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三十ページ目:噂のままに

 ラーテと別れた後、ウキウキしながら噂箱を持ち帰った俺は、ヴォルクにこれでもかと言うほど噂箱を見せびらかしていた。


「聞いてくれよ、これな、ノレビーとシャトリーの石で出来てるんだってよ!」


 尚、値段が高くて性能が桁違いと言われただけで何がどうすごいのかは分かっていない。恐らく素材が稀少か加工が難しいかのどちらか何だろうけど、俺は完全にビジュアルで決めてしまったしな。

 さて、ヴォルクには何て言われるかな。


「はー……変わり者が居たもんだなぁ」


 ヴォルクはいっそ感心したようにそう呟いてしげしげと噂箱を眺めた。

 変わり者。そう評したのは恐らく俺のことではない。これを商品として仕入れた雑貨屋、つまりラーテのことか、あるいはこれを作った職人のことか。ラーテも似たようなことを言っていたから後者だろう。

 そう思っていたけれど、ヴォルクの言わんとしていることはそうではなかった。


「こいつに関わった奴全員が変わり者だな。このサイズのノレビーをそのまま卸した奴も、これを作った奴も、これを商品として売ろうとした奴も、勿論それを買ったお前もな。いいね、最高に面白い。なあ、ノレビーがどういうものか知ってるか?」

「魔法道具でよく使う宝石っていうのは聞いたぞ。角度とかで色が変わるんだろ?」

「ああ、その通りだ。ただまぁ……よく使われる魔法道具っていうのはこういう物のことじゃない。ネックレスとかピアスとか、そういうアクセサリーの装飾の一部に小さいのを使うっていうのが普通だ」


……ふむ。

俺はラーテの話を聞いて、勝手に宝石というよりも鉱石という方が正しいんだろうと思っていた。加工してこのサイズなのだから、そこまでの希少性は無いだろうと思ったのだ。だが、どうやら違うらしい。


「こんなにでかいノレビーが採れたとなればもっと騒ぎになってもいいぐらいだが……どこのどいつか分からんが隠したんだな。どうせ隠すならこんなもの流通させなきゃよかっただろうに。まあ、作った以上売りたくなったんだろうな」


 そう言われるとなんだか物凄く怖くなってきた。地球のどの宝石がこれにあたるのかは分からないけど、俺はつまりダイヤモンドとかエメラルドとかそう言った類の塊を買ってきたということだ。そして気になるのはその値段があまりにも安すぎるということ。この世界と地球の物の価値が違うとはいえ、そこそこ希少な宝石の塊が二十五万円というのはどうにもおかしい。ゼロが二つ程足りていない。俺は、一体何を買ってきてしまったのか。


「元々これがどういう値段で回ってきたのかは分からんが、少なくともお前にこれを売った雑貨屋はこれの価値を知ってたんだ。そいつがマトモな思考をしているとは言い難いな。どんな奴だった?」

「どんな奴って……ちゃんと説明してくれる、綺麗なお姉さんだったけど? 声に抑揚がないというか、カタコトっぽかったけど表情は豊かだったよ」


 殆ど会話をしていないのでどういう性格をしてるとか、何を考えているとかは当然分からないし分かる気もないけど……まあ、何だろう。悪い人ではないだろうなとは思った。ヴォルクが何を言いたいかは分からないけども。


「お前の『悪い人じゃない』はアテにならないからな……」

「え? なんで?」


 おかしいな、ヴォルクに物凄いジト目で見られている。それは俺が騙されやすそうだってことか? 失敬な、俺はれっきとした大人だぞ。フィッシング詐欺にも負けず生きてきた現代人だぞ! とか思ったけど、初対面の男(魔王)に差し出されたパンを何の疑いもなく食べた記憶があったので強く否定できなかった。献身的すぎてついつい忘れてしまうけど、ヴォルクって魔王なんだよな……。

 でも、俺が騙され易そうだとしても、ラーテは悪い人では無いと思うんだよな。人じゃなくてドラゴンか。ドラゴンの善し悪しってよく分からないけど、人の尺度で見たら善人の部類だと思う。まず悪人だったら自分の正体なんて明かそうとしないと思うし。


「うーん……ダメだ、あとは物凄い綺麗なドラゴンって事しか分からないな……」

「ドラゴン?」

「あ」


 自分の失態を悟ったのはヴォルクにしっかりと聞き返された後だった。言い逃れが許されるような状態では無い。まさか自分の口がこんなに軽いなんて思ってもみなかった。

 この世界に来てからというものの、人っぽい見た目の種族しか見たことが無い。多分、人に近い種族が主流なのだろう。ラーテがどうして人を真似ているのかまでは聞かなかったけど、人が多い世界なら人になっておいた方が色々と楽だからという理由もあるかもしれない。人と離れた見た目であればある程、人から迫害されやすくなってしまうから。異質なものを排除しようと、自分たちなりの正義を振りかざして追いやっていく。人とはそういう生物だから。

 少し考えればすぐに分かるようなことなのに、こんなところでうっかり口にしてしまった自分が憎い。なんて軽率なんだ。しかも相手はこの国の王だ。人では無いものを追い出すことなんてきっと容易だ。


