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三十六ページ目:面白さのままに

「ドウダ!」

「いや絶対おかしいって!」


 妙に誇らしげなシキに俺は思わず叫んだ。

 三角に尖った耳、丸っこい顔、くりくりのつぶらな瞳、目よりも大きな楕円形の眉、顔よりも一回り程小さく見える丸みを帯びた体、ふさふさの尻尾。そして妙にすらっとした三本の足。全身は柔らかそうな毛で覆われており、柴犬を彷彿とさせる色合いだ。顔の大きさに対し、妙に小さな顔のパーツはやや腹立たしい表情にも見えるが、愛らしいと言えば愛らしい。だが、すらっとした三本の足の異様さがそれらの愛らしさを台無しにしていた。


「ナンデ! 人族ハ コウイウノガ 可愛インジャナイノ?」

「せめて足をなんとかしろ。それのせいで台無しだよ」

「エー?」


 未知の生命体と化したシキは露骨に不満そうな表情を浮かべながらも、ぐにぐにと自分の姿を変え始めた。

 シキ……というよりも、陽性のほとんどは本来あまり多くの魔力を有していない。だから先程までのシキの様な球体に近い体か、光る球の様な姿でいることが多いらしい。だが先程名前を得たことで多少魔力が増えたらしく、もう少し複雑な体でいられるようになったそうだ。人の形になるには魔力が足りないのでもう少し簡単な……と、そんな経緯で先程の姿になったわけだが、何をどうしたらああなるのだろう。


「コレナラ ドウカナ!」


 やがて姿が定まったシキが自信たっぷりな声をあげる。

 先程よりも少し小さくなった顔と体。大きさが変わった以外でそこは特に変わってはいないのだが……そのせいか、本数が()()()()()足に目がいってしまう。確かに足をなんとかしろとは言った。せめてもう一本増えて欲しいとも思った。

 だというのに。

 だというのに、どうして目の前の妖精(バケモノ)は、六本に増やした足をわさわさと動かしながら得意気な顔をしているのだろう。こんなことになるのなら、まだ三本足の方が可愛げがあった。気持ち悪い。シンプルに気持ち悪い。というわけで俺の答えは勿論、


「却下だ! 虫みたいで気持ち悪い! 可愛くない!」

「虫ミタイダカラ 駄目ナノ?」


 こてん、と可愛らしくシキは首を傾げたが、六本の足の悍ましさが際立って可愛さを微塵も感じなかった。

 だが、不満ながらもシキは俺の意見を最優先にしてくれるらしい。ソレナラ、なんて言いながらシキは顔と足の間でとても小さくなった胴体を縦ににゅっと伸ばした。それに伴ってシキの身体全体が小さくなっていく。


「コレナラ 虫ミタイジャ ナイヨ!」


 六本足はそのままに、今までで一番長い胴体になったシキは、ご丁寧に追加で二本生やした腕を上下に動かしながら得意げに言う。最早、妖精ではなく妖怪ではないかなんて感想を抱く姿に対する俺の答えなど決まり切っていて、シキは三度不満げな声を漏らすのだった。ここまでくると、価値観の相違というのは本当に恐ろしいものだ。

 こんなことになるのなら、最初の姿で良しとしておくべきだったな。いや、でもあの妙にすらっとした足はいただけないからあそこだけは変えてもらいたいが。今からでも遅く無いから、まずは最初の姿に戻ってもらって、それから足の長さを変えようか。本数はこの際どうだっていい。


「最初ッテ ドンナノダッケ?」

「嘘だろ? なんでこの一瞬で忘れてるんだよ」


 シキに最初の姿に戻ってもらうよう伝えてみたら、キョトンとした表情で言われた。ボケでもなんでもなく、本気で分かっていない顔だ。どんな記憶力だよ。


「妖精ハ 細カイコトハ 覚エラレナインダヨ」

「だとしても限度があるだろ」

「ソウカナ? 安心シテ 四季ハ 要ノコトハ チャント覚エテルヨ」

「いやいやそういう話じゃなくって……」


 シキの細かいこと判定がどこからなのかはよく分からないが、せめてついさっきのことは覚えていてもらいたいものだ。

 余談だが、俺の名前を漢字でなんなのかを聞かれたので『要』と書くのだと教えたところ、それ以来俺の名前を呼ぶ発音が少し変わったような気がする。どういう変化なのかは分からないが、「要 要」と何度も名前を呟く姿が可愛かったので良しとしよう。

