表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/54

四十四ページ目:恐怖のままに

 ここは一体どこなのだろう。

 海を堪能していた筈なのに、突然視界が真っ暗になって一度身体の感覚が全て無くなった。意識を失ったわけではない。何も見えず、何も聞こえず、何も香らず、何も感じなくなった。まるで自分の身体が自分のものでは無くなったかのようだ。

 感覚の無い時間があれ程長く感じるとは思わなかった。もしかしたら本当に、長い時間を感覚が無いまま過ごしていたのかもしれないが。

 しばらくしている内に、身体の感覚だけが戻ってきた。どうやら俺は、手足を縛られた状態でどこかに座らされているらしい。背後には壁がある。尻が痛いから座っている箇所は硬い。床だろうか。体勢は恐らく体育座り。手は後ろではなく前で拘束されている。肩がおかしくなる心配が無さそうなのは不幸中の幸いだろうか。

 耳は相変わらず何も聞こえないし、目も何も見えない。鼻も機能していないようだ。呼吸は出来ているけれども。奇妙なことに、瞬きは出来る。口も動く。何かで塞がれているような感覚はない。と、いうことはつまり、俺を拘束しているものは物理的なものではなく魔法の類なのだろう。物理的な拘束だったら自力でどうにかできたかもしれないが、そうじゃないならお手上げだ。ここで大人しくする以外に何も出来ない。


 これは所謂、誘拐というやつだろうか。

 ヴォルクから逃げ回っていたから、最初はヴォルクにやられたのかと思ったが……冷静に考えてみればそんなことはあり得ない。ヴォルクはこんな手段を取らない。俺をどうしても逃がしたくないとしても、こんな強硬手段に出ることは無いだろう。

 だとすれば、誰が? 誰が、何のために?

 じわりじわりと言葉では言い表せない感情が胸の奥から湧き上がってくる。重たくて少し苦しくて、深呼吸を繰り返さないと息がしにくい。

 嗚呼、嫌だ。物凄く嫌な感覚だ。思考と感情が別々の方向を向いて、どうすることも出来ないところまで深く沈んでしまっているような気がする。耳が聞こえないから自分の鼓動がどれだけ鳴り響いているのかが分からないのがせめてもの救いだろうか。あれが聞こえてくると余計に参ってしまう。

 こういう時は全く別のものを考えるに限る。()()を認めてしまったらお仕舞だ。さて、楽しいことを考えよう。無理やりにでも、別のことで頭をいっぱいにしてやろう。


 ええと……そうだな、この世界の海産物ってどんな味がするんだろう。ププタケを食べた時も、紅猪(グルナボア)の卵を食べた時も思ったけど、この世界の食べ物は素材の味そのものが物凄く美味しい。食材としてのレベルがかなり高いような気がする。となると、海産物にもかなりの期待をしてしまうわけだ。刺身で食べる文化はあるのだろうか。煮つけとか、ムニエルとか……どんな魚がいるのかも知らないけれど、期待で胸が膨らむ。

 昆布みたいに旨味がギュッと詰まった海藻なんかもあるのだろうか。テテニア鉱石の味も好きだけど、昆布だしの味が恋しく思うときもある。昆布だしが再現できたら鍋をやってみようかな。野菜と肉を煮て、好きなたれで好きなように食べる……想像してたら涎が出てきそうだ。

 前世ではあまり料理をしてこなかったし、こだわりも無かったけれど、今世では少し凝ってみてもいいかもしれない。この身体になってから胃もたれを起こしたことも無いし、体質に合わない食べ物に当たったことも今のところない。思う存分食べることを楽しめるから、少しこだわってみればもっと楽しくなるだろう。

 ラーテと一緒に色んなものを食べてみるのも楽しそうだな。ラーテの店にはあれだけの品がある。噂箱みたいに物凄く良いものを並べておけるだけの目もある。もしかしたら、俺だけでは出会うことの無かった食べ物に、ラーテと一緒なら出逢えるかもしれない。「美味しい」って言って笑うラーテを見るのが楽しみだ。

