五十一ページ目:構想のままに
お久しぶりです
カレーって美味しいですよね
もうとっくに食べ終わってしまったのでカレーは俺の胃の中にいるのだが、どうしてもカレーの感想が言いたい。
最高に美味かった。
適当なスパイスを突っ込んだからどんな味になるのか分かったものではなかったが、そこは鍋の力が存分に発揮されて馴染みのある家庭的なカレーの味だった。一口食べた瞬間に懐かしさのあまり泣きそうになったのはここだけの話だ。多分一人で食べていたら号泣していたと思う。みんながいたから堪えたけれど。
鍋を使ってみた感想だが、聞いていた話よりもずっと魔力の結晶の消費が少なかったというのが一番大きい。一回の調理で魔力の結晶一つ分を消費すると聞いていたけれど、実際は十分の一にも満たないぐらいなんじゃないだろうか。多分これは使っている食材と調理手順によるんだろうな。白湯でサンドを再現するなんて暴挙を犯せば大量の魔力を消費するけど、かなり近しい食材と調理手順で作るのであればそれなりの消費量で済む。
メリットでもありデメリットでもあるが、良くも悪くも想像通りの味が作れる鍋だった。かなり画期的なアイテムではある。想像を超えることは決してないから、あくまで思い出の再現程度に使うことにしよう。懐かしい味が食べられるのは嬉しいことではあるし。
さて。
カレーをたくさん食べたかったので、鍋におさまるギリギリの量を作ったはずだったのだけれど、食べる数が多かったせいであんまり残らなかったな。あと一食分ぐらいしか無いと思う。これは俺が明日一人で楽しもうかな。
なんて考えていたわけだけれども、ヴォルクが鍋に残ったカレーを眺めて何やら難しい顔をしているのでもしかしたらこの残り物のカレーは食べられないかもしれないな。何をやっても絵になってしまう顔のいい男は一体カレーを真剣に眺めて何を考えているのやら。
「カレーがどうかした? おかわりが欲しいのか?」
「ん? ああ、いや、おかわりが欲しいんじゃないんだ。このカレーって料理、どういう料理か詳しく教えてくれるか? シチューとは違うんだろう?」
なるほど、未知の料理について色々と考えていたのか。
……そういうのって、食べる前に聞くもんじゃないのか? 恥ずかしさでテンパって勧めた俺が言うのもなんだけどさ。毒入りだったらどうするんだよ。実際、ヴェネズィオンのジャガイモを使っているからある意味毒入りだし。
この魔王様、特に俺に対する警戒心というか危機感が足りていない気がする。
「カレーは……そうだな、多分スパイスを使って煮込んだ料理って定義だな。今回の味は俺の記憶の中にあるものをこの鍋で再現しただけだからこのスパイスでこういう味になるのかは正直分からない。俺が知ってる味はこういう味だったのが多いけど、もう少し違う味もあるんだ」
「違う味?」
「説明が難しいんだけど……なんだろう、大体はこういう香りをしてて、ドロッとしてるんだけどもう少し辛かったり、甘かったり、野菜の味がしたり、もっと肉の味がしたり。具材も全然違うものを入れて作ることもあるし、米じゃなくてパンとかナンとかと一緒に食べることもあるし」
キーマカレーとかグリーンカレーとか少し考えただけでも色んなカレーの種類が出てくるから説明が難しいな。なんならドライカレーとかスープカレーとかもあるから煮込み料理ですら無いときもある。カレーって概念難しすぎやしないか? 慣れ親しんだ料理だから深く考えたことはなかったけれども。
そもそも、カレーという概念を知らない人間に遭遇したことが無いから、説明する必要性すらなかったんだ。仕方のない話だと思う。カレーという料理が世に溢れていたから誰しも一度は食べていただろうし。
「ナンっていうのは?」
「えーっと……シャシャ麦をこねて焼いたもの、かな。パンよりも膨らんでない」
そうか、パンはあってもナンは無いからその説明もしないといけないのか。だがしかし当然のことながらナンを作ったことが無いのでパンとの明確な違いを説明することが出来ない俺である。あの白くてもちもちの物体はどうやって作っているんだろうか。激しく叩きつけながら生地をこねて、釜の内側に貼り付けて焼いているイメージはあるけども。
あとはカレーと言えばカレーまんの存在を伝えたいところではあるが、肉まんという概念が存在しないんだよなぁ。もっとわかりやすく、この世界にもある料理で説明するとしたら……ああ、そういえばおやきがあったな。
