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十九ページ目:政策のままに

「じゃあ次、貧富の差についてだな。戦争に巻き込まれない為には町の外に出ないのが一番だから、徐々に広がりつつあるんだ」

「うーん、これがいちばんやっかいだな……」


 ヴォルクに手渡された書類を眺めながら俺は思わず唸った。

 五歳児になってしまった俺の為に、俺の家に居続けているヴォルクはいつからか俺の家で仕事をするようになっていた。魔王、というかこの国の王様なので、当然のことながらヴォルクはこの国を統治、支配、管理しなければならない。いくら宰相や大臣がいるとはいえ、決定権はヴォルクにあるわけだし、いつまでも分身がどうにかするというわけにはいかないのだろう。

 俺は外見こそ子どもだが、中身は一応立派な大人なのでいつからかヴォルクの仕事の手伝いをするようになっていた。手伝いというか、ヴォルクの話し相手というか。歴史とか公民とかの勉強をしたことがあるとはいえ、俺はしょせん庶民だから政治のことがよく分からない。なんとなく聞いたことあるような話とか、庶民感覚でのこうしたらどうだろうとか、そういう話をする程度のものだ。

 レオマティア国内で広がりつつある貧富の差は割と切実な問題で、放置すれば明日の食事すら困るような人たちが現れかねない。一応、今のところこの国にはスラム街は無いのだという。だけどそれも時間の問題かもしれなかった。

 戦いに参加する者が少なくないこの戦争だが、当然ながら戦えない者だっている。彼らは戦闘に巻き込まれない為に、戦闘を禁止されている町から出ないことで身を守っている。そのせいで商人は他の場所へものを売りに行くことができないし、狩人は獲物を狩りに行くことができない。観光客がいなければ宿も料理店も客が入らないし、職人が作ったものは何一つとして売れない。


「領主を中心に、権力と資金力のあるところにいろいろやらせてみてはいるが厳しいのが実情だな」


 人の流れが止まってしまえばどうしても起こる問題だ。権力者が私腹を肥やしていればさらに行き渡らないし。


「てんいのまほーじんをよういして、いどうさせるのは?」

「魔法陣を起動させる魔力がどうしても調達できなくて没になった。転移魔法は結構な魔力を消費するし、街から街へともなればかなりのもんだ。それが出来るような奴は戦いに巻き込まれたときの心配なんてしないだろうよ」


 なるほど、確かに。

 そして必要な分だけの魔力の結晶が用意できるのなら、そもそも貧困問題なんて発生しない。魔力の問題さえ解決すれば一番いい案なんだろうけどな。

 自前でもなく、結晶も使わず、かなりの量の魔力を用意する方法か……。一歩街の外に出れば大量の魔力を奮ってくれる連中がいくらでもいるんだけどなぁ。そういえば昔、なんかの漫画で相手が打った魔法を吸収してその魔力を利用して魔法を打つ、みたいなのを読んだことがあるな。それを再現できれば、魔力を集められるんじゃないか? 魔法陣の範囲内にある魔法を吸収して、魔力に変換……魔力の結晶に変換したほうが良いか。この魔法陣を動かすための魔力もそこから補えれば良さそうだ。


「んー、と……?」


 とりあえず試しに魔法陣を描いてみよう。

 ヴォルクに教えてもらったことを思い出しながら、俺は適当な紙に魔法陣を描き始める。魔力の再生利用……流転、変換……この辺りの言葉を使いつつ、吸収と無効化も加えて……。魔法の中にある魔力を支配下におくって意味で征服なんて言い回しをしてみるのもいいかもしれない。せっかく自分で一から組み立てて魔法陣を作るんだから、ちょっとかっこいい名前とか付けてみたくなるよな。うん、色々考えてたらとりあえず出来たぞ。


「面白い魔法陣だな。吸収と再生……? どういう意図だ?」


 魔法陣が描きあがるとヴォルクが興味深そうにこちらを覗き込んでいた。どうやらこの考え方は今まで見ないようなものみたいだな。となるとこれはあれだな、異世界転生特有の、この世界に無い知識を披露して現地人に物凄く驚かれる気持ちいいやつだな!

