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二十一ページ目:案内のままに

 さて、今日から待ちに待った旅行だ。旅行、というよりもヴォルクの出張に俺がついていくだけのものなんだけど、旅行と言ったら旅行だ。これは旅行だ。だからリュックには旅先の景色をくまなく描けるように画材を詰め込む。これでもかというほどに詰め込んでやる。

 確かに俺の記憶力は完璧だ。憶えようと思えば砂の一粒だって憶えられる。でもやっぱり絵は感情が新鮮な内に描きたいもんだよな。

 今日行くのはヴェネズィオンという深い森の中にある町だそうだ。ちょっと珍しい温泉があって、その温泉を求めて各地から人が集まる町なのだという。温泉旅行。最高だな。

 残念ながら今年はもう終わってしまったが、その温泉の為の祭りすらあるぐらいなのだとか。これはもう期待が高まっていくばかりだ。


「準備できたか?」

「おう! あとはこれをつけるだけだ」


 護身用魔法陣を施したローブとペンダントとリングをつけた状態の俺は、基本的にどんな魔法も受け付けない。魔力を感知次第片っ端から吸収して弾いてしまう。その為、ヴォルクが本来の姿に戻ると触れることすら出来ないことが判明した。ヴォルクは魔王としてヴェネズィオンまで行くので、いつもの姿というわけにはいかない。移動中も本来の姿の方が好ましい。ではどうするか。

 それを解決するのが、俺が最後に身につけた真っ黒なブレスレットだ。ちょっと禍々しい雰囲気のこれは、付けると全ての装備の効果を無効化するというとんでもないハズレ装備である。その効果は折り紙付きで、魔法を使う杖はただの棒切れに、切れ味の良かった剣は逆に刀身が砕ける鉄屑に、強固な鎧は吹けば紙のように飛んでいく等と散々なものだ。もはや呪いの域である。

 使い方一つで他人を幾らでも殺せる代物だと危険物扱いされていたコイツは、ヴォルクの城で保管されていたそうだ。それを今回ヴォルクが持ち出したわけだが……果たして本当に持ち出して良かったのだろうか。便利だけれども。

 このブレスレットを着けることで俺たちが苦労して作った装備たちはただのガラクタと化す。ただし効果はつけている間だけ。外せば元に戻るので、簡易的に効果のオンオフが出来るというわけだ。これで、ヴォルクも問題なく触ることが出来る。


「俺から離れたらすぐにそれ外せよ。あと、フードもちゃんと被れ。約束だからな?」

「わかってるよ」


 にこやかにお返事。

 するとヴォルクは本来の姿に戻り、俺を左腕で抱き抱えるとそのまま空高く飛び上がった。

 流石異世界というかなんというか、今回の移動手段は空を飛ぶらしい。でも俺は空を飛べないから、ヴォルクが俺を抱えて飛ぶことになった。瞬間移動で行くことも出来なくはないけど、俺のためにそれはやめたらしい。何か不都合でもあるんだろうな。

 見る見るうちにシンティセルの街が小さくなって、その周囲を一望できるようになる。目的地であるヴェネズィオンはここから西に進んだ先にあるという。

 恐らくヴォルクが守ってくれているので空の旅は中々に快適だ。かなり高度が高いように思えるが寒くはない。風を受けることもなく、あるとすれば高所への恐怖だ。ヴォルクに何かあれば俺は落ちて確実に死ぬ。死ぬよりも落ちるのが怖いな。ヒュッと内臓が浮くような感覚が嫌だ。


「あっちの山は見えるか? ヴォルレット火山って山で……ああ、今も噴火したな」


 落とされないようにぎゅっとヴォルクの首に腕を回していると、ヴォルクはそんなことを言った。指したのはやや南の方角にそびえる辺りで一番大きな山だろう。ヴォルクの言う通り、たった今その山頂から真っ赤な炎が噴き出た。


「あそこは常に噴火してる山なんだ。ただ、特に溶岩が流れてくることもないし岩も降ってこない。ちょっと変わったライトアップぐらいの感覚だな。レオマティアで一番高い山だ」

「けっこうはげしそうなのにな」


 あれだけ勢いよく噴き出していたら何かしら被害がありそうなものなのだが、岩一つ落ちてこないし、それどころか煙すら出てこない。そんなに熱く無いのだろうか。


「流石に山頂の火口は普通の奴が入ったら死ぬ。だけど、下の方は温泉ぐらいの温度で入れるところもあるな」

「おんせん? ようがんが?」

「ああ、溶岩が。見た目は真っ赤だしドロドロだぞ」


 想像してみたが中々にシュールな光景だ。溶岩につかる観光客……面白そうでもある。いつか行ってみたいものだ。言えばヴォルクは連れて行ってくれるだろうか。

 ヴォルレット火山を過ぎると今度は緑に覆われた山の中にぽっかりと大きな湖が現れる。白い湯気の様なものが立ち上っているのが上空からでもよく見える。温泉だろうか。


「あれは『空に一番近い湖』だな。サリュール湖という。山頂に湖があるんだ。水温が常に四十度ぐらいあるからほとんど温泉みたいなもんだけどな」

「ちょうでっかいおんせんってことか?」

「そんなイメージだな」


 山頂に湖があるというよりも、山の上の方をスパッと切ってそこに湖を乗せたような感じだ。マグマではなく常に温水が湧き出ているということなのだろうか? 何がどうなってこういう地形なのか、知識のない俺にはさっぱりわからない。ただ、湖の周りには色とりどりの屋根の様なものが並んでいるのが見えるし、そこそこ人気の観光地というのだけは分かる。

