二十五ページ目:効果のままに
目が覚めたら辺りは真っ暗だった。
「ほぁ!?」
一体どれだけ寝たんだろう。寝ても半刻ぐらいを想定していたから、こんなに寝過ごすのはかなり想定外だ。やっぱり身体が若いから無限に寝られるってことかな……。
ずっと寝ていたおかげで腹は減っていないが、がっつり寝ていたおかげで眠くない。二度寝しようにも目が冴えてしまったので当分は寝付けないだろう。ちょっと散歩でもしようかな。本当は本を読みたいところだけど、一度読みだしたら面白くなって朝を迎えそうだし。
一度大きく伸びをしてベッドから降りる。昼寝とはいえ身体をいたわって布団で寝てしまったのが良くなかったかもしれないな。ソファぐらいが丁度よかったかもしれない。
「……んぁ?」
ベッドから降りて数歩進んだところで、謎の違和感がふっと沸いた。なんだろう。何かがおかしいような気がする。いや、おかしくはないんだけど、何かが違う、ような。
しかし、いくら辺りを見回したところでその答えは出てきそうもない。なんだろう。何が違うんだろう。そうやって頭を悩ませながら歩き、階段に差し掛かったところでようやく気が付いた。
「おれ、身長のびてる?」
自分で言っておきながら、いやいやそんな馬鹿なと否定的な言葉が口をつく。だけどやっぱり俺の身体が成長しているようにしか思えない。この階段はもう少し段差が大きかったはずだ。
階段を降りて廊下を抜けリビングに入る。やっぱり何となく景色が昼寝をする前とは違うように思える。家具が全体的に小さいような気がする。
リビングのソファには誰かが座っていた。背を向けているから入ってきた俺には気付いていないようだ。金髪が見えるからあれはディミオだな。ディミオに聞いてみれば俺が成長しているか否かがはっきり分かるだろう。
「ディミオー?」
「ん? あぁ、起きたんだ──ね、ぇ?」
本を読んでいたらしいディミオが本から目を離して俺の方を見るなりその動きが止まった。と、思ったらすぐに動き出した。何を言うわけでもなく立ち上がると、ソファにかかっていた大きめのブランケットを持ってこっちに向かってくる。
「もう少し大きい服が必要だねぇ……」
ブランケットを俺の肩に掛けながらそう言うディミオの表情は心底困惑しているようだった。どうしたんだろう、なんて思う間もなくディミオはどこかに行ってしまう。大きい服が必要って言ったから多分服を探しに行ったのだろう。
でもなんで? などといった疑問を一瞬抱いた俺だったけど、視線を落としたらすぐにその答えが分かった。
何がどうしてそうなったのかはさておいて、俺の身長は伸びた。しかも結構伸びた。だけど不思議なパゥワで服まで大きくなるわけではないから、今俺が来ているのは身長が伸びる前のサイズの服ということだ。ゆったりとしたワンピースを着ていたのが不幸中の幸いだったけど、身長が伸びた分丈がかなり短くなっている。
「あぶねぇ……あともう少し身長がのびてたらパンツ見えてたな……」
自分の身体だからよく分からないけど、太ももがかなりきわどいところまで露出していて目に毒だ。お子様ボディで色気が無いから危うい感じは無いけど……なるほど、ディミオがちょっと気まずそうだったのはこういうことか。
その後ほどなくしてシャツを持ってきたディミオが現れ、俺はそのシャツを有難く拝借することにした。やっぱり子どもが着ると成人男性のシャツはワンピースみたいなもんなんだな。ちなみに多分、これはラルガのシャツだと思う。
で、だ。
問題はなぜ俺が急成長してしまったかということだ。特にいつもと違うことはしていないはずだ。違うことがあるとしたら、クラレオが作った料理を食べたことぐらいか……? あとは昼寝といいつつ夜までぐっすり寝たぐらいだ。