 ラーテだけじゃない。今度からはシキも一緒にいる。シキも俺と同じものを食べれるようだから、一緒に楽しめるな。あの小さな身体のどこに食べ物が入っていくのか分からないけど、シキは案外大食いだ。ラーテとどっちが多く食べるのか見てみたいな。

 ああ、そうだ。まだラーテもシキも何が好きなのか聞いてないな。ラーテはまだ好きなものを探している最中だろうから、一緒に食べながら聞いてみよう。

 ヴォルクに再会したらどうしようかな。物凄く怒られると思ってつい逃げてしまったけど、逃げ続けるわけにもいかない。何て言おう。どうしたら許してもらえるだろうか。困ったなぁ。お土産で許してもらいたいところだけど、相手はこの国の王だ。この国のものをお土産に渡してもあんまり意味がないよな。しかも、ヴォルクも今アイシムリアにいるわけだし。となると、お土産作戦はダメだな。他の作戦を考えよう。


…………あれ?


 おかしいな、どうしたんだろう、俺。

 鼻の奥がツンとして、目からは何かが流れ落ちている。気づいたときにはどんどん溢れ出て止まらなくなっていた。

 駄目だ、もっと楽しいことを考えないといけないのに。どうしよう……どうしよう!

 止まれ、止まれと念じるほどに涙が出て来てしまう。周りがどんな状況かも分からないのに泣いていたら、どんなことが起こるかも分からないのに。分かっているのに、止められない。


──怖い。

──死にたくない。

──誰か、助けて。



──ッ! 今度は何だ!?

 もし俺の口から声が出ているのだとしたら、情けない叫び声をあげていたのかもしれない。

 何の前触れもなく、地震とはまた違った大きな振動が全身に襲ってきたのだ。ビリビリとした痺れるような感覚がまだ残っている。例えるならこれは、とてつもない爆音を浴びた時のような振動だ。


「──何ッスかね、今の」

「さあ? どっかでバケモンでも暴れてんだろ」

「ひょえええぇ、恐ろしい声でしゅぅ! 変なのが来る前に帰りたいでしゅぅ!」


 音が聞こえるようになってる!

 聞こえたのは知らない三人分の声だ。少し声が遠いから、恐らく俺のすぐ近くには居ない。十中八九、こいつらが俺をこんな目に遭わせている犯人だろう。目的は何なのだろうか。きっとこのまま耳をすませていれば、彼らが勝手に何かを喋り出してくれるだろう。俺はそれを期待して、じっとその時を待った。


「おっせーなぁ……人族のメス一匹じゃ実験になんねーよ」

「ッスね。魔力が少ねーのか、試運転にもなんねぇッス」

「んひぃ……きっと、ドネが良いの連れてくるっしゅぅ」

「お、ダトがいいもん見つけたらしいッスよ。今からこっち来るらしいッス」


……なるほど。

 ここにいる三人以外に、こいつらには『ドネ』と『ダト』と呼ばれる仲間がいるのか。俺を拘束しているものは試作品。『実験』は……この試作品以外にも何かしらあるだろうな。種族別に何が知りたいんだろう。俺に、何をするつもりなんだろう。

 都合よく俺が一人で海に居たから『材料』として回収してきたのであって、こいつらにとって『材料』は誰でもいいんだろうな。俺である必要は無かった。俺じゃなくても良かった。だけど、俺が捕まってしまった……情けないことだ。


「ッじゃーん! 見てくれたまえよコレ! ミュア族の有翼種だ! いやー、いいものに巡り合えた。子どもだから簡単だったよー! いいねぇ、いいねぇ! 素材集めは楽しいねぇ!」


 やがて、やたらとテンションの高いもう一人がやってきた。会話に出てきた『ダト』だろうか。『ミュア族の有翼種』と聞くなり、三人の声が明らかに色めき立った。嬉しい収穫だったらしい。

