二十四ページ目:文化のままに
「あー……すっごいひま」
あのあとヴォルクにめちゃくちゃ怒られた俺は、慌ただしくヴェネズィオンの街を後にし自分の家に帰ってきていた。そして今日から七日間、外に出ることができない。
「働いちゃいけないっていうのが困りものだねぇ。どこからが働くことになるのか、分からないしぃ」
絵を描くことすら禁止されて半泣きの俺と同じ姿勢でそう嘆くのはディミオだ。ディミオも研究を禁止されているのでやることがない仲間だ。趣味を仕事にしてしまった者の末路ともいえる。
俺のこの有様を目の当たりにしたディミオは最初こそ驚き戸惑い溢れ出る好奇心に踊っていたものの、ひと晩過ぎればこの通りだ。単に研究したくてもできなくてやる気を失ってるだけかも知れないけど。
「ああ、ええっと……そこの貴方」
「おれか?」
「はい。貴方です。あの魔王はどの程度の『働く』を禁止していたか分かりますか? それによって食事の用意をしていいかどうかが変わるわけですが」
「んー……『しょくざいはよういしたから、すきにつかえ』っていってたきがする。だからいいんじゃないかな。まあおれ、りょうりできないけど」
なんせ五歳児だからな。台に乗らないと洗い物すら出来ないし、フライパンが重くて持てないし。
そうですか、と考え込むようなクラレオの表情は会ったばかりの時よりも随分と柔らかくなった。俺が子どもの姿だからっていうのもあるかもしれない。露骨に嫌そうな目を向けてくることもほとんどない。まだこの状況に戸惑っていてそれどころじゃないだけかもしれないけど。
今、俺の家にはディミオとクラレオだけでなくラルガとリミテラーも、つまり勇者御一行様が滞在している。何故こんなことになっているのかと言えば、ヴォルクがこの四人に俺の面倒を頼み込んだからである。
今日から七日間、この国はドルミエルティという時期を迎える。ドルミエルティの間は何人も働いてはならない。種族によっては七日間の眠りにつく。そんな時期だ。
この国の王であるところのヴォルクも例外ではなく、むしろ眠りにつく方の種族だ。身体そのものがこの時期になると絶対に眠るようにできているらしく、昨日は起きているのがやっとなぐらいの眠気に襲われているようだった。あんな姿のヴォルクを見られるのはこの時期だけなんだろうな。なかなか面白いものを見せてもらった気がする。
さて、話を戻そう。
ヴォルクがいないということは、七日間五歳児になった俺と一緒にいる人が誰もいないということである。いや、俺としては一人でも七日間ぐらいなら余裕で過ごしていけると思うのだけれど、優しい過保護で心配性なヴォルクには絶対に保護者が必要だと感じるらしい。それで、丁度あの日ヴェネズィオンを訪れていた勇者御一行に白羽の矢が立ってしまったということだ。どうやら少なくない額の謝礼金も用意されているらしく、勇者御一行はそんな不思議な依頼を引き受けてくれた、と。
「食材まで用意したということは、食事の面倒も見ろということなんでしょうね。貴方、一体なにをやらかしたんですか?」
「え? なんでそんなはなしになるんだ?」
「一人で何かを食べさせるのすら不安ってことなんじゃないかなぁ。ほら、ヴェネズィオンでもすっごーく怒られてたよねぇ」
クラレオが呆れたように言い、ディミオがクスクスと笑いながら言った。
言われてみればそうだな。ヴェネズィオンでは『勝手に買い食いするな』みたいなことを物凄い剣幕で言われた。見た目は子どもでも中身は立派な成人男性なのに、そこまで怒らなくてもいいじゃないかって思ってたので半分くらい聞き流しちゃったけどな。お説教はなんとなくやり過ごせばいいと思ってる。
「かいぐいっていっても、キノコのくしやきと、スムージーと、いもぐらいしかたべてないぞ。たしかに、ヴェズィのみつとかむだづかいはしたけど……」
「…………」
