二十三ページ目:気の向くままに
観光の前に、この可愛らしい街並みのスケッチをしないとだな、ということを思い出した俺は早速荷物の中からスケッチブックを取り出した。そういえばヴォルクに止められてまだ描いていないんだった。危ない危ない、俺としたことが。
でもじっくりと描いていられるだけの時間もない。スケッチに時間を取ると観光できる時間が減るからな。いつヴォルクが戻ってくるか分からない以上、スケッチは簡単に済ませて景色は記憶に刻み込んでおこう。
スケッチを終わらせた俺は、早速出店が立ち並ぶ中央の通りを歩くことにした。そこかしこから食欲をそそる匂いが漂っていて、ついつい足がいろんな方向へ向いてしまう。軍資金は十分にあるし、ここは食い倒れかな!
真っ先に目に留まったのはキノコの串焼き。どうやらこの街、キノコをよく食べるらしい。キノコの種類が豊富で目移りしてしまったが、とりあえず一番エリンギに近い見た目をしていたププタケというキノコの串焼きを一本注文してみた。
「一緒にプワ草のスムージーはどうだい? 飲みやすいよ」
「プワくさ……?」
プワ草って確か、毒消し草みたいなものだったような……?
不思議には思ったけれど、串焼きと一緒に買っても四ダル──前世でいうところの四百円程度だ──だというので、折角だから買ってみることにした。店の人が勧める以上、ププタケの串焼きと一緒に飲むと美味しいってことなんだろうし。
それでは早速。
手渡されたププタケの串焼きにかじりつく。随分と肉厚で食べ応えがある。口の中でじゅわっと広がる旨味には感謝の意を述べたくなる程だった。何度か咀嚼してから飲み込むと、すぐに次が食べたくなる。ああ、こんなの一度食べてしまったら病みつきになるに決まっている。他の食べ物も気になるところだから今すぐ二つ目を買うわけにはいかないけれど、一通り見た後でまだ余裕がありそうだったらもう一度食べに来よう。
「あ……あれ?」
ププタケの余韻に浸っていると、何故か突然強烈な眩暈に襲われた。ぐにゃりぐにゃりと視界が歪んで狭まっていくし、立っているのかどうかも次第に分からなくなっていく。もしかして、旅行が嬉しすぎてはしゃいだからもう体力に限界が来たのか? 五歳児……五歳児の体力が分からない。いや、そうだとしても、流石にここでぶっ倒れるのは宜しくない。せめてヴォルクが一緒ならよかったけど今はいないし。せめてもう少しだけ耐えたい。今倒れたら確実にプワ草のスムージーをぶちまけてしまうだろうし。とりあえず今すぐ飲めるだけ飲めば全部ぶちまけることは無い……よな?
もはや味も何も分からなかったけど、倒れる寸前の最後の力を振り絞ってスムージーを一気に飲む。すると、スーッとした清涼感のあと嘘のように眩暈が治まった。
「……? だっすいしょうじょう、みたいな?」
いやでも飲んだ瞬間に治るもんかな。違うような気もするけど……まあ、大丈夫そうだし良しとしよう。気を取り直して次だな。
次に目を付けたのは芋を売る店だ。見た目は明らかにジャガイモのそれは『テルラポメ』という名前らしい。掘ってきたものをただ水洗いしただけのように見えるけど、どうやらそのまま丸かじりして食べるようだ。ジャガイモって生で食べると毒があるんじゃなかったっけ? 大丈夫か?
一抹の不安はあるものの、店の人が大丈夫というのだから大丈夫なんだろうな。どんなものかきになるので早速一つ買ってみた。
「特製のソースと一緒にどうぞ」
芋まるまる一個と一緒に渡されたのは緑色の謎のソース。材料がなんなのかは全く分からないけど、まあきっと美味しいのだろうな。
ソースを少しだけ芋にかけてからかじりつく。芋を生のまま食べるというのはかなり衝撃的な体験だったけど、食べてみればそれはよくあるふかし芋と変わらなかった。生じゃなかったのか?
