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四十七ページ目:話し合いのままに

「人を欺いてまで無茶な行動を取ろうとするな」

「はい」

「ダメだと言われた理由をそれなりに考えろ」

「ごめんなさい」

「感情に任せて単独行動を取るな」

「返す言葉もございません」

「お前を探して回ってたこいつらにも詫びろ」

「誠に申し訳ございませんでした!」


 そこそこ長い時間、俺はヴォルクにしっかり叱られた。本当に叱られた。

 大人になってから、こうやって誰かにこんこんと叱られ続けるということも無かったのでかなりメンタルに来るものがあったけれど、どれも俺を思っての言葉だというのは重々承知しているので、甘んじて受け入れるしかない。


「そもそも、なんでこんなことまでして出掛けたかったんだ? 家に居るのが退屈だったのか?」


 呆れた表情を浮かべながらヴォルクはそう問いかけて来た。その表情はほんの少しだけ寂しそうなものを感じる。

 なんで、と言われても『行きたかったから』としか言いようが無い。色々なものを見て、触れて、感じたい。折角の異世界で、折角の元気な身体で、それなりに好き勝手できるのだ。俺はそれを思い切り堪能したい。ただそれだけなのだ。


「別に、家に居ることが退屈なわけじゃ無い」


 家にいても新しい発見は色々ある。この世界に来て六年になるけど、まだまだ知らないことで溢れている。でも、それでも、外に出て色々なものを見たいという衝動を抑えることはできない。

 そんな感情を拙いながらもヴォルクに伝えてみると、ヴォルクは眉を下げて笑って「そうか」とだけ言った。


「さて」お説教モードが終わったのか、ヴォルクは軽く伸びをすると祭壇に背を向けて数歩ほど歩き言った。「飯でも食いに行くか?」


「行く!」


 行く! 行くに決まってる!

 だってまだ、アイシムリアに来てから何も食べていない。いい加減お腹が空いてしまった。

 海産物、楽しみだなぁ。この国(レオマティア)は海に面した地域が少ないからか、海産物を食べるという文化がほとんど無い。調べた限りだと、ここアイシムリアぐらいしか食べないのだそうだ。

 海産物を食べない文化の中、唯一食べようと思った地域の味…….気にならないわけがない。どういった経緯で食べるようになったのか、とか紐解いていっても面白いだろうな。いつか、この世界の歴史にももっと深く触れてみたいところだ。


「ああ…….そういえば雨、だったか」


 迷いの無い足取りで神殿を歩き進めるヴォルクの後ろをついてあるいていると、外に出る直前でヴォルクは立ち止まり、心底嫌そうに呟いた。やっぱり炎の精霊だから水が嫌いとかがあるんだろうな。普段の見た目が人とほとんど変わりがないから忘れそうになるけれど、そういえばそうだった。

 でも、それなら別に瞬間移動(テレポート)を使えば解決なんじゃないか? そういう魔法が存在している世界だし、今日ここに来たのもそういう魔法を使っているし、前にもそういうものをかなり使っている。確かに、魔力の消費を考えたくないとか、俺たちがいるから難しいとかそういう制約があるかもしれないけど、場所さえ教えてくれればヴォルクだけその手を使って……と考えても良いような気がする。


「残念ながら、俺はそれが出来ないんだよ」


 その疑問を素直にヴォルクにぶつけてみたところ、ヴォルクは困った様に笑うのだった。


「出来ないって? 今さっきだって使ったのに?」

「俺の場合は制約が多いんだ。これでも『原初の黒焔』だからな」

「原初の……?」

「ああ、言ってなかったか? 俺はこの世の始まりの炎。炎を定義づける存在が俺であり、俺はこの世界の炎そのものだ。まあ、そのままの状態でいると不便なことが多いから、こうして制約をつけてここに居るんだけどな」


 待ってくれ、情報量が多くてついて行けない。俺の脳の処理が追い付かない。

 なんだって? 『原初の黒焔』?

 そういえば、シキがヴォルクのことを黒焔様と呼んでいたけど、そういうことだったのか!

