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二十八ページ目:無自覚のままに

 朝、俺が身支度を終えると狙い澄ましたようにノックの音が響いた。今日、こんな時間に俺を訪ねてくる奴なんて一人しかいない。俺は「はーい」と大きめの声で返事をしながら玄関へ向かった。

 さて、ヴォルクは俺の今の姿を見てどんな反応をするかな。驚いてくれるだろうか。もしかしたら「初めまして」なんて言われちゃったりしてな。ヴォルクの反応を想像するだけでドキドキしてしまう。


「よう、一旬ぶりだな」


 ガチャリと扉を開いて出迎える。どうだ? 一旬前まで五歳児ボディだった俺もすっかり大人のお姉さんに劇的ビフォーアフターしてやったぞ。魅惑のわがままボディとまではいかなかったけど、出るところは出ている気がするし我ながら色気もあるんじゃないだろうか。残念な点を挙げるとすれば、着れる服を持っていなかったのでディミオのシャツとパンツを着ているってところかな。折角美人に成長したのだし、どうせならもっと色気ある服装で出迎えたかったな。まあ、仕方あるまい。


「…………」

「ヴォルク?」


 あれ、おかしいな。ヴォルクから何の反応も返ってこない。こいつは想定外だ。

 一瞬動きが止まったようにも見えたけど、その後ヴォルクは何事もなかったかのように「そうだな、久しぶりだな」なんて言うだけだった。それから勇者御一行を呼び、報酬金を渡していた。え? マジで何にもないのか?

 報酬金はかなり弾んだようで、金額を確認した勇者御一行がギョッとしていた。一体俺のお世話にどれだけ出したんだろう。ヴォルクはちょっと金銭感覚がおかしい気がする。そして、それだけの報酬を出しているにも関わらず俺の容姿に関してはノータッチとは何事か。何か言え。なんでもいいから何か言え。


「……で、どういうことだ」


 その後も何があるわけでもなく、ヴォルクとクラレオが他愛も無い刺々しいやり取りをしばらくしてから勇者御一行は旅立って行った。それを見送り二人きりになって漸くヴォルクは俺の方を見て口を開いた。

 正直なところ、もうお拗ねり申し上げるって感じなので口を聞いてやりたくない気もしていたが、一旬ぶりの再会なので「なんだよ」と反応してやることにする。自分で思っている以上に不機嫌そうな声が出た。


「何があったらそうなるんだ。見たところ、幻術の類じゃないようだが、お前は魔法なんて使えなかった筈だろう?」


 長い溜息のあとでヴォルクはそう言った。これは……俺の悪戯を疑ってる顔か? いや、悪戯かどうかも分からなくて図り兼ねてるのか? どちらにせよ、深読みせずに素直な反応が欲しかったんだけどなぁ。

 なんて、文句ばっかり言っていても仕方が無いので俺はこの一週間で起こったことを簡単に説明してやることにした。クラレオの料理を食べたら成長したこと。魔力欠乏症によく似た症状だということ。自分では魔力のこもった料理が作れないということ。話が進むにつれヴォルクの表情が険しくなっていき、最後には眉間に深いシワがより、キュッと口を結んで固く目を閉じてしばらく考え込んでいるようだった。もっとフランクに聞く話だったと思うのだが……。


「お前の身体は神が創ったもの、だったよな」

「ん? ああ、うん。転生するときにな」

「そのとき、()()()()の身体を創るか聞かれたか?」

「そりゃあ勿論──」


 人間、と言いかけてはたと思い出した。そういえばそんな話をした記憶が一切無い。どういう世界に転生するとか、最初は人間の国に行かせてやるとかそんな話はあったが、俺自身が何なのかなんて一切触れていなかった。性別すら知らずに転生して驚いたぐらいだ。見た目が人の形で、願った能力以外に特別な力が備わっているわけではなかったからずっと人間だと思っていたが……まさか、そこから違うのか?