「もっと水分を少なくして、パケムの具材みたいにすることもある」
「なるほど。思っていた以上に面白い料理だし、色々と期待が出来そうだな」
口元に手を当てながら、ヴォルクは感心したようにしきりに頷いていた。俺からしてみればなじみ深いよくある家庭的な料理だけど、ヴォルクからしてみたら違うんだろうな。でもカレーにできる期待って一体何なんだろう。
疑問でいっぱいの視線を何となくヴォルクに向けてみると、俺の意思を汲み取ったのかヴォルクは柔らかく微笑んで「かなり凄いことになるかもしれないぞ、これ」と言った。益々わからない。
「カナメはこれらを料理に使うからただのスパイスって考えてると思うが、元々は全部薬草の類だ。香りやら味やらがいいから料理にも使えるが、薬に使う方が圧倒的に多い」
「なる、ほど……?」
「端的に言えば、色々な薬草をぶち込んで煮込んだ栄養価の高い薬ってことになる」
「それは凄いな!?」
思っていた以上に凄かった。調理法とか処理の仕方があるから薬らしい効果がそれほど出るわけでもないのかもしれないけれど、材料だけで考えたらそんなことになるのか。カレーってすごいな。
それにここは異世界だ。前世基準で物事を考えてはいけない。前世では薬らしい効果とかは特になく、ただの美味しい料理だったとしても、こちらではヴォルクの言う通りほぼ薬みたいな料理になるのかもしれない。しかも美味しい。最高である。
「具材が何でもよくて見たところ調理手順も簡単だったから野営でも使える点も大きいな。使うものによっては兵の増強も出来そうだ。一気に大量に作れるから単純に腹を満たすのにも使えるし、活用法が多いから携帯食としても優秀そうだ。何より面白いのがいい」
しれっと凄いことを言っているが、もしかして、使うスパイスの組み合わせをどうにかしたらお手軽にドーピングカレーが出来てしまうってことか? 戦争真っただ中のこのご時世に、俺はとんでもないものをこの世に送り出してしまったのではないだろうか。
いや、深くは気にしないでおこう。凄いのは先人の知恵だ。俺は昔懐かしい味を楽しんだにすぎないし、そこに活路を見出してしまったヴォルクの着眼点が凄いということにしておこう。
「申し訳ないが、この残ったカレーを持ち帰ってもいいか?」
「いいけど……どうするんだ?」
「城の料理人にこれの再現が出来ないかやらせてみる。その鍋を使わなくてもこれと似た味を作れると思うんだ」
「構わないよ。簡単だけど作り方も書いて渡そうか?」
「ああ、そうしてもらえると助かる。レシピ料は後日渡そう」
そう言うとヴォルクは耳元に手を当てて別の誰かと話し始めた。「薬草を一通り集めてくれ」とか「ロルに見てもらいたい」とか言いながら指示を飛ばしているようだったから、多分早速カレーの話を王城にいる誰かにしているんだろうな。
何気に大事になっているような気がする。いや、よくよく考えてみればここに一国の王がいる時点で大事なんだった。なら仕方ないか。
「カナメ、渡すもの」
ああ、そういえばラーテは俺に渡すものがあってここに来たのだったか。ヴォルクが居なくなるなり俺の視界にグイと入ってきて相変わらず言葉少なに手を突き出してきたラーテを見てようやく思い出した。
突き出された手の中に入っているものを受け取る。それは、美しい緋色をしたビーズのようなもので作られたブレスレットだった。
なにか石のようなものを一つ一つ小さく切り出して加工したのだろう。ビーズのようなものは形や大きさが不揃いで、だからこそランダムに反射する光が美しい。鉱石などに関する知識がないからこれが何で作られているのかはさっぱり分からないけれど、透き通っているわけではないのに透明感のある不思議な色合いと輝くような緋色から察するに、良い素材が使われているであろうことは想像に難くなかった。
つけるとしたら、左手は護身用魔方陣をつけることが多いからこれは右手かな。右手にしよう。そんなことを思いながら右手に試しにつけてみる。これまで、右手にはブレスレットをほとんど付けたことが無かったから慣れるまでは違和感があるだろうと思っていたが、ラーテから貰ったブレスレットはやけに肌馴染みが良くてつけた瞬間から何の違和感もなかった。ずっとつけていたと錯覚するぐらいには馴染んでいる。それだけいいものってことなのだろうか。
