十三ページ目:感情のままに
人の合う、合わないというのはどこの世界にもある話だ。
俺はそれを今物凄く、ものすごーく、噛み締めていた。というのも、今日俺の家にやってきた御一行とヴォルクの相性が笑えるほどに悪いのである。
茶色いショートヘアーに青と黄色のオッドアイが特徴的な魔導剣士のラルガに、紫色の長い髪を一つに束ね、ライムグリーンの瞳を持つ眼鏡の魔術師、クラレオ。黒いショートヘアーで襟足だけが長い、白い瞳のシーフ、リミテラーと、金髪を左側で三つ編みにした青緑色の瞳のアルケミスト、ディミオ。
同じカラーリングになっちゃいけない呪いにでもかかってるのかと思える程にカラフルな彼らは、魔王たちによる戦争を終わらす為に旅をしている勇者だと名乗った。勇者パーティにしてはバランスが良くない気もするが……どうなんだろう。ヒーラーが居ないのがまず気になるし、なんで生産職が混じってるのかとか、ヘイト管理どうするんだろうとか、ゲームを前提に考えてしまう俺には疑問がいくつも浮かぶ。まあ、ゲームと現実は全くの別物なので、彼らがこのメンツでパーティを組んでいる以上、これが丁度いいのかもしれないが。
なんて、そんなことはどうだっていい。
今一番の問題はこのパーティ、特に魔術師のクラレオとヴォルクの相性がかなり悪いことである。
どういうわけか、クラレオは出会った時からヴォルクに対し敵意剥き出しだった。そして、その敵意に反応しているのか、それとも元々彼のことが嫌いなのか、ヴォルクもいい表情を見せない。こんな怖い顔をするヴォルクは初めて見た。
「……まあまあ、落ち着こうぜクラレオ。とりあえず、ここがこの子の家だってことは分かったし、ずっと空き家だと思い込んでたのは俺たちのほうだ。ごめんな、突然押しかけて変なこと言って」
クラレオを宥めたのはこのパーティの恐らくリーダーであろう魔導剣士のラルガだ。クラレオが最初から刺々しかったのに対し、ラルガはずっと物腰柔らかだ。素直に俺の方へ頭を下げてくれる。
ことの発端は、ラルガたちの勘違い──或いは記憶違いだった。
ヴォルクのおかげで突然俺がここに住むことになったので仕方がなかったのかもしれないが、事前に調査していた一行はここが空き家であると思い込み、当面の拠点として使おうとしていたようだ。だがここには事前調査では居なかった俺が住んでおり、混乱しながら俺に問いかけて来たのである。
突然知らない人に訪問され、しどろもどろになった俺の態度も良くなかったのだろう。多分、彼らの目には何やら良からぬことを企む者と映った。それで家の中を見せろだの、本当にここは俺の家なのかなどという話に繋がり、入れる入れないで押し問答を繰り広げている間にやってきたヴォルクにクラレオが掴みかかったのである。
放置していればここで戦闘が勃発しかねない勢いだったので、俺は彼らをとりあえず家の中に招き入れ、平和的に会話で解決しようと努力して今に至る。
「とりあえず今日のところは宿にいって、これからのことはそこでゆっくり考えようぜ? な?」
「ラルガに、同意。クラレオ、そうしよう」
眉を下げてラルガが言い、それにリミテラーが同調する。全然関係ないけど、一度に四人と出会うのが余りにも久しぶりすぎて名前を覚えられそうにない。俺にはものすごい記憶力があるけど、正直人の名前と顔に記憶の容量を取りたくない気持ちがあるのでなかなか覚えられない。他人のことを記憶するなら絶景ポイントの記憶をしたいって思ってるからダメなんだよな。
「……ああ、そうですね。そうしましょう。それに──」
嗚呼、まただ。
ラルガとリミテラーの言葉にようやく落ち着きを取り戻してきたクラレオだが、俺の方を見ると隠しもせず嫌そうな目を向けてきた。嫌そうな目、というか化け物でも見るような嫌悪の入り混じった目、と言うべきか。ヴォルクに向ける目は憎悪って感じがして、俺に向ける目は嫌悪だ。なんで初対面の相手にこんな目を向けられなきゃいけないんだろうな。別に俺、醜悪な見た目をしてるわけじゃないと思うんだけど。むしろ美少女の部類に入るはずなんだけど。
「んふふ、クラレオがこんなになるなんて珍しいねぇ。本当に、珍しいことなんだよぉ?」
そんな俺たちのやりとりを終始愉快そうに眺めているのはディミオだ。アルケミストにも関わらず何故かパーティに入り一緒に旅をしている最も謎の深いディミオ。ディミオの視線もまた少し特異的だ。この目は……なんだろう。物凄くマッドなキャラが初めて見る現象に興奮しつつある表情、というのが凄くしっくりくるかもしれない。これもまた嫌なことに、ディミオはまるで研究対象でも観察しているかのような目で俺を見ている。
もしかして、アルケミストと言うぐらいなのだから鑑定みたいなスキルを持っているのだろうか。それで、そのスキルのお陰で人のステータスみたいなものが見れるとか。だとしたら俺はめちゃくちゃ変な人間なんだろうな。まず異世界転生してるし。本来ならこの世界で二十二歳を迎えているはずの俺だが、肉体は十三歳のものだ。その時点で十二分におかしい。俺でも思う。
「クラレオはねぇ、この世界のある程度のことならなんでも知ってるんだよぉ。だから、そこに当て嵌まらないキミのことが不思議でならないんだよ。ねー、クラレオ」
「それは、どう言う意味で……」
「ふふ、クラレオはボクたちなんかよりもずっと頭がいいからねぇ」
