三十三ページ目:計画のままに
「ふふッ……ふははははッ!」
やったぞ、遂に完成だ!
これでようやく旅行に行ける!
魔力の結晶を完成したばかりの絵の上に置いてみれば、俺の思惑通り絵の上に立体映像の様なものが現れた。床に置いた絵に気付かなければ、俺がここで絵を描いているように見えるだろう。完璧だ。
「出発だー! ひゃっほーう!」
俺はあらかじめ用意していた荷物をひっつかんで、裏庭側のバルコニーからそのまま飛び出した。二階から飛び降りたが特に問題なく着地し、目の前の森へ駆け出していく。
どこに行くかって?
勿論旅行だ。絵と魔法陣を作るのにかなり時間がかかり遅くなってしまったので若干深夜テンション気味だが、それでこそ旅行だと言えなくもない。何もかもが楽しくて最高だ。
別に、俺も好きでこんな強引な手段に出ているわけではない。わざわざ小細工をして夜中に出掛けるのには理由があるのだ。
遡ること数日前、五歳児を脱却できたことだし、そろそろ旅行にでも行きたいなーなどと思った俺はお勧めの観光地を聞くついでに旅行に行こうと思っている旨をヴォルクに伝えた。今までかなり過保護だったヴォルクも、流石に今の俺には反対などしないだろうと思っていたのだ。今までの俺は子供の姿だったからついつい過保護になってしまったのだろうと、そう予測して。
だが、そんな俺の意に反してヴォルクは俺の旅行にものすごく反対した。絶対にダメだとか言いやがった。せめて今はやめろと。行くならヴォルクが一緒についていける時期まで待てと。
そんなのいつになるか分かったもんじゃない。そこで俺は、本屋でレオマティア国内のざっくりとした情報を集めた後に一人旅へ繰り出そうとした。だが、出発して半刻後には見つかってしまい、連れ戻された後にヴォルクにしこたま怒られたのである。
というわけで三度目の正直。
前回失敗した要因は、俺がいないということが早い段階で見つかってしまったからだ。明るい時間はヴォルクが俺の家に来る確率が高い。ならば遅い時間に出発するのが得策だろう。
そして、明るくなってからも少しでも時間を稼ぐためにもう一工夫。それが俺が先ほど完成させただまし絵だ。部屋をのぞいた時に俺の姿が見えればしばらくはそのままでいるだろう。絵を描いているように見えれば尚更だ。これで半日以上は固い。それだけの時間が稼げればそこそこの距離まで移動できるだろうし、そう簡単に見つかることも無くなるだろう。
長期間の旅行の予定なので、一応ラーテにはそのことを伝えてある。雑貨屋に長く顔を出さないことで余計な心配をさせたく無かったしな。
ちなみにラーテは「持っていけ」と言って羽飾りのような物を俺に渡し、気持ちよく送り出してくれた。この羽飾りは旅のお守りとかそういう奴だろう。その心遣いが涙が出るぐらい嬉しかったので、ラーテには必ずお土産を買ってこようと決意した。
「目指すは海! いざ往かん!」
魅力的な場所は色々とあったが、この世界の海をまだ見たことがなかったので今回は海沿いにある街、アイシムリアを目指すことにした。道中にはトルーペルという街もあるようなので、そこにも寄ってみようとは思っている。
アイシムリアまでの道のりには他にも魅力的な場所があったが、そちらは万が一ヴォルクに見つかった場合、隠れる場所が無いようなので今回は断念する。帰りに寄れそうだったら寄ってみてもいいけどな。
暗いところでもすぐに確認できるよう、ほんのり発光するインクで描いた手製の地図で道を確認しながら森を進む。今日はきっと野宿になるから、その内川を見つけないといけないな。水浴びは大事だ。
時折、木々のさざめきに耳を傾けそこに混じる水の音を探す。それらしき音が聞こえたら歩む方向を変えて音の聞こえる方へと向かう。方向を変えたところで景色が大きく変わることはなく、大して心惹かれるものでもなかった。森を抜けるまではこんなものだろう。
しばらく歩いていると、やがて深夜テンションも大人しくなり疲れからか眠気がどっと襲い来る。木々の隙間から見える空が白んできているけどそろそろこの辺りでひと眠りしようかな。寝ている間にヴォルクに見つかるのだけは避けたいので、身を隠せるところを探そう。雨風もしのげて一石二鳥だな。
川探しから寝床探しへシフトチェンジすると、すぐに丁度いい場所を見つけた。どこまで高さがあるのか分からない巨木の根元にぽっかりと空いた穴。少し奥に入れば根の陰に隠れられそうだ。今日はここで眠るとしよう。