 閑話休題。

 シキは本当に最初にやってみた姿を忘れてしまったようなので、俺が口頭で「胴体がもっと小さくて、足はちょっと長くて三本あったよ。顔はそのまんま」と、説明をしてやる。すると、うんうんと唸りながら姿を変え始めたので、直にあの姿へ戻るだろう。あの姿なら可愛いと思えなくもないしな。

 等と思っていた俺が甘かった。

 顔と身体の体積を奪いながらみるみるうちに肥大化していく三本の足。それらはただ大きくなるわけではなく、ところどころ膨らんだり、くびれたりして明確な形を作っていく。地面に接している箇所が平べったくなったと思えば先が五つに分かれた。膨らんだ箇所は更に山の様に大きくなり、見覚えのある姿へと整っていく。

 それまでは骨格など無視したぬいぐるみの様な形だったというのに、今では骨と筋肉、その肉感が明確にわかる。

 そんな光景を目にしっかりと焼き付けてしまった俺は、


「ウワ……ァ……、ウ、ワ……ワ……、ウワアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 喉が壊れんばかりに絶叫した。

 どうせだったら恐怖のあまり記憶を消しとばしてしまいたかったが、それは叶わなかった。




 結局、シキには最初の姿を絵に描いてみせてそれになってもらった。最初からそうすればよかった。そうしていれば、あんなものを見ずに済んだというのに。

 さて、気を取り直して。


「アレハネ 『面白イ街』ヲ 作ッテルンダヨ」


 窓の外に見える工事中の街についてシキに尋ねてみるとそんな答えが返ってきた。細かいことは覚えていられないという割に、そういうことは知っているらしい。


「面白い街?」

「ウン 魔力ヲ塔カラ流スト 街全体ガ動クヨウニ スルンダッテ」


 ホラ、と言いながらシキが指す方を見てみると、そこには確かに作りかけの塔の様なものがあった。どんな高さになるのかは分からないが、街の中で一際大きく、歯車や淡く光る線──おそらくレンガに刻まれた細かい文字だろう──がよく目立つ。

 動く街。

 生きている街。

 うーん、ロマンだ。

 とてつもなく迷子が発生しそうだという致命的な欠点はあるものの、街全体が動くということ自体はロマンの塊だ。流石ファンタジー。異世界らしさ満載だ。


「要ハ 面白イモノ 好キ?」

「そりゃあ好きさ」


 シキの質問の意図を読めないながらも俺は即答した。とはいえ、人によって『面白い』の基準が違うからあくまでも『俺にとって面白いもの』が好きっていう意味になるんだけどな。

 シキがそれをどうとらえたのかは分からない。ただ、俺の答えが気に入るものであることは確かなようだ。シキは目を細め、口を三日月型にして笑って見せた。ビックリするぐらい邪悪な笑みだったので、今度機会があればその笑みは止めるように言って聞かせるつもりではある。


「ジャア 面白イモノ 見セテアゲルヨ! コノ街ハ 面白イモノ イッパイダヨ!」


 はしゃぐように言いながら、シキはふわりと浮き上がると俺の右腕をぐいぐいと引っ張った。

 街の案内をしてもらえるのは嬉しいけどなんだその急展開!? しかもそのフォルムで飛べるのかよ! 三本足だと思ってたのに全部手かよ! 歩かないのかよ! 歩き方気になってたのに!!


