二十九ページ目:出逢いのままに
小物入れ程度の大きさの箱がいくつも並べられている。どれも蓋が開くようになっていて、中には丸いものを嵌め込めるような小さなくぼみがあった。そう、丁度魔力の結晶ぐらいの大きさだ。蓋を開いた状態で置いておくと、そのうち音楽が流れだすんじゃないかなんて思ってしまう。既視感あるフォルムだから仕方ないだろう。
値段はピンキリだ。どれもサイズはほとんど変わらないので性能の違いが出ているのだろう。あとは装飾だろうか。インテリアとしての面もあるからだろうな。確かに、部屋の雰囲気に合うものを選びたいとは思う。
うーむ、悩む。
雑貨屋に来てから果たしてどれだけの間俺はこの棚の前で腕を組んで悩んでいるのだろうか。デザインについては正直なところよく分からないので性能で選びたかったわけだが、どういうものなのかがイマイチ分かっていないので選びようがない。これはもう店員さんに聞いたほうが早いんだろうな。聞こう。
「すみませーん、噂箱のおすすめを聞きたいんですけど」
カウンターの内側で本を読みふけっているお姉さんに声を掛ける。お姉さんはちょっとだけ迷惑そうな顔をした後、しぶしぶカウンターから出て俺のところまで来てくれた。
何故俺が雑貨屋で頭を悩ませてまで噂箱なるものを購入しようとしているのかといえば、それは昨夜まで遡る。
「なあ、ヴォルク。普段情報を集めるときって何を使う?」
俺がヴォルクにそんな質問をしたのは、一旬に一度のペースで発行される新聞の様なものを読んでいるときだった。
この世界の新聞も地球の新聞も、掲載されている内容に大きな違いは無い。違いがあれば発行している会社が少ないこと。速報として発行されるものは無く、一旬に一度以上発行されることは無いというところか。
俺が今読んでいるのはレオマティア国内で発行されている新聞だから、当然記事の内容はレオマティアに関することが多い。国外のことは申し訳程度だ。取り寄せれば他の国の新聞も手に入れられるのだろうけど、時間がかかるし定期的に入手できるかは分からない。戦争しているわけだし当然だよな。でも情報が入るならもっと速く、もっと多く、出来れば簡単に手に入れたい。
情報社会となった地球での暮らしに慣れてしまうと、今の状況は何とも歯がゆいものがある。もっと簡単に情報を入手できれば旅行の計画も立てやすいと思うんだけどな。
これまでは宿暮らしだったし、移動しながら人づてに情報を得られたので気にならなかったが、家を持って住む場所が固定されるとどうしても気になってしまう。気軽に別の地域に行って誰かの話を聞くことも出来ないしな。
「お前がどういう情報を求めているのかは分からないが……新聞と同じような情報なら噂箱があるな」
「うわさばこ?」
なんだろう。初めて聞く単語だ。目安箱の親戚だろうか、とか思ってしまったけど、目安箱じゃ情報を集めるのは難しいよな。言葉通り噂を集める箱だったとしても、そこからどう噂を見れるんだろうか。見る? 聞くのか?
