十八ページ目:肉体のままに
五歳児の身体というのは中々不便だ。
身体も軽いし、元気な時は体力が有り余っているのか激しく動き回ることができる。しかし、疲れやすいし集中力も途切れやすい。何よりすぐに眠くなりやすい。
「……カナメ」
「んー……」
「カナメ? 眠いかもしれないがもう少し頑張れ」
「ん……」
ヴォルクの優しい声でなんとなく目が開く。ああ、そういえば夕飯を食べている最中だったなと目を開いてから気付いた。ここのところずっとこんな調子だ。どう頑張っても夜更かしが出来ないことに気付いたので昼間に研究やらお絵描きやらを集中してやっているのだが、どうにも夕飯辺りで力尽きてしまうらしい。
なんとか夕飯を食べ終えた俺は、ヴォルクに促されるまま歯を磨きシャワーを浴びる。ちょっと目は覚めたけど眠いものは眠い。
濡れた髪をヴォルクがタオルで拭いてくれている中、俺はゆらゆらと微睡んでいる。自分では会話しているつもりになっていたが、それはただ自分の頭の中で思っているだけで声に発していなかったと気付くのはヴォルクに何度か呼びかけてもらってからだ。
結局この後、いつ布団にもぐったのかも分からないまま俺は眠りにつき、辺りが明るくなったころに目を覚ました。
「というわけで、くすりをさがしたいとおもう!」
こんな生活を何日も繰り返したので俺は高らかに宣言した。成長とともにましになるとはいえ、これからずっとこんなことを繰り返しているようでは旅行にもいけないからな。これは早急になんとかせねばならん。
「薬ってなんのだ?」
「きまってるだろ、としをとれるくすりだよ。わかがえりのぎゃく、みたいな。そんなくすりしらないか?」
「聞いたことも無いな……」
残念だ。だけどそんな気はしていた。若返りの薬があるかどうかは置いといて、年を取る薬なんて需要が無いだろうからな。
となると、一から薬を探すなり作るなりしなきゃいけないってわけだ。薬を作るなら是非ともディミオをお呼びしたいところだけど、その他勇者ご一行はいらないしなぁ。魔王ってことが発覚してからというものの、今後は出来るだけ勇者ご一行とヴォルクを会わせたくないという気持ちが無くもないし。
「秘薬の域になると資料も無いだろうからな……試しに俺の城に来てみるか? 店には売ってないようなものがゴロゴロあるぞ」
「おしろか……おれがきらくにいっていいところか?」
「俺がいいって言えばいいに決まってんだろ。まあ、ちょっと大臣とかその他諸々とかに呼ばれたりするかもしれないけど」
「うげぇ……」
でもまあ、そりゃそうだよな。俺って立ち位置的には突然現れた宮廷画家ってことだろ? しかも五歳児ときた。問題にならないわけがないし、厄介ごとに巻き込まれる可能性だってある。まず、こんな五歳児に土地(家付き、家具付き、食料込み)とそこそこなお値段の報酬を与えたってだけで厄介ごとの塊みたいなもんだし。もらったときは十三歳ぐらいだったから天才少女みたいな感じで押し通せたのかもしれないが。大人の皆さんとの腹黒い関係を築くのは遠慮したいところだ。
「カナメさえ良ければ、本当はしばらくの間城に住んでてもらいたいぐらいだし丁度いいんだけどな……」
「それは、いや」
嫌、と言ったものの、ヴォルクのことを考えるとちょっと悩んでしまう。というのも、俺が五歳児の身体になってしまってから、ヴォルクはずっとこの家にいてくれているのだ。流石に幼い子供一人で街から少し離れたところに生活するのは宜しくないだろう、と。身長がこんなにも縮んでしまったおかげで、一人で料理することすらままならない俺は、一人で街に出てどこかで食べてくるというのも難しい。まだトライしていないけど、そもそも一人で街にたどり着けるかも怪しい。それを全て見越したうえでのことだった。もうヴォルクには頭が上がらない。何度か忘れかけているが彼はれっきとした魔王なのに。
城に住むのを俺が却下するとあらかじめ分かっていたようで、ヴォルクはそれ以上何も言わない。その代わりに、少し考えた後「魔法陣の組み方を教えてやるよ」なんて言ってくれたのだった。
