二十二ページ目:思惑のままに
魔王と勇者。水と油のように相容れない二者が出会ったとなれば一触即発の状況は避けられいようにも思えたが、意外にもそうではなかった。
後回しになった、と言うのが一番正しいだろう。「我が民の前である。下がれ(意訳:仕事中だから後にしろ)」というヴォルクの一言で勇者ご一行が大人しく引き下がった形だ。俺はといえば、魔王モードのヴォルクの喋り方はそんな感じなんだなぁと、漠然と考えていた。
魔王ヴォルケルド・レオマティアは思っていたよりもずっと国民からの信頼が厚く、人気もあるようだ。ヴォルクが来たと分かるとヴェネズィオンの人々はヴォルクを一目見ようと集まってきたし、中には涙を流しながらヴォルクの姿を拝む者すらいた。なんだろう、推しを目の前にしたオタクの反応という表現が一番しっくりくる気がする。
護身用魔法陣をここの代表者に手渡すと、その効果について実演もしてみせた。その時だけ俺が呼ばれて、炎を纏ったヴォルクの拳が俺目掛けて放たれた。魔法陣が展開されて拳を防ぐと、民衆からはどよめきと歓声が上がった。発案者としてかなり誇らしい反応だった。
そういえばヴォルクが話している間、何度か「ドルミエルティも近いのに……ありがたや……」なんて声が聞こえた。ドルミエルティって何なんだろう。地名だろうか。それとも何かの行事だろうか。気になるので後でヴォルクの手が空いた時に聞いてみようと思う。
「……さて、何用か」
旅の目的の一つである護身用魔法陣の配布が終わり、民衆から離れるとある程度移動した後でヴォルクはそう口を開いた。相手は勿論、無言でヴォルクの後をついてきた勇者ご一行だ。ヴォルクが彼らに目を向けたことで場に緊張が走ったような気がする。こういうピリッとした空気は苦手だ。
ラルガとクラレオはお互いに顔を見合わせた後、少し困惑の表情を浮かべた。その後、最初に口を開いたのはクラレオだった。
「魔王が何故ここにいるのかを問おうとしましたが……それはつい先ほど解消されましたので。ですから、用という用はありません。しいて言えば監視、でしょうね。貴方の様な魔王がいつどこで何をするかわかりませんから」
相変わらずクラレオはヴォルクに対して挑発的だ。いや……前に会ったときのヴォルクは魔王モードじゃなかったから相変わらずというのもおかしいのか。それとも、彼らはヴォルクの正体を最初から知っていたのだろうか。
「我が庭で我を監視とは片腹痛いな。貴様らが出来ることなど何も無いというのに」
「ええ、ここではそうですね。そうでしょうとも。ここでは、ね」
「街の外に出れば出来ることがあると思っているらしい。めでたい頭だな」
「残念ながら事実ですので」
うーん、仲が悪い。お互いにお互いのことが嫌いなのでマウントの取り合いが露骨だ。表面上はニコニコと笑っているのが恐ろしい。
「大した用もないなら早く下がれ。生憎、我は貴様らのように暇を持て余しているわけでは無いのでな」
そして二言目には帰れと催促するヴォルク。ここが街でなければ戦闘が始まっていたかもしれないと思うと、ある意味タイミングが良かったな。こいつらの戦いに巻き込まれたら俺がどれだけ若返るか分かったもんじゃない。
「帰る前に一つ。ご存知でしたら教えて頂きたいことがあるんですよぅ」そんな空気の中物怖じせず口を挟めるディミオ。「ここにボクたちが来た理由でもあるんですけどねぇ」
言いながらディミオはこちらに少しだけ目をやった。
バッチリ目が合ってしまい、思わず逸らした。……ん? 目が合った? 何でだ?
今の俺はローブの幻覚作用でヴォルクよりちょっと低いぐらいの身長の人物に見えているはずだ。だから俺を見る人の目線は当然、俺の頭上を向くはずなのだが、ディミオは的確に俺の方を見ている。絶対に俺の顔の位置を分かっている。もしかして幻覚も効かないのか? どんなスペックを持ち合わせているんだか。
「既存の回復ポーションよりも性能の高いものを探しているんです。例えば、欠損した腕を生やせる程度の性能を持ち合わせている、とか」
「何故……とは聞くまい。正義の勇者御一行様はさぞかし大変だろうな」
皮肉気に笑って見せるとヴォルクは俺の方を向いて「四番目を」とだけ言った。
四番目。
主語が無いので正しいのかは分からないけど、思い当たるのは徹夜で書いた十二枚のアレの内の四番目だ。大半は世に放ってあるのだが、一部はここぞと言う時のために手元に残してある。でもこのタイミングでアレを渡すのか? だってアレは、俺が想像を膨らませて書いただけのただの出鱈目だ。ディミオがどういう意図をもって性能の高い回復ポーションを探しているのかは知らないけれど、もし誰かの為に探しているのだとしたら、俺たちがやろうとしていることはかなり外道だぞ。確かに多少愉快ないたずらを仕掛けるつもりで作ったけれども。
だが、ヴォルクが魔王モードで俺に対してこれを求めているのなら、俺はこれを渡さないわけにはいかない。主君の命に逆らう従者なんていないからな。
「我が城で見つかったものの写しだ。真偽は分からんが……まあ、有効に使えば良い」
「これは……誰かの研究レポートみたいだねぇ……?」
ヴォルクから一枚の紙を受け取ると、ディミオはそれを繁々と眺めた。そうです。研究レポート(嘘)です。