「魔力量に合わせて身体の大きさが変化するっていうのは、精霊(おれたち)にとっては普通のことだ。魔力で出来上がってる種族は大体そうだ。だが、人族は違うだろう? あんまり人族の仕組みには詳しくないが、魔力があってもこんな風にはならないだろうし」


 言いながらヴォルクは右手の手首から先を真っ黒な炎に変えて見せた。風に揺らめく炎を見ていると手首から先が無くなった腕はそういう蝋燭のように見えなくもない。言葉だけでは意味を理解しきれなかったが、実際にこう目にしてみると根本的に身体の構造が違うのだということが良く分かった。

 勿論だが、俺にはこんな芸当は出来ない。やり方も良く分からない。


「お前が精霊(おれたち)と決定的に違うのが、魔力の少なさなんだよな。魔力で身体が出来ているんだと思いきや、実際持っている魔力はほぼ無いに等しい。お前には魔力が殆ど宿っていないように見えるんだ。魔力で身体が出来上がってるならとっくに消滅してる。となると、精霊でもない。なら一体、お前は何なんだろうな」


 異世界で神の祝福(のろい)を受けたからまあそんなこともあるんだろうと思っていたけど、きちんと考えてみると訳が分からなさ過ぎて怖くなってきたな。そうだよな、いくら異世界とはいえ異世界なりの理がある。俺はそこから外れた存在って訳だ。クラレオがやたらと嫌悪感こもった視線を送ってきたのはこういうことだったのかもしれない。

 なるほどなぁ、と一人感心しているとヴォルクはおもむろにため息をついた。呆れの混じった表情は、多分俺と関わるとイレギュラーなことばかり起こると思ってる顔だ。俺には分かるぞ。と、思っていたのだが微妙に違っていた。


「普通、こういうときはもう少し動揺するもんじゃないのか?」


 一理あると思いかけたけど思考はすぐに引っ掛かった。

普通。普通、ねぇ。

 起こっていること自体が普通じゃないのに、そこに普通の感性を求める方が間違っているような気がする。そもそも、何をもって普通というのか。生憎俺はこの世界の普通の尺度を知らないので何とも言いようがない。


「俺の言い方が悪かったな。なんというか──これはむしろ、褒め言葉として受け取ってほしいんだが……お前は、狂ってると思うよ」

「全然褒められた気がしないんだが?」

「だろうな。俺もあんまり褒めてるつもりが無い。多分……そうだな、お前は自分に対する頓着が無さ過ぎるんだ。だから狂ってるように見える。異質すぎるって言えばいいのか?」


 考えていることを上手く言語化出来ないらしく、ヴォルクは言葉選びに酷く悩んでいるようだった。言いたいことを理解できたわけじゃないけど、なんとなく分かるような気がする。言われてみたら確かに、と思い当たるところがある。

 いくら死んでも生き返るとはいえ、自分から死にに行くなんて狂っている。例え死ななかったとしても、死ぬ可能性がある手段を躊躇なく選べる時点でおかしい。ヴォルクが言いたいのは、多分こういうことだ。自分に対する頓着が無いというのも、自分は生き返るからいくら死んでもいいと思っているところに対してのことだろう。

 別に、好き好んで死にに行っているわけではないけど、一回死んで解決するならその選択肢を積極的に選んでいるところはあるので、なるほど確かに狂っているのかもしれない。

 自分に対する頓着が、という話をされると『普通』動揺するという言葉の意味も分かってくる。自分に対する頓着があれば、自分に興味があれば、自分の存在が揺らいだ時に不安を抱くものだ。本当の自分とはなんなのか。恐ろしくて醜い化け物が自分の正体なんじゃないか。そんな不安を抱いて酷く動揺してしまう。なるほど、確かにそれが普通かもしれない。


