二十七ページ目:手探りのままに
「なーなー、甘いもの好きだろ? せっかくだしさー」
ドルミエルティ最終日。俺は朝っぱらからクラレオの周囲をうろうろと歩き回っていた。というのも、食べたいものがあるからだ。
「……何というか、その姿で小さいときと同じようにねだられると不思議な気分になりますね」
クラレオに何とも言い難い表情を向けられたけど俺はへこたれない。こちとら中身はおっさんじゃい。幼女ぶる言動なんて今更恥ずかしくないぜ。
魔力たっぷりな食事を食べ続けた結果、俺はものの見事に成長した。自分でも引くぐらい成長した。五歳の身体になってしまうのが確か十四歳ぐらいの身体だったわけだが、今はそれよりも大きくなった。多分女子高生を名乗っても遜色ないと思う。この世界に女子高生という概念が無いから名乗れないけどな。ヴォルクがどんな反応を示すか楽しみだ。
それで、十七歳ぐらいの少女が五歳児と同じようなねだり方をしているというこの構図。しかも中身はおっさん。うーん、地獄だ。分かっていても辞めるつもりはないけどな。
「お前だったら絶対に作れると思うんだ。どーしても食べたいんだよ」
「まあ……いいでしょう。今日で最後ですしね」
「よっしゃあ!」
やったぜ。思わずガッツポーズまでした。
元々甘いものは好きな方だったが、転生して性別が変わってからは更に美味しく感じるようになった。やっぱり身体が違うと味覚も変わるもんなんだな。
クラレオの言質も取れたことだし、俺はクラレオを連れていそいそと食糧庫へと向かう。今日で最後だからな。作り方を覚えて俺も自分で作れるようになるのが目標だ。
「で、何を食べたいんでしたっけ?」
「パンケーキだ!」
とびっきりの笑顔で答えてやったが、この世界にパンケーキという概念が無いのかクラレオには不思議そうな顔をされてしまった。
「……なるほど、スポンジだけのケーキですか。オーブンではなくフライパンで作れるというのは面白いですね」
パンケーキの概要を伝えるとクラレオは興味深そうに頷いた。ケーキが存在するので説明は難しくなかったけど、なんせ俺にはパンケーキの作り方が分からないからな。材料がなんなのかもよく分からなくて説明に苦労した。この世界にはホットケーキミックスなんて便利なものは無いわけだし。
「材料は……シャシャ麦と卵、甘いなら砂糖もですね。多少膨らませるためにふくらし粉も入れてみましょう」
「ぎゅうにゅ……じゃなくて、ウシ草の汁も使ったような気がするんだ」
「ウシ草はありませんがミミルクがあるのでそちらを使いましょう。他に必要なものはありますか?」
「パンケーキには無いな。他は好きなものをトッピングして自分の好きな味にするんだ。果物とか、ソースとかを好きなだけ乗せて」
「では林檎、葡萄、バナナ、酸味の無いヨーグルト、ルプァ、空色の苺も持っていきましょう」
概要を伝えただけで材料が分かるのってすごいな。正しいのかどうかも分からないけど材料はそれっぽい気がする。問題は分量だけど、どうにかなりそうな気がするな。
この世界には牛乳が無いけど、代わりにウシ草やミミルクといったものがある。どちらも植物で、細かく刻んだ後に絞って汁を使う。豆乳みたいなイメージだな。ちなみにウシ草の方が安くてミミルクの方が高級品だ。
「【舞い踊る風】」
俺の仕事はミミルクを刻んで絞ることかな、なんて思っていたけどそういえばクラレオには便利な魔法があるんだった。俺が何かを言うよりも早くミミルクが竜巻に包み込まれて細かく刻まれていく。続いて「【大地の抱擁】」と唱えればあっという間にミミルクの絞り汁が出来上がった。俺が一人で作るときはここまで効率よくやるのは無理なので相応の時間がかかることを覚悟しておこう。使う機会が多いなら絞り汁を常備してても良いかもしれないな。
「一先ず卵一つに対してシャシャ麦はコップ一杯分、ミミルクはその半分にしましょう。ふくらし粉はスプーンの半分。砂糖はとりあえずスプーン一杯で。もう少し甘い方が良ければ足せばいいでしょう」
「うんうん」
粉類をクラレオが篩ってる間、俺は卵を手に取る。卵、といってもオーオは鶏の卵じゃない。木の実の一種だそうだ。実際に成っているところを見たことが無いので想像はつかない。世に出回っているのは収穫された卵型の実だ。透明の膜に覆われていて、黄緑色の黄身が淡く光っているのが見える。何とも不思議だ。
この膜に針で穴をあけると、ぷちりと弾けてよく見る生卵がドロッと出てくる。膜は思いの外しっかりしてるので穴をあけるときは気持ち強めの力で。こうやって割って食べるタイプのゼリーを見たことがあるような気がするな。
卵、砂糖、ミミルク、粉の順にボウルに入れては混ぜ、入れては混ぜを繰り返す。粉っぽさが無くなるころには見たことがあるもったりとした薄黄色の生地が出来上がった。あとはこれを焼いてみるだけだ。
「……そういえばこれ、全部植物で出来てるってことだよな」
「……? ええ、そうなりますね」
「じゃあ、みんなで食べようよ」
材料を見ている内に何となくラルガのことを思い出してしまったのは、リミテラーの横顔があまりにも印象的だったせいだろう。卵も牛乳も動物性じゃない。植物は食べれるのか聞いてはいないけど、雑草茶を飲んでるところは見たことがあるから多分平気だろう。
「美味しく出来たら、是非呼びましょうか」
クラレオは数回瞬きをした後、ふわりと笑った。
