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二十六ページ目:つまみのままに

 結論から言うと、バフが付く料理を俺が作ることは出来なかった。

 俺がテンプレ的な料理下手とかそういうオチでは無く、体質の問題だった。バフが付く料理を作るコツは多過ぎず少な過ぎず、適量の魔力を注ぐことらしいのだが、生まれてこの方魔力など一ミリも感じたことのない俺には魔力の注ぎ方なんて分かるわけがなかった。それに、魔力欠乏症なんて名前がつけられるほどの身だ。料理に注げるだけの魔力があるならとっくに俺の身体は成長している。

 というわけで、まずはクラレオがいる間に出来るだけ魔力を摂取して成長していくことになった。ドルミエルティが終わって勇者御一行がいなくなった後のことはその時に考えたいと思う。雑草茶に魔力を増やす効果のある草を追加してみるのもアリかもしれないな。

 なんてことを考えながら、良さげな雑草を探すべく図鑑などを眺めていたわけだが、気付いたらとっぷり日が暮れていた。というかもうじき日付を跨ぎそうな時間だった。これには驚きだ。

 五歳児の肉体を脱した今の俺にはそこそこの体力がある。そのお陰で多少集中した程度では寝落ちしなくなったということだが……いくらなんでも集中しすぎだったな。すっかり夕飯を食いっぱぐれてしまった。でも小腹が空いたので台所には向かう。

 そういえばこの世界、食材に馴染みがなくても料理は馴染みあるものが多い。ヴォルクと行った店にもあったブラウンシチューが良い例だ。だが不思議なことにカレーは無い。米もあるしスパイスの類もあるのにカレーという料理が存在しない。何故だ。

 もしかしたら俺が知らないだけでこの世界のどこかにはカレーが存在しているのかもしれないが、五年も生活していて一度もカレーに出会わないなんてそんなバカなことがあるか? カレーだぞ。天下のカレー様だぞ。これはもうこの世界にカレーが存在していないとしか思えない。

 クラレオお手製の理想百二十パーセントな豚丼を食べてからというものの、カレーを食べたいという欲求が爆発してしまっている。これは困った。そのうちスパイスの勉強でもして、カレーの味を再現してみようか、なんてことまで考えてしまう。


「おわぁッ!? …………。びっくりした……」


 最早懐かしい味となったカレーに想いを馳せながら扉を開いたら、暗闇の中ぼんやりと光るランタンに照らされた人影が見えて思わず飛び退いた。びっくり系のホラーは苦手だ。

 よくよく見てみればその人影は、クラレオでもディミオでもなくリミテラーで、更に別の意味でビックリした。リミテラーは常にラルガの側を離れず行動をしているから、こんな時間にこんなところで遭遇するなんて思ってもみなかった。しかも一人だ。ラルガがいない。驚き倍増である。

 ついでに、何度も顔を合わせてはいるものの言葉を交わしたことはないから少々気まずい。


「……少し見ないうちに、随分と大きくなったものだな」


 驚いたのは向こうも同じだったようで、ポツリとそんなことを呟いたのが聞こえた。辺りが暗いのでどんな表情をしているのかは見えない。


「……灯りはつけない方がいい」

「へ?」

「食材を漁ったのが露見するのは良くない。灯りなら自分(コレ)のを貸そう」


 余りにも暗いので灯りをつけようとスイッチに手を伸ばしたところでリミテラーに止められた。つい先程まで目の前にいたはずなのに音も無く隣に現れるのは心臓に優しくないのでやめていただきたいところだ。それとも流石シーフだと言うべきか? いや、心臓の方が大事だな。


「クラレオが怒るのか?」

「怒りは、しない。……ただ面倒だ」

「そっか。じゃあ、ありがたく貸してもらうよ」


 あまり表情が変わらないリミテラーが少しだけ渋い顔をしたので、助言に従うことにした。多分物凄く説教されるか暫く小言が続くかのどちらかだ。その後の食事に影響する可能性もありそうだな。

 リミテラーのランタンを借りつつ、改めて食べられそうなものを探そうとすると、早速コンロの上に鍋を見つけた。スープの残りだったらいいな。


「……なんだこれ」


 スープだと思って期待して鍋の蓋を開けてみたのだが、そこにあるのは水につけられたプルプルの物体だった。ランタンの灯りに照らされて僅かに反射するそれは煮凝りの様にも見える。プルプル以外に具の様なものは見受けられないので、つまみ食いしても腹はそれほど満たされないだろうな。ちょっとがっかりだ。


「……それはテテニア鉱石だな。明日にでも使うのだろう。……それを食べるのは勧めない」

「テテニア鉱石……!?」


 鉱石? 石だって? これが?