「噂箱っていうのはこのぐらいの小さな箱で、開いてる間はずっと世界各地の話が聞けるものだな。噂好きな妖精どもが話すから信憑性は微妙だ。自分の知りたい情報ばかりが出るわけじゃないが、新聞より速いし量も多い。いいものだと噂を記録しておけるのもあったと思ったぞ」
「なるほど……ラジオみたいなもんか」
「らじ……? なんだそれは」
「なんでもない、こっちの話」
妖精の噂話が聞ける箱か。ファンタジー度強めのアイテムが出てきたなっていうのが第一印象だ。手軽に入手できるものなら是非買ってみたいな。信憑性なんてものは最初から期待していないし。情報が増えれば増えるほどそれに応じてデマが増えるというのが情報社会の鉄則だ。
「雑貨屋ならどこでも売ってると思うぞ。物好きは自作してるらしいが、大半は失敗する。自分の魔力を込めるタイプと魔力の結晶で動くタイプがあるから、買うなら後者を選んだほうが良いな」
「分かった。ありがとう」
じゃあ早速、と新聞を置いて立ち上がったところで「あ、」と何かを思い出したのかヴォルクが声を上げた。
「──一つ。噂箱は妖精たちのありとあらゆる噂が聞ける代わりに、こちらの情報も妖精たちの噂にされるんだ。妖精たちが噂したいと思った情報だけだが、ある程度筒抜けになる。それだけは留意してくれ」
「常に筒抜けになるのか?」
「いや、噂箱を開いてる間だけだ。まあ、噂箱が無くとも妖精が近くに居たら筒抜けになるけどな」
「なるほど。それなら大丈夫だな」
ラジオというよりもSNSに近い印象に変わった。どちらにせよ、大きな問題は無いだろう。噂箱を開いているときに迂闊な話をしなきゃいいだけのことだからな。
と、このようにして俺は噂箱を買うことを決意したのだった。
お姉さんから簡単に噂箱のおすすめを聞くと、あとはパッと見た時のデザインで判断する。正直どれも似たり寄ったりだけれど、しいて言えばこれが一番好きかな。そう思えたものに手を伸ばしかけると、その奥にもう一つ噂箱があるのを見つけた。
「これは……?」
ひっそりと置かれたそれは、明らかに他の物とは材質が違った。ガラスで作られているような透明な箱だ。衝撃を加えれば粉々に砕けてしまいそうな危うさがあるが、その分とても美しかった。
「イカレた職人作った噂箱。ノレビーとシャトリーの石で出来てる。装飾はディディリアの花。性能他と比べ物にならない」
「ノレビーって?」
「宝石。魔法道具でよく使う。角度や温度で色と輝き変わる。シャトリー海にいる。肉食べれる。鉱石生えてる。狂暴」
「なるほど、なるほど」
手に取ってみていいらしいので、そっとそれを持ち上げて近くに引き寄せる。棚の陰から出ると箱の色合いが変わった。少し白っぽく見えるときもあれば、虹色に輝いているように見えるときもある。うーん、不思議だ。
ところどころにちりばめられた花の装飾がディディリアを使っている部分なのだろう。ディディリアは花の部分が透明の花だ。知識として知っていたけど実物を見たのは初めてだ。これが植物とは到底思えない。どちらかというと、精巧なガラス細工のようだ。
角や蝶番などが明らかに材質が違うので、おそらくここがシャトリーとやらから採れる石を使っているのだろう。金属のようなイメージでいいのだろうか。青みを帯びた銀色をしており、よく見てみれば細かな彫刻が施されていた。加工がしやすい石なのだろうか。
これを見てしまうと、とてもじゃないが他の噂箱を買う気にはなれないな。他とは一線を画したデザインが俺の心を掴んで離さない。買うしかないな。問題はお値段だが。
「物凄く高い。買うなら大歓迎」
お姉さんの顔色を窺ってみると、俺の言わんとしていることを察してくれたお姉さんが物凄くいい笑顔でそう言った。全く関係ないが、淡々とした口調なのに表情は超豊かで面白いな、このお姉さん。声だけだと表情が読み取れないけど、顔には何もかもが出ている。そんなことってあるんだな。
物凄く高いと言われると身構えてしまうが大丈夫だろうか。ヴォルクがやたらと高い報酬やらお小遣いやらをくれるので俺の金銭感覚がガバガバになっているのは自覚しているけれども。
