三十一ページ目:好奇心のままに
棚の上に所狭しと並べられた空の瓶に、天井から吊る下げられた乾燥させた植物の数々。それぞれデザインが異なるランプに、同じものは一つとして無い大判ストール。一つ一つ丁寧に並べられたネックレスやブレスレット。その上に吊るすように並べられ、ゆらゆらと揺れながら光を反射するピアス。その他、大小様々な食器類に謎の置物、液体や粉などが入れられた瓶、木箱一杯の綺麗な小石など、本当にありとあらゆるものが並べられた店内は見ているだけで楽しいし、それだけで絵になる。噂箱を買いに来た時も思ったが、ラーテの店は本当に品揃えが豊富だ。
「何買う。買わないのか」
「買うよ、多分。でも今は店の中をじっくり見てたいかな」
雑貨屋にきてからどのくらい経っただろう。いつまでもその景色を眺め続けるばかりで商品を手に取ろうとしない俺に痺れを切らしたのか、ラーテがそう声を掛けてきた。申し訳ない気持ちはあるけども、今は物欲よりもこの風景を絵に残したいという気持ちの方が大きい。
だって仕方ないじゃないか。瓶が大量に並んでいる棚ってだけでも軽くテンションが上がるというのに、それだけに留まらず他の商品も店いっぱいに並べられているのだから。だが少しでも触れれば全て崩れてしまいそうな危うさは無く、物の多さが醸し出す圧迫感もない。絶妙なバランスだ。
前世でもそうだったけど、こういうのを見ていると自分の家も雑貨屋風にしてみたくなってしまうんだよな。意味もなく小瓶がついてるガーランドとか飾ってしまいたくなる。憧れるなぁ。
でもやっぱり、店にこれでもかと並べられている様子が一番いいのだと思う。買ってみて実際並べてみても、思ってたのと違ってたと感じる原因は大体それだ。店の雰囲気に流されているだけ。だからせめて、この雰囲気を切り取って絵に残したいのだ。
……いや、そんな難しいことは考えてないな。純粋にこんな風景が好きってだけだ。そして好きな景色はお絵描きしたくなる。
「お……これはインク? 『火季の雲の色』って何色なんだ?」
そうやって店内をひたすら眺めていると、俺の目は一つの棚に留まった。その棚には台形の瓶がずらりと並んでいた。正面に貼られたラベルはそれぞれ異なる色で彩られているが、肝心の中身はどれもこれも透明の液体のようだった。ラベルにはそれぞれ『火季の雲の色』『竜の鱗の色』『星の涙の色』等と書かれている。全くどんな色なのか想像が出来ない。そもそも透明の液体だし。
なので店主であるところのラーテに問い掛けてみたわけだが、ラーテはゆるりと首を横に振った。
「知らない。面白そうだから置いてる」
なるほど、至ってシンプルな答えだ。
それでいいのかとか思わなくもないけど、自分の好きなように商品を売るのが自分の店の醍醐味だもんな。売り上げが伴えばだけれども。そして、俺はそんな考え方が嫌いじゃない。むしろ好きだ。大好きだ。
「そんじゃ、これ全種一個ずつ買ってくよ」
だから俺は『面白そう』という感情に乗っかって買うことにした。絵を描くからインクとか絵の具とかはいくらあっても困らないし、今持ってるものでは出せないような色合いがこれで出せるなら万々歳だ。
そんな俺の大人買いに驚いたのか、ラーテは困惑の表情を浮かべた。ちょっと引き気味かもしれない。なんでだよ。客が買うって言ったんだから喜んでくれよ。確かに、一瓶八ダルが十二種類と決して安い値段ではないのだけれども。
「インク何に使う」
どうやら驚いたポイントは俺が思っていたのとは違ったらしい。これらをまとめて一気に買おうとする決断力ではなく、純粋にインクを大量に手に入れようとしていることへの驚き。よく考えればこんなにインクを使うことって無いもんな。思い返してみれば、俺が絵を描いているという話すらまだしていなかった。あわよくばラーテをモデルに絵を描かせてほしいとか思っていたのに。
「俺な、絵を描いてるんだよ。だからこれ全部使ってみる予定だよ」
