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十五ページ目:約束のままに

 澄み渡った山の空気は夜になると更に凛とした。心地良い川のせせらぎ以外に聴こえるものはなく、オレンジ色の小さな光が静かに辺りを照らしていた。


「これが、ペティラ……」


 無数に広がるオレンジ色の小さな光の正体は、この国の国花でもあるペティラだ。前にヴォルクが言っていた通り、炎のように風で形が揺らめいていて一定の形を保つことはない。どれも二メートル程度の高さしかない木で、広がった枝の先には丸っこい葉がついているのが見える。光を放つ花はその葉と葉の間にまとめていくつか咲いているので、桜というよりは金木犀のほうがイメージに近いだろう。ただ、金木犀のような香りは無い。花が揺らめく程度には風が吹いているのに葉がこすれる音は一切しなくてとても静かだ。

 俺は今、ヴォルクの案内でヴェルメラ山の中腹にあるペティラの名所に来ていた。律儀な男は『植物図鑑が完成したら旅行に連れていく』という約束を本当に守り、手始めに俺をヴェルメラ山まで連れて来てくれたのである。なんでも、このために仕事のスケジュールを詰めて空きを作ってくれたのだとか。普段何の仕事をしているのかは知らないが、この話を聞いた時には危うく惚れかけたものである。

 ヴェルメラ山はシンティセルの西に位置する、シンティセルから一番近い山だ。標高は高くなく、子供の遠足レベルで簡単に登れる。木々が生い茂っているので遭難には注意しないといけなさそうだが。


「帰ろうと思えばすぐに帰ることもできるし、準備はしてきたから野宿もできるが……どうする?」

「野宿で!」


 ペティラが一番綺麗な時間帯を狙ってここまで来たのでこの山の明るいときを見ていない。それは勿体ない話だ。ペティラだけでなく、川の絵も描きたいと思っているところなのだから。というわけで即答で野宿を所望する俺である。


「じゃあ、ここに満足したら声を掛けてくれ。野宿するのにいい場所があるんだ」


 ほぼ呆れたような笑みを浮かべてヴォルクはそんなことを言ってくれる。俺の記憶する時間まで考慮してくれるなんて本当に最高だ。この世界でヴォルクに巡り合えて俺は本当に幸せだと思う。その内、この恩に報えるような何かをしたいものだ。

 とりあえず今できることとして、俺はこの景色を早く記憶できるようここ最近で一番の集中力を発揮した。だけど手は抜かない。せっかくここまで連れてきてもらったのだ。森の静けさ、空気の冷たさ、ペティラの温かさ、川のせせらぎ。その全てを一枚の絵に表現できるよう記憶する。お陰でかなり体力を消耗し、記憶し終えるころにはふらふらになってしまったが。まあ、脳が焼き切れるわけでもないし大丈夫だろう。

 ヴォルクに声を掛けて移動を始める。川沿いを上流に向かって少し歩くと目的地に着いたらしくヴォルクはそこで立ち止まった。近づくにつれ音が激しくなっていったのでなんとなく察していたが、たどり着いた場所にあったのは落差三十メートルほどの滝だった。この辺りにもペティラは咲いていて、松明のような光が滝を照らしている。これはこれで、なかなか……。


「あー、カナメ? 後でいくらでもこの滝を眺めていられるから先にいいか?」

「ご、ごめんごめん。でもここにテントを張るとかじゃないのか?」

「ああ、ここじゃなくてこの中なんだ」


 そう言ってヴォルクが指さしたのは滝の脇にひっそりとある洞窟の入り口だった。なるほど、テントを張らなくても雨風しのげるし、獣から身を隠すのにももってこいだな。見たところ真っ暗な洞窟に入っていくことに恐怖心が無いわけではないが、それよりも洞窟の中に入るという響きにワクワクしてしまう俺がいる。冒険はロマンだ。しかも、このひっそり感が秘密基地っぽくて更に良い。

 洞窟に入ってみると、予想に反して中はほんのり明るかった。至る所にある結晶のようなものが淡く光を放っているのだ。ペティラといい、この国には光を放つものが多いのかもしれない。

 洞窟の中を少し進むと外からは見えない、ぽっかりと空いた穴があった。そこは丁度滝の裏側に位置していて、滝の向こう側にはぼんやりとペティラの明かりも見えた。そのお陰で滝はオレンジ色にライトアップされているように見える。


「この滝は刻によって色が違って見えるんだ。こういうのも好きだろうと思ってな」

「大好き!」


 おっとうっかり本音が何も考えずに漏れてしまった。文脈的に大丈夫だったよな? ヴォルクに告白してる雰囲気にはなってないよな? いや、ヴォルクは好きだけど。好きなんだけどそういう好きではない。惚れかけてるけど、俺、男だし。だからお願いだからヴォルクも変な雰囲気にならないでほしい。