「…………」
悩んだ。一応形だけでも悩んだ。
悩んだけれども心は決まっているのであんまり意味は無かった。「まいどあり」と抑揚のない声で言いつつニヤリと笑うお姉さんに二千五百ダルを支払い、ノレビーで作られた噂箱を受け取る。うん、本当にいいお値段だった。日本円にすると二十五万円。他の物は高くても大体二百ダルぐらいなのでこいつがとび抜けて高いということが良く分かった。まあ、たった今買ったんですけどね。
目当てのものが買えたわけだし、早速帰って試してみようと少しウキウキしながら店の扉に手を掛けると「ねえ」とお姉さんに声を掛けられた。
「どうやってるの。教えてほしい」
「え?」
どうやってる、とは何のことだろうか。教えるも何も特別なことをしているつもりはない。言葉の意味を図りかねていると、自分の言葉の足らなさに気付いたのかお姉さんは付け加えるように言った。
「前もっと小さかった。今大きい。緋も躰の大きさを変えたい。教えてほしい」
「ほーん……」
言いたいことは分かった。五歳児ボディだった頃か、その前かは分からないが、どうやらこのお姉さんは俺の前の姿をしっかり覚えているらしい。だからその姿の変え方を教えてほしいと。多分傍から見ると変化魔法でも使ってるように見えているんだろうな。残念ながらそんな便利な魔法は使ってないんだよなぁ。
「魔法使ってない分かる。魔力感じない。緋も魔力使わずに躰の大きさ変えたい。どうやってるの」
「そう言われてもなぁ……」
そういう体質です、としか言いようが無い。でもその答えで果たして納得してくれるだろうか。そもそも、あんまり初対面の相手に話したい内容では無いんだよな。
俺が話そうとしないからだろうか、お姉さんは俺の腕を掴むと店の外に出て行った。掴まれている俺も当然外に出ることになる。そして、そのまま連れて行かれたのは人気の無い店の裏側だった。
初対面のお姉さんと人気の無い場所で向かい合うのはちょっとした恐怖だ。俺、今から一体何をされるんだろう。出来ればまだ死にたくは無い。大きくなったばかりだし、せめてこの身体の大きさを堪能してから小さくなりたいんだけど。
「緋は人の形真似してる。本当は竜族。違う大きさ真似したい。わからない。教えてほしい」
そう言いながらメリメリと手足が巨大になっていき、肌が鱗に覆われ、お姉さんはあっという間に一頭のドラゴンへと姿を変える。緋という一人称がずっと気になっていたけれど、この姿を見て納得した。目の前のドラゴンは美しい緋色をしていた。
大体三メートル程だろうか。宝石のような緋色の鱗に覆われた体躯は人とは全く別の次元を生きるものなのだということを実感させた。目の前の店が三軒ぐらいすっぽり包めてしまいそうな大きさの四枚の翼は陽の光を浴びると様々な色に輝いている。鋭い爪や頭に生えた二本の角は鱗と同じく鮮やかな緋色だ。肉付きはしっかりしている。だが筋骨隆々な印象は無い。細くしなやかで美しい。ゆらりと揺れる、躰の三分の一程の長さのある尻尾がシュッとした印象に拍車をかけているようだった。じっと俺を見つめる双眸は吸い込まれそうな黒色だ。
俺は、そんな彼女を目の当たりにして思わず手を伸ばしていた。
「きれい……」
ため息と共に思わず声が漏れていた。
俺の声にピクリと反応した彼女が何かを言うが、それは明らかに人の言葉では無い発音だったのでなんと言ったのかは聞き取れなかった。竜族の言語だろうか。ただ、皮肉めいた笑みがとても印象的だった。
「──出来れば、お友達から始めませんか」
一目惚れをしたことが無いからどういう感覚か分からないけど、もしかしたらこれがそうだったのかもしれない。
ご要望の姿の変え方を教えることは俺には出来ない。死んだら若返る、なんて話も今の段階じゃ無理だ。精々、そういう体質なのだと伝えることぐらいしか出来ない。だがそれだけで、その言葉だけで彼女との関係が終わってしまうのはどうしても惜しい。
彼女のことを知りたい。彼女のそばで暮らしてみたい。そんな想いが溢れて止まらなかった。
これが、俺と彼女──ラーテとの出会いだった。