なんなら一度使ってみて色合いが気に入ればこの店にある在庫を全部買うぐらいの気持ちでいる。
そうだ、頼んでおけば他のインクやら絵の具やらも仕入れてくれるんじゃないだろうか。今まではどこかの店で見かける度に持てる量だけ買ってどうにかしていたけれど、同じものをもう一度買えるとは限らなかった。微妙に色合いが違うものだから、想像していた色が中々出なくて困ったものだ。でも、ここに色々と置いてくれればその悩みの大半が解決されるはず。在庫が困るというのならある分だけ俺が買い取るし。ああ、ついでに紙とか筆とかも置いてくれると有難いな。
少し図々しかっただろうか。だが、聞いてみないことには始まらないので当たって砕けろの精神で聞いてみた。
「いいもの探す。あれば置く」
「ありがとう!」
まさかの快諾で、気づけば俺は小躍りしながらラーテに抱き着いていた。嬉しい。大変嬉しい。自分の目で確かめて納得したものだけを置くという精神も大変素晴らしい。ラーテの判断基準は分からないが、少なくとも粗悪品を掴まされることはないだろう。そうだと信じたい。
少しして、爆上がりしたテンションが落ち着いたのでラーテから離れる。すると今度はラーテから提案があった。俺の為の商品を置く変わりの条件のようなニュアンスだったと思う。
「カナメの絵を見たい」
「いいよ」
何かを考える前に即答していた。自分の絵に興味を持ってもらえるのって嬉しいもんな。うんうん。
俺のあまりに速すぎる答えにラーテは少し困惑したようだったが、少しするととても魅力的な笑みを浮かべて見せた。そして「ありがとう」と言いながら俺のことを抱きしめる。
ああ、ハグをすると幸せホルモンが分泌されて幸せな気分になれるって本当だったんだなと痛感した。
「本当に休みにしてよかったのか?」
「問題ない。緋の店。緋の自由」
いつ絵を見るかという話をしたところ、今日今すぐにでもという答えが返ってきたので、俺とラーテはそのまま雑貨屋を後に、俺の家へと向かって歩いていた。雑貨屋の店員はラーテしかいないので店は臨時休業となったが、それでいいらしい。本当に自由だな。
歩いていると何となく小腹がすいてきた。陽が高く昇っているし、そろそろお昼の時間だろう。せっかくだから、ラーテと一緒に何かを食べるのも悪くないかもしれない。
そういえば、ラーテは何を食べるのだろう。もしかしたら食べられないもの、食べてはいけないものがあるかもしれないな。出来れば俺も一緒に食べられて、俺にも調理が出来るようなものだといいな。そうじゃなかったらそれはその時に考えることにしよう。
「なあ、ラーテは何で人の姿で暮らしてるんだ? しかも、自分の店まで持って」
雑談をしながら歩いている内に、つい、そんな疑問が口から出てきた。こういったセンシティブな質問をするにはまだ日が浅すぎる気がするのだが、俺の口ってば本当にうっかりさんだ。もう少し思慮深くならなければならないと思うのだけど、つい最近まで五歳児だったので感覚がおかしくなっているのかもしれない。今は大人。ぱっと見は大人の女性。自分に言い聞かせておこう。それはそうとして、口から飛び出た発言は取り消せないので、ここは諦めてラーテの答えを待つことにしよう。ラーテの気分を害してしまったならその時はその時だ。
「……理由か。理由は分からない」
「え? なんとなくでやってるのか?」
「違う。違うと思う。言葉が分からない」
困惑の表情を浮かべながらラーテはグルルルルと猫が喉を鳴らすような音を発した。もしかしたらそれは、竜族としての言語で何かを言ったのかもしれなかったが、俺には分からなかった。残念なことに、転生者ボーナスでありがちな言語理解みたいな能力は俺には備わっていないのだ。この世界に来た最初の内は言葉を覚えるのに必死だったぐらいだしな。自称神からもらったこの記憶力があって本当に助かった。
