十七ページ目:疑問のままに
よかった、目が覚めた。
生き返るのは分かっていたものの、それでもやっぱり死んだままの可能性だってあるので、目が覚めたことに俺は安堵した。問題は身体が結構縮んでいるような気がすることだけど、あんまり考えないようにしよう。今は無事生き返ったことを喜びたい。
視界にあるのは見慣れた天井だ。布団からする匂いもいつものなので、俺の家の二階にある俺のベッドだということが分かる。試しに手足を動かしてみると、問題なく動いたので次は起き上がってみる。出来た。うん、視点がものすごく低い。
「あー、あー、あめんぼあかいなあいうえお」
声も出る。声が高いような気がするし、舌っ足らず感も否めないけど、会話でのコミュニケーションができるなら多分問題ないよな。
さて、特に身体は問題なさそうなので、先ほどからいい匂いの漂う一階へ向かいたいところだ。向かいたい、ところなのだが、ここにきていきなり俺は大きな壁にぶち当たることになる。
「ベッドからゆかまでが、ながいような……」
なんかものすごくベッドが高い気がする。これ降りるの結構勇気がいる気がする。おなかすいたから降りるんだけどな!
ちょっと深呼吸をしてから、後ろを向いてそーっと降りる。落ちてしまわないように布団につかまりながら、そーっとそーっと。よし、降りれた。
立ってみると改めて自分の身長がいかに縮んでいるかが浮き彫りになって凹んだ。これはもう明らかに十代の身体じゃない。十代どころか多分小学生ですらない。焼かれたのと刺されたのがダブルパンチで良くなかったのか……。
まあ、起きてしまったことは仕方ない。というか今回は自ら進んで死にに行ったので完全に自業自得だ。状況を説明しがてら、ヴォルクに成長できる秘薬的なものが無いか聞いてみようかな。若返りならぬ年老いの薬、みたいな。
階段を降りるのもなかなかのアドベンチャーだったが、なんとか一階に降りることのできた俺はまっすぐにリビングへ向かった。扉を開くとそこにはヴォルクがいて、物音に反応してこちらを向いた。ヴォルクは一瞬驚いたような表情を浮かべて、それから眉間にしわを寄せて、早足で俺の目の前まで来るとしゃがんで俺の肩をつかんだ。
「お前! 本当に! お前って奴は!」
「どうどうどうどう、ごめんって」
怒られた。まあ当然だ。怒りのあまり語彙力が無くなっているのはちょっと面白いけど、俺を心配してくれてのことなので説教だって甘んじて受けよう。
「大丈夫ってどこがだよ! 何一つとして大丈夫じゃねぇし、俺の炎にだって対策も何もしてなかったじゃねぇか!」
「いやー……それはほら、いきかえるからいいかなーって」
「そういう問題じゃないだろ! この世界のどこに自分から仲間に焼かれた挙句特攻して敵にぶっ刺されるバカがいるんだよ! お前のことだけど! しかも生き返るついでに若返ってるってどういうことだよ!」
うーん、返す言葉もない。生き返るついでに若返ったのは完全にあの自称神のせいなので俺も抗議したいところだけど、そもそも死にに行ったのは俺だしな……。こうも幼くなってしまうと、しばらくはあの手の技も使えそうにないし困ったもんだ。
ヴォルクの怒りとお説教が収まりそうにないので、俺はにこっと笑ってやり過ごすことを試みてみる。すると、これが意外にも効果があったようでヴォルクは急にトーンダウンしてため息をついた。そして俺に椅子に座るよう促してくる。
「とりあえず腹減ってんだろ。飯食ってから詳しい話を全部聞かせてもらうからな!」
