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三十七ページ目:怠惰なままに

 老人は他にも『踏んだもの同士の位置をランダムに入れ替える魔法陣』とか、『決まった順に触れないと吸い込まれる鏡』とか、『話しかけると架空の人物が見えるようになる本』とか、呪いのアイテムにしか思えないようなものを『面白いもの』として紹介してくれた。その趣味は本当に分からん。

 どれもこれもシキには大受けだったけれど、俺にはそれらの良さが分からないので適当に愛想笑いをしてやり過ごした。そして、良い感じに一区切りついたところで逃げるように店を出たのだった。

 出来ることならば、次はもう少し良い店に巡り会いたい。


「次ハネ 次ハネ コッチノ店!」

「えーっと……『フィネラーレト』?」


 『ひとさじのもうどく』の向かいにある店の前に連れてこられた俺は、先程と同じように店の看板を見た。フィネラーレト……一縷の望み(フィネラーレト)か。ネーミングセンス的には良い予感がしない。


「いらっしゃいませ。何をお探しで?」


 あまり期待をせずに店の中に入ってみると、感じの良さそうなお姉さんが出迎えてくれた。感じの良さでは先程の老人も中々のものだったので油断は出来ない。というか、信用出来ない。さて、この店ではどんなものを取り扱ってるんだか。

 先程と同じようにシキが『面白いもの』を探しているのだと答えると、お姉さんは少し悩ましげな表情を浮かべた。普通に考えたら困る注文だよな、『面白いもの』って。もっと具体的に言えよって話だ。


「難しいですね……みんな、『面白い』と思って作ってますからね。私も、『面白い』と思ったものを商品として並べていますし」


 まさかのそっちかよ。

 なんなんだ? この町で店を開く人はみんな面白さを求めていないと死ぬ病にでも罹っているのか?

 面白さよりも需要とか流行とかを考えるべきだと思うんだが……風土の問題だろうか? 研究の為に毎日絶えず爆発が起こる街だもんな、ここ。

 俺はお姉さんに、はは、と愛想笑いしか返せなかったがお姉さんは特に気分を害するわけでもなくおすすめの『面白いもの』を紹介してくれた。


「えーっと……これは?」


 まず一品目。

 出されたのは良いが、初っ端から見た目で用途の判断がつかない。角材のようなものを十字に組んでチェーンで固定し、先端にそれぞれ色の異なるガラス玉がつけられている。なんだろう、とてつもなくビジュアルがダサい。


「これは武器ですね」

「武器!?」

「はい。チェーンの部分を持ったまま、これを投げるんです。するとガラス玉に組み込まれた術式が起動してなんらかの魔法を放ちます。その場の魔力量や天候、十字の回転数によって放たれる魔法が変わるので、投げてみるまで何が飛び出すのか分からないんですよ」

「な、なんつー……」


 使い勝手の悪い武器なんだ……。これを好んで使うやつの気がしれない。何が飛び出すか分からないびっくり箱として使うよりも鈍器として使った方が実用性がありそうな気さえする。

 当然こんなものを買おうとは思えないので次の商品にさっさと移ろう。……いや、待てよ? そもそも俺、魔法道具を探しにきたわけじゃないんだよな。シキに勝手に連れてこられただけ……


「続いてはこちらです。一見なんの変哲もない服なのですが──」

「ですが?」

「──着ると、感度が爆発的に上がります。恋人たちの夜に大人気の商品ですね」

「急に需要のある商品が来たな!?」


 その手のジャンルで御用達のアイテムが出現して困惑の色が隠せない。まさかこんなところで現物と相見えるとは思いもしなかった。出来ることなら出会いたくはなかった。興味が湧いてしまう自分が怖い。

 お姉さんが見せてくれたのはよくあるデザインのシャツや、ゆったりと着れそうなワンピース、ビシッとした印象を与えられそうなジャケットなど、ごく普通のありふれた服だ。これら全てが着るとピンクな世界に没入できるアイテムなのか……恐ろしい世界だ。まず、なんでこんなものを生み出してしまったのだろうか。


