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三十四ページ目:心のままに

 街を歩くと時折工事中のような建物が現れる。工事をしている場所はバラバラで、どうやらトルーペル全域で行われているようだ。

 しょっちゅう爆発するから、その対策だろうか? 爆発に耐え得る建物だったらいくら爆発しても構わないもんな。


「どういうコンセプトなんだ……?」


 目の前にあらわらた、いくつ目かも分からない工事中の建物に目をやる。作りかけの壁にはレンガに混じって歯車やチェーンのようなもの見える。レンガも含めたそれらには、所々文字も刻まれている。細かい文字なので具体的に何が書かれているのかは分からないが、何らかの呪文のような気がしなくもない。

 レンガと歯車。何とも奇妙な組み合わせだ。しかも、一つの建物だけでなく工事中の建物全てがこれなのだからより一層に。一つだけだったら家主の趣味なのだろうと思えたが、どこもかしこもこれだと何らかの意図を感じずにはいられない。何を作ろうとしているのだろう。

 さて。

 街並みを眺めながら歩き続けてようやく目当ての宿に辿り着いた。

 眺めの良い宿ということで紹介してもらったが、登り坂や階段が多くて随分と足腰が鍛えられた。散策して戻る度に苦労しそうだ。筋肉痛の覚悟だけはしておこう。

 階段を昇り切った先に現れたのはレンガ造りの巨大な建物。手前には植え込みもあり、建物と緑のコントラストが美しい。というか、この街ちゃんと植物あったんだな。レンガは赤っぽく、窓枠や扉などは黒で統一されている。窓枠の装飾がおしゃれだ。

 この街にしては珍しく、四角い建物ではない。三角の黒い屋根がついてる。いくつもの棟を繋げている構造なのか、少しずつ形や大きさの違う屋根が目の前の棟の後ろに見えた。俺の目の前にある棟から左右に細長く渡り廊下の様なものが続いている。客室はきっとこの廊下と思わしきものの先にあるんだろう。

 俺が勝手にイメージしていた、ファンタジーな世界にありがちな宿とは全く違う。むしろ前世にあったそこそこランクの高いホテルの方が近い印象だ。ちょっと緊張してきた。


「ようこそ、おいで下さいました」


 正面の扉を開くとそう出迎えられた。俺の正面に立っているのは一人──人かは分からないが──で、あとは受付や廊下前などに何人か居る。みんな恐ろしく整った顔立ちをしていて、この世界にモデルとかアイドルとかそういう概念があったのなら全員そのどれかになれただろうと思った。

 恐らくここの制服なのか、同じデザインの服を纏っている。スカートと言うよりも袴と表現した方が良いようなそれは丈が長く、足まですっぽり覆っていた。

 対照的に袖は短い。短いというか、右側は袖が無く肩が露出していた。左側はよくある丈の長袖だ。右側だけ袖が無いのは、恐らく肩甲骨の辺りから生えている翼のようなものがあるからだろう。半透明のブレードを細いワイヤーのようなもので繋げたそれが果たして翼として機能するかは分からない。

 それよりも特筆すべきは従業員よりもこの宿の内装だろう。

 床も壁も天井も、勿論受付カウンターなどの備品も、その他装飾品も全て水晶のような透明なもので出来ている。氷像に近いかもしれない。氷像を実際に見たことがないので何とも言えないが。

 触れたら崩れそうな危うさが有るが、歩いてみればかなりしっかりしているのが足から伝わった。見た目は涼しげだが、別に空気がひんやりしているというわけではない。むしろ少し暖かいぐらいだな。

 床下がほんのり発光しているのか、青っぽい淡い光が見える。天井に特別照明のようなものは見当たらないが、妙に明るいのはこれのお陰だろう。


「──それでは、お部屋までご案内致します」


 名前を記入し、料金を支払うだけの簡素な受付を終えると音もなく現れた従業員がそう告げた。ルームキーだけ渡されるものだと思っていたから正直驚いたが、前世でもビジネスホテルでなければホテルって大体こういうもののような気がしたので大した抵抗感もなかった。


「当館は非常に複雑な構造をしておりますので、館内を歩かれる際にはご注意下さい」


 静かな館内に、俺を案内する従業員の鈴を転がすような声だけが響く。辺りには人影のひとつもなく、他に宿泊している客など居ないのでは、なんて考えも浮かんでしまう。

 複雑な構造と言うが、今のところは受付から左にまっすぐ進んでいるだけだ。途中階段や扉などを見かけたがそれらは全て無視してずっと真っ直ぐ。あんまり迷いそうもないがどうなのだろう。


「はァ!? んな、どうなってんだ!?」

「この様に、棟によって内装が変化するものですから。迷ってしまわれるお客様も少なくないのです」


 俺の反応に従業員はクスリと笑った様な気がした。だけど正直なところ、その言葉の半分すら俺には届いていなかったと思う。

 先程まで水晶の様な、ガラスの様な、キラキラと乱反射する透明な世界にいたはずなのに、気づけば俺は空にいた。足元は床ではなく雲がある。壁も床も天井もなく、青い空がどこまでも続いて、白い雲がふわふわと漂っている。