「はーいっ」
元気よくお返事。幼女となってしまった今、元気の良さと愛嬌でどうにか乗り切っていくことにしよう。中身がおっさんという現実には目を背けておくことにする。
ちなみに、キッチンから漂ういい匂いはヴォルクが俺の為に用意してくれたスープやら程よく焼かれたハムの様な肉やらだった。パンもこんがり焼かれた状態で、理想の朝食って感じだ。不満があるとするなら、飲み物がコーヒー的ないつものやつなので甘いってところだろうか。たまにはブラックを飲みたい気分になるんだよな。あとアイスよりもホットを飲みたい、とか。
さて、腹を満たしたところで俺とヴォルクは向かい合って座り、お互いの話をすることにした。まずは俺からだ。
「といってもどこから話せばいい? んーと、ヴォルクは『ぜんせ』ってしんじる?」
自己紹介の時に異世界のくだりを全部隠してしまったから切り出し方に悩む。とはいえ、俺の場合そこの話をしないことには死んでも生き返るあたりの説明が出来ないんだよな。こうなってしまった以上、少しでも隠し事をしておくのは不便だろうし、包み隠さずこちらが話せばヴォルクも自分のことをキチンと話してくれる気もするし。
「生まれ変わりって意味ならよくある話だな。種族によってはそういうのもかなり多いが?」
「それはちょっとちがう、かも。おれね、いまのおれとはまったくちがう人間で、そのときはこことはまったくちがう世界にすんでたんだ」
話しながら思う。こんな話、信じてもらえるだろうか、と。しかも俺今、幼女の姿だし。子供の話す絵空事の世界として終わってしまうんじゃなかろうか。いや、とりあえずは話してみるけども。
「まえのおれは男で、おとなだったんだけど、しんじゃったんだ。それで、しんだあとなんか知らないけど『じしょうかみ』がでてきて、『おもしろそうだから、まったくべつのせかいで、まったくべつの第二のじんせいをおうかさせてやる』って言ったんだ」
「神……神か。それは女だったか?」
「ううん、おとこでも、おんなでもなかった。せいべつってがいねんがないんだって」
ヴォルクの考えてることはなんとなく分かる。九柱の魔王のうち、二柱が神族なのだ。もっといえば、更に一柱ドラゴンがいるが、それは別名竜神とも呼ばれている。この世界は元居た世界よりもずっと神が身近な存在だ。というか、種族として神が存在するって感じか。
だけど、俺が出会ったその自称神は恐らくこの世界の種族としての神なんかじゃなく、ほんとうに世界そのものを司るおとぎ話の類に近い神の方だ。この世界でレシオンと呼ばれる創造神のことなのかもしれない。
「なるほど……だから、『この身体は創造主様がお創りになったもの』か。いろいろと納得がいった」
「うん、うそはついてなかったよ」
詳細はものすごくすっ飛ばしているけども。
予想に反してヴォルクが理解してくれたので、俺が異世界転生を果たしたってくだりはここまでにして、その際にオプションとしてもらった能力の数々について話すことにする。自ら望んで得た能力。自称神がいらぬお節介で寄こした能力。転生した当初は十七歳ぐらいの肉体だったというのに、何度か戦闘に巻き込まれて十三歳程度の肉体になっていたこと。その全てを話し終えると、ヴォルクは短くため息をついて呆れたように言った。
「お前はバカなのか?」
「しっけいな!」
なんでだよ! なんで第一声がそれなんだよ! もっと言うべきことがあるだろうに!