そう言ってディミオはニヤリと笑った。うーん、これは適当なことを言って受け流された気がする。ずっとニコニコしてるし、戦闘能力も低そうだけど実はこのパーティで一番の食わせ者って感じがする。
さて、俺もそろそろ隣のイケメンを落ち着かせないとだな。最初に突っかかってきたのが向こうだとはいえ、売り言葉に買い言葉でやりとりを激化させたのはヴォルクだもんな。
「ヴォルクも落ち着こうぜ? どうしたんだよ、いつもはそんなんじゃないのに」
「あ、ああ──悪い」
でもこうして声をかけただけで我にかえってくれるあたり、そこまで感情的になっていたわけでもなさそうだ。
お互いに冷静になると、俺たちは特に話すことも無いわけだし自然と御一行が帰り、ヴォルクも少ししてから帰っていった。一人残された俺は、気ままに絵を描いたり、雑草汁をお茶にしてみたりなどをしてこの日を終えた。
「……何の用で」
そして翌日。光刻三──午前十時頃──を過ぎた頃に招いた記憶のない訪問者がやってきた。
「んふふ、今日はボクたち自由行動なんだよぉ。まぁ、ラルガとクラレオは魔王様に公式に会うための手続きとかをしてるんだけどねぇ。で、ボクは暇だかぁ……来ちゃった」
「お帰りください」
勇者御一行の一人、アルケミストのディミオがニコニコと笑いながら扉の前に立ってそんなことを言いやがったので思わず扉を閉めた。が、すぐに開けられた。鍵とか閉めてないから当然っちゃ当然なんだけど、人様の家の玄関を勝手に開けるのはどうかと思う。
「まぁまぁ、そんな顔しないでよぅ。昨日とは違って、今日はちゃんとお土産もあるよぉ?」
「…………」
「んふふ、ありがとうねぇ」
ふむ。
手土産持参で来た客を無碍にするわけにもいかないな。それはこちらの礼儀がなってない。決して手土産に目が眩んだという訳ではないが、招いてやろうという気にはなった。
手土産の内容がまだ分からないが、あの小さな箱はおそらくケーキの類だ。甘いものだ。せっかく持ってきてもらったのだから、食べようじゃないか。
甘いものならお茶を出すべきだな。と思ってキッチンに向かったが、残念ながら俺の家には茶葉が無い。知り合いなんてヴォルクしかいないから茶を出してもてなすなんて概念がなかった。昨日も何も出してないし。
うーむ、困った。あるのは昨日作ってみた雑草茶ぐらいだ。昨日試しに飲んだが、香りがあんまり良くなかった。試しに香りが良さげな雑草と一緒に煎ってから入れてみたらどうだろうか。ディミオには悪いが実験台になってもらおう。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとうねぇ。これは……お茶?」
煎ったお陰か茶色くなった液体をカップに注いでディミオに出してみると、こてんと首を傾げられた。黙って頷いてみると、ディミオは「ふぅん」と言いながらそれを興味深そうに眺め、時折匂いを嗅いだ。
「毒性はなさそうだねぇ」
ポツリと言うと、ディミオは観察をやめてカップに口をつけた。そしてとうとう雑草茶を口に入れる。ここで思った。俺、なんで今試しに作ったものを昨日出会ったばかりの相手に毒味させてるんだろう、と。
クラレオはともかくとして、ディミオにそこまで嫌な感情を持っていないので段々と申し訳なくなってきた。この申し訳なさを払拭するにはただ一つ。俺も雑草茶を飲むしかあるまい。
「…….あれっ?」
「面白い味だねぇ」
割と意を決して飲んでみたけど、思いの外不味くはなかった。好みが分かれそうな少しクセのある味だけど、芳ばしくて花っぽい香りもいい。俺は嫌いじゃ無い。
「材料は……んんぅ? これってその辺に生えてる雑草じゃなぁい?」
二口目を飲みながらディミオは眉間にシワを寄せて不思議そうな表情を浮かべていた。何も聞かずにこれの原料が雑草だと言い当てたあたり、やっぱり鑑定系のスキルを持っていそうだ。
「あぁ、本当に面白いねぇ。これ、回復ポーションと同じような効果があるんだねぇ。回復ポーションよりも随分低いけどぉ……それは今後改良してくって感じかなぁ? あぁ……そうかぁ、まだまだ知らない活用法があるんだねぇ。これはキミが考えついて一から始めたことなのぉ?」
「う、うん、雑草でも薬草と似たような成分を持つやつがあるから、それを組み合わせたら回復ポーションが出来上がるんじゃないかって……まあ、最初はすっごいまずい雑草汁が出来たんだけど」
「うんうん、なるほどなるほどぉ」
雑草茶を飲んだだけで全てを言い当てたディミオはどこか嬉しそうに、それでいて悔しそうな笑みを浮かべながらうんうんと頷いていた。それから少し考えるような素振りを見せて口を開く。
「ねぇ、これの開発、ボクにも手伝わせてくれないかなぁ? 手伝わせてくれるならぁ、代わりにボクが知ってることを君に教えてあげるよぉ。この世界のこととかぁ、錬金術のこととかぁ」
予想斜め上の申し出に俺は理解が追いつかなかった。けど、何回か反芻するように考えてみると、俺にとってかなり有利な話であることがわかった。知識人からアドバイスを貰いつつ作っていけるところがかなり良い。これが完成したら、旅行中の俺の死亡率を下げれそうな気がしているので、俺としてもなんとかこれを完成させたいと思い始めているのだ。
俺はディミオの申し出を了承し、早速この日から雑草汁や雑草茶の改良を進めていくことになった。
それもあってか、二日もすれば俺とディミオの仲はそこそこ良くなったのだった。