そういえばまだヴェズィの蜜を開封してないな。どうやって食べてみよう。やっぱりヴォルクがいるときにお勧めの食べ方を聞きながら開けるのがいいかな。楽しみだなぁ。
「そのキノコの串焼きって、なんのキノコだったか覚えていますか?」
「ん? んーっと、ププタケ、だったかな」
「……それは怒られても仕方ありませんね……」
「だねぇ」
クラレオとディミオは顔を見合わせてため息をついていた。なんでだ? なんで怒られても仕方ないんだ? めちゃくちゃ美味しかったし、食べた後も何ともなかったし、怒られる要素無いと思うんだよな。値段も高いものじゃなかったし。
一人疑問を抱える俺だったが、二人の中ではもうその話は終わったらしく、立ち上がってキッチンに行こうとしていた。二人が行くなら俺もついて行こうっと。俺もヴォルクが用意したっていう食材が何なのか知らないし。
「あれぇ……」
ここの家主だし、何がどこにあるかとか張り切って案内してやろうとか考えていた俺だったが、キッチンに着くなりそんな目論見は見事に打ち砕かれた。俺の知らない間にキッチンがリフォームされている。
ちょっと大きな箱程度の大きさの食糧庫がいつの間にか無くなり、それがあったはずの近くには知らない扉があった。何の扉だろう。キッチンの隣に部屋があるような間取りではないから、普通に考えて外に続くだけだと思うんだけど。っていうか食糧庫はどこにいった。まさか。
見知らぬ扉に近づいて手をかける。
鍵は掛かっていなくて、扉は簡単に開いた。そして絶句した。
「これはまた……見事な食糧庫ですね。一人暮らしに必要なサイズとは思えませんが……」
「っていうかぁ、この部屋、空間魔法で作られてるねぇ……人が入っても問題ない魔法で作られた空間ってぇ、一体どんな技術なんだろう?」
空間魔法。聞いたことはある。想像はつく。ものを便利に収納できる系のあれだ。あれがまるまる部屋になって、俺の家のキッチンと繋がって食糧庫になっている。外から見れば存在しないスペースに無理矢理魔法で作られた食糧庫。うん、ちょっと意味が分からない。
しかも食糧庫の中は綺麗に整頓されている。野菜や肉など種類別に分けられていて、丁寧に棚に並べられている。クラレオの言う通りかなり広くて、小さめのコンビニぐらいの面積はあるんじゃないだろうか。そこに天井まで高さがある棚が並べられていて、食料が隙間なく仕舞われている。箱の食糧庫と同じように腐る心配をしなくていい設計になっているだろうから、食べきることを考えなくていいとしても一人暮らしの家にはやりすぎな量だ。勇者御一行のことを考えて用意したのだと信じたい。それでもやりすぎだと思うけれど。
「ああ……食材もいいものばかりですね。肉の樹の各部位に、猪肉と鹿肉……どれも生のようです」
クラレオの視線の先にはどでかい肉の塊がどどどどどんと鎮座している。肉屋かな? お肉屋さんでも開くのかな? としか思えない様な光景だ。
どんなに食いしん坊がいたところで、七日間ではこの量の肉は食べきれないんじゃないだろうか。もしかして、もしかすると、七日間で食べきることを想定していないとかだろうか。例えば、干し肉とかに加工して勇者御一行に持っていかせるとか。……いや、すごく親切だけど、俺のお世話に対する報酬って考えると物凄く複雑な気分だ。俺って、そんな破格な報酬を用意しないとお世話できないものなのか? むしろ手がかからない部類だと思うのだが。
「肉はこれだけあっても魚は無いんですね」
「レオマティアって海産物は食べないって聞いたよぉ?」
「なるほど、それならば無いのも納得ですね」
肉の塊を前に二人はそんなやり取りをしている。
へぇ、レオマティアって魚食べないんだ。ちょっと勉強になった。
「こっちにはテテニア鉱石があるよぉ。あとは木になるパン、米もあるねぇ。あ、こっちの袋はシャシャ麦かなぁ」
「野菜も調味料もそろってますね。一か月ぐらいは余裕で過ごせる量じゃないですか?」
