四十一ページ目:雑談のままに
「アレハネ 『白ノ聖女』ダヨ」
「聖女?」
「ウン ソウダヨ」
ウィリゼを買って店を後にすると、シキがそう教えてくれた。
『あれ』というのは勿論、先程遭遇した真っ白な少女のこと。なんとなくイメージしていた聖女とはやや違うので、あまり素直には受け入れられない。でも世界によってものの定義なんて変わるもんな。俺の勝手な価値観で判断するのはやめよう。
「有名ナンダヨ! 『死』ヲ知リ尽クシテイルカラ 聖女ガ請負ッタ死体ハ ミンナ安ラカナ死顔ナンダッテ」
「……死体?」
「ウン 殺シ屋ダカラネ」
聖女とは。
神聖さの欠片もないし、慈悲も涙もない一番組み合わせちゃいけない言葉ではないだろうか。俺の中で言葉の定義がかなり揺らいでいる。異世界怖い。俺の思っている常識が何も通用しない。
「白ノ聖女ハネ 苦シミモ痛ミモナク 殺シテクレルンダッテ 優シク殺シテクレルカラ 敬意ト畏怖ヲ込メテ 『聖女』ッテ呼ブンダヨ」
「殺し方が優しくて慈愛に満ちているから聖女ってことか……?」
理解することを諦めた俺は、『白い天使』と呼ばれる毒キノコが地球に存在していたことを思い出した。そういう類のものと思っておくことにしよう。殺し屋とすれ違ったという事実は思い返してみればかなり怖いものではあるけれど、彼女も仕事でなければ誰かを殺しはしないだろう。そうだと願うばかりだ。くわばらくわばら。
さて、物騒な話は忘れて今は旅行を楽しもう。
目指すはアイシムリア。まずは雨を楽しみながらトルーペルをひたすら歩いて、北側にある門まで向かわないとだな。入るときと同様に、出る時も手続きをしないとこの町からは出られない。ついでに何か、噂箱では聞けない面白そうな話を聞けたらいいな。
「ビックリするぐらい誰も居ないんだな……」
「ミンナ研究シテルカラネ」
買い物途中の奥様方による立ち話とかそういうのを期待していたが、悲しいかな、特に誰ともすれ違わないし人影(人でない種族含む)もほとんど見なかった。美しい雨の旋律に混じって、花火のように爆発音が響くばかりで話し声や子供の遊ぶ声などは一切聞こえない。随分と寂しい街だ。
首都ということもあってシンティセルは人の数が多いし、ヴェネズィオンも賑やかなところだった。前に住んでいたフーノウボ村も、田舎ながら夜以外は人の声が絶えないところだったから、それらとの差に少し戸惑ってしまう。
うーむ。それにしても、誰も居なくて風景も代わり映えしないとなると飽きてしまうな。建物もほとんど一緒だし、工事している様子も珍しいものではなくなった。少し前までは店らしきものも並んでいたけれど、今はそれも無くなってしまった。見るものがない。
歩きながら噂箱を聞ければよかったけど、あれを開いたまま持ち歩くのはちょっと億劫だ。何かの拍子に落としそうで怖いし。こうなったらもう、シキに面白い話をしてもらうという禁断の無茶ぶりに出るしかないかもしれない。
「ンー? ジャア魔力ノ結晶ヲ 二個チョウダイ」
ダメ元で言ってみると、シキは対価を求める代わりに了承してくれた。これは意外な展開だ。
俺は荷物の中から噂箱用に持ってきていた魔力の結晶を二つシキに手渡す。するとシキはいつの間にか一番最初の崩れた球体の様な姿になっていて、俺の手のひらにあった魔力の結晶を二つとも丸呑みにした。自分と同じ大きさの結晶二つを飲み込んだシキが結晶二つ分大きくなることは無い。一体その体のどこに消えたというのか。
なんて思っている内に、シキはブルブルと体を震わせぐにゃりぐにゃりとその形を歪に変えていった。その姿が最終的にどうなったのか分かる前に、シキは俺の死角へと消えてしまう。一つだけ分かるのは、ピアスの様な姿になって俺の右耳にくっついたということだけだ。
「準備デキタヨ! ドンナ話ガ聞キタイ?」
耳元でシキの声が聞こえる。五月蠅過ぎず、小さ過ぎず、丁度いい音量だ。
シキはどんな話でもしてくれそうな雰囲気でそう言うが、面白い話を聞く前にまずは聞かなきゃいけないことがある。
「これはつまり、どういう状況だ? シキが普通に俺と会話するんじゃダメなのか?」