 食料庫にあるから食べ物だとは思っていたけど、まさかこんなプルプルの物体だったとは……。もしかして、水につけたからプルプルになるのか? 乾燥わかめみたいなイメージだろうか。

 とりあえずリミテラーからも食べない方がいいと言われたので蓋をそっと戻しつつ、他のものを探すことにする。食料庫でそのまま食べられそうなものを探すのがいいかな。


「んー、これは干し肉、か?」

「……ああ、干した猪肉(グルナボア)だな。そのまま食べられるものだ。……塩辛いから飲み物があった方が良い」


 薄めに切られた赤黒いものを手に取るとリミテラーがそんな注釈を入れてくれた。表面にはざらざらとしたものがついているので、もしかしたらビーフジャーキーみたいなイメージで良いかもしれない。

 あとは助言に従って飲み物だな。ズラリと並べられた瓶のゾーンから適当に何か持っていこう。お、これは酒だな。じゃあこれ……は、やめておこう。リミテラーの視線が痛い。仕方がないからこっちのジュースだな。葡萄(ジェイリル)って書いてあるから一番想像がつきやすい。

 食べ物と飲み物を確保したので食糧庫を出てリビングへ。しれッとリミテラーが酒を持っていて大変羨ましかったけれどここはぐっと我慢だ。飲みたければ死ぬのを回避しつつ身体を成長させるしかない。十歳程度の子どもが酒を飲むビジュアルが宜しくないことは俺も重々承知している。

 台所から持ってきたグラスに|葡萄≪ジェイリル≫のジュースを注いでみる。鮮やかで透き通った青緑色だ。濃い紫色を想像していたのでちょっと驚いたけど、香りは葡萄そのものだったので一安心。青は食欲を減退させる色だとどこかで聞いたけれど、思いのほかそんなことは無かった。

 それでは早速。


「うん、美味い」


 ジュースは思っていた通りの味。巨峰よりもマスカットの味に近いのだと思う。正直その二つの味の違いも俺にはよくわからないけれど、五年以上前の記憶なので忘れておこう。美味しくて馴染みのある味。そういうことだ。

 干し肉は思っていた通りビーフジャーキーと似たようなものだった。肉厚で硬めのビーフジャーキーって感じだな。まあ、これは牛じゃなくて猪だけど。思っている以上に酒に合いそうな味なので、酒が飲めないのが悔やまれる。早いとこ成長してやろうと心に誓った。


「食わないのか?」


 二人分の干し肉を持ってきた筈なのにリミテラーが一向に手をつけようとしなくて思わずそう聞いてしまった。いや、違くて。食べないなら俺が食べたいとかそういう食い意地の張った話では無く、一人で食べるのはちょっと寂しいからとかそう言う意味合いで。


「……いや、いただこう」


 リミテラーは最初戸惑ったような表情を浮かべていたけど、少し考えた後にそう答えて干し肉に手を伸ばした。そして齧る。


「……美味いな」

「な。めっちゃうまいよ」


 実は肉が食べられないのかと少しハラハラしたけど、ちょっと顔が綻んだように見えたので安心した。干し肉と酒の相性にも気付いたようで、美味しそうに双方を味わっている。羨ましい。

 噛みごたえ抜群なお陰でひたすら無言になってしまうのがちょっと気まずいような気がするけれど、よくよく考えてみればリミテラーとする話題なんてカケラも無かったので都合が良かったかもしれない。

 うーん、それにしても酒が飲みたい。

 肉を三分のニ程食べ終えた頃に沈黙を破ったのは意外にもリミテラーの方だった。


「……酔っ払いの戯言と思って自分(コレ)の話を聞いてくれないだろうか」


 酔っ払いと言うには顔色が変わらなさすぎるが、それなりに飲んでいたので本当に酔っているのかもしれない。確かに酔いが回ると自分の話をするタイプっているよな。聞き流す程度でいいなら、と俺は了承した。