いろんなものがありすぎて二人ともややテンションが上がり気味だ。わかる。大型のスーパーに来てる気分ってことだよな。わかるわかる。
それはそうとして、テテニア鉱石って何なんだろう。ここにあるってことは食材なんだろうけど、鉱石が食材なのか……? 異世界ちょっとよくわからない。
ひとまず何でもあることが分かったので俺たちは食糧庫から出て、お昼ご飯はクラレオが作ってくれることになった。あまり手の込んだものを作ると『働いてはいけない』ルールに反する可能性があるから、程よく適当に作れるものにしてくれるらしい。楽しみだ。
クラレオがご飯を作ってくれる間、俺とディミオは暇なのでまたソファでゴロゴロしながら雑談をする。「それにしても」と先に口を開いたのはディミオだった。
「次に会うときは面白いものを、なんて約束したけどー、まさかキミがこんなに面白い状況になってくれるなんて思わなかったなぁ」
「そんなにおもしろいか?」
「面白いでしょー。だって五歳児になってるんだよ? 何がどうしたらそうなるのかって感じ。ま、想像はつくけどねぇ。ねぇ、誰にやられたの?」
当事者でなければ、知人が次に会ったときに五歳児になっていたなんてシチュエーション、俺でも笑っていたような気がするのでそう言われてぐうの音も出なかった。
はっきりと口には出さないものの、ほぼ想像がついているようにみえるあたり、ディミオはやっぱり俺の能力について分かっているんだろうな。いや、能力そのものは前に会ったときに既に分かっていて、今の俺の姿という確固たる証拠を見てどういうものなのか想像がついたって感じかな。うーん、嘘がつけない。
「あれがだれだったのかは……わかんねぇな。ヴォルクのことしってるみたいだったけど、ヴォルクはなにもしらないらしいし、なんか、とつぜんおそってきたんだ」
で、炎に包まれながら特攻してぶっ刺されてこの姿になったわけだけど、まあそのあたりは省く。
ディミオは「ふぅん」と淡白な反応だけ返してきたけど、ちょっと目を細めていた。何か思うところがあるのかもしれないな。分からんけど。
あ、そういえばすっかり護身用魔法陣作りとかで忘れてたけど、若返りの秘薬の逆みたいなやつを探したいんだった。ディミオは何か手掛かりになるようなものを知っているだろうか。
「……いやぁ、そういったものは聞いたことが無いねぇ。キミが若返った原因が分かれば対処できるかもしれないけどぉ」
「なんでこうなるのかはわっかんねぇ!」
「だよねぇ」
自称神からの祝福だからな。不思議なパゥワとしか言いようがない。結局今できることは『よく食べて、よく寝ること』なんて子供に言い聞かせるような結論に落ち着いた。
なんて話をしている内にお昼ご飯が出来たらしくクラレオの呼ぶ声がした。どこか懐かしい食欲そそる香りの正体はと言えば、なんと豚丼だった。いや、肉は猪のはずだから猪丼か? そんなことはどうだっていい。今は丼ものという概念があるこの世界に感謝すべきだろう。まさか異世界に転生しても食べられるとは思わなかった。
薄めに切られた肉に甘口の醤油味。出汁の味もきいていて、ピリッとショウガの香りがする。まごうことなき豚丼だ。感動のあまり涙が出そうだ。美味い。本当に美味い。
「おかわり!」
懐かしい味だからか、何故か思っている以上に箸が進み二杯目を所望する。この世界にある米が馴染みあるうるち米だったのも本当によかった。この国じゃ魚介はほとんど食べないって言ってたからこの出汁がなんの出汁なのかが気になるところだけど、まあ何かがあるんだろう。そういえばおやきは味噌っぽい味がしたし、日本食によく使われるような調味料がこの世界にはいくつか存在するんだろうな。この世界を作ったという神に感謝の祈りを捧げたい。
いっぱい食べると眠くなる。
豚丼二杯を平らげた五歳児こと俺は、心地よい眠気に誘われ昼寝をすることにした。働いちゃいけない時期だっていうし、だらだらして過ごすのが正解ってことだもんなぁ。うん、仕方ない。