「深刻そうな顔をしてるところ悪いが、竜族だからどうこうってことはないぞ。そもそも俺も人じゃないからな」

「それもそうか」


 忘れてた。

 でもじゃあ、なんでヴォルクはわざわざ人の姿になっているんだろう? その内タイミングがあれば聞いてみることにしよう。


「それにしても竜族か……。まあ、竜族なら価値観がずれてても仕方ないかもしれないな」

「そうなのか?」

「ああ。そもそもあいつらは自分が宝石の塊みたいなもんだしな」


 ああ、鱗とか角とかの話か。どこの世界でもドラゴンから採れるものって稀少な素材扱いなんだな……。そういえば、鱗って生え変わるものなのだろうか。自分を宝石の塊扱いするならある程度自由に取れたりするんだと思っているけども。

 さて、話がかなり脱線してしまったが元に戻そう。どんな材質だろうと、どんな意図が絡んでいようと、この噂箱を買ったのは俺だ。そして俺は噂箱がどんなものか早く使ってみたいのだ。

 確か、蓋を開けて魔力の結晶を二、三個入れればいいんだったな。少し待てば魔力が箱の中を循環して、妖精たちの声が聞こえるようになるとか。

 それでは早速。


『勇者様ヲ レイリア墓地デ ミタヨー!』

『エー? 嘘ダァ ダッテ 勇者様ハ フルトゥニスニ 向カッテタヨ』

『ドッチ? ドッチガ 嘘ツキ?』

『ドッチガ 偽物?』

『嘘ジャナイヨ!』

『偽物ジャナイヨ!』

『フシギ フシギ』

『フシギ フシギ』


……あれ、おかしいな。魔力の結晶を入れる前から楽しげな妖精らしきものの声が聞こえている。音質は目の前で話しているんじゃないかと錯覚するぐらいには良い。なんだろう、買ってすぐ使えるように少しだけ充電してあるみたいな感じなのだろうか。


「ノレビーって魔力を豊富に含んでいてな、魔力の結晶の代わりに使われるぐらいなんだ。だから魔法道具に使われるんだけどな。で、この噂箱はノレビーの塊だから魔力の結晶無しで動かせるんだと思うぞ」


 なるほど、そういうことだったのか。

 ちなみにノレビーは空気中の魔力を吸収することもできるので、半永久的に魔力が無くなることは無いらしい。だから魔力の結晶も必要ない訳だが、箱の中に何も無いのはそれはそれで寂しかったので、ちょっとした装飾ぐらいの気持ちで三つほど置いておくことにした。


「ところで……勇者が二人いる、なんてことはないよな?」

「ん? ああ、無いな。だからまぁ、()()()考えればレイリア墓地の方が見間違いだろうな」


 先程の噂、勇者(しりあい)の話だったのでついつい気になってしまった。

 俺たちは勇者御一行がフルトゥニスに向かったと知っているから、レイリア墓地──何処にあるのかは知らないが──で見かけたという勇者はそっくりさんか偽者だろう。ヴォルクの言う通り普通に考えれば、だが。では普通を考えない場合、レイリア墓地にいる勇者も本物であるとするならば、どのようなことが考えられるだろうか。


「そもそも勇者って、ラルガしか居ないのか?」


 まず勇者の定義から考えなければいけないけれども、勇者がラルガだけでなければ話は簡単だ。レイリア墓地にいるのはラルガではない勇者。妖精たちの話に出てきた勇者はそれぞれ別人の話をしていたということになる。だが──


「居ないな。少なくとも他は()()されていない」


 これで一つの仮説が消えた。となると、あとは本当にラルガが二人ほぼ同時に出現したと考えるしか無くなってくる。かなり無理のある話だな。

 それはそうとして、なんだか気になる言い方だった。『確認されていない』と言ったか? 勇者になる為にはある程度の条件が必要だとは思っていたけど、どういうことだろうか。


「この世の全てのものは量に違いはあれど必ず魔力を持っている。そして、その魔力には何かしらの属性がある。俺で言えば炎だな。お前は特殊すぎて属性が分からんが……まあ、それは置いておこう」


 これは魔法陣について教えてもらった時にも何となく教えてもらったことだ。属性といっても、向き不向き程度のものだったかな。ヴォルクが持つ属性は炎だけど、炎属性以外の魔法が使えないという訳ではない。最も相性がいいのが炎属性で、その他は多少苦手だとしても何となく扱うことができるのだそうだ。ちなみにヴォルクが一番苦手なのは水属性だと言ってたかな。手のひら程の量の水を出すのが精々だと言っていた。だけど扱えない訳ではない。


「この属性、多くても三つぐらいしか持っていないんだが、何百年かに一人の割合で全属性の魔力を持つ奴が現れる。そいつに与えられる称号が勇者だ」

「なるほど。じゃあラルガは全属性の魔力を持ってるから勇者なのか」

「そういうことだ。だから勇者は必ずしも一人という訳ではないが、同じ時代に二人存在したことは今までで一度もない」


 そりゃそうだ。何百年に一人の割合で現れる選ばれし者が同じ時代に何人も現れる訳がない。そんな突っ込みどころ満載なご都合主義のフィクションじゃないんだから。

 ラルガ以外の勇者は確認されていない。少なくとも、今のところラルガ以外の勇者は居ないという言葉の意味はよくわかった。

 では、本題に戻ろう。

 妖精が言う、二人の勇者とは一体なんだったのだろうか。妖精たちはあまりこの話題に興味がないのか、不思議の一言で片付けて今は別の話題について楽しそうに話しているが、こちらとしてはその真相が気になって仕方ない。

 どうやらそれはヴォルクも同じなようで、眉間に皺を寄せて考え込んでいるようだった。だけど現場を目撃していない俺たちに結論が出る訳もなく、真相は謎のベールに包まれたまま、いつか忘れ去られていくのであった。

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