはきちんと話を聞いておこう。変なことに巻き込まれて死にたくもないしな。
「ボルグレーの状況は妖精の話の通り、かなり悪い。ルディネリオの各所でほぼ毎日見つかる死体のお陰で疑いの目を向けられているし、現状それを晴らす手段が無い。死体が街のど真ん中で見つかるから迂闊に手出し出来ないんだろうな。ルディネリオ国内に魔王が不在ってのも大きい。魔王同士で直接話が出来ないからボルグレー側は静観するしかないし、バンバン殺されまくってるルディネリオ側は一刻も早く状況を打破しようと短絡的な連中が勝手に動いてるってところだろうな。魔王が戻れば変わるだろうが、そっちはしばらく難しいだろう」
「なんで魔王が不在なんだ?」
「世界各国をまわってるからだ。カナメも会っただろ?」
なんでもないように言ってくれるが何の話だ? 俺はいつどこでヴォルク以外の魔王に出会ったんだ。そんな軽いノリで言ってくれるような相手じゃない気がするのだが。こっちは一般庶民だぞ。いや、魔王に甲斐甲斐しく世話をされている時点で一般庶民と言っていいのか微妙なところではあるし、一応国お抱えの絵師ってことになってるらしいけども。
あとすごく嫌な予感がする。
ルディネリオ出身で、俺が出会ったことをヴォルクが知ってて、世界各国を回っているような人物に心当たりがある。四人ほど。あの中の誰かって話なら……この世界、とんでもない世界観だなって改めて言わざるを得ないんだが。
「クラレオ・フェグラウ・ディリガ。あのいけ好かない魔術師がルディネリオの現魔王だ。代替わりしたばっかでまだあんまり名前は知られてないけどな」
わあ、フルネーム初めて知った。
そりゃあヴォルクと相性が悪いわけだよな。だって魔王同士なんだもん。相性良かったらとっくに同盟なりなんなり結んでると思うんだ。国同士の話だからそんな単純じゃないのかもしれないけど。
というか、クラレオが魔王なら、本当になんで勇者御一行として戦争を終わらす旅をしてるんだよ。おかしいだろ。ディミオが『よくわかんないけどねぇ』って言ってた意味ってこういうことか? 魔王なのにラルガにくっついて旅をするって言いだして本当についてきた意味がよくわからないってことか? おいおい、せめて仲間には話しておけよ滅茶苦茶重要そうな理由がありそうだし、それを話しておかないことで後々面倒ごとになりそうな気配がするぞ!
……と、俺のお気持ちを述べたところでどうにもならないのだけれども。俺部外者だし。
「さて、話を戻すぞ。そんな状況で肖像画を描いてくれって言いやがった間抜けがエーマ・ボルグラッドって奴だ。自分の国がそんな状況で、いつ自分が死ぬか分からないからその前に自分の姿を見ておきたいんだと」
……うん。ここに関しての驚きはそんなにない。ヴォルク経由で依頼が来る時点で大物だってことは分かってた。登場人物が魔王ばかりでそろそろ感覚が狂ってきそうな気もするけど。
でもまあ、肖像画を描いてほしい理由は魔王らしさがなくてちょっとほのぼのしてしまうな。吸血鬼は鏡に映らないというから、多分これまで一度も自分の姿を見たことは無いのだろう。だから自分がどんな顔をしているのか、どんな姿をしているのか見てみたいと。そんな可愛らしいささやかな願いが自分が死ぬかもしれないって時に出てくるのは少し物悲しい気もするけれど。
「ってのは建前で……いや、半分ぐらいは本気だろうが。本音は、カナメに興味を持ったから会わせろってさ。どこからどう話が漏れたのかは分からないが、アイツに興味を持たれた以上は付き合ってやるしかない。悪いな、カナメ」