「他の物を作ろうとしていたらたまたま出来上がってしまったそうですよ。持っていた服が全て犠牲になったんですって。ふふ、面白いですよね」


 お姉さんはほのぼのと笑ってみせたが、それってかなり笑えない状況だったのでは……? 産みの親が今では普通の服で普通に暮らせているのを祈るばかりだ。

 かなり後ろ髪を引かれる思いではあるけれど、ここはグッと我慢だ。よく考えてみれば、お姉さんは『何の』感度が上がるのか明言していないし、そもそも俺にはそういうことをする相手もいない。衝動的に購入を決めてしまうのは得策では無いな。

 よし、理性的に考えられた。凄いぞ、俺。

 魅力的な二品目をやんわりと断ると、お姉さんは次の商品を持ってくる。次は……


「種?」


 お姉さんが手のひらに乗せて見せてきたのはアーモンドの様な小粒の何か。何かの種か、木の実の様に見える。


「はい、こちらは庭園型ゴーレムの種です」

「庭園型……何て?」

「庭園型ゴーレムです。埋めると美しい庭園が育ちまして、いざという時にはゴーレムとなります。庭園の時に蓄えた魔力でゴーレムは起動し、一度起動させたら魔力の追加補充は出来ない仕様です。魔力を使い果たしたらゴーレムはその場で機能停止、自然に還ります。注意事項は……そうですね、ゴーレムを起動させたら地形が変わることでしょうか。庭園部分が巨大な穴の様になります」


 誰が使うんだ、それ……。使い切りだし、使ったら地形変わるし、デメリットも多過ぎる。せっかく綺麗に育った庭園も無くなるわけだからマイナスだな。ゴーレムとして使う気が無いなら普通に庭園作ればいいしな。


「面白いでしょう?」

「まあ……面白くは、ある」


 変なことを考える奴がいたもんだ、程度の面白さだけどな。考えついても形にしないだろ、普通。しかもある程度の仕様が分かってるってことは、ゴーレムを起動させるところまで実験したってことなんだろうな。馬鹿なんじゃないだろうか。

 最初から俺がその辺りのものを買うとも思っていなかったのか、お姉さんは見せてくれた商品を全て片付けてしまうと、「ところで」と、今思い出した風を装って切り出した。なんとなく、本題っぽい雰囲気だ。


「お客さん、ここらの出身ではないですよね? ディルザナイトから来られたんですか?」

「え?」


 合っているには合っている。でも何でわかったんだろう。人族だから、というのはあまり理由にもなってない。人族が居るのはディルザナイトだけじゃないしな。となると、なんで?


「お客さんの訛りが懐かしくって。どこだったかなぁ……フーノウボ村の辺りでしたっけ?」


 またまた正解だ。俺が転生してから五年ほど過ごしていた小さな村の名前はフーノウボだった。

 いや、待てよ。

 そもそも俺の話し方、訛ってるのか!?


「シキ、俺の話し方って訛ってるのか?」

「標準語トハ チョット違ウヨ 古イ言イ回シガ 多イヨネ」

「嘘だろ……」


 六年目にして衝撃の事実だ。

 これまで出会った人たちは誰もそんなことを言ってくれないものだから、てっきり俺はこの世界での標準語をマスターしたものだと思っていた。意思の疎通ができているから問題は無いのだけれども。

 転生してきた際に、文章能力については願っても肝心の言語について一切触れなかった俺は、異世界の言語が全く分からずかなり大変な思いをした。言語理解って異世界転生の標準オプションぐらいに思ってたけどそうじゃ無いんだな。

 言葉も通じず、知らない食材ばかりが並ぶ知らない土地での生活は、初めの頃は不安で不安で仕方がなかった。今ではいい思い出だが、二度と経験したくは無いな。

 そんなことは置いといて。

 俺が五年間過ごして言葉を覚えたのが小さな田舎町だったことが原因だろう。だから、その土地特有の訛りが染み付いてしまったわけだ。何ということだ。

 そして、困ったことに俺はどの部分が訛っているのかさっぱり分からない。これはもう、諦めるしか無いな。


「良いですよね、フーノウボ村。実は、あそこのサンドが大好きで、あの味を再現したいって思って研究してた時期があったんです。それでこんなものを作ってみまして」


 そう言ってお姉さんが持ってきたのは少し大きめの白い片手鍋。外側の側面にはぐるりと一周、帯の様に細かい模様が描かれている。魔法道具として出してきているのだから、きっとこの模様が魔法陣の役割を果たしているんだろうな。