「魔法陣は式と命令文の組み合わせだ。起動には魔力が必要になるが、自分の魔力じゃなくてもいい。ただし、描くのに時間がかかる。あらかじめ描いて設置しておく目的ならものすごく便利だけどな」
魔法陣を自由に描けるようになるのはかなり魅力的だったので、俺はヴォルクの案を受け入れて早速授業が始まった。興味本位で魔法陣に関する本は買ってあるし、植物図鑑の時に大量にくれた紙のお陰でメモ用紙にも困らない。最高の環境だ。
「やろうと思えば命令文は省略してもいいが、その代り起動するときに詠唱が必要になる。詠唱するか、全部魔法陣に組み込むかは好みの領域だな。命令文に決まった形は無いから好きな言葉をのせればいい。魔法陣に組み込むのであれば字数は考えるべきだけどな。その辺りはお前の方が得意だろ」
「とくいだな!」
なんていったって、俺にはものすごい文才があるわけだからな。やってみないと分からないけど多分いける気がする。
「俺はこんな式を使うが、式も好みだ。どう組み立ててもいい。最終的にでる結果が望み通りならなんでもいいんだ。二重の円が基本の形で、これは円の中が魔法の領域であることを表す」
「なるほどなるほど」
式については馴染みが無いので慣れるまでが苦労しそうだけど、前世で経験した数学の式を考えたらそこまで難解ではない。数学よりもプログラミングのほうが近い印象だ。プログラミングにはほとんど触れたことが無いけども。
要は『何が』『どのように』『どうなるか』を簡潔に式で示して、命令文で具体的なイメージを持たせるという考え方みたいだ。ただし、式に属性を組み込んでもいいし、式に入れずに命令文に属性を入れるというやり方もありなので、式と命令文の二つで意味がわかればいいと考えていた方が良さそうだな。
理屈としては大体理解したので、あとは実際の魔法陣を参考にいくつか陣を作ってものにしていこう。
「なあなあ、ヴォルク」ここで、いくつもの魔法陣を眺めながら閃いてしまうのが俺である。もしかしたら才能の塊かもしれないぞ! とか、鼻高々になりながら俺は言う。「おとなになれる魔法陣をつくれば、おおきくなれるんじゃないか?」
現にヴォルクが人の姿になっているし、できないということは無いんじゃないだろうか。例えば性別を変えてみるとか、全くの別人になってみるとか、式と命令文に変身後の姿のイメージを細かく乗せられれば出来るんじゃないかなぁ、と。
「確かにできないことは無いが、それは見た目だけだな」
結構いい線いっていると思ったのだが、ヴォルクからの反応は芳しくなかった。
「俺の知る限りでの話にはなるが、変化の魔法だと本質は変わらないからな。性転換をすることで肉体に引っ張られて性格が変わるってことはあるだろうが、そこまでの話だ。見た目だけカナメが大きくなったとしても、本質が五歳である以上、死んで生き返ったら一歳の赤ん坊でしたっていうオチもあり得る」
「それはぜったいにダメだな!」
恐ろしい話だった。
ところでふと気づいたけど、死んで若返るときにゼロ歳を超えてしまうなんてことが起こったら俺は一体どうなるんだろうか。もしかして消滅か? それとも前世の姿になるとか? うーん、どっちも嫌だな。
となると、当分の間は早く成長できる手立てを探しつつ、少しでも生存率を上げていくためにも魔法陣の勉強を進めていくしかないな。仕方のないこととはいえ、旅行がしばらくの間できないと言うのは痛い。せっかくの俺の楽しみが……。
成長……成長か。
雑草茶のときは雑草の生命力、再生力に着目して回復性能を上げていったけど、成長速度に重きを置いて作ってみたらどうなるんだろう。やってみる価値があるかもしれない。ほんの少しずつでも研究しながら成長できれば一石二鳥だしな!
雑草茶の改良に、新しい雑草茶の研究に、魔法陣の研究。あとは年を取れる薬の調査。うん、やることがいっぱいだな! まだしばらくは夕飯を食いながら寝落ちする生活とさよならできそうにもないな。