「クラレオの料理を食べてぇ、ぐっすり寝た……」
「私の料理、ですか」
どうやらディミオもクラレオも思うところがあるらしく『クラレオの料理』という部分を繰り返し呟きながら考えこんでいる。でも普通に考えてみて、料理を食べたら成長するってあり得るのか? ちょっとよく分からない。
やがて、しばらく考え込んでいたディミオが顔を上げると「試してほしいことがあるんだけどー」と言いながら立ち上がった。そして「ついてこい」と言わんばかりに歩き出す。二人が向かったのは食糧庫だった。
「とりあえずー……林檎とバナナ、葡萄でいいかなぁ」
「ヨーグルトの実も入れてみましょうか」
多分スムージーか何かを作ろうとしているんだろうな。クラレオが手に持っているヤシの実みたいなやつの中身がヨーグルトだった気がする。名前は違うけど、林檎やバナナや葡萄は地球とほとんど同じ形をしている。
材料が決まったら調理開始だ。果物たちを丁寧に洗うと一口大に切って深めのボウルに入れていく。ヨーグルトの実は半分に切って中身だけをボウルに流しいれていた。うん、見た目は明らかにヨーグルトだ。ボウルに入れたってことはスムージーではないのだろうか。そういえばミキサーみたいな家電をこの世界で見たことが無いな。多分、そういう概念が無いのだろう。
「【雪の悪戯】」
「は?」
聞きなれない単語が聞こえた。とか思っていたらボウルの中に氷の塊がいくつか出現した。魔法か? 魔法を使ったのか? 料理に? 美味しくする魔法とかそんなおまじない程度のものではなくてガチの魔法を?
戸惑う俺をよそに、クラレオは続けて「【舞い踊る風】」などと唱え、ボウルの中に小さな竜巻が発生した。バキバキ、ゴリゴリと何かを砕くような音を立てて竜巻はボウルの中で猛威を振るう。ボウルの中身が飛び散らないのが不思議だ。いや、そうではなく。そうではなくって。
異様な光景に戸惑うのは俺だけのようで、ディミオは何も言わずニコニコしながら見守っている。もしかして料理に魔法を使うのが常識なのか? 異世界ってすごいな。五年経ってもまだまだ文化の違いを実感させられる。
「よし、出来たぞ」
満足げにクラレオが言うと竜巻が消えた。ボウルの中身はすっかりドロドロになっていて、グラスに注げばどこからどう見ても美味しそうなスムージーになった。作り方が衝撃的だっただけで他は変わった点はない。
「今日はぁ、これだけ飲んで寝てねぇ。時間も遅いからねぇ。ああ、寝るときは一応、大きめの服を枕元に置いておいてねぇ」
「せいちょうするかもってことか?」
「うん。ちょっとした実験だねぇ」
一体どういう仮説を検証するのか分からないが、俺の身体が成長するのなら乗らない手はない。喜んでスムージーを受け取ると、躊躇うことなく早速飲んでみた。俺の知る限り、一番最初に作った雑草茶以上のまずいものなんてこの世界においてそうそうないだろ。うん、甘いけどさっぱりしていて美味いな。味も想像していた通りの味だ。
仮説は何だろう。クラレオの作った手料理ってところに二人とも引っ掛かっていたから、クラレオが作る料理全てに特殊な効果が出るとかそういうことなのだろうか。ありがちなのは料理を食べるとバフがかかるってやつだな。今までヴォルクの手料理を食べても成長しなかったし、バフがかかる料理を作るには相応の技術が必要ってところだろう。食材に原因がある可能性も考えたけど、二人ともそこは考えていないみたいだったし多分関係ないのだろう。
それにしても、バフがかかる料理か。まだそれと決まったわけではないけど、もしそういう料理を作れるのだとしたら俺にも作り方を教えてもらいたいところだな。自分で肉体年齢をある程度操作できるとしたら今後かなり生きやすくなると思う。一番いいのは死なないことなんだけどさ。
