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四十五ページ目:救けのままに

 永遠を思わせるほどに続いた絶叫がようやく静かになると、ばきりばきりと何かを破壊するような音がいくつか響いた。音は二箇所から聞こえており、少しずつ近付いているのが分かった。

 


「うっ……」


 最後に、俺の頭上から音がすると突然視界に飛び込んできた光に目が眩んだ。どうやら封じられていた視力が回復したらしい。だが残念なことに、さっきまでの真っ暗な視界に慣れていたせいで、目の前がチカチカしてしばらく物を上手く見ることが出来なかった。


「やっと見つけた」


 そうして俺が視界に悪戦苦闘している間に、身体が何かに持ち上げられる。持ち上げられて、強くて柔らかいものにギュッと抱きしめられた。


「……ラーテ?」


 声を掛けてみると力が少しだけ弱まった。その頃にはようやく視界も元通りになって、俺を抱きしめているラーテの表情がしっかりと見れるようになる。

 ラーテってこんなに優しい表情(かお)をするんだな。


「痛いところは」

「大丈夫。ちょっと関節が固まってる気がするけど痛くはないよ」

「それならまだ立たないほうが良い」

「え? いや、大丈夫だって……うわッ!」


 泣き疲れてちょっと眠いのと、救出されたという安堵感と、何だかんだで状況が掴めておらず現実味も無いふわふわ感が態度に現れていたらしい。疑うような目つきでラーテにみられると、仕舞には抱きかかえられてしまった。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。お子様ボディ時代ならまだしも、今はそこそこ良い年齢の身体なのでかなり恥ずかしい。精神的にはまだ男を捨てていないので、女性──ドラゴンだけど──に抱っこされているという事実が輪をかけて恥ずかしい。どうしてこんなことに。

 嗚呼、視線が痛い。生暖かい視線を感じる。やめてくれ、今の俺を見ないでくれ。しかも、俺の顔今涙でぐちゃぐちゃだし。とても人前に出られるような状況じゃない。とりあえず顔を洗いたい。いや、降ろしてもらうのが先だな。

 降ろしてほしいなーという念を送ってみようとラーテの顔を見上げる。すると、ラーテの顔がこちらではなく足の方を向いていることに気が付いた。何かをじっと見つめているようにも見えるが、ラーテの顔が見えないのでその視線がどこに向かっているのかは分からない。

 足……なんだろう、アンクレットかな。雑貨屋を営んでいるから、そういうアイテムが気になってしまうのかもしれない。俺もシキも知らない植物を素材に使っているらしいし、ラーテにとっても珍しいものかもしれないな。


アンクレット(それ)な、トルーペルで買ったんだ。ほら、あの濡れなくなったやつ」

「この石は」

「あー、それ石じゃなくて何かの植物らしい。何て名前かは分からないけど、光に当てると魔力を生み出すんだって。だから魔力要らずで使えるって言われてさ。思わず買っちゃったんだ。ラーテはこの植物、何か知ってる?」

「知らない。初めて見た」


 会話をしている最中もラーテの視線はアンクレットに釘付けになったまま動かない。自分の知らないものに強く興味を惹かれてしまうからああやって雑貨屋を営んでいるんだろうな。きっと、底知れぬ好奇心があるのだろう。

 他愛もない会話をしていると、暴れ狂っていた心音も幾分か落ち着いてきて、辺りを見回す余裕が生まれてくる。すぐ近く、ラーテの足元には上部を破壊された薄汚い木箱があった。どうやら俺はそこに入れられていたらしい。

 木箱と同じぐらい汚れた壁や床は、ここが誰も使わなくなった小屋であることを想像させた。破壊された木箱以外には特に何もない。少しの間雨を凌ぐ以外には出来ることも無さそうな場所だ。


「あっ」


 そうやって辺りを見回していると、この部屋で唯一の出入り口であろう扉の前に立っているヴォルクと目が合ってしまった。慌てて目を逸らしてしまったけど、物言いたげな真っ赤な瞳が頭から離れない。

なんて言い訳をしよう。ええと、ええっと……


「本当に、お前って奴は……」

「いてっ」


 そうやってうんうんと唸っている内にヴォルクが近くまで来ていたらしく、ため息交じりにコツンと頭を小突かれた。反射的に声を出してしまったけど実際は全然痛くない。恐る恐るヴォルクの顔を見てみると、全く怒っている表情では無かった。むしろ、ラーテと同じ……安堵? 優しい顔をしている気がする。


「俺に言うべきことがあるんじゃないのか?」

「え? えっと……お前の国、めちゃくちゃいい国だな。トルーペル面白かったよ」

「そうだけど、そうじゃねぇ」


 もしかして説教はされないんじゃ、とか思って調子に乗ったら怒られた。でも半分は合ってるらしい。旅行した感想はほしいのかよ。

 今言うべきことがこれじゃないことは自分でもよく分かってる。でもいざ口に出そうとすると恥ずかしいんだよな。顔もぐちゃぐちゃだし。言わない、という選択肢はないんだけどさ。