 意味が分からない。

 訳が分からない。


「お部屋の鍵を持っていれば、この様にお部屋のある階層まで雲がご案内致します」


 周囲の雲も絶えず動いているせいで言われるまで気付かなかったが、気付けば俺たちは足元の雲によって上へ上へと運ばれていた。

 見渡す限りの青い空なので階層と言われてもどこがどこなのかさっぱり分からない。鍵も持たずにここに来るのは無謀というものだろう。道を覚えるとかそういう次元の話じゃない。

 やがて、目の前に一直線の道が現れる。否、足元の雲が目的の階層に到着した。俺たちは足を進め真っ直ぐに並んだ雲の上を歩く。

 雲の踏み心地は何とも言えない不思議なものだった。まず柔らかい。とにかく柔らかい。踏んだか如何かも分からず、しっかり歩いているつもりが何だかずっとふわふわする。でも歩きにくい訳ではない。柔らかいが、足を取られるということもない。不思議だ。


「お客様のお部屋はこちらの棟にございます。()にお気を付け下さいませ」

「────!」


 意識に気を付けるとはどういうことなんだ、と思った頃には周囲の風景が一変し、俺は水底にいた。ごぽりと口から大きな泡が零れて慌てて息を止める。不味い、水中で呼吸なんて出来ない。出来るわけがない。

 どうしよう。

 どうしたらいいんだ。

 どうしようなんて考えている間にも息がどんどん苦しくなってくる。上の方には地上と思わしき光がうっすらと見えるけど、果たしてそこまで上がっていけるか。どういうわけか身体は全く浮こうとしてくれない。不味い不味い不味い。

 手足は鉛のように重たい。水に浸かっているからか少しずつ体温が奪われているようにも感じる。いや、そんなことよりも空気だ。酸素が足りない。息が吸えない。苦しい。溺れ死ぬとはこうも苦しいものなのか。駄目だ、駄目だ。口が開いてしまう。口を開けば最期だと分かっているのに。


「お客様」


 凛とした鈴の音のような声が響いた。

 水の中だというのにどうして声が聞こえるのか。それとも死ぬ間際の幻聴か?


「お客様、()()()()()()()()()()()()()()


 息を吸う?

 そんなことを言われたって、水の中じゃ吸う空気なんて無いのに。

 嗚呼、もう駄目だ。

 堪え切れず、体内の空気を吐き出す様に口から大きな泡が出て行った。反動の様に身体は息を吸う動作を始めてしまう。入ってくるのは空気などではなく大量の水だというのに──


「──あ、れ……?」


 喘ぐ様に空気を求めた口から入って来たのは水などではなく、望み通りの空気だった。吸って、吐いて、吸って、吐いて。当たり前のように呼吸を繰り返すと、酸素を失いパニックに陥りかけていた思考が明瞭になっていく。


「職人が拘って作った内装なのですが……拘り過ぎた余り、初めて訪れた方が水中と錯覚してしまうことが度々あるのです。ええ、問題ございません。会話の度に泡が出るのは演出でして」


 困った様にそう説明されて色々と納得がいった。そうか、だから『意識に気をつけろ』ということだったんだな。気をつけられるかそんなもん。

 ただまあ、地上にいながら水中を体感できるというのは悪く無い。海底をイメージしているのか、青い世界でゆらゆらと揺れる色とりどりの海藻や珊瑚が美しい。頭上に見える地上から差し込む光も素晴らしいな。遠くには明らかに自然に出来たものでは無い、遺跡の様なものも見える。柱と思わしき物や祭殿の様なものが上から差し込む光を受けて神秘的なオーラを放っていた。宿に来たのも忘れてちょっとした探検気分だ。


「こちらのお部屋でございます。お客様の理想にお応えするお部屋ですので、変更は出来かねます。お部屋の鍵は必ず持ち歩く様にして下さい。鍵を持っていればどこからでもお部屋に戻ることが出来ます。それから、こちらは館内図です。館内を歩かれる際にはこちらをご覧下さい。それでは、ごゆっくりお過ごし下さいませ」


 岩で作られた洞窟の入り口に来ると、そう言って鍵と地図を渡された。恐らくこの洞窟が部屋の入り口なのだろうけど、果たして鍵が必要なのか甚だ疑問だ。否、鍵という形である必要がないというべきか。鍵そのものはこの部屋に辿り着く為には必要なのだろうけど、別に鍵の形をしていなくたっていいとは思うんだよな。まあ、気分の問題か。

 さてさて、そんなことよりも部屋だな。理想に応える部屋とはどういうことだろうか。俺は受付の際に一言も希望の部屋について話したつもりはないんだが?