 分かるわけがない。なんだよ、その格好いい二つ名。いや、どちらかと言えば、『ヴォルケルド・レオマティア』の方が二つ名に近いのか?


「制約をつけてここに居るってことは、本当の姿は全然違うのか?」

「ああ、そうだな。そもそも、今の俺は()()じゃ()()()


 おっと、質問をしたら更に情報が増えてしまった。そんな重要そうな情報を次から次へと世間話のノリでしないでもらえるだろうか。しかもこんな、神殿の入り口で雨宿りをしながらなんて。だったらせめてさっきまでいた祭壇前とかでこういう話をしてくれよ。話を振ったのは俺だけど。


「俺の本体はヴォルレット火山にある。本体と言っても黒焔(おれ)という概念に近いものだけどな。そこに肉体という制約を付けて、ここに存在するものとして分けたものが今の俺というわけだ」

「なる、ほど……?」

「こうでもしないと個としての意思も持てないからな。まあ、無かったら無かったで黒焔(おれ)には何の問題もないだろうが、(ヴォルケルド)としてはそんなつまらんものは耐えられないな。もっと面白おかしく存在していたいだろ」


 そう言われると確かに、ただ存在しているだけで意思も何もないというのは余りに退屈で苦痛なことのように思える。こうして意思を持つからこその思考なので、なんとも言い難いところではあるけれど。でもなるほど、『面白さ』にこだわるヴォルクやこの国が少しだけ分かったような気がする。


「話が逸れたな。その制約の影響で俺は自由な移動が出来ないんだ。特に瞬間移動(テレポート)の類だな。本体ではないとはいえ、黒焔(おれ)がどこでも誰でも召喚できるのは不味いからな。こういう黒焔(おれ)を祀ってる場所か、俺の棲み家となる場所以外に俺は移動できない」

「じゃあ、前に俺の家に移動できたのは?」


 特別な存在だから、特別な場所でなければ移動できないというのは分かった。でも、その理論で行くと前にヴェルメラ山から俺の家まで移動したときのことに説明がつかない。俺の家は決してヴォルクの棲み家では無いからな。頻繁にいるというだけで棲み家として判定される甘いものでもないだろう。そんなに甘かったら制約の意味がない。


「あの時のは、俺が予め作ってあった制約に対する対抗措置が運よく使えたからだな。お前の家に設置してある魔法陣は、俺が移動にも使えるよう作ったものだ。俺以外が扱えないような作りをしているんだが……それを、お前は寸分違わず再現した。だから使えたんだ」


 なるほどな。

 もしもあの時、俺の記憶の中にあった魔法陣が全く別のものだったらあの場から逃げることはできなかったというわけだ。そう思うとかなり……ゾッとするな。俺が死んだあと何が起こっていたのか知らないけれど、あのままヴォルクとあの変な奴の戦いが続いていたら、どうなっていたのだろう。あまり考えたくない話だ。

 さて、こんな重大な話を雨宿りしながら繰り広げてしまったわけだが、俺たちの目的はご飯を食べに行くことである。そして、雨に濡れたくないヴォルクをどうやって守るか、という話でもある。

 もしかして、こういう時こそトルーペルで買った雨に濡れなくなるアンクレットの出番なんじゃないか? 俺が触れていれば効果が出るというのはラーテの背中で実証済みだからヴォルクでも問題なく使えるはずだ。


「お前なぁ……今の大きさだったら色々と問題があるだろうが」


 素晴らしい発想だ! と思って意気揚々と提案したのだが、ため息交じりに一蹴されて終わってしまった。それどころか、ラーテとシキもうんうんと頷いている。

 言われてみれば確かに、今の俺とヴォルクが密着して歩いていたら絵面的に色々と問題があるか……でもまさか、このメンツで俺がそんな当たり前のことを説かれるとは思わなかったよ。



 結局ヴォルクは魔法を使って雨を器用に避けながら歩いていた。

 ラーテもシキも同じことが出来るらしく、俺のアンクレットが活躍するのは俺自身だけだった。別にいいんだけどなんかちょっと疎外感。

 そうしてヴォルクに案内されながら少し歩いて辿り着いたのは、こじんまりとしながらも明らかな高級感の漂う店。貧乏性の前世の魂が恐れおののくような高級感を放っている。ほ、本当にここで食べるのか? 食べれるのか? 払えるのか?