「…………おう。で、外からはこの滝の裏側が洞窟ってのが分からないから獣除けにもなる。気配を察知して確実に殺しに来るような輩には見つかるだろうけど、そういうのは逆に俺が分かるしな」


 ふむふむ。フラグの建設をありがとう。

 物騒な話だけど、無くもない話なんだよな。この世界は戦争の真っ只中だし、戦闘を禁止されているのは街だけだ。どんなに美しかろうと、ここはただの山。戦闘し放題のエリアなのだ。

 そう考えると、何もない内にやっておくべきは腹ごしらえかな。景色を堪能しておくのも大事だけど、その最中にうっかり戦いに巻き込まれて食いっぱぐれる可能性は大いにある。俺の身体は食べなくても生きていける特別仕様なんかじゃないので当然餓死だってするのだ。いくら生き返れるとはいえ、そんな阿保みたいな死に方はごめんである。

 幸いにして、この辺りの川には魚が生息しているし、猪などの獣もいるらしい。木の実やキノコなども豊富にあって、どれもなかなか美味だという。これは期待せざるを得ない。

 ヴォルクが魚か獣を獲ってきてくれるというので素直に甘えて、その間俺は食べれる木の実や野草などを探すことにした。植物図鑑を作った恩恵で俺には植物の知識が大量にあるから、そのぐらいなら余裕のはずだ。キノコの知識は無いので、美味しそうなやつを採ってこようかと思う。きっと山の中なら解毒作用のある草もあるだろうし、多少毒キノコを食べてしまっても平気なはずだ。

 荷物を洞窟内においてから外に出る。ペティラのお陰でぼんやり明るいから難なく探せそうだ。あんまり遠くに行きすぎると迷子になるだろうから、この滝が見える範囲だけで探すことにしようかな。


「お、あったあった」


 探し始めると食べられそうなものはすぐに見つかった。丸っこいフォルムの低木に鈴なりになったオレンジ色の実はベリーの一種だし、ペティラの根元にわさわさと生える草はシソに似たやつだったはずだ。川のふちに生えている青白いキノコは……どうだろう。ぱっと見は白いぶなしめじっぽくて美味しそうだ。

 収穫した食べれそうなものはカゴに入れてまた少し移動する。この辺りにあるのはオレンジ色の実とシソに似た草と青白いキノコだけみたいだ。でもまあ、きっとヴォルクが肉か魚を獲ってきてくれるだろうから十分だな。

 そういえば、ペティラの花は食べられないのだろうか。そのままで食べるのは無理だとしても、お茶とかにできたらいいのに。……いや、そもそもこの花触れるのだろうか。


「……物は試し、だよな」


 本には食べられるとか書いてなかったけど、毒があるともなかった。それはつまり、誰も食べてみようと思ってないってことなんじゃないだろうか。食べてみなければ毒性も何もわからないわけだし、ここは一つ俺が第一人者になってみるというのも悪くない。

 と、言うわけでレッツトライ。

 俺は近くにあるペティラの花を一つ、そっと人差し指と親指で摘んでみた。ゆらゆらと形の変わるそれはあまり掴んだという感覚がないものの持つことができた。ほんのりと温かくて、摘んだ後もその光が途絶えてしまうことはない。熱くはないけど、蝋燭の火を掴んでいるような感覚でとても不思議だ。

 摘んだそれを俺はあまり躊躇せずに口へと運んだ。きっとこの温度なら食べても火傷することはない。多分。

 口の中へ入れても相変わらずものがあるという感覚はないけれど、口の中は確かに温かかった。温かい何かを口の中で転がしてみるとほんのり甘い香りが広がった。そして、その香りが消えたのとほぼ同時に口の中に確かにあった温度も溶けるように消えていってしまった。


「美味しいけど、食べたって気はしないな」


 もしこれを味わうとしたら、お茶に混ぜて風味として楽しむのがいいだろうな。せっかくだし、お茶を入れたとき淡く光っていたらきっと見た目も美しいだろう。アイスで飲むことはできないけど、かといって熱いお湯で入れてもこの温度を損ないそうだ。うーむ、考えれば考えるほど試してみたくなる。雑草茶の新しい味として作ってみようかな。

 問題なのは持ち帰り方だ。試しに数個、花を摘んでカゴに入れてみたが、少しすると消えて無くなってしまった。次に細い枝を折って枝と葉と花を纏めて採ってみたが、これもカゴに入れたあと少しすると花だけ消えてしまった。これはなかなか難問だ。

 劣化が異様なまでに早いというのが特徴だろう。だからあまり研究も進まずに食用にされなかったのかもしれない。魔法で時間経過させずに保存ができれば持ち帰れそうな気がするけど、果たしてこの世界にそんな魔法はあるだろうか。ヴォルクが戻ってきたら聞いてみることにしよう。