「まあ……お前の場合、まだそれが自分の身体だって感覚が無いからなんだろうけどな」


 ヴォルクは締め括るようにそう言われた。そう言われて初めて、腹落ちした様な気がした。この世界に来てから、この身体になってから五年。まだ五年だ。そういえば三十数年連れ添った身体の感覚が未だ消えていないと、やっと気付いた。赤ん坊から始められていればまだ何か違ったのかもしれないけど、既に出来上がった身体からのスタートだったからな。精神と肉体の性別のギャップが一向に埋まる気配を見せないのもそういうことだろう。そして、自分の身体だと思えないからそういったギャップに特に苦しむことなく生活ができているわけだ。なるほどなぁ、としか言いようが無い。

「さて」これ以上この話題がどうにかなるわけでも無いのはヴォルクも分かっていたらしく、切り替えるように口を開いた。「いくら頓着が無くとも、新しい服は買いに行くだろう?」

 俺は素直に頷いた。流石にディミオにもらったこの服だけで過ごそうとは思っていない。今後のことを考えると、いろんなサイズの服を揃えておいた方がいいだろうな。ドルミエルティが終わったらすぐに服を買いに行きたいと思っていたから丁度いい。丁度いいんだが、出来れば一人で行きたいんだよなぁ。多分ヴォルクは道案内と荷物持ちとしてついてきてくれるんだろうけど。うーん、何で切り出そうか。


「服は買いに行くんだけど、その……」

「どうした? 金の問題なら俺がどうにかするぞ。店は幾つか知っているし、新しく仕立ててもいいだろう」

「いや、そうじゃなくって……」


 困った。上手く言葉が出てこない。これはもう恥を捨てて正直に言うしかないだろうか。言うしかないだろうな。変に恥ずかしがったら余計恥ずかしくなるとは分かっているが、だからといって堂々と出来るわけでもないので、ヴォルクの顔を見ずに伝えよう。うん、頑張ろう。


「あのー……ほら、あれなんだよ」

「なんだ? 歯切れが悪いな」

「あー……そうだな、あの……入るサイズがな、何にもないんだよ」

「ああ、だろうな。だから今から買いに行くと言う話だろう?」

「うん、そうなんだけどさ。そうなんだけど……何もかもがないんだよな。……下着、とか」


 ぴしり。空気が明らかに固まった。

 うーん、自分の身体って感覚がないとしても、これが女性の体ってことは分かってるからな。男同士ならもう少しサラッと言えたのかもしれないけど、無理だ。妙に意識してしまう。

 でも仕方がないんだよな。お子様用の下着が当然入るわけもなく、勇者御一行のものをもらうわけにもいかないし。だから俺が取れる選択肢は()()()だけなんだよな。

 布一枚無くてもそう大差無いと思っていたのが大間違いだったな。物凄く防御が薄い感じがするし、いけないことをしているような背徳感が物凄い。少し動くだけで肌に布が擦れて変な気分になるのもよろしくない。履いていないならいっそスカートとかの方が布が擦れなくて良いのかもしれないな。


「本ッ当に──」


 視界の端で何かが揺れたような気がした。明らかに人の形ではなかったような気がして、それが何だったのか確かめようと視線を動かすと突然辺りの景色が切り替わり、俺は街のど真ん中、しかも恐らく服屋であろう店の前に立っていた。ご丁寧に暗い色のローブが肩に掛かり、手には服を買うには多すぎる額の資金を持たされている。ヴォルクが俺にローブを羽織らせて金を持たせた状態で転移魔法を使ったのだと気づくのにそう時間はかからなかった。過保護にも程があると思う。

 ここに転移させられる前に一瞬見えたヴォルクの姿は黒い炎のような姿だった。多分ヴェルメラ山で見たものとは別の姿だったと思うけど、一瞬だったのでよく分からなかった。人の形をしていないのだけは確かだ。

 あとは何かを叫んでいたように見えたけど、俺の転移の方が先だったのでなんて言ったのかは分からなかった。帰ってきたときに聞いてみようかとも思ったけど、ノーパンノーブラでいたことを掘り返すのも恥ずかしいのでそっとしておこうかな。

 とりあえずは、潤沢すぎる資金を有難く使わせてもらってどんな身体のサイズでも対応できるだけの衣類を揃えることにしよう。

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