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四十九ページ目:舞い散るままに

超お久しぶりです

 青い空。

憎いくらいに眩しい白い雲。

暑すぎず寒すぎず、気持ちよく過ごせる最高の気温。

 俺の日ごろの行いが良かったのか何なのか、アイシムリアを観光すると決めた今日の天気は最高だった。昨日は雨が降っていたおかげで魅力が半減していた街並みが今日はこれでもかと言わんばかりの魅力を放っていて、朝から景色を記憶にとどめるのが忙しい。昨日の雨の影響で、ところどころに水滴が残っているのが余計に街を美しくさせていた。

 果たして俺は今日中に帰れるのだろうか。無理そうだったら駄々をこねてもう一泊しよう。そのぐらいならヴォルクもなんだかんだで許してくれそうな気がする。


「要! 今日ハ何ヲ食ベルノ? 何ヲ食ベタイノ?」

「見つけた。良いものを売ってる店。雑貨屋」

「面白イモノ?」

「面白いもの」

「行コウ! 行コウヨ要!」


 観光のお供は勿論シキとラーテ。ヴォルクの言いつけ通り護身用魔法陣を装備した俺にシキは近づくことが出来ないので、今日はずっとラーテの近くを飛び回っている。最初はシキに戸惑いを見せていたラーテだったが、景色を記憶する為に俺が黙って集中している間に慣れたらしい。今では円滑なコミュニケーションを図りつつ、俺に良さげな店や場所を教えてくれている。

 目利きの出来るラーテに、妖精ならではの情報網を持つシキ。なんだかんだで観光案内に最強の組み合わせだ。


「飯は……そうだなぁ。昨日いいもん食ったから、今日は食べ歩きがしたいな。シキ、知ってるか?」

「知ッテルヨ!」

「あとは甘いものも食べたいな」

「食べる」

「任セテ!」


 ううむ、素敵すぎるスムーズさだ。前世のスマートフォンに匹敵する有能っぷりである。むしろ、自分で調べる手間も無く、地図を見ずとも道案内をしてくれるのでシキの方が有能だ。機械と友人を比べるなという話ではあるが。


「……ん?」


 シキが教えてくれた串焼きやらコロッケのようなもの──流石妖精情報網。どれもこれも物凄く美味しかった──やらを食べながら歩いていると、どこか懐かしい花弁がひらりと舞っているのが視界に映った。

 限りなく白に近い淡い色合いの丸みを帯びた小さな花弁。よく知っている、見覚えのある花。

 でも、そんなことあり得る筈がない。この世界にはあの花は存在しないはずだ。植物図鑑を創る際に、俺はこの世界の植物を一通り調べた。あの花に似た花すら存在しないのを俺は確認している。知っている。記憶している。

 だったら何故。

 この花弁は一体。


「カナメ?」

「何ヲ探シテルノ?」


 ラーテとシキが声を掛けてくれているのは辛うじて耳に入ってきたが、それに応えられるだけの余裕は今の俺にはない。知らず知らずのうちに、俺は前世を、かつての故郷を恋しく思っていたようだ。こうして激しく動揺してしまう程度には、前世を感じられるものを欲していたようだ。

 周囲を見回す。この花弁がどこから舞ってきたのか。他にも舞っていないのか。

 探す。探す。

 探して、探し回って、似たようなものが目に入ると俺の足は勝手に走り出していた。

 あっちだ。

 あっちからこの花弁は舞っている。


「──ッ、は」

「……どうも、初めまして。なにか……私にご用ですか?」


 結論から言うと、たどり着いた先にあったのは桜の木ではなかった。

 桜に似た花でもなく、植物ですらなく、息を切らしてやってきた俺に不思議そうな表情を浮かべつつ声を掛けてきたのは精霊でも妖精でもなく、ただの人だった。

 俺と同じ、人族の青年。

 特異な点を挙げるとすれば、彼の右肩や左の脇腹が不自然に抉れていて、彼の周囲には絶えず桜の花弁の様なものが舞っているということだ。そのせいか、彼は風が吹けばすべて散ってしまいそうな儚さを持っていた。


「……あなた、は」


 走ったからというわけでもなく、声が震えた。気付けば大粒の涙がいくつも俺の目からあふれ出していた。そんな俺に、ラーテもシキも目の前の青年もギョッとした表情を浮かべながら俺に声をかけてくれるが、どの言葉も一つとして耳に入ってこない。

 俺はそのまましばらくの間、人目も憚らず泣きじゃくっていた。



花風病(はなかぜびょう)、といいます」


 俺の涙がようやく止まると、青年──ルサカはそう切り出した。桜のように舞い散っているのは何故なのか、という言葉にしていない疑問に対する答えだ。聞いてもいないのに答えてくれた、というのはきっとこの手の質問に慣れていて幾度となくこのようなやりとりをしているからなのだろう。