「ハイ! コレ持ッテ」

「待って、待てってば! え? 鍵?」

「行クヨー!」

「だから待って──ば!」


 目の前に突然浮かび上がった鍵を慌てて左腕で掴み取りながら叫ぶ。どんどん先に行こうとするシキをどうにか止めたくて叫ぶ。が、その思いも虚しく、言い終わる頃には俺は街のど真ん中に突っ立ってた。


「どこだよここ!」

「トルーペル ダヨ!」


 俺の叫びにテンポよく返される答え。そうじゃない。そういう意味じゃ無いんだ。

 そもそもどうやってここまで移動したんだろう。シキが魔法を使ったのだろうか? 移動魔法は大変って聞いたことがあるような気がするんだけどな。


「コッチ コッチ!」

「分かった、分かったから!」


 ああもう、疑問を抱えている場合じゃない。シキがかなりの力で俺の腕を引くのでとにかく足を動かしてシキの導く方へと歩くしかない。どこに連れて行かれるんだ、俺。

 今のところ分かるのは、俺が宿に向かって歩いた道ではないということだ。街の入り口から宿までは住居や研究所のようなものが多かったが、この辺りは店らしきものが多いように見える。シキの言う『面白いもの』とは、店で売っているもののことか?


「ココ!」

「えーっと……『ひとさじのもうどく』? どんな店の名前だよ」


 絶対に一匙で致死量のタイプだろそれ。物騒にも程があるんだが?

 店の名前には不安しかないが、店の外観は至って普通だ。まあ、名前なんて店主の悪ふざけだろうな。だから大丈夫だろう、と自分に言い聞かせながら俺は『ひとさじのもうどく』の中へ入っていった。

 手のひらサイズの本、巻物、色とりどりのガラス玉、お札のようなもの。店に並べられているものはそんなものばかりだった。外見では何が何だか分からないが、魔法道具の類だろうな。こうして綺麗に並べられているのを見るとちょっとワクワクする。ゲームだと後の戦闘でかなり有利になるタイプのアイテムを売っていそうな雰囲気だ。


「いらっしゃい。何をお探しだね?」

「面白イモノ!」

「ほっほっほ、そりゃあいい」


 店の奥から現れた店主と思わしき老人にシキが即答すると、老人は心底愉快そうに笑った。背が低く大きな鷲鼻で総白髪の老人は人のよさそうな笑顔を浮かべたまま、店の奥へと向かい俺たちを手招きする。


「ほれ、店にあるもので一番『面白いもの』だ」


 老人がそう言って見せてくれたのは、手のひらぐらいの大きさのガラス玉のようなものだった。中に何か入っているのか、それともただ単に光が反射しているだけなのか、ガラス玉は様々な色で輝いている。


「これは全ての属性の魔力を感知するとな、周りの魔力を全部巻き込んで爆発するんだ。戦地になりそうな地面とかに設置しておいてな、条件が揃うとドカン、だ」


 ふぉっふぉっふぉ、と老人は愉快そうに笑ったが全然笑えないしめちゃくちゃ物騒だった。条件が厳しいとはいえ、いつ誰を巻き込むかわからない最悪の地雷じゃねぇか。しかも周囲の魔力を巻き込むおまけ付き。どこまで爆発が広がるか分かったもんじゃないな。


「スゴイ スゴイ! 面白イネ!」

「そうだろう、そうだろう」


 どうやらシキには大受けらしい。無邪気にはしゃいだ声をあげている。そんなシキの反応に老人も満足そうだ。

 なんだろう、俺の感性がおかしいのだろうか。それとも、俺が思い至っていない面白さがそこにあるのだろうか。


「仕掛けた者はスリルを最前線で味わえるようになっていてな。全属性が揃ってしまえば何もかもが吹っ飛ぶって考えが頭の隅から離れない状態で戦うんだ。ああ、間に合えば自分は無事でいられるよ。自分も巻き込まれて木端微塵に、なんて間抜けには進めらんないねぇ」

「魔法デ防御シタラ 駄目ジャナイノ?」

「ああ、その通りだよ。そこがさらに面白いところでな。爆発を察して魔力障壁なんかで防御すればひとたまりもないのさ。だから、この場合は大盾で凌ぐか、急いで逃げるしかないだろうねぇ」

「ソウナンダ! スゴイネ!」


 やっぱり最悪以外の何物でもない気がするんだが?

 二人でほのぼのと会話を続けているが、俺にはとてもついていけそうにない。この老人と分かり合える日は絶対に来ないだろうな、と俺はそんなことを思ってしまった。

Twitterに載せていた落書きを正式採用することにしました。

可愛いものに筋肉をつけるととんでもないクリーチャーが生まれるというのが今回の教訓でしたね。

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