 ビクビクしながらヴォルクの後ろをついて歩くと、俺たちは恐らくこの店の一番奥に当たるであろう部屋に通された。もちろん個室で、一般客は知らないであろう道順だった。完全にそういう部屋だ。


「さて、好きなもん頼んでいいぞ」


 出来るか!

 流れるように着席してしまったけど、場違い感がすごくて落ち着いて食事をできる気がしない。渡されたメニューを見てみたら知らない単語ばかりが並ぶ料金のないものだったので思考を放棄した。なぁ、ヴォルクよ……どうして俺をここに連れてきたんだい……?


「アイシムリアで一番いい店って言ったらここだろうなと思ってな。味は保証するぞ? 何が食べたい?」

「何があるかもわからない……」


 読めはするけど意味がわからないものばかりなのだ。『プネデューのアダラス』とか、『シャッパ』とか、『シャトリーのモサモサ』とか。シャトリーは鮫だったっけ? それ以外のことは何もわからない。

 だが、どうやら何もわかっていないのは俺だけらしく、ラーテは目を輝かせながら次から次へと料理を注文しているし、ヴォルクはとっくに注文を終えている。もう二人に任せておけばいいかな……ヴォルクが味の保証はするって言ってたから、何がきても大丈夫だろう。多分。


 落ち着かないまま改めて部屋の中を見回す。高級感あるアンティーク調で統一された家具。薄暗い青色のカーペット。天井を見上げてみれば、満点の星空のような無数の光が散らばって、部屋全体を落ち着いた色合いで照らしていた。記憶の中にあるシャンデリアよりもずっと美しい。いつまでも眺めていたくなるような、そんな天井だ。

 その他にも、壁や棚に様々な調度品があるが、それらがどんな価値なのか俺には分からない。時折ラーテが目を輝かせて眺めているので、多分それなりの価値はしていると思う。ラーテの審美眼はすごいなぁ。


「ああ、そういえばヴォルク」


 部屋を眺めていたところで落ち着くはずもなく、むしろ緊張してきてしまうので、俺は気を紛らわせる為にもヴォルクに声を掛けた。元々話しておきたいこともあったしな。

「ん?」と俺の方を向くヴォルクの表情はいつものように穏やかで、怒っている様子もない。お説教モードは完全に解除されたと思っていいだろう。


「あの最後に出てきた変な奴、ヴェルメラ山で襲ってきた奴と同じだよな?」

「ああ、やっぱりカナメもそう思ったか」

「……剣が、同じだったから」


 思い出すとまだ体が恐怖で強張る。実物を目の前にしていないだけまだマシではあるけど、あまり考えないようにした方が良いだろう。自分が思っているよりもずっと根深いらしい。

 剣の話をすると、ヴォルクはつまらなさそうに「なるほどな」と言った。どうやらヴォルクは俺とは別のところであいつが前の奴と同じだと感じとったようだ。魔力を感じ取ったとかだろうか。


「ヴォルクのことを知ってるみたいな口ぶりだったけど……」

「知るわけがない」

「だよな。なんか……こんなこと言ったらおかしいのかもしれないけど、未来を知ってそうな感じがした。ああ、えっと、ヴォルクがそういうことをしそうとか、そういうことじゃないんだけど」


 言いながら、もしかしてヴォルクに対して物凄く失礼なことを言っているんじゃないかと不安になってきた。ヴォルクのせいで色んな命が弄ばれ、失われた未来。想像がつかないし、ヴォルクがそんなことをやるとはとても思えない。


「…………」


 俺は優しくてお人好しなヴォルクしか知らない。だから、『俺がそんなことをするわけがない』と笑い飛ばしてくれるものだと思っていた。だけど俺のそんな予想に反して、ヴォルクはなにか思うところがあるのか複雑そうな表情を浮かべたまま黙ってしまったのだった。


ご飯の話をしたいはずなのにご飯になかなかありつけません

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