「……そうだ。ラーテ、今度俺に言葉を教えてよ」
「言葉。カナメの方が話せる。緋が教えること無い」
「違う違う、竜族の言葉だよ」
「…………」
ラーテは良いとも悪いとも言わなかった。ただ、ちょっとだけ口角をあげて、グルルルルとまた喉を鳴らすような音を発した。それは、先ほどの音よりも随分と機嫌が良さそうな音だった。前向きな意味として捉えてもいいのだろうか。
分からない。分からないので、分かりやすくラーテが教えてくれるまではこの話はお蔵入りだ。
さて、こんな話をしている間に家に到着した。ラーテは興味深そうに建物をいろんな角度から眺めている。先に家の中を案内してみようかな。
「人の家面白い。種類ある。全部違う。楽しい」
一通り説明をして裏庭側にあるバルコニーに来るとラーテはそう口にした。確かに、案内をしている間ずっと楽しそうだったな。観光地に遊びに来ているような反応だった。
「竜族の家はどんな感じなんだ?」
「家じゃない。ねぐら。岩。森。山。寝たいところで寝る。緋は川の近くが好き。人は家作る。ねぐらだけじゃない。面白い」
なるほど。言われてみればそうだな。ドラゴンが家を作るイメージなんてなかった。鳥のように巣を作る可能性だってあったけど、ラーテの口ぶりじゃそれも無いんだな。自然の中の、自分が気に入ったその時に寝たい場所で寝る。ドラゴンのイメージ通りだ。
その感性で人を見ると、家を作るのが面白いと感じるのは新しい発見だった。なるほど。なるほどなぁ。
「人いろんなもの作る。よく分からないもの。同じに見えるもの。いろんなことする。何もしないときもある。面白い」
「なるほど。じゃあ、ラーテが雑貨屋をやってる理由の一つはそれかもしれないな」
「……ああ」
俺に言われて初めて気づいたとでも言わんばかりの表情でラーテは頷いた。もしかしたら、人として生活しているのも純粋に好奇心から来ているのかもしれないな。面白いから。面白そうだから。興味がわいたから。そんな理由なのかもしれない。興味があるからという理由で人の言葉を覚えて、それらしい生活を送っているのだとしたらその行動力には頭が下がる思いだけどな。決して簡単なことではない。
さて、家の案内も済んだので本題の俺の絵に移ろう。果たしてラーテはどう感じてくれるだろうか。
見せるのはこの家に来てからの絵だ。この家。シンティセルの街並み。ペティラの花。ヴェネズィオンの街並み。そういえば街並みはまだ昼の様子しか描いていなかったな。別の時間帯の様子も今度描こう。早朝とか、夕暮れとか。ヴェネズィオンは他の時間帯を見れなかったから、今度またもう一度行ってみる必要があるな。それはまたヴォルクにでも話してみよう。そういえばあそこの温泉にも入っていないし。
「……本当に面白い。不思議」
ラーテは俺の描いた絵を繁々と眺めると、感嘆の声を漏らした。こういった反応をもらえると、絵描き冥利に尽きるな。もっといろんなものを描いてやろうという気持ちがムクムクと湧いてしまう。俺って単純だ。
「描くのは風景だけか。他は描かないのか」
「ん? うーん、そうだな。機会も無いしほとんど描かないな」
描いたのはヴォルクに初めて会った頃に描いた奴ぐらいか。そういえばヴォルクの本来の姿もまだ描いてないな。そもそも許可ももらってないが。
街の人は描いてみるのも楽しいとは思うが、俺の絵は大半を売ってしまうので描かないことにしている。一人一人に許可を得るのが大変だし、その絵がどういう扱いを受けるのかも分からないからな。一応、配慮ってやつだ。
ラーテの口がほんの少し動いて、真っ黒な双眸が俺のことをじっと見つめた。吸い込まれそうな美貌に見とれていると、やがてラーテの声が静かに響いた。
「緋を描いてほしい」
それは願っても無い要望で、俺は踊りだしそうになる衝動を堪えながら二つ返事で承諾した。
このときは、なんでラーテがそんなことを言い出したかなんて全く考えていなかった。