「これは『理想の味を再現できる鍋』です」

「理想の味?」

「ええ、理想の味です。具材は何でもいいのですが、とにかく何かしらこの鍋に入れて、再現したい味を思い浮かべて呪文を唱えながら火にかけるんです。そうすると、理想の味が出来上がります。必要魔力は材料にもよりますが、大体魔力の結晶(エレメメ)一つぐらいですかね。鍋の持ち手部分に窪みがありまして、そこにはめ込むだけです。ほら」


 言いながらお姉さんは鍋の持ち手部分を見せてくれた。確かにそこにはビー玉一つ分ぐらいの窪みがある。かなり便利で画期的な道具のように思えるけど、なんだか突っ込みどころが多いような気がするな。あと、なにか引っかかる。なんだろう。


「具材は何でもいいって?」

「ええ、なんでも。呪文もお好きなものをどうぞ。調理手順もどうであれ問題ありません。お湯を沸かすだけでも完成しますので。恐らくですが、ある程度食材が揃っていて、調理手順が複雑な方が消費する魔力量は少なくなりますね」


 料理をするという行為そのものが儀式としてカウントできるのだとかなんとか。魔法の成り立ちをいまいち理解しきれていないので、それがどういったものなのかはよく分からないが、結構凄い発明品なんじゃないだろうか? こんなところで観光客でしかない俺に売っていいものか?


「お恥ずかしいことに、失敗作なのです」

「これが? 本当の理想の味にはならないのか?」

「いえ、なりますよ。味も、香りも、食感も再現することができました」

「じゃあ、なんで」


 そんなの失敗でも何でもないじゃないか。そこまで出来ていて尚失敗だとするのなら、致命的な欠点があるとしか考えられないが……食べられる時点でゲテモノが出来上がる訳でもなさそうだ。毒物になる訳でもないようだし。


「試しに、フーノウボ村のサンドを思い浮かべながら湯を沸かして飲んでみたのです。すると、焼き立てのパンの香り、野菜の歯応え、ソースの酸味など、あの村のサンドが口の中で完全に再現されました。……けれど、私が口にしたのはただの白湯なのです。頭がおかしくなりそうでして」

「……自業自得では?」


 照れ臭そうにはにかむお姉さん。とっても可愛らしい表情だが、言っていることはズボラそのものである。折角なら、もっとちゃんとした食材を用意すればよかったのに。

……いや、違うな。そうじゃない。そもそもがおかしい。


「そもそも、サンドが食べたいのなら鍋じゃなくて別のものを作らなきゃいけなかったんじゃないか? 包丁とか……せめてフライパンとか」

「あら、気付きました?」

「もしかして……わかっててわざと鍋を?」

「ふふ、おっしゃる通りです。お湯を沸かすだけなら簡単ですからね」


 なるほど。つまりこのお姉さん、料理が面倒だけど美味しいものは口にしたいという願いからこんな鍋を作ってしまったのだと。でも、思っていた以上に完璧な仕上がりになってしまい、脳が混乱するので失敗作としたと。


「お湯を沸かすだけで理想の料理が出来上がるのが私の目標です。ですからこの失敗作は商品として世に出そうと思っておりまして。いかがですか? お安くしますよ」


 そんな道具が出来たとして、一体世界にはどれだけ料理をする人が残るのだろう。なんて、少しそれらしいことを考えながら、俺は店を後にした。俺とお姉さんのやりとりをずっと見守っていたシキはくるくると回転しながら俺の周りを飛び回っている。随分と楽しそうだ。


「ネエネエ ソレデ ナニヲ作ルノ?」

「そうだなぁ……」


 シキが指差した先にあるのは少し大きめの白い片手鍋。宿に置いてきた荷物の中に転送用魔法陣があったはずだから、あとで家に送る予定だ。

 そうだなぁ、なんて悩む素振りを見せる俺だったが、実際のところ作りたいものなんてとっくに決まっていた。あとは食材と呪文を用意するだけだ。家に帰ってからが楽しみだ。

錬金釜の仕組みがいまだに理解できません

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