へえ、クラレオってこんなに優しい顔をするんだ。とか、クラレオって綺麗な顔をしてるよな。とか、色々な感情が駆け巡って心臓に優しくなかった。危ない危ない、俺がヴォルクの顔に慣れてなかったらうっかり惚れちゃうところだった。普段の冷たい表情とのギャップが追い打ちをかけてくるんだもん。決して俺が惚れっぽいわけじゃない。
熱したフライパンに生地を落とす。うん、よく知った光景だ。ついつい焼き目を確認したくて触りそうになるけどここはぐっと我慢。下手に触ればぐずぐずに破れて綺麗な形にならなくなる。端っこが焼け始めて表面に気泡が出てきたら腕の見せ所だ。
「こんな感じですか」
「お、おおー」
ここは俺が、とちょっと意気込んでいたのにクラレオが軽々とフライパンを振ってパンケーキをひっくり返したので俺の出番が無くなった。出来るのかよ……。
なにがともあれ、もう片面にもしっかり焼き色がつけば完成だ。更に移し、フォークを用意して何もつけずに早速一口食べてみる。
口に含んだ瞬間広がる甘い花の香り。想像とは全く別の香りに脳が混乱したけど悪くない。この香りの正体は卵だろうか。それともミミルクだろうか。うーん、いい香りなのでどっちでもいいな。甘さは控えめだったのでもう少し砂糖をいれてもいいような気がした。膨らみ方や食感は完璧だ。理想のパンケーキだ。
そういえばヴェネズィオンでヴェズィの蜜を買ったんだよな。あれをかけて食べてみたら美味しいかもしれない。早速持ってこよう。ついでに蜜をかけた状態のものをクラレオに味見してもらえば、フルーツソースのイメージもつきやすいかもしれないな。
クラレオが二枚目を焼き始めている間に俺は食糧庫に向かう。ヴェズィの蜜を持って戻るとクラレオがギョッとした表情で俺の手元を見つめていた。まあ、これめちゃくちゃお高いもんな。
「んー! んまい!」
「ああ……これは本当に素晴らしいですね」
かけるのか? それを? とでも言いたげなクラレオの視線を無視してヴェズィの蜜をかけてみたが、思っていた以上の美味しさだった。クラレオも納得の味みたいだ。パンケーキもヴェズィの蜜も花の香りがするので相性が抜群だった。花に囲まれているような気分になる。ちょっと……否、かなり幸せだ。
「ソースを作るなら空色の苺や林檎の方が合いそうですね。バナナはやめておきましょう。お茶の粉末を混ぜてみてもいいかもしれませんねぇ……」
「うんうんうんうん!」
クラレオの提案に俺は全力で同意した。ベリーソースにアップルソース、夢が広がるな。この世界のお茶は緑茶ではなく紅茶っぽいものを指すのでそちらも絶対に合うだろう。合わないわけがない。逆に、おかずパンケーキはちょっと厳しいかな。花の香りが強いから、しょっぱいベーコンなんかはアンマッチかもしれない。ドレッシング次第でサラダは会うかもしれないけど、別にそこまでおかずパンケーキを求めてるわけじゃないしな。素直に甘いパンケーキを堪能しよう。
残りの生地も全て焼き終えると、また新しい生地を作って焼いていく。今度は砂糖をもう少し多めに。同時進行でクラレオが空色の苺でソースを作っているから、次の味見はソースだな。どうなるのか楽しみだ。
「ところで……明日からはどうするんだ?」
パンケーキが焼ける様子を見ている内に、俺の口からは自然とそんな質問が零れていた。
ドルミエルティは今日までだ。明日にはヴォルクが戻ってきて、勇者御一行はここに留まる理由を無くす。多分ここを出て行ってまた戦争を終わらせるための旅に出るのだろう。どこに行こうが俺には関係のない話だけれど、どうしてもリミテラーの話が脳裏をよぎってしまった。
「そうですねぇ……私とディミオの希望が通れば、フルトゥニスに行くと思いますよ」
「ああ……例のね」
しまった、藪蛇だった。
理論上は完璧と言われてしまった、俺の創作レポートに書かれた回復ポーションになり得る液体のレシピ。俺の出鱈目に書いたレシピなので当然それが完成することはない。なのでこの話題は物凄く気まずい。うーん、聞くんじゃなかったな。いや……いっそ、これを機にあれとは別の方向に意識を持っていくのもありなんじゃないか?
「クラレオは魔法が使えるんだし、高度な回復魔法を覚えるとかじゃ駄目なのか?」
言いながら、そもそもこの世界に回復魔法という概念があるだろうかという疑問を抱いてしまったが、もう口に出してしまった後なので流れに身を任せるしかない。もしそういうものが無くて問い詰められたら適当に誤魔化せるようにしておこう。
「……回復魔法も出来なくはないんですよ」
どうやら誤魔化す必要はなさそうだ。だがクラレオの表情に少し翳りが見えたような気がした。何か地雷を踏んでしまったかのような、そんな居心地の悪さがある。俺は何に触れてしまった?
「でも、私の魔力が足りなくて回復が間に合わない可能性もありますからね。そんなことが起こらなければ良いですが……二度と、間に合わないなんてことが無いように備えておきたいんですよ」
既に回復が間に合わなくて誰かを喪っているような物言いだった。過去に何かあったのだろう。勇者御一行として旅をしているのだから、そういった場面に何度も立ち会っているのかもしれない。……うん、やっぱり触れるべき話題じゃなかった。
そんな会話をしている内に空色の苺のソースが出来上がり、パンケーキも焼き上がった。
この重たい空気とは打って変わって、ソースをかけたパンケーキは晴れ渡る青空のようだった。