 そうと分かると自然と自尊心が高まっていき、俺は意気揚々とこの魔法陣の説明を始めた。


「まほーをきゅーしゅーして、まりょくにへんかんするんだ。まほーがふれたらはつどうして、一度このなかにとりこんで、そのエネルギーをまりょくにへんかんして、使いやすいよーにまりょくのけっしょうにして、しゅつりょくするんだ。これでまりょくをあつめられれば、てんいまほーが使えるだろ?」


 どうだ、すごいだろ! とは口に出さなかったけど心の中では叫んだ。すごいだろ!

 まあ、試し描きの段階だからこの魔法陣が意図した通りの働きをするとは限らないけどな。ただし、一回目のこれが上手くいかなかったとしても、発想で十分賞賛に値するとは思ってるがな!

 ヴォルクは一瞬驚いたような表情を見せたが、そのあとすぐにがっかりしたような、渋い表情を浮かべた。あれ、なんだか思ってたのと違う。

「なるほど、発想は悪くないと思うが……。そうだな、戦闘が起こりやすい場所に設置しておけばいくらか流れ弾で発動して魔力を回収することは出来るだろうな」渋い表情のままヴォルクは言う。声色はとても残念だと言いたげだ。「だが、圧倒的に魔力が足りないな」

 魔力が足りない。それは一体どういうことなのだろうか。この魔法陣を発動するための魔力のことか? でも、それなら吸収した魔力の一部を使えばいいと思うが……それすらダメなのだろうか。


「ありったけの魔力をつぎ込んでぶっ放すレベルのもんだったら確かに魔力は回収できるかもしれないが、小競り合い程度で乱発するやつに含まれる魔力量ってたかが知れてるもんなんだ。何十発も打ち込みたいのに魔力の消費量が多かったら意味が無いだろ?」

「お、おお……」

「それに、設置するポイントも難しいな。まさか町以外は全部なんて設置も出来ないし、戦闘がいつどこで始まるかも分からないっていうのが現状だからな。確かに町の外に一歩出れば戦闘が起こる可能性はあるが、それは必ずじゃない。あとは……戦うのが魔法職だけとは限らないからな」


 うわーッ! 盲点!

 無駄に浮かれていただけに、現実の厳しさを思い知ってすごく悲しい! だけどものすごく納得した!

 そうだよな、誰も彼も魔法を撃ち合って戦うわけじゃないよな。剣士もいれば格闘家だっている。技術を学んだだけだけど(しかも何の役にも立ってないけど)、俺だってガーディアンだ。魔法は撃たない。


「使う目的が転移魔法じゃなければかなり実用性はあると思うけどな。護身用の携帯魔法陣とか良さそうだし。だから、ほら……その、落ち込むなよ」


 ここでちょっと狼狽えつつ優しい言葉をかけてくれるヴォルクは本当に心根が良い奴なんだな。あるいは俺がすごく泣きそうな顔をしているんだろうな。五歳児の表情筋はとっても素直だ。

 護身用魔法陣という素敵な言葉を聞いたのでそれはそれで試作してみるとして、他の方法で魔力を調達しないといけないのか……。うーん、難しい。例えば魔力を豊富に含む植物がこの世界にはいくつかあるから、それを大量に育てるなんて案も無くはないけど、それがちゃんと運営できるようになるころには戦争が終わってそうだ。あるいは、貧しすぎる人はとっくに飢え死にしているだろう。飢え死にさせないためにも、こういう策略はすぐにでも実行できるものじゃないといけない。


「……ん? ごしんようまほーじん?」


 考えながら気づいた。別に、転移魔法にこだわる必要は無いのだ。安全に町の外に出られればいいのだ。腕利きの用心棒を雇うような感覚で、自分の身を守れればいい。或いは、その一瞬だけでもパワーアップ出来ればいいのだ。

 形状は何でもいいけどなるべく量産が簡単で、持ち歩いていてもかさばらないものがいいよな。使い捨てタイプがあってもいいかもしれない。

 とりあえず試しで一つ作ってみて、ヴォルクになんか適当に魔法を撃って見てもらって、それが防げれば本格的に作っていけばいいよな。上手くいけば俺の生存率向上にもつながるし、最高なんじゃないか?