突然のフォルムチェンジに脳の処理が追い付いていないからな。シキが何を思って、何をしようとして、何のためにこうしたのかを聞いておかないと、どんな話を聞いたところで頭に入って来なさそうだ。
「エットネ 四季ガ 噂箱ノ 代リニナッテ 要ニ 色ンナ話ヲ シヨウト思ッテ」
「噂箱の代わり?」
「ウン 魔力ヲ 貰ッタカラ チョットダケナラ デキルヨ」
「すっげぇなお前」
「噂ヲ 流スコトハ デキナイケド 聞クコトハ デキルンダヨ」
上手く言えないけれど、魔力を使って妖精たちの噂のネットワークにアクセスするみたいなイメージなんだろうか。地球で言う電子の世界のようなものがあって、それに接続して閲覧だけ出来るとか。そのたとえで行けば、シキは電子機器の役割を果たしているってことになる。その労力は計り知れない。
余りに大変だったらすぐに止めるようシキに伝えて、とりあえず今は噂を話してもらうことにしよう。対価として魔力の結晶を渡したけど、後で他にも美味しいものとか渡すつもりだ。シキの好物ってなんだろう。その内聞いてみよう。
さて、確認も済んだことだし、早速噂を聞かせてもらおうかな。
「世界中ノ歴史学者ガ 『フルトゥニス』ニ 向カッテルンダッテ」
「え?」
「最近スゴイモノガ 見ツカッテ 『ネネメア』ト 関係ガ アルミタイダヨ」
最初からすごい話題が出た。
ネネメアとは、フルトゥニスにある遺跡の街のことだ。街全体が古代都市の跡地になっているらしい。それだけで歴史的なロマンにあふれているのがわかる。
だが今は戦争真っ只中だ。それでも世界中の歴史学者たちはネネメアへ危険を冒してまで向かっていると。いつ戦闘に巻き込まれて死んでしまうかも分からないのに。死んでしまわなくとも、ケガによって研究が二度と出来なくなる可能性だってあるのに、それでも研究したいと思えるのは、それ相応の発見があったんだろうな。歴史学者の心を動かした『すごいもの』がなんなのか気になるところではある。
「古イ手記ミタイナモノデ 『ネネルシア』ッテイウ 昔ノ魔王ニ関スル 記述ガアッタンダッテ」
「……ネネルシア?」
「ウン 『ネネルシア』」
ドキリとした。
だって、『ネネルシア』は前に俺とヴォルクが書いた十二枚のあの文章の中に出てくる登場人物の名前なのだから。適当に名前をつけたから実在しないと思っていたけれど、まさか本当は存在していたのか? そうでないと、何の根拠もなくお遊びで書いた俺の文章を学者の皆さんが信じるはずがないよな。そうだよな。ふざけて書いたアレのせいで誰かの人生が狂ってしまったら目も当てられない。
気を取り直して、次の話題を聞こう。
「『ルディネリオ』デ 新シイ死体ガ 見ツカッタッテ」
気を取り直したかったのに、一変して物凄く物騒な話題が来てしまった。
新しい死体ってことは前にも似たような死体が見つかってるってことなんだよな? しかもわざわざ噂として流れているということは、戦争には関係なく死んでいる、と。
ルディネリオは確か、勇者御一行の出身地だったよな。人族だけが暮らしている国。
「死体ハ 千切ラレテタリ 穴ガ空イテイタリシテルンダヨ 怖イネ 怖イネ」
他にも首が無かったり目玉だけくり抜かれていたりと、何かしら欠損した状態の死体ばかり見つかるそうだ。欠損部位は全く見つかっていないことから、『食べられているのでは』と思われているのだとか。ルディネリオの隣には、人の肉を喰らう種族がいる国がある。その国へ疑いの目が向けられるのは当然のことだ。
食欲には抗えない。どんな種族もそれは同じだ。だから、人族を襲って肉を喰っているのだとしてもあまり責められることではないのかもしれない。でも、肉を喰う種族が死体を残す様な食べ方を果たしてするか? 人に置き換えてみると、一口だけ食べて捨てたってことだろう? 余程口に合わなかったのだろうか。随分とグルメだな。
「……ウッ」
想像してみたらちょっと気持ち悪くなってきたので、早いところ別の話題で気を紛らわそう。
「アノ伝染病デ 死ンジャウト 体ニ 黒イ花ガ 咲クンダッテ」
「それって最近流行ってる病気のことか?」