便利なもので、この世界には空間魔法を用いた道具が数多く存在する。俺が背負っているリュックもその一つだ。リュックに手を突っ込んで目当てのものを引きずり出せば、ずるりずるりと毛布が出てくる。次に紅猪の干し肉と、水筒に入れた雑草茶を取り出す。喉を潤して腹を満たすといくらか疲労が回復したような気がした。
木の根の中は時折心地よい風が吹き抜ける。毛布にくるまりリュックを枕にして寝転べば、あっという間に眠りについてしまった。
幸運なことに、その後追手に見つかることも無く、歩いて休んでを繰り返しながら進んでいくことが出来た。二回ほど空が明るくなった頃には森も抜けて、今では目の前に街らしきものが見えてきている。幸運なことに戦闘に巻き込まれることも、野生の動物に襲われることも無く、俺は一度も死なないままここまで来れていた。
さて、俺が歩んできた方向が間違ってさえいなければ、目の前にある街はトルーペルだ。一体どんな街並みが広がっているのやら。少しずつ大きくなっていく街の姿に、俺の足取りが軽くなっていく。この気分はあれだ、遊園地に足を踏み入れようとしている直前のやつだ。今にも走り出しそうな気分ですらある。
「次の人ー」
街の入り口には関所が設けられており、数人が列を成していた。俺もそれに倣って最後尾に並んだが、そう時間もかからないうちに声を掛けられた。簡単に調べてるだけなんだろうな。
小部屋の窓から話しかけてきた衛兵の前には、占い師が持っていそうな水晶玉のようなのがあった。あまりにもアンマッチな組み合わせについつい笑ってしまいそうになる。
「この球に触れた状態でお答え下さい。お名前は?」
しかもこれ、俺が触るのか。右手で触るとひんやりとした球の温度が感じられた。暑い夏に欲しくなりそうな気持ちよさだ。
「カナメです」
「どこから来ました?」
「シンティセルから」
「トルーペルには何しに?」
「観光に来ました。この街を見た後はアイシムリアに行くつもりです」
「……なるほど。結構ですよ。良い旅を」
この世界には身分証明書という概念が無く、特別何かの提示を求められることもなくこれらの質問だけで通された。結局あの球は何だったのだろう。衛兵は俺の顔よりも球の方に視線をやっていたから、きっとなんかの意味があるのだろうけど。
そういえばシンティセルじゃ関所なんて見たことがない。ヴェネズィオンでもそんなものは無かったような気がする。どうしてこの街だけ関所を設けているのだろう。技術の流出を防ぐ為だろうか。
ここ、トルーペルは魔法道具の研究が日々行われている。日常生活に欠かせない道具から戦闘に使うものまでありとあらゆるものを研究し、製造されているそうだ。だからこそ見て見たかったわけだが。
「ほう……こりゃまた……」
関所を抜けて街の中へ足を踏み入れると、その街並みが視界に飛び込んできた。
シンティセルやヴェネズィオンは三角屋根の建物が殆どだったが、トルーペルは四角い建物が殆どのようだ。恐らくほぼ全ての建物が屋上にも出られるようにしている。
建物はレンガや石で作られているものが殆どのようだ。ぱっと見た限りで木材が見当たらない。それどころか、今目の前に広がる景色には植物と呼べるものが全くと言っていいほど無かった。植物を植えるスペースがあるぐらいなら建物を置きたいのか、四角い建物たちがひしめき合っている。空も狭く見えた。
そう思っていたのだが、少し歩くと突然視界が開けて自然豊かな公園のようなものが目に映った。それも一つだけではない。いくつもだ。どうやら大通り沿いに建物を並べられるだけ並べて、その裏側はぽっかりと開けてあるらしい。庭というか公園というか。学校のグラウンドのようなものもある。やたらとだだっ広いスペースが、簡素な柵に覆われていた。私有地ってことなんだろうな。
「ぅおァッ!?」
なんてことを考えながら歩いていると、突如雷鳴の様な爆発音が俺の耳を襲った。その余りの衝撃に思わず耳を塞いでしゃがみ込んだが、特に何が起こるわけでも無かった。落雷があったわけでもなさそうだ。多少驚きはしたが、耳も何ともない。良かった。
さて、何があったのだろうか。
辺りを見回すが、特別何かが起こっているわけではない。道行く人々も何でもない様な顔をして歩いている。まるで先程の轟音が俺にしか聞こえていなかったみたいだ。そんな馬鹿な。
余りにも音が大きすぎたせいで、音のした方向はよく分からなかった。どちらかと言えば左よりも右の耳の方が痛かった、か?