 空に一番近いというだけあって、山はそこそこ高い様に見える。ペティラを見に行ったヴェルメラ山よりも随分と高いんじゃないだろうか。一番高い山であるところのヴォルレット火山には当然及ばないけども。

 こうして空から眺めてみると、レオマティアはかなり山の多い土地だということがよく分かる。平地がほとんど無い。あるとすればそれは大きな街で、おそらく山を切り拓いてそこに街を作ったのだろう。街の周りはほぼ必ず山がぐるりと囲っていた。

 そしてやたらと白い湯気が見えるのは、その山々の殆どが火山だからだろう。どこもかしこも温泉が湧き出ている様だ。国内一周旅行が殆ど温泉旅行と同義になりそうな勢いだ。


「そういえば、おれがいた、いわやまって、どのあたりなんだ? あそこってレオマティアなのか?」


 案内をされている内に気になったので聞いてみる。ヴォルクと出会うことになったあの岩山は、レオマティアから見るとどの辺りにあるのだろうか。俺ってばあの時寝てたから、どういう位置関係なのか分かってないんだよな。地図も適当に見ただけだったから位置なんて全く覚えていない。


「メキルア峡谷か。あれはどこの国でも無いぞ」


 ヴォルクは少し考える様な素振りを見せた後、そう答えてくれた。ああ、あそこってメキルア峡谷って名前なんだな。それすらも知らなかった。


「場所でいうと、この国とディルザナイトの間だ。どこの国でも無いから戦闘も激しいんだ。よくあんなところに行ったな、お前」

「まえにいたところから、いちばんちかかったんだよ。しかたないだろ」


 ディルザナイト。ちょっと懐かしい響きだ。何を隠そう、俺がこの国に来る前まで居たのがディルザナイトというレオマティアの隣にある国だったのである。そういえばあの宿、東端の宿って謳ってたな。そういうことか。

 聞いてみれば、どうやら国と国の間の土地はどこの国のものでも無いことが多いらしい。国境として線を引くのが難しかったからなんだろうな。だいたい国と国の間には険しい山とか深い森とかがあって、これを越えたら隣の国ってことにしているみたいだ。メキルア峡谷もその一つのようだ。

 どこの国でもないから人の往来が激しく、どこの国でもないから争いが絶えない。そこで殺されようと喰われようと攫われようと、誰も文句を言うことは出来ない。自己責任の土地。そう言われると我ながら中々恐ろしい土地にいたものだ。この世界にも当然のように人を喰らう種族がいるので、運が悪ければ俺はあそこで喰われていた可能性だってあった。うん、生きていてよかった。


「もうすぐ着くぞ。降りるから準備しろ」

「はーい」


 なんて話をしている内に目的地に着いたらしい。ヴォルクが少しずつ高度を下げていく間に、俺はローブのフードを被り、いつでもブレスレットを外せるようにする。

 地面に足がつき、ヴォルクから離れる。言いつけ通りブレスレットを外すと、俺は辺りを見回した。

 目の前に広がるのは絵本の世界のような可愛らしい町並み。三角屋根の小さな家がポツポツと並び、その隙間は伸び伸びと育った木々が埋める。

 ああ、今すぐスケッチがしたくてたまらない。こんな景色をま前に何もせずにいられようか。いや無理だ!

 俺はリュックの中にある画材に即座に手を伸ばした。


「まだ待て」


 すぐに止められた。無念。

 まあ、分かってたさ。流石に魔王様の隣でお絵描きなんて始めるわけにもいかないからな。精々今はこの風景を楽しんでやるさ。

 ヴォルクに気付いた町の人々がにわかに騒ぎ始めたので俺は背筋をピンと伸ばして魔王の侍従ぽい空気を醸し出しておく。恐らく町の人々には俺の姿がヴォルクよりやや背の低い人物に見えているだろう。ローブのフードに幻覚の作用があるそうだ。これで魔王の隣に五歳児が居て色んな意味で騒つくなんてこともない。

 さて、ヴォルクが仕事モードに入ったので暇だ。声を発すると幼女であることが丸わかりなので、俺は無言でここに突っ立っていなければならない。暇だなぁ。

 暇だなぁ、と思いながらヴォルクに群がる人々を眺めていたのだが、俺はその中から見知った顔を見つけてしまい、戦慄することになる。


「ヴォルケルド・レオマティア……!?」


 向こうもヴォルクに気付いてビックリしてた。うんうん、そうだよな。旅先に魔王がいたらビックリするよな。

 俺も旅先に勇者ご一行が居てビックリしてるよ。

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