「いや、絶対にバカだ。なんでも望んだ能力を手に入れられるなら、その三つじゃなくてよかっただろ。絶対にもっと何かあった筈だろ」
「だって……おえかきしたかったし、ぶんもかきたかったし、きれいなけしきをきおくにやきつけたかったし……」
俺も実際にこの世界に来てから能力について度々後悔してきたから言い返せないんだけどな。一個ぐらい強い魔力とかなんとかって望んでおけばよかったと思っているよ。思っているとも。
「まあ、納得はいった。お前のやけに良い記憶力も、やたらと心を打つ絵も、そういった理由ならよくわかる。とはいえ、いくら生き返るからといって自ら死にに行くのはどうかと思うけどな……」
「えへっ」
それについては笑って許してもらうほかない。あのときの俺にはそれ以外の方法が思いつかなかったんだから。
さて、俺の話はここいらで終わりだ。次はヴォルクの番だよな。ヴォルクが魔王ってことは分かったけど、それでもちゃんと本人の口から聞きたいもんだよな。
「知っての通り、俺の本名はヴォルケルド・レオマティア。この国の王だ。ヴォルクはただの愛称だな。親しい奴はみんなそう呼ぶからそっちを名乗った。初対面の子どもに魔王だって自己紹介するのは憚られたんだ。種族はイフリート……ってその辺りは知ってるか。他に何が聞きたい?」
「いまのと、あのほのおをまとったすがた、どっちがほんとなんだ?」
「炎の方だ。魔王としているときはあっちの姿になってることの方が多いが、……まあ、時と場合によるな。あれだとたまに家具を焦がすんだ。それでも、公にはあっちの姿で通ってるから、こっちの姿なら街でもどこでも自由にぶらつける」
「なるほどー」
だから余計にヴォルクが魔王って分からなかったんだな。街の人もまさか魔王がうろついてるなんて知らないから騒ぎにもならないし。そう考えると不思議なのは、ヴォルクがいつ王としての仕事をしているかだよな……。結構俺のところに来てた気がするんだけど。
「ああ、仕事なら簡単なことは分身と宰相にやらせてる。何かあればすぐに通信が飛んでくるし、滞りは無いぞ」
流石だった。まあ、仕事できそうな雰囲気あるもんな。なんというか、出来る男って奴?
しかしまあ、こうして話を聞いてみると確かに色々と納得がいくもんだな。初対面なのに勇者パーティとの相性が最悪だったのは、勇者と魔王という間柄だったからだ。そりゃあ相性悪いよな。いや、この姿は公になってないはずだから、ヴォルクが毛嫌いしたとしても向こうが嫌う理由は無いはずなのか? 唯一全部知ってそうなディミオはニコニコしてたし……なんでクラレオはあんなに嫌っていたんだろう。ううむ、謎だ。
王様なら家の一軒や二軒、ぽんと出せるのだって納得がいく。そりゃあお金だって持ってるわけだ。植物図鑑の報酬が破格すぎると思っていたけど、王様直々の依頼って考えたらそうでもなかったのかもしれないな。
っていや、待てよ?
「もしかして、このいえ、くにのしょゆうぶつなのか?」
「ああ、そうだな。それを報酬としてカナメに与えたと書面に残してあるから心配はいらないけど……まあ、代わりにカナメという絵師が国で認められたことにはなるな」
「なんてこった!」
なんて恐ろしいことしやがる! 国お抱えの絵師って……下手な動きが出来ない奴なんじゃないか? もしかして、面倒な依頼とか来ちゃうやつなんじゃないか? あーッ! 考えれば考えるほど失敗の予感!
「安心しろ。面倒な依頼なんてする予定はないさ。依頼するとしても俺だけだし、描いててつまらんものは依頼しないさ」
「そっか? ヴォルクがそういうならあんしんだな!」
でも、魔王の肖像画を描いてくれって依頼されたら喜んで引き受けるかもしれない。あの姿のヴォルクめちゃくちゃかっこよかったからな。腕が鳴ってしまうかもしれない。
「ところで」先ほどまでにこやかだったヴォルクが、急に真面目な表情になってそう切り出した。俺は一変した空気を感じ取って妙に緊張してしまう。ヴォルクが魔王って意識し始めたからだろうか。
「初めて会った時、お前が岩山から落ちてきた本当の理由は……」
ゲッ! 今そこに気付くか!
攫われて薬で眠らされた状態で落とされたワケあり、みたいな感じで適当に流しておいたのに気づいてしまったか。うーん、うっかり足を滑らせた的な言い訳なら今でも通じるか?
「山から下りるために、自分で飛び降りたって理解で良いか?」
ダメそうだ。全部バレてる。何がいけなかったんだろう……そんな発想には至らないと思ってたんだけどな。
ヴォルクの表情はもはや直視できないだって声だけでめちゃくちゃ怒ってるのが分かるんだもの。ここはどう切り抜けるべきか? なんとかそこまで長くならずに済んだお説教が再びやってきそうな予感しかしない。ここはもう一度笑顔でやり過ごしてみるか?
「えへっ」
笑ってみた。
残念ながらダメだったけど。