 俺たちはこれからどうなるのだろう。考えたくはない。だけど脳は勝手に考えてしまう。何かの薬を飲むことになるのだろうか。武器を試すために殺されるのだろうか。様々な種族を集めたいということは、身体の構造を調べる為に解剖される可能性だってある。俺は死ぬのだろうか。

……死ぬ。

 もし俺が死んでも生き返る体質だと知られたら。『実験』はどうなるのだろうか。もし俺が実験する立場だったら……どう生き返るのかを調べる為に、何度も殺すだろうな。どうやって生き返るのか、どの方法でも生き返るのか、考えつく限りの方法で何度も何度も。

……嫌だ。殺されたくない。せめて殺すなら、楽に死なせて欲しい。何度も何度も苦痛を味わい続けるなんて嫌だ。

 じっとりと嫌な汗が背中を濡らしているのが分かる。荒い呼吸音も聞こえる。俺の息だ。

 どうしてか、自分の呼吸音が反響して聞こえるような気がする。強く強く響いて耳に残って、俺のことを一層焦らせる。

早く逃げないと。どうにかしないと。でもどうやって? 指一本すら動かせなくて、口を開いても声の一つだって出やしないのに。俺はこのまま、為す術無く『実験』に使われてしまうのか?

 また、ぼたりぼたりと大粒の雫が頬を伝って落ちていった。今度は鼻を啜る音と、声を殺して泣いているような息遣いが聞こえて、はっきりと自分が涙しているのだということが分かる。

嗚呼、もう感情がぐちゃぐちゃだ。いっそのこと笑い飛ばせたらどんなによかっただろうか。

 自分で、自分の最期を選べたなら、これ以上の感情を抱くことも無かっただろうか。

 そんなことすら考えた、その瞬間だった。


「────」


 唐突に、音という音がたった一つの声によって搔き消された。声というよりも、獣のようなものの咆哮と言った方が正しいだろう。他の音の存在を一切許さず、音だけで何もかもを吹き飛ばす様な圧力で、殴られたような錯覚さえする程に空気を振動させる、とんでもない爆音が鼓膜を破壊しかねない勢いで襲い掛かってきた。

 耳が直接脳と繋がっているのだと理解する程度には頭が痛い。今すぐ吐きそうなぐらいに気分も悪くなってきた。だが、どうしてか凶悪的なこの咆哮に安心する自分が居た。

 どうして? 『実験』の前に未知の生物に喰われてしまう可能性だってあるのに?

──いや、そうではない。そんなことではない。俺は、この声を知っているじゃないか。


「要―ッ!」

「ッ!?」


 いつの間にか咆哮は消えていて、代わりに俺の背後から聞き馴染みのある声が俺の名前を呼んだ。どこから現れたのか分からないが、勢いよく飛び出てきたらしいそいつは俺の後頭部に直撃する。ぐわんぐわんと脳が揺れて、意識が飛びそうになった。


「ワアアアアァァァァ! ヤット見ツケタヨ! 大変ダッタンダヨ! 大変ナンダヨ! 見ツカッテ良カッタヨ 要要要要要要要要要要ェェェェッ!!」


 俺の意識などお構いなしに、シキはぐりぐりと頭を擦り付けながら喚き散らす。正直に言って痛いし五月蝿い。先程の咆哮よりもよっぽどシキの叫び声の方が鼓膜が死にそうだ。だけどシキを引き剥がすことも出来ないし、静かにするよう窘めることも出来ない。無力にも程がある。


「アレ? モシカシテ声ガ 出ナイノ?」

「ソッカァ ソレハ 後デ ドウニカシナイトダネ」

「ソウダ! 要! 要ガ黒焔様ノ『オ気ニ入リ』ナンテ 聞イテナイヨ! オ陰デ大変ナンダヨ!」

「アアアア 来チャッタヨ」


 察しの良いシキは俺の状況をすぐに理解してくれたようだ。だがシキにもどうすることも出来ないらしい。仕方がない。シキに俺の居場所を見つけてもらえたのだから、それは後でどうとでもなるだろう。

それよりも、そんなことよりも、黒焔様?