 魔法から魔力を吸収するというところはそのままに、今度はその魔力を防御魔法に変化させる。範囲は元の魔法陣の五倍にしてみるかな。庭から手頃なサイズの石を持ってきて、ガリガリと石を削るように魔法陣を描いてみる。石に描くとなると、なるべく簡略化させた方がいいんだろうけど……難しいな。


「かけたー!」

「みたいだな。じゃあ外行くか」

「ん?」


 なんとか石に魔法陣を描き終え、その達成感に浸っていると唐突にヴォルクが立ち上がって裏庭に向かった。おお……なんとも察しのいい男よ。

 ヴォルクの後について裏庭に出る。ヴォルクと向き合うように少し距離を置いて立つと、俺は早速石を構えて「ばっちこーい!」と元気よく声を出してみた。

 そんな俺にヴォルクは「いやいや」と苦笑しながら、バスケットボールぐらいの大きさの火の玉を出してくれた。思っていたのとは随分違うけど、安全を考慮してくれてのことだろう。まあ、確かにこの魔法陣が上手くいかなかったら俺が焼けるわけだし、安全なのに越したことは無いな。

 狙いを定めて石を投げる。

 投げられた石はゆるくカーブを描いて火の玉のど真ん中へ飛び込んでいった。俺のコントロールの良さに惚れ惚れするところだが、それはそうとして本題はここからだ。

 火の玉に触れた石に刻まれた魔法陣が無事発動するかしないか。火の玉の形が不自然に揺らぎ始めたので魔力を吸収し始めたと考えていいのだろうか。……なんて見守っているうちに、真っ赤に焼けた石がポトリと火の玉から落ちてきた。それにすかさずヴォルクが水をぶっかけて辺りの草が燃える前に消火。消える様子もない火の玉はヴォルクが回収した。


「……なんでダメだったんだろう」


 つまるところ失敗なので、真っ黒になった石を眺めながら俺は思考する。魔法陣自体は多分問題が無かったのだと思う。少なくとも、魔法にぶつかったときにキチンと反応していた。だけどそのあとの吸収と変換が出来る前に石が落ちてきてしまった。魔法陣が小さいから吸収しきれなかったってことか?

 考えていると、ヴォルクが俺の隣までやってきて真っ黒になった石を拾い上げた。しばらくそれを観察するように眺めると、原因が分かったらしく口を開いた。


「魔法陣が発動しきる前に石が焼けて魔法陣が消えたのが原因だな」

「なるほど!」


 そういうことか。石にあたって初めて魔法陣が起動するから、先に石がダメになってしまうのだ。これがもし身に着けているものだとしたら、それに魔法がぶつからない限り魔法陣は発動せず、魔法陣が発動するころには身に着けている者に魔法が当たっているな。防御にもならない。となると、魔法陣が発動する範囲をもっと広げないといけない。人が見につけることを前提にするから、最低でも半径一メートルぐらいは欲しいな。半径一メートル以内に魔法が現れた時に吸収と変換と防御。よくよく考えてみると、それらは全部同時じゃないといけないよな。吸収した後に変換して防御、なんて段階を踏んでいたら、吸収している間が無防備になりすぎてしまう。うーん、難しいな。

 でも、難しいと思う一方でこういう悩みを楽しむ俺もいる。

 ものをつくる醍醐味って、産みの苦しみをトコトン味わうことっていうのもあると思うんだよな。

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