味はやっぱりジャガイモだった。ソースは食べたことのないような味がしたけど意外にも芋との相性は良かった。研究しつくされたソースって感じだ。
あとから話を聞いてみると、テルラポメは地下深くにある源泉の近くでしかできない芋なのだという。近くの源泉を吸いながら成長していくから、生でも火が通っているらしい。源泉の質によって味も大きく変わるということも教えてもらったので、帰ったら家の近くで売ってるテルラポメの味も確かめてみようと思う。
さて、キノコと芋を食べたところでかなり腹が膨れてしまったので、食べ歩きは一回やめにして他のものでも見て回ろう。温泉は旅の疲れを癒すビッグイベントとして取っておきたいから先にお土産かな。
適当に近くにあった売店に入ってみると、陳列棚にはずらりと小瓶が並べられていた。圧巻の光景だ。
小瓶の中身は粉末状だったり液体だったりと様々だ。スパイスと書かれているものが多いから、主に調味料を取り扱ってる店なんだろう。ご当地調味料。旅行っぽくていい響きだ。
「なになに……? カパティ、パルトル、キリユール、ヒドルテッド……うーん、わからん」
スパイスの名前なのだろうけどどういうものなのかは全く分からない。ちなみにこの辺りは全部粉末だ。その隣には乾燥させた植物を細かく砕いたようなものがある。ミックスハーブみたいなものだろうか。使われているのは……
「プワくさ、デュロくさ、スーノイト、ポポルそう……なんかけんこーによさそうだな」
確かスーノイトは薬に使われるような木の実で、ポポル草は回復ポーションの原料にもなるんじゃなかったかな。デュロ草が何だったかは忘れたけど、プワ草は毒消しだったはずだし。味がどうかは分からないけど、試しに買ってみようかな。雑草茶の参考になるかもしれないしな。
ミックスハーブっぽい小瓶を一つ手に取ると、目の前の棚から目を離して他の棚に目をやる。気づけば俺は、視界に強烈な主張と共に飛び込んできた鮮やかな赤色に惹かれていた。
「これは……」
赤い液体の様なもので満たされた小瓶のラベルを見てみるれば『ヴェズィ』という文字が見えた。やっぱりそうだったか。
ヴェズィは猛毒を持つ真っ赤な花だ。花弁も茎も葉も全てに毒を含んでいるこの花、実は蜜がとても美味しい。当然蜜にも毒があるわけだが、色んな人の知恵と工夫によって蜜を無毒化させられるようになったそうだ。その代わり、花の希少性と無毒化技術の高度さからヴェズィの蜜はかなりの高級品なのであるが……うん、すごい値段だ。
他の小瓶が安くて八ダル、高くても二十ダル程度の値段なのに対し、ヴェズィはなんと五百二十ダル。日本円に換算すれば五万二千円だ。手のひらサイズの小瓶に入れられた花の蜜に対する金額か? と思わず笑ってしまいたくなる。前世でも超高級はちみつとかナントカってみたことがあったけれど、それでも量がこの倍はあった。ぼったくりじゃないのかとか言いたくなる。まあ、俺はためらわずに買っちゃうわけだけど。
問題はいくつ買うかだよな。一つしか買わなかったら使い切った後ですごく後悔しそうな気がする。でも買いすぎてダメにしても嫌だし……ヴォルクに連れてきてもらったからイマイチ距離感がつかめていないけど、一人で気軽に来れるような距離でもなかったしなぁ。うーむ……ここはとりあえず三つぐらいかな。
なかなかの大金にビビりながらも支払いを終えた俺は、売店を出て隣の店に入る。次の店はもう少しお土産屋っぽい印象だ。
「へぇー、どくけしやくキットなんてあるんだ」
小学生向けの夏休みの理科研究セットみたいなノリで並べられている毒消し薬キットを見ると、どの世界も考えることは変わらないのかもしれないと思えてきた。描いてあるのはどう見ても魔法陣だけど、小さな箱に入れられたカードセットの使い道は多分トランプと一緒だろう。初めて見るような名前の石が嵌め込まれたカラフルなストラップもお土産の定番だな。うんうん、よくわかる。
ちょっと残念なのは、俺も行く先々で買った覚えのあるゴテゴテの武器をモチーフにしたキーホルダーが見当たらないってことかな。まあ、リアルに武器を持ち歩いて当然の世界なのだから、ああいうのがないのも仕方ないか。本物持ってたら要らないもんな。同じような感覚で多分木刀も売ってない。
ある程度物色して気が済んだ俺は、毒消し薬キットとカードセットを一つずつ購入して店を出た。
腹はまだ膨れている。となれば、次は景色でも堪能しようかな。こういうところは表通りも路地裏も町外れも何もかもが見てて楽しい。表通りは食べ物の誘惑がすごいから先に路地裏かな。小腹が空いたらまた戻ってきて、また腹が膨れたら町外れに行ってみよう。道に迷わないようにだけは気をつけないといけないな。そういえばヴォルクにここにいろと言われた場所はどこだったか……歩きながら探しておこうかな。
なんて。
浮かれながら歩き出した俺だったが、目の前に見覚えのある人物がいたのですぐに足が止まった。この世界で見覚えのある人物なんて限られてる。ヴォルクだ。
向こうも俺に気づいたらしく、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。そういえば魔王フォルムからいつもの姿に戻ってるんだなぁとか思わなくもなかったけれど、それよりも逃げたいという気持ちの方が強かった。
逃すまいとその双眸でしっかりと俺を捕捉したヴォルクの表情は般若のようだった。