 その名前を聞くのはシキと出会ってから二回目だが、どうにも嫌な予感がする。もしかして、それって……


「よくもまぁ……つまらないことをしてくれたな」


 ゾッとするほど冷たい声が聞こえた。それは低く、静かに囁くような声だったのにハッキリと耳に届いた。届いてしまった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

「喚くな、塵が」


 俺を攫ったであろう三人の内の誰かが何かを叫んだのだが、その言葉は声を発した直後からよく分からない音となって消えていった。多分、ヴォルクが何かをしたのだろう。

 黒焔様ことヴォルケルド・レオマティアは、明らかに怒りを孕んでいると分かる声でただただ静かに誘拐犯達を威圧していた。その声が俺に向けられたものではないと分かっているのに、声を聞いているだけで息が出来なくなりそうなほどの重圧を感じる。これを直接向けられたとしたら……考えたくもないな。


「さて、つまらん塵などさっさと消してしまいたいところだが──その度胸だけは買って、貴様らの目的は聞いてやろう。話した分だけ長生き出来るぞ?」

「──ヒッ、じ、自分はッ! 研究の為と言われてッ! だ、ダト──そこにいる奴が言ったんでしゅ!」

「おい、テメェ!」

「じ、事実でしゅぅ! 魔王が出てくるなんて聞いてたら、こ、こんなことしなかったでしゅ!」

「嘘ッスね! ゲヌさん、『薬』をいっぱい試したいって楽しそうに言ってたッス!」

「それ僕も聞いた聞いた! ひっどいなー、僕一人のせいにするなんてー! それに、スカした顔してるけどマガだって切り刻んだ腕が復活するか試したいって楽しそうに言ってたよねー!」

「それが何だよ、薬が完成したら誰だって使うだろーがよ!」

「黙れ」


 ヴォルクの声を合図に四人がぎゃあぎゃあと騒ぎ出したかと思えば、ヴォルクの一言で四人は一気に静まり返る。そういうスイッチか何かだろうか。一歩間違えれば自分が凄惨な目に遭っていたというのに、繰り広げられるやりとりがあまりにも滑稽で笑いが込み上げてきた。やっぱり皆、最後は自分の命が惜しいんだな。仲間の命なんてお構いなしに喋る喋る。


「大事なことを聞いておくべきだったな……何処から来た塵だ?」

「ふ、フルトゥニスの──」


 ヴォルクが問うと、四人がまた口を開く。フルトゥニスの後は何と言ったか聞き取れなかったけど、地名か所属している研究所の名前を言ったのだと思う。その他にも、今日『素材集め』に来た者全員の名前、所属する組織にいる人数、研究内容まで、ヴォルクが訊けば四人は躊躇うことなく簡単に吐き出した。特に研究内容なんて、話すぐらいなら死を選ぶぐらいのものなんじゃないだろうか。それとも文化の違いだろうか? あまりにも簡単に言ってしまうから、なんだか拍子抜けしてしまうな。


「はぁ……本当につまらんな。せめて少しでも抵抗の意思を見せれば楽しめたものを……まあいい、用済みだ」

「■■■■■■■■■ッ!?」

「■■■■ッ!」

「■■■■■、■■■■■!!」

「■■■■■■■■■■■■──」

「随分と長生きが出来て嬉しいだろう? はは、もっと喜べよ。ほら」


 ヴォルクの乾いた笑い声が聞こえると、四人分の絶叫が辺りに響き渡った。長い長い絶叫は、四人の最期が簡単には訪れないことを物語っていた。

これもヴォルクの言う『長生き』に含まれているのだろうか。それならばいっそ、何も話さないで『長生き』出来ずに死ねた方が、四人にとっては幸せだっただろうな。

 俺は止む気配の無い絶叫に耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいになりながら、漠然とそんなことを思った。

ゲスのセリフって難しいですよね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