一人でほのぼのとしていたらヴォルクの話はまだ続いていて、ヴォルクは心底うんざりしたような表情を浮かべていた。エーマ・ボルグラッドが興味を持った、エーマ・ボルグラッドに俺の存在がバレたというのが嫌なんだろうな。
俺は俺で、なんで一国の王が俺に興味を持つんだ? という疑問でいっぱいだが。それは現地に行って本人に直接聞いてみるしかないんだろうな。
「……とまあ、経緯はこんなところだ。質問はあるか?」
「ボルグレーって何が美味しいんだ?」
「…………」
俺の率直な質問に対し「この話を聞いても尚出てくる質問がそれなのか」とでも言いたげな視線を送ってくるヴォルク。いやぁ、目は口程に物を言うって本当だな。
でも仕方ないと思うんだ。依頼に関しての話は今のが全てだろうし、気になることはヴォルクよりもエーマ・ボルグラッドに聞いた方が早いし確実だ。だったら気にするべきところは食事と、ボルグレーでしか見られないような景色だよな。せっかくこんな機会でもなきゃいけないような国に行くのだから目一杯楽しみたいところだ。
やがてヴォルクは諦めたようにため息をつくと、しばし沈黙をして考える様なそぶりを見せる。が、その口から俺の質問に対する答えが出ることは無く、困ったような視線をシキに送った。え、まさかないのか? 美味しい食べ物。
「要ガ食ベル物ナラ 『ルクトゥ』ガ アルヨ!」
心配していたのも束の間、すぐにシキが朗らかな声でそう答えた。よかった、味音痴な国ではないらしい。
よくよく考えてみれば、肉食な種族が多いから肉類は生食オンリーです、みたいな可能性もあったのか。生肉は食えないこともないが場合によっては危険だもんな。
ヴォルクが「それがあったか」みたいな表情を浮かべているので、『ルクトゥ』なる食べ物はきっと俺が食べても何の危険もないものなのだろう。あと問題があるとすれば俺の好みか。幸いにして、この世界に来てからというものそこまで苦手な食べ物に出会ったことが無いから大丈夫とは思いたいが。
ところで『ルクトゥ』ってどういう料理なんだろう。
「ルクトゥは薄く焼いたチーズでチーズクリームとかを挟んだものだな。チーズクリームの時もあれば、ただのチーズの時もある。チーズの種類も色々あるが、まあチーズならどれを食べたって大丈夫だろう」
なんだそれは。滅茶苦茶美味しそうじゃないか。食べたばかりだというのに中々に食欲をそそってくれる。罪深いな。
チーズ『なら』という言い方が気になるけれど、ひとまずボルグレーに行ったらチーズを食べるというのは確定したな。種類が色々とあるのなら、食べ比べをしてみてもいいのかもしれない。でも、チーズばっかりだと流石に重いし飽きる可能性もあるな。できれば他のものも食べてみたいところではあるのだけれども。
そんなことをポツリとこぼしてみると、ヴォルクが物凄く渋い表情を浮かべた。ついでに隣でシキもヴォルクの真似をして渋い表情を浮かべている。おいおい、キュートな妖精フォルムでそんな表情を浮かべてくれるなよ。
「一応……カナメが食べられそうなものは他にもあるには、ある。肉とか」
「焼イタ オ肉トカ チーズヲ カケタ 串焼キトカ アルヨ」
渋い表情のままモゴモゴと言いづらそうにヴォルクとシキは言う。なんで食べ物の話をしているだけなのに二人はこんなにも歯切れが悪いのだろう。歯切れが悪いというか、ちょっと気まずそうというか。
「ただ、何の肉が出るかっていう問題がだな……」
「何の肉か?」
「何肉カ 書イテナイコトガ 多インダヨ」
「……つまり?」
「……流石に、知らないうちに人肉を食べてた、なんてことは嫌だろう?」
あっ。
ボルグレー、怖い。
肉食なお国柄なんだから人肉だってあるの当然ですよねぇ