「その名の通り、風に吹かれた花のように身体が散っていく病です。一度散った身体は二度と元にはもどらないので、こうして身体が欠けているのですが……不思議なことに、生命活動に影響を及ぼすわけでは無いのです」


 言いながらルサカは自分の右肩を指さした。不自然に抉れたそこは二の腕の一部まで及んでいて、よく見てみれば恐らく右腕と胴体は繋がっていない。不格好になった布の下に、その部分は存在しないのだろう。

 でも、彼の言う通りその部分が無いからと言って他に影響があるわけでもなく、右腕はなんの不自由もなく動いていた。まるで、胴体と繋がっているように位置がずれることも無く、自然な位置で動いている。

 本当に不思議なものだ。

 その欠けてしまった部位の断面──断面という表現が正しいのかは分からないが──がどのような状態になっているのか、興味がないわけではないが、流石にこの場でそんな好奇心を満たそうとするほど思慮に欠けていない。

 否、そうではない。

 思慮に欠けていないから質問しないのではない。

 そんなことよりもずっと、彼に対して気になっていることがあるから、そんな些細なことに触れようという気が起こらないのだ。


「……花風病は不治の病なのです」


 俺の表情からルサカが何を汲み取ったのかは分からない。

 ただ、ルサカは何もかもを諦めたような柔和な笑みを浮かべて、極めて穏やかな口調で言った。今にも風に溶けて消えてしまいそうな儚い笑みで、もの悲しさはあれど悲壮感は決して感じさせることの無い口調で、咲き誇った桜の様な佇まいでそう言った。

 言葉を発することは出来ない。適当な言葉で彼を汚してはならない。同情などといった身勝手な感情を抱くこと自体が何処までも失礼だ。

 だから俺は、今も尚花弁を舞わせているルサカの姿をじっと見つめながら、その口が紡ぎ出す言葉の続きを待った。


「いつか身体の全てが散って、この世から存在が消えていく。そんな病なのです。進行も遅らせることも出来ないそうですが、だからといって、急激な速度で症状が進むことも無いそうです。だから、その日が来るまでは世界中を旅して、色んなものを見ておこうと思っておりまして」


 アイシムリアにも観光に来たのです、とルサカは俺から視線を外した。その先にあるのは海。アイシムリアのこの海をルサカは見に来たらしい。

 青い空、白い雲。どこまでも続く深い海に、透き通った砂浜。それらを背景に舞う桜の様な花弁と、今にも消えてしまいそうな儚い青年。ルサカという人物がこれまでどのような生涯を送ってきたのかは分からないが、少なくとも今のルサカを象徴するような光景がそこにあった。

 この一枚絵の様な景色を、ルサカという人物を、俺は形あるものとして残したい。ルサカの身体と共に消えていってほしくない。

 そんな俺の願望は気付いたら口から漏れ出ていた。


「絵……ですか?」


 ここで初めてルサカは困惑の表情を見せた。困ってはいるが、声のトーンから察するに嫌では無さそうだ。きちんと考える前に言葉が出てしまったので内心かなり焦ったが、これには少し安心だ。


「俺も、色んな景色を見たくて旅行をしてるんです。それで、見たものを形あるものに残しておこうって思って絵を描いていて」


 言いながら俺は荷物の中を漁る。あまり道具を持ってきていないから落書き程度のものだが、この旅行中に描いた絵が何枚かあるのだ。自分の絵を紹介するのなら、家にあるちゃんとしたものを見せたいところだが手元に無いのだから仕方ない。こういうときはスマートフォンが恋しく思うな。すぐに写真を見せられれば楽だったろうに。


「これは……不思議な街並みですね。どこですか?」

「トルーペルです。ここに来る前に行ったんですよ」


 ルサカは少しだけ目を輝かせて俺の描いたトルーペルの街並みをしげしげと眺めた。話を聞いてみれば、トルーペルはまだ行ったことが無いという。それならば、と俺はトルーペルで目にしたもの、耳にしたもの、感じたものについて少しだけルサカに話すことにした。ルサカの求める景色がどんなものかは分からないけれど、俺はあの街を面白いと感じたし、また行きたいと思ったから。

「ふふ、本当に面白そうですね」俺の話を聞き終えるとルサカは笑みを零した。諦めが混じったものではない、純粋に楽しそうな笑いだった。「いいですね。次に行ってみようと思います」

 どうやらルサカも旅をするにあたっての目的地はあまり決まっていないらしい。人の話を聞いて「いいな」と思った場所にフラッと行ってみるスタイルだそうだ。そりゃそうだよな。この世界にはインターネットなんて便利なものは存在しないから、情報を得る手段がどうしても限られてくる。本で調べようと思ったところで、知らない地域に触れるというのは中々難しいところではあるし。ましてや自国でないなら尚更だ。自国……じゃないよな?