 よし、と思ってペティラから離れると、突然空が真っ赤に染まった。


「ん、なァッ!?」


 とてつもない轟音が遅れて響き、熱風を含んだ衝撃波が無防備な俺の身体を吹っ飛ばした。

 全身が殴られたように痛い。紙のように吹っ飛んだ俺はペティラに激突して止まった。お陰でペティラに激突した箇所が特に痛い。一体何が起こったってんだ。

 ヨロヨロと起き上がってみると、黒い影が木々の隙間から飛び出て俺の目の前でべしゃりと潰れるように落ちた。それは人の形をした何かで、全身に紅蓮の炎を纏っていた。

 肌は黒く、鎧のようだ。顔は動物の頭蓋のようなもので覆われている。額の辺りには隙間があって、そこから真っ黒なツノが二本生えていた。

 そいつがなんなのかはよく分からない。ただ、何かのゲームに出てきそうなキャラだと漠然と思った。炎を纏ってるし、イフリートとか?


「……ッ、今すぐこの場から離れろ! この川に沿って山を降りるんだ!」


 フラフラと立ち上がったそいつは、俺の存在に気付くと川の下流側を指してそう叫んだ。この声は聞き間違えようもない。ヴォルクだ。


「ヴォルク……?」

「話は後だ! いいからさっさと逃げろ! ……ッく」


 ヴォルクは忌々しそうに空を見上げた。

 ヴォルクが吹っ飛んできた方向の空には人影が見えたが、ペティラの明かりとヴォルクの炎が逆光になってその人影がどういうものなのかはよく見えなかった。状況的に考えて、ヴォルクを吹っ飛ばしたのがアイツで間違いなさそうだが。肉として食おうとした獲物、って訳ではないよな……?

 何が怒っているのかいまいち分からないので妙に緊迫感が持てない。多分あれだ、ヴォルクの今の姿が衝撃的なのがいけない。なんだよそれ、超カッコいいじゃねえか。


「どうした? 貴様はそんなもんじゃ無いだろう?」


 上空の人影が声を発した。その声にはたっぷりと怨嗟が込められていて、その全てがヴォルクに向けられているようだった。おいおい、何したんだよヴォルク。めちゃくちゃ恨みを買ってるっぽいじゃねえか。やっぱりあれか? 食おうとした獣が実はヌシ的な奴で、めちゃくちゃ強かった、とか?


「知った様な口ぶりだが、俺はお前のことなんて知らん。誰だお前」


 違った。流石にヴォルクもそんな間抜けじゃなかったらしい。ということは、見ず知らずの他人に突然襲われたってことだと思うけど……だとしてこんなに恨み買うだろうか。戦闘素人の俺ですらあの人影からヴォルクに向けられる殺意がよく分かるのだ。並大抵のことじゃこうはならないと思うのだが。

「ック、はは、ハハハハ! そりゃそうだ! この時点じゃ貴様はまだ俺のことを知らない! 知るわけもない!」人影は高らかに笑う。ただ、なんだろう、自嘲するような笑い方だ。こいつは今、どんな表情を浮かべているのだろう。「だが知らないなどという理由で赦されるわけもない。貴様には苦痛という苦痛をその身に刻み込んで死んでもらわねばならん!」


 本当に、何をしたんだよヴォルクは。

 いや、『この時点じゃまだ知らない』ってことは今のヴォルクは何もしてないってことだよな。ということはつまり、今後ヴォルクが何かをするって意味であいつは未来からここに来てるのか? タイムスリップして過去の改変ってことだろうけど……何でもアリだな、異世界。

 ヴォルクは何も言い返すことなく、代わりに炎を放った。放たれた炎は龍のようにうねりながら人影を焼き尽くそうと襲う。だが、人影に到達する直前で炎は掻き消されてしまった。


「何だこの温い炎は。巫山戯ているのか? 貴様の力はこんなものじゃないだろう、なあ、ヴォルケルド・レオマティアァァァァッ!!」


 怨嗟と共に奴は吼える。ビリビリと空気を震わせるその咆哮は、何の力も持たない俺の足を動かなくするには十分だった。せっかくヴォルクに逃げろと言われたのに、こんなんじゃ動けるわけもない。なんなんだ、あいつは。

 だが全身を支配する恐怖の中、それでも俺の耳は聞き逃していなかった。

 ヴォルケルド・レオマティア。

 ヴォルクに向かってあいつは確かにそう言った。そして、俺はその名前を知っている。


「ヴォルクって、魔王だったのか……?」


 ガチガチと歯を鳴らして震えながら、俺は気付けばそう発していた。


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