「ソウダヨ イロンナ場所デ イロンナ種族ガ 死ンデルヨ」
「そういう病気ってよくあるものなのか?」
「違ウヨ 初メテダヨ」
「ふぅん……」
罹ると絶対に死に至るとまで言われている謎の病。昨日、噂箱でも同じ話を聞いた。原因は不明で、どのように死ぬのかも分かっていない。前兆もなくある日突然倒れてそのまま帰らぬ人となる。それが伝染病と言われているのは、死体が見つかった直後、その周囲で同じように死んでいく者がバタバタと現れるからだそうだ。
「その黒い花ってどんな花なんだ?」
「知ラナイ」
「知らないのか?」
「見タコトモ無イ 花ナンダッテ」
妖精が見たことも無い知らない花なんてあるのか? それとも、偶々目撃した妖精がその花を見たことが無かっただけか……ああ、新種の花って可能性もあるのか。死体に咲く花って聞いたことが無いもんな。普通に考えたら、その花が病気を引き起こしているような気がしなくもないけど、どうやって感染しているのか分からない以上はどうすることも出来ないな。きっと専門家がその内解決するだろう。それまでは、自分が感染しないことを祈るばかりだ。
うーん……シキが話してくれることは興味深いことではあるけれど、なんというか気分の沈む話題が多いな。もう少し楽しい話題が聞きたいような気がする。最初のは完全に自業自得だけども。
「モット簡単ナ 話デイイッテコト?」
「そういうことになるかな。そういう話もあるのか?」
「エットネ……今年ノ 焼キゼリー酒ハ 『アリン』デ 作ッタッテ」
「焼きゼリー酒!?」
なんだその心躍る新単語は。ゼリーの酒だったらまだ想像がつくけど、それを焼いているだって? 一体どんな食べ物……飲み物? なんだろう。林檎で作ったってことは焼き林檎みたいな味なんだろうか。どこに行けば出逢えるんだ、それ。
「『トーロ祭リ』デ 出テクルヨ」
またしても新単語だ。トーロ祭りってなんだろう。なんの祭りだ? いつやってる祭りなんだ? 疑問が深まるし興味は湧き出るしで俺の脳内は嵐のようだ。さっきまでの沈んだ気分はどこかに行ってしまった。
いつ開催されるか分からないけど、とりあえずその祭りまでは今の身体を維持していた方がいいだろうな。お子様じゃ買えない可能性が高い。となれば何が何でもそれまではしぬわけにはいかないな。生きるモチベーションがかなり上がった。
「後ハネ 『ユージアド』ガ イッパイ採レタッテ」
「ユージアドって、植物だっけ? 採ってどうするんだ?」
「人族ハヨク 『フリゲ』ニシテ 食ベテルヨ オ酒ニ 合ウンダッテ」
フリゲとは揚げ物のことだ。
酒のつまみになる揚げ物。どう考えても美味しいに決まっている。レオマティアでも食べられるだろうか。売っているのを見つけたらすぐに買いに行こう。
「『テルラポメ』ハ 『ヴェネズィオン』ガ 一番美味シイヨ」
シキが次の話題に移る。ヴェネズィオンのテルラポメは前に食べたな。確かにあれはすごく美味しかった。俺は一番最初に一番美味しいものを食ってしまったんだな。なら、もうヴェネズィオン以外のテルラポメは食べられないかもしれないな。
「デモネ 『ヴェネズィオン』ハ 土ヤ水ニ 毒ガイッパイダカラ 慣レテナイト 危ナイヨ」
「は?」
「慣レレバ 大丈夫ダヨ」
明るい声でシキは言うが何にも大丈夫じゃない。え? あそこ、土や水に毒性があるのか?
知らずに食ってしまった。なんならキノコの串焼きも食べた。あれももしかして毒キノコだったのか? だから体調が悪くなったし、プワ草のスムージーで治った。どの食べ物にもやたらとプワ草の何かがセットになっていたのはそういうことだったのか。
待てよ?
「なあ、水にも毒があるなら、あそこの温泉って……」
「毒沼温泉ッテ 呼バレル位 毒ガアルヨ」
「だよなぁ!」
よかった、温泉入らなくて!
というか、なんだよ毒沼温泉って! どこの誰に需要があるんだよ。需要があるから名物になってるし観光地として栄えてるわけだけれど。
俺は改めて異世界の恐ろしさを知るのだった。
毒消し草がセットでついてる時点で気付こうよ、とか野暮なことは言ってはいけません。
だからめちゃくちゃ説教されたんです。