「……自分(コレ)にはこの世で最も敬愛する方が居るのだが……その方は優し過ぎるが故に肉を食べられないのだ。……だから自分(コレ)もそれに倣って普段肉を口にすることはない」

「え、じゃあ、たべちゃダメだったんじゃ」

「……平気だ。……今は一人で過ごしたいと仰っていたからな」


 敬愛する方とはラルガのことだろう。ラルガを一人にしてやるためにリミテラーはここで一人飲んでたわけだ。でも優しすぎて肉が食えないってどういうことだ? 殺される牛さん豚さんが可哀想っていう次元の話か?


「……あの方は何に対しても歩み寄ってしまう。敵であろうと何であろうと、知るところから始めてしまうのだ。……そして、相手を知り、傷つける事を厭う様になる。……家族がいるから、死にたく無いから、事情があるから、そんな理由を勝手に汲んで、誰でも何でも護ろうとしてしまうのだ。……故に、肉を食べることができない。『殺す』という行為を、あの方は何よりも誰よりも出来ないのだ」


 なるほど? それは何というか、勇者に向いてないというべきか勇者に向いているというべきなのか。敵だろうと何だろうと歩み寄っちゃうのは問題だけど、勇者と呼ばれるぐらいなんだからその優しさは兼ね揃えてるんだろうな。現実にそんな奴が居るんだなぁ、なんて感想しか出てこないけれど。


「……あの方はこの国に来て、ヴォルケルド・レオマティアという男を知ってしまった。……この先あの魔王がどんな残虐な事をしようとも、誰もが口を揃えて死ぬべきだと言う悪辣な魔王になろうとも、あの方だけは絶対に殺す事を否定するし、求められれば手を差し伸べてしまうだろう」

「それはゆうしゃとしてダメなんじゃないか?」

「……ああ、駄目だ。誰かを救う為にはそれを脅かす悪を排除しなければならないのに、あの方は悪すらも救おうとするのだ。……悪を排除しようとする自分が、悪にとっての悪であると判断してしまうのだ」


 魔王を倒すことすらできない勇者、ということか。じゃあどうやってこの世界で戦争を終わらすつもりなんだろう。話し合いで終わるなら多分戦争なんて起こってないと思うのだけれど。確か、きっかけは魔王を滅ぼすと誓った新しい魔王だったか。多分そいつを止めないと戦争は終わらない気がするけど、殺さずに止められるもんなのか?


「もし、たいせつなひとがころされたらどうするんだ? それでもころさないのか?」

「……殺せないだろうな。嘆き悲しみ己の力不足を永遠に呪うだろうが、それでも殺すことはできないだろう。……憎むことすら、出来ないかもしれない。出来るとしたら……何もかもを失って壊れ切ってしまった後だろうな」


 それは、勇者になんかなるべきではなかったんじゃないだろうか。何も知らないまま居られればきっと苦しむことなく幸せでいられただろうに。旅なんてして世界を知ってしまったがために、絶対に苦しまなければならない破滅の道に進んでいる。どうなんだ、それ。


「……自分(コレ)は思うのだ。あの方の目を永遠に塞げたら、あの方の耳を永遠に塞げたら、きっとあの方はこれ以上苦しまずに居られるだろうと。……だが、物言わぬ人形になったあの方など、あの方ではない」


 敬愛するが為にリミテラーも苦しんでいる様だ。何もかもを救おうとするラルガと、そのラルガを救いたいリミテラー。二人仲良く茨の道だな。

 グラスに残った酒を一気に飲み干すと、リミテラーは立ち上がった。いつの間にか肉は食べ終えていたらしい。窓の近くまで行くと、その横顔が薄明かりに照らされた。


「……この七日間は良い機会だった。救えぬ者の数を数えることもない。何も見えず、何も聞こえない。……この平穏が、いつまでも続けば良いのにな」


 ラルガを案じ続けるリミテラーの横顔はどこまでも切なく、悲しいものだった。

 ドルミエルティが終わるまで、あと三日。

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