「……ごめんなさい。あと、助けてくれてありがとう」

「全くだ。……まあ、ありがとうは俺もなんだが」

「? どういうことだ?」

「お前のお陰でくだらない話が一つ潰れたからな」


 ヴォルクはそう言いながら視線をどこかに向けた。その先を追ってみると、出入り口付近に真っ黒な何かの塊が点々と落ちているのが見えた。あれは……いや、考えるのは止そう。もう既に想像がついてしまっているけれど、はっきりと認識したくない。怖すぎる。


「前々から各地で失踪者がいるって報告は受けていてな。戦闘に巻き込まれて死んだ可能性も考えていたが、一人で街の外に行かないような子どもが多かったんだ。だから別の原因を探していたんだが……魔力が全く探知できない状態でな。後を追えなかったんだ」

「全員、俺みたいに魔力が無いってことか?」

「違う。全員魔力を封印されていたんだ。お前にもついてたぞ。関係なかったけど」


 視覚やら聴覚やらを封じていたやつがそうだったのだろうか。確かに、俺には魔力が殆ど無いから関係ないけれども。

 そもそも、失踪の話なんて初耳だ。もしかして、ヴォルクが『今はダメだ』って言ってたのってこれがあったからか? なんというか……物凄く守られてるな、俺。自覚するとかなり恥ずかしい。

そもそも、どうしてヴォルクはこんなにも俺のことを大切にしてくれるのだろう。出逢った時からそうだ。俺に何の価値を見出してそうしてくれているんだろう。好意は素直に受け取るようにしてきたけれど、そろそろちゃんと考えないといけないのかもしれない。


「お前が雑貨屋のドラゴンと親しいのは知ってたが、妖精と()()してるのには流石に驚いたぞ」

「ダッテネ 要ト 一緒ニ 居タカッタンダモン!」

「わぁ!?」


 話題がシキのことになると、それまでずっと静かで存在を忘れかけてさえいたシキが勢いよく返事をした。突然のことで本当に驚いた。そうか、こいつずっと俺の耳元に居たんだな。お陰で耳がキーンとするぜ。


「黒焔様ノコト 要ガ 教エテクレナイカラ イケナインダモン! 四季 悪クナイ!」

「何を弁明したいんだよ、お前は」


 よくよく見てみればシキは今にも泣きそうな顔をしていた。どうしてそんなに必死なんだろう。『黒焔様のお気に入り』とか言っていたのが関係するのだろうか。ヴォルクのお気に入りだから、勝手に契約しちゃいけないのか? それってなんだかヴォルクが嫉妬深いみたいじゃないか。ははは、そんな馬鹿な。


「黒焔様ノモノ 奪ッタワケジャ ナイモン! 違ウ!」

「……あー、言いたいことはよく分かった。『シキ』って言ったか? お前はどうしてカナメと契約しようと思った?」

「面白イカラ」

「だよなぁ」


 必死なシキとは対照的に、ヴォルクは和やかな表情で頷いている。二人で勝手に分かり合ってるような雰囲気だが、もう少し俺にも分かるように説明してほしい。『面白いから契約しようと思った』って俺はサブスク型のコンテンツじゃないんだぞ。確かに俺も、友人の呼び名が無いのは不便だと思って簡単に呼び名を付けたけども。俺のあの行動もかなり軽率だったけども!


「妖精と契約。良かった。契約してたから見つかった」


 未だ俺を抱えたまま視線をアンクレットから外さないラーテがうんうんと頷いて言った。次から次へとどういうことだ? 一気に情報を詰め込まれても処理が追い付かないからもう少し小出しにしてほしいんだが?

 えーっと、魔力が無いと探知魔法に引っ掛からないって言ってたよな。つまり、魔力が殆ど無い俺は探知魔法では探せないってことになる。一応魔力を封印する道具も使われていたから、尚更見つけられない状態ってことだよな。だけど、シキがいればシキの魔力を探せば俺が見つかるってことか? でもシキはどうやって俺のことを探すんだろう。


「契約すると『繋がり』出来る。妖精が『繋がり』辿る。()が封印の穴作る。妖精が潜り込む。カナメが見つかる」

「なる、ほど……?」


 整理しよう。俺には魔力が無いから探知魔法が使えない。だけど、シキは俺と契約しているから俺との『繋がり』を辿ることが出来る。だけど、多分あの封印道具のせいでシキが俺のところに直接来るのは出来ないから、ラーテが咆哮で封印の一部を破壊したと。一回目の振動の後にシキが来たことも含めて考えるとこういうことになるな。

……あれ? もしかして、シキが『繋がり』を辿って俺の居場所を把握できるなら、シキからヴォルクに俺の情報が筒抜けになるんじゃないか? それはまずいぞ。今回のようにヴォルクから逃げつつ旅行することも出来ないし、ヴォルクに対して後ろめたいことが全部バレる! しなきゃいい話だけど、しないって確証も無いからな。これは何としてでもシキを味方につけて、ヴォルクに何と言われようと俺の情報は漏らさないよう頼み込むしか……。


「な、なあ、シキ。お前の好きな食べ物って──」


 善は急げだ。まずは食べ物で釣るところから始めようとシキに声を掛けようとしたのだが、俺が言い切る前にとんでもない破壊音が響いて小屋の扉が吹っ飛んだ。

予定にないシーンが盛りだくさんになってしまいました。ガバガバです

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