「……すげぇな」
そんなことを考えながら言われた通り布団に入って寝て次の日を迎えた俺。自分でもわかるぐらい見事に成長していて思わず声が漏れた。いや、すげぇ。本当にすげぇ。スムージーだけだし純粋に量が足りないんじゃないかとか思ったけど、しっかり成長している。なんなら豚丼を食べた時よりもスムージーの方が成長速度が速いような気がする。
豚丼の時が大体一歳ぐらい成長しているとして、今回は二歳ぐらい成長しているんじゃないだろうか。視界がかなり違うし、手足の長さも違うので動いてみて違和感がある。成長痛みたいなのは今のところないのが救いだな。
「思ってた通りだねぇ」
「ええ、ここまで想定通りだと愉しくすらありますね」
成長した俺の姿を見て二人は満足げだ。もしこれで仮説が間違っていたら、二人はどんな反応をしたんだろう。頭を抱えて唸る二人もちょっと見てみたかったな。
それはそうとして、二人は一体どんな仮説を立てていたのか聞いてみようじゃないか。俺の予想はあっていたのかな。多分あっていると思うけど。
「厳密には違うのかもしれないけどぉ、キミはどうやら深刻な魔力欠乏症みたいだねぇ。聞いたことは……ないみたいだねぇ。まぁ、その名の通り魔力が足りない病気だよぉ。キミの場合、かなり深刻なくらい魔力が足りないみたいだねぇ。身体を維持できるだけの魔力がないからぁ、身体そのものを小さくしてぇ、必要な魔力量を抑えているってところかなぁ。昨日食べたもので魔力が劇的に増えたからぁ、それに応じて身体が成長したっていうのがボクとクラレオの見立てだよぉ。魔力が少ないから身体が縮んでぇ、魔力が増えると大きくなるなんて症状、初めて見たけどねぇ」
「ええ、本当に人族なのかすら怪しいところです。まぁ、人族でもなければそもそも魔力が少なすぎて死んでしまうでしょうけど……」
あれ、なんか思っていた答えと違う。魔力欠乏症なんて診断名がつくとは思ってもみなかった。要は貧血の魔力版ってことだよな。人間かどうか怪しいって言われたのは軽く遺憾だけど、そういえばあの自称神が俺をどの種族としてつくったのか分からないので何とも言えなかった。自分では人だと思っているけど。
「魔力っていうのは食事をしていれば自然と増えるものなんだけどぉ、キミは魔力が増えるような食事を全く摂れなかったってことになるねぇ。普通だったら虐待も考えられたけどぉ、彼の手厚さを考える限り違うんだろうねぇ」
「アレは人族ではありませんからね。根本的な考えが違うのでしょう。まあ、どこまで貴方が小さくなるか、面白がりながら観察していたなんて可能性もありますけどね」
クラレオの言葉にはヴォルクに対する隠しきれない棘があるけどその考え方は見当違いだな。そもそも俺が縮んだのって自称神の呪いのせいだし。
知らないからその発想にならないのは仕方のないことだ。ヴォルクが魔王だからいい印象を抱いていないというのもある程度は仕方ないと思う。でも、なんか……やっぱりそういう言われ方をするのはヴォルクのことを侮辱されているようで気分はよくないな。俺だってヴォルクのことを詳しく知っているわけではないけれど、それでもヴォルクのことを何も知らないくせに何を、とは思う。口には出さないけどな。
「俺でもそういう料理って作れるようになるか?」
「貴方が料理を作れるのなら出来ると思いますよ」
バカにすんなよ、と言いかけたけど思いとどまった。そういえば世の中にはどんなに努力してもクソマズ飯しか作れない人種が一定数いるものだ。俺がそうではないとは言い切れない。この世界に来てからは料理なんて全くしていないしな。そうとなれば、まずは料理の練習からだな。ドルミエルティが終わるまでに出来るだけ成長して、ヴォルクを驚かせてやろう。