「良い情報を教えていただいたお礼と言っては何ですが、こちらも一つ紹介させていただいても?」

「それはもう是非に!」


 願ってもない提案に、思わず食い気味に返事をしてしまった。一つと言わず色々と教えて欲しいところではあるがそれは黙っておこう。無粋というものだ。


「ディルザナイトには行ったことがありますか?」

「行った……というより、フーノウボ村に少しだけ住んでました。でもそれだけです」

「そうですか。ではマージェッドはご存知ですか?」


 知らない地名だ。俺は首を横に振った。

 フーノウボ村に居た時はここの言語を覚えながら旅行する為の資金を稼ぐのに必死だったし、情報収集なんてほとんど出来ていなかった。近辺なら多少は調べもしたが、田舎の村で調べられることなんてほんの僅かだ。なんせ、隣町に向かうよりも国境を跨いでしまった方が早いぐらいの場所である。今思えばかなり辺境の地だな。


「マージェッドはディルザナイトで一番大きな街なのですよ」


 俺の反応にルサカはやや驚いたような表情を見せた後、そんなことを言った。

 国内で一番大きな街を知らないというのは確かに驚きだろうな。でも、ディルザナイトの首都はたしかペリディカという名前だったはずだ。首都よりも大きい街があるとは……ちょっと面白いな。


「マージェッドにリリアリア美術館という美術館があるのです。きっと、貴方ならお好きなのではないでしょうか」

「なるほど、美術館」

「ええ。私が行った時には貴方と同じく風景を描く画家の絵が展示されていました。貴方の絵を見て、急にそのことを思い出したのです」


 中々興味深い話だ。この世界、風景画というのはあまり無い。だからこそ俺の絵が売れるわけなのだが、同じように描いていて、しかも美術館に飾られるような者が居るとは。どんな絵を描くのか、是非見てみたいものである。

 マージェッドのリリアリア美術館。是非行ってみよう。


「……さて、私はそろそろ行こうと思います。私を描きたいと言ってくださり、ありがとうございました」

「描き上がったら必ず貴方に見せますよ」


 ルサカは立ち上がり、伸びをするとまた儚い笑顔でそう言った。きっとこれは、諦めの感情だ。自分など描かれるわけもない。描かれたとしてもその絵を見ることはないという諦め。

 だから俺は、『必ず』という強い手段を使って約束した。生きてさえいれば、この世界のどこかにいれば、どうにかしてルサカを探し出して会いに行けるだろう。何故だかそういう根拠のない自信があったのだ。


「……あはは、貴方なら本当に見せてくれそうですね。楽しみにしていますよ」


 その自信がルサカにも伝わったのだろう。

 ルサカは最後に、眉を下げて困ったように笑った。でもその『楽しみにしていますよ』は皮肉でも社交辞令でも無く、本心のように聞こえた。


「じゃあ、またそのときに」

「ええ、またお会いしましょう」


 ルサカが動き出すと、花弁がふわりと辺りに広がった。

 空に舞い、気づけば溶けて消えていく儚い花。その後ろ姿はしばらくすると見えなくなった。


「……さて、俺たちも行こうか」


 ずっと待機していてくれたラーテとシキに声を掛けて、俺たちも歩き出す。

 また、ああでもない、こうでもないと他愛もない話をしながらシキが教えてくれたスイーツの店に向かう途中、俺の頭の中にはぼんやりとルサカのことがあった。

 この世界にも治らない病気がある。ルサカのように、死期が明確にわかってしまう病気がある。

 前世とは違い、今の俺の身体は病気になったところでまた生き返るだろう。花風病になっても唯一生き延びられる可能性だってある。自称神の寄越した祝福(プレゼント)はそういうものだ。

 だけど、ラーテとシキはどうだろうか。

 ドラゴンと妖精の寿命がどうなのかは知らない。人族と同じように病気になるのかも分からない。でも、ラーテもシキも、その命が無限でないことだけは確かだ。

 俺はいつか、自分ではない誰かの生死に向き合わなきゃいけない時が来るのかもしれない。

 きっと、その時はこんな体質でなければ知り得ることの無いようなものに直面するのだろう。そんなことを漠然と考えた。


 今回の旅行はこれで終わり。

 突発的に動き出したというのに、なんだかんだ考えさせられることの多い旅だった。

旅行やっと終わりました

次回よりお家に帰ります

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