右を見てみると、同じ直方体を二つ並べてその間に渡り廊下を通した学校の校舎を連想する様な形の建物が見える。特別変わった様子はない。あの建物は関係無いのだろうか。
などと考えていたら、景色が揺れて真っ赤な炎が噴き上がった。目の前にある建物の上層階が突然爆発したのだ。
「ンなッ……!? 街への攻撃は禁止じゃ無かったのか!?」
思わず叫ぶ。
誰かがそこに居たのかは分からない。何処から攻撃されたのかも分からない。
分かってる。戦争をしている中で「ルール違反だ!」なんて叫ぶ方がおかしいのだ。命のやりとりをしているのであって、スポーツをしているわけでは無い。分かっている。でも、だとしても。
「──お姉さん、トルーペルは初めてかい?」
茫然とすることしか出来ない俺にそう声を掛けてきたのは背後にあった店の店主だ。人当たりのいい笑みを浮かべている。俺と同じ様に、爆発を見たはずなのに。
「この街で、爆発一つで驚いてちゃ保たないよ。爆発はね、トルーペル名物なんだ」
「……それは、どういう……」
慣れてしまう程、名物だなんて皮肉なものになる程、常に襲われ続けているということか? 果たして、このことを魔王は知っているのだろうか。いや、きっと知らないだろう。知っていれば何らかの対応をしている筈だ。
「誰も彼も過激な研究が大好きだからね。失敗に爆発はつきものなんだよ」
「……え?」
あれ、思ってた話と違う。
「爆発の数だけ無謀な挑戦をしたってことなんだよ。ああ、また。今日はどこも元気だねぇ」
「待て待て待て待て」
「そんなことよりも、ウィリゼはどうだい? サッと食べれて栄養満点、トルーペル名物だよ」
何発か立て続けに響いた爆発音にほのぼのとした表情を浮かべる店主。どう考えてもおかしい。爆発は決して花火では無い。俺の理解が追い付かない。
店主が勧めてきたのは色鮮やかな液体の様なものが試験官に似た瓶に詰められたもの。液体は赤や青、黄色などカラーバリエーション豊富だ。何がどう違うのかは分からない。爆発音を聞き流しながらこれを勧めてくる心境も分からない。本当に爆発が日常茶飯事なのか?
色んな情報を処理しきれないまま、気付けば俺は赤色のウィリゼを購入していた。中味は液体ではなくトロッとしたゼリーの様なものだった。だが実際に食べてみるとジャクジャクとした食感で、なんだか不思議な気分だ。味は……なんだろう、一番近いのは巨峰だろうか。甘くて美味しい。
店主曰く、色によって味も食感も変わるとのことなので、俺はそれにまんまと乗せられて青いのと黄色いのも購入した。青いのはコリコリ食感で旨味のきいた塩味。黄色いのは口に入れた瞬間とろけていくリンゴ味だった。
「まいどあり。良い旅を」
すっかり気に入ってしまい、俺はウィリゼを追加で十本ほど購入してから店を後にした。
その頃には何十発と響く爆発音にも慣れて、この街の住民たちの様に聞き流すことが出来るようになっていた。名物ってこういうことなんだな。
常にどこかしら爆発してる街って嫌ですよね