それを横から覗き見しながら訝しげな表情を浮かべるクラレオ。もはや変顔の領域だけど黙っておこう。
「ディミオ、それは受け取るべきではないのでは? この魔王が渡してくる物なんて、何が仕込まれているか分かったものではない。それに用意が良すぎる。まるで誰かに渡すために用意していたような」
クラレオの視線は鋭い。ついでに勘も鋭い。概ね正解だ。一つ致命的なところがあるとすれば、大半はもう誰かの手に渡っている可能性があると言うことぐらいか。
そんなクラレオの言葉をヴォルクはからからと笑い飛ばす。どうしてこいつはこんなにも堂々としていられるんだろう。魔王様だからだろうか。
「っは、何を言い出すかと思えば。貴様らの国の程度と我が国を同列に扱われては困るな。必要なものを即座に用意する程度、我が国では造作もないことよ」
言いながらヴォルクは見せつけるように分厚い本を何もない空間から取り出して見せた。転送用魔法陣とはまた違う魔法陣が一瞬だけ浮かび上がったように見える。俺の知らない魔法陣なんだろうな。まあ、そういうものが既にあったとしても何にも不思議なことではない。買ったものは全て自宅に転送させるのが常識の国だからな。
それはそうとして、息を吐くように嘘と本当を織り交ぜて話すヴォルクの面の皮の厚さよ。いっそ見習いたい。
「そうだよぅ、クラレオ。こっちからお願いしてるんだから、さすがに今のは失礼だよねぇ。あとこれ、すごい資料かもしれないよ。理論上は完璧」
「……そうですか。ディミオがそう言うなら、そうなのでしょうね」
「うん。残念ながら今の僕にこれを作ってみる技術はないけど……フルトゥニスに行けば何かわかるかも」
「フルトゥニス? ……ああ、なるほど。培養技術ですか」
ディミオとクラレオは研究レポートを何度も読みながらそんなやり取りを繰り広げる。何度も言うようだが、その研究レポートは俺が作った創作物だ。フィクションだ。
ちなみに四枚目には魔力が宿る場所の考察と研究について書いたような気がする。その過程で、培養液と回復ポーションをブレンドしたものを欠損部にかけると修復することを発見した、みたいな内容だった。ちなみに、その肝心の培養液の作り方については三枚目に書いた。フルトゥニスでは実際に培養肉を作っているという話を聞いたけど、俺が書いた培養液のレシピとフルトゥニスで使われている培養液は全くの別物のはずなのでフルトゥニスに行ったところで何の意味もない。意味もないのだが……ディミオはやる気だしクラレオも少し興味を持っているように見える。ラルガとリミテラーはこの手の話には興味がないのかどうでもよさそうな顔をしていた。出来れば止めてあげて欲しかったよ。
二人が割と信じてしまっているように見えるのは、魔力を含んだインクの影響だろうか。それとも俺の文章力の影響だろうか。後者だとしたら自分の才能が怖い。神様につけてもらった転生特典なのでこのぐらいの効力があって当然なんだけれども。
用が済んだのか勇者御一行はヴォルクの前から去っていく。その背中を見届けた後で、俺はやっとヴォルクに話しかけることが出来た。
「なあ、なんでアレわたしたんだよ」
「あいつらも言ってただろ? 理論上は完璧なんだ。渡しておけば、本当にアレを再現するかもしれないと思ったらつい、な。こんな面白いこと逃せないだろ」
「せいかくがわるいな」
何をいまさら、とヴォルクは軽く笑って見せたが、ちょっと傷ついたようにも見えた。なんだか罪悪感。でも事実だと思う。
もう済んでしまったことだから今更俺がヴォルクに対して何を言おうと関係ないんだけどな。アレを作ってアレを渡してしまった以上俺も加害者だ。何かあったときに刺される覚悟ぐらいはしておこう。……痛いのは嫌だなぁ。
それでは気を取り直して、ヴェネズィオンというこの町を巡ってみることにしよう。お待ちかねの観光だ。温泉旅行だ。俺はこれのためについてきたんだからな!
旅行に来たのだからまずはこの土地ならではの食べ物だろうか。お土産なんかを見て回るのもいいかもしれない。そのためにはまず、ヴォルクにはいつもの人の姿になってもらって……あ、そういえば。
「なあ、ヴォルク。『ドルミエルティ』って、なんだ?」
「ドルミエルティは……なんて言えばいいんだ、そういう風習みたいなもんだ。七日間、絶対に働いてはいけない。本来なら七日間眠り続けるんだが……」
そこまで話すと急にヴォルクの動きが止まった。表情も固まって、なんというか思考も停止して再起動途中みたいな。しばらくすると思考の処理が終わったのかヴォルクは再び動き出して、「今、ドルミエルティって言ったよな?」と突然確認を始めた。その声は少し震えているような気がした。
「……ッ! ちょっとここで待ってろ!」
「え? おい、ヴォルク!?」
それだけ言うと、ヴォルクの姿は急に消えてしまった。多分転移魔法を使ったんだと思う。でも急に何処へ?
あれだけ過保護なヴォルクが俺を見知らぬ土地に一人残して何処かへ消えていくなんて、余程のことがあったに違いない。幸いにして、俺は見た目こそ五歳児だが中身は三十路過ぎのおっさんなので、一人残されようとなんの問題もないんだな。
ということで早速観光だな! こんなところでじっとしてられるわけがないんだよなぁ!