「緋が作った」
「ラーテが? すごいな!」
しばらくブレスレットを眺めているとラーテがそんなことを言うので思わず感嘆の声が漏れた。こんな細かいものが作れるなんてラーテは器用なんだな。
顔を上げてラーテを見てみれば、ラーテは途轍もなく嬉しそうに幸せそうに微笑んでいた。ブレスレットを作ってもらったのは俺だというのに、ラーテがそんな表情をするのか。それはなんというか、なんだかちょっと気恥ずかしくもあるけれど、こちらも一緒に幸せな気持ちになれてしまう。形容し難いあたたかい感情が胸の奥からこみ上げてくるような感覚はきっと気のせいではないだろう。
ふとラーテの右手に視線を落としてみれば、そこには俺と同じ緋色が輝いていた。もしかしてこれは。
「同じの」
俺の視線に気づいたのだろう。ラーテは自分の手首のブレスレットを指さしてふにゃりと笑った。なんだこの愛おしい生き物は。抱きしめたい。抱きしめてもいいだろうか。見た目は同じ女性同士なのだし、そのぐらいのスキンシップは許されるだろうか。許してほしい。
プレゼントをくれるというだけでも嬉しいのに、手作りな上にお揃いときた。喜ばずにはいられない。感情が荒ぶる。面白いぐらいに頬が緩んで笑顔のまま戻らなくなりそうだ。今なら空だって飛べる。
「ありがとう、ラーテ。すごく嬉しい」
昂った感情を抑えられる訳もなく熱い抱擁を交わす。あ、すっごくラーテからいい匂いがする。香水だろうか。それともボディソープの類だろうか。なんにせよすごく好きな香りだ。
「どうかしたか?」
「聞いてくれヴォルク! ラーテがくれたんだ」
と、そこへタイミングよく部下への指示を終えたヴォルクが戻ってきたので、俺はすかさずラーテから貰ったブレスレットを自慢することにした。やっぱりこういうものって見せびらかしたいよな。
「へぇ、それはよかった──な」
最初は微笑ましいものでも見る様な表情のヴォルクだったが、ブレスレットをまじまじと見るとギョッとした表情を浮かべた。人の表情がコロコロと変わるさまは面白いな。じゃなくて、何に驚いたんだろう。やっぱ物凄くいい素材を使っているとかなのだろうか。超高級品だったらどうしよう。ラーテから貰ったものだし、ラーテとお揃いだから出来れば毎日身に着けていたいぐらいだけど、超高級素材とか使われていたら気軽に着けられない気がする。ちょっと怖くなってきたな。
「……これはラーテが作ったものか?」
「うん」
「じゃあ素材は」
「緋の鱗」
「…………だよな」
得意げなラーテに対し、ヴォルクは力なく笑った。
なるほど、ラーテの鱗を使っているからこんな綺麗な緋色をしているのか。形が不揃いなのはラーテ自ら鱗を加工したからなのだろうな──いやちょっと待て。ラーテの鱗だって? ドラゴンの鱗? なんかもう響きだけで物語の終盤に出てきそうなアイテムぐらいの強さを感じるのだがこの価値観は果たしてこの世界にも通用するのだろうか。
「悪いもの寄せ付けない。カナメを守る」
「ああ、そうだな。ドラゴンの鱗で作られた装飾品には魔除けの効果があるって昔から言われてるな」
「へぇ、そうなのか」
「……まあ、本質はそうじゃないんだけどな」
「本質?」
「とりあえず、それ肌身離さず持ってろよ」
ヴォルクは何とも言えぬ表情を浮かべたままそう言って、それ以上のことは教えてくれなかった。魔除けが本質じゃないってどういう意味なんだろう。いつか分かる日が来るのだろうか。どこかでちょっと調べてみようかな。ラーテも教えてくれなさそうだし。
「まあ、ある意味でタイミングが良かったな」しばらく考え込むようなそぶりを見せていたヴォルクだったが、やがて何か妥協点を見つけたのかそう呟いて一人頷いた。そして改めて俺たちの方を見て言う。「カナメに仕事の依頼があるんだが、ラーテも一緒に聞いてほしい」
そう言えばヴォルクは今日何をしに俺のところに来たのか何にも聞いていなかったけれど、どうやらそれが用件だったらしい。仕事の依頼って珍しいな。しかもラーテも一緒に聞いてほしいってどういうことだろう。
「俺と一緒にボルグレーに行って、肖像画を描いてもらいたい」
そう言うヴォルクは何故か途轍もなく渋い表情で、心底嫌そうだった。