 受付からここまで、とんでもないものを散々見せつけられてきたから期待値はかなり高い。どんな部屋だろうか。雲の上か、それとも水中か。あるいは全く別の、室内とも思えない様なものか。

 扉は無いのでそのまま洞窟に足を踏み入れる。

 一歩中に入れば、棟を移動した時の様に周囲の景色が一変する。そうして俺の目の前に現れたのは、木のぬくもりを感じる和風な玄関だった。


「……は?」


 大きな沓脱石が目の前にあり、横には木製の下駄箱。天井も床も壁も板張りで、細かい桜の柄が施された襖が二枚正面にあった。襖の奥に部屋が続いているのだろう。

 戸惑いながらも靴を脱いで上がる。襖の先にあったのは畳の部屋だった。黒っぽい木製の座敷机と座椅子が部屋の中央にあり、開かれた障子の先には大きな窓が見えた。寝室は一段高く、ベッドがある。窓の近くには木製の扉があり、開いてみるとシャワールームが現れる。さらに奥には外へと続く扉があり、外には露天風呂とゆったり座れそうなベンチがあった。


「すっげぇいい部屋、だな……」


 間違いなくいい部屋だ。物凄く良い部屋なのだが、異世界らしいものを散々見せつけられた後にこの良い旅館にありそうな普通の部屋が出て来ると拍子抜けしてしまう。いや、凄く良い部屋なんだけれども。

 クローゼットを開いてみると、白くて柔らかそうなバスタオルとフェイスタオル、桜色の浴衣と紺色の帯、紺色の羽織が入っていた。

 こんな文化、果たしてこの世界にあるのだろうか。


「……いや、だから『理想に応える部屋』なのか」


 これは俺の理想を表した部屋なのだろう。

 どういう技術なのかさっぱり分からないが、宿泊客の理想を寸分違わず再現する。それがこの部屋なんだな。だから変更は出来ない。出来るわけがない。

 とても素晴らしい部屋だが、難点があるとすれば違う雰囲気の部屋に泊まることは出来ないということだな。理想というのも本人が自覚していないレベルの理想を持ってくるようだし。


「……本当にいい景色だな」


 窓からも露天風呂からもトルーペルの街が一望出来る。暗くなったらまた違った表情が見られるかもしれないな。

 まさか転生した後でこんな和室に出逢えるとは思っても見なかった。今日は十二分に堪能させて貰うとしよう。


「おっ、茶菓子まである」


 棚を覗いてみると饅頭と煎餅、粉末タイプの緑茶と湯呑みがあった。だけどお湯はどこで沸かせばいいのだろう。探しても見当たらないのでこの緑茶は諦めて持ち帰ることにして、雑草茶でも飲むことにしよう。

 座椅子に座り、雑草茶でも喉を潤した後に饅頭を一口。懐かしい餡子の甘味が口の中に広がって思わず泣きそうになったのはここだけの話だ。


「……さて」


 少し寛いだ後で、俺は荷物の中から噂箱を取り出した。旅先でもある程度の情報は欲しいので持ってきていたのだ。

 下手したらヴォルクに俺の居場所が露見してしまう可能性もあるが、妖精たちの噂にさえならなきゃいいわけだし、行動に気を付けていれば大丈夫だろう。

 噂箱を開くと楽しげな妖精たちの会話が聞こえてくる。謎の伝染病、新食感スイーツ、各地を転々としている吟遊詩人……どれも面白い話題ではあったが、特別俺に関わるようなものではなかったな。ヴォルクの動向が探れるかもとか思ったが、炎の魔王が人探しをしているなんて話題は無かったし。


「……へぇ、魔力の結晶ってこうやって消費するんだ」


 妖精たちの噂話を聞き流していると、ふと噂箱の中に入れた魔力の結晶が目に留まった。五つある内の一つが溶けるように形が崩れている。ノレビーで出来たこの噂箱は殆ど魔力を消費しないとは言っていたが、それでも多少はこうやって使われるんだな。


「ウワァ!?」

「え?」


 面白いなぁ、なんて思いながら形の崩れた魔力の結晶に触れてみると、聞き覚えの無い甲高い声が悲鳴を上げた。それから俺の触れた魔力の結晶がぶるぶると震え、噂箱から飛び出し宙に浮く。


「ドコ!? ココ ドコ!? 誰!? ナンデ!?」


 それは、右へ左へ飛び回りながら喚き散らす。丸くなったり、細長くなったり、大きくなったり、小さくなったりしながら状況が掴めずただただ叫ぶ。物凄く騒いでいる。


「叫びたいのは俺の方なんだけど!?」


 俺よりも謎の物体の方がパニックに陥っているからなのか、妙に冷静なまま俺は思わず突っ込んだ。

 和室で和菓子を食べてしんみりしてた筈なのにそんな感情どこかに飛んでったじゃないか!

廊下を抜けると内装が一変するホテルというのは実在します。

箱根 宮ノ下にある富士屋ホテルがあまりにも素晴らしかったので、興味がある方は是非に。

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