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十二ページ目:理想のままに

 どうやったら雑草を美味しく頂けるのか。旨味のあるものはいくつかあるが、その旨味で雑草汁のあの地獄のような味に打ち勝つことは出来るのか。せっせと図鑑作りをしながら、俺の頭の中ではそんな考えがずっと渦巻いていた。


「ミックスハーブみたいなのを作っても汁の中に入れるわけにもいかないしな……いや、スープだったらいけるか?」


 でも、回復できるのはいいとして、スープってどうなんだろう。飲み物に変わりはないが、もっと手軽に飲めるもののほうが使い勝手はいい気がする。冒険者がスープポットを持ち歩いていてもおかしいしな。回復ポーションが小瓶に入っているのは、どんなときでもスッと出せてサッと飲めるという使い勝手の良さがあるからだ。そこを無視するわけにはいかない。雑草が薬草よりも使い勝手悪かったら他に何の良さが残るというのか。


「熱心なのはいいことだが、そろそろ休憩したらどうだ? 今日は土産を買ってきたぞ」

「食べる!」


 ブツブツと雑草に思いを馳せながら手を動かし続けて図鑑にする絵を描く俺にヴォルクがそう声を掛けてきた。漂う甘いお菓子の香りに俺は飛び上がるように椅子から降りてヴォルクの元に駆け寄った。甘いもの! 食べる! おやつ!

 ヴォルクが買ってきてくれたのはアンフォレスというお菓子。分厚いクッキーにクリームを挟んだお菓子だ。この国で定番のお菓子らしくて、俺も何度か街で見かけたことがある。クッキー部分がバリエーション豊富で、クリームは大体一緒。多分このクリームを挟んだお菓子って定義なんだろうな。この家に住んでから何度も食べているが、毎回クッキー部分が違って味や食感が変わるので飽きることはない。お、今日のはクッキー部分に塩気がある。甘じょっぱくて最高だな。


「ずっと聞かないでいたが、今大体どのくらい描けたんだ?」


 ヴォルクも一緒にアンフォレスをつまみながらそう問いかけてきた。そういえばずっとヴォルクに進捗報告をしていなかったな。俺がずっと描いてるのは知ってるから全く進んでいないとは思っていないけど、どこまで進んでいるのか見当もつかなくて不安になってきたってところかな。俺としても、そろそろ一度目を通してもらって、不要なもの、修正したほうが良いものがあれば指摘してほしいし、見てもらうことにしよう。

 もう一つアンフォレスを口に放り込んでから、俺は今日までで描いた図鑑の案をヴォルクに手渡した。数は数えてないけど、ざっと二百枚くらいかな。既存植物との比較とか、活用方法とかも描いているから種類としてはもっと少ない。

 ヴォルクの想定だと描けている量はもっと少なかったらしく、ヴォルクは少し驚いたような表情を見せた。だけど特に何も言わずに紙の束をパラパラとめくりながら確認していく。その速度はかなり速い。普段から書類を見慣れていないとできない動きだ。


「なるほど。面白いな、文が特にいい」


 そうしてあっという間に二百枚を確認し終えるとヴォルクはそう言った。文がいいっていうけど本当に読んだのか甚だ疑問だ。仕事としてやっている以上、中途半端なものを作りたくないという気持ちは少なからずあるので、意地の悪い思いが口から飛び出る。


「ヴォルクはどれが好きだった?」

「そうだな……アサガオってやつが面白いと思ったな。光刻の明るくなってすぐにしか花が咲かないのもそうだが、花の色によって成分が違うってのが面白い。水色の花自体が珍しいし、ウケがいいだろうな。あとはアフィリトスだったか? 花弁が結晶の花はよくあるが、茎も葉もっていうのは無いし興味をそそられる。茎の部分は編んでブレスレットに、とか描いてあるのが特にいいな。有ると思い込んで探したくなる」


 驚いた。本当に読んだみたいだ。ちゃんと花の名前とどういう花だったかっていうのが出てくるのも流石だ。疑って悪かったと素直に反省する。


「直した方がいいものはあった? 文とか勝手に入れちゃったけど」

「いや、直さなくていい。文もこれだけ読み応えがあれば最高だ。誰かが実際に見つけた植物を記したって感じがあってリアリティもあるし」


 ここまで褒めてもらえると、描いた甲斐があった。転生の時にもらった能力をフルに活かせて大満足だ。

 それにしても、なんでヴォルクはこんな植物図鑑を欲しがるんだろう。『リアリティがあって探したくなる』って観点の評価もちょっと不思議だ。まるっきりの創作と思わせないようなものが欲しいってことはわかるけど、それを一体何に使うんだろう。

 なんてことを俺は心の中だけで考えていたつもりだったが、うっかり声に出していたらしい。ヴォルクはちょっと困ったような表情を浮かべた後に、俺の疑問に答えてくれた。


「俺の知り合いに、この世の全ての植物を記憶してる奴がいるんだ。そいつの鼻を明かしてやりたい……というか、自分の知る世界が全てって感じに凝り固まった思考をぶち壊してやろうと思ってな」

「なるほど、それで創作の植物図鑑か」

「ああ、いくらあいつでも、誰かの想像でできた植物は把握してないからな」


 かなり悪戯っぽい発想ではあるけど、きっとヴォルクなりの優しさなんだろうな。俺は性根が腐っているから、知らない植物があると知らせて何としてでも植物図鑑を手に入れたがる相手を見てほくそ笑みたくなるだろうけど、多分ヴォルクの思惑はそうじゃない。天狗になった相手の鼻を折ってやることで、探究心を失ってはいけないと警告してやるのだろう。ヴォルクとの付き合いはまだまだ浅いけど、ヴォルクはそういう優しさを持っていると思う。

 となると、だ。植物図鑑の使い道が分かったので俺には作らなきゃいけないページが増えた。そういった思惑であるならば、かなり本物に近い植物図鑑にしてやる必要がある。なら目次と索引と前書きはあったほうがいいに決まってる。前書きは俺の腕の見せ所だな。

 書き出しはどうしようか。二百ページ以上に渡る図鑑を作るような作者だ。ちょっと気取っていた方がいい。『世界には喪われていくものがある』って書き出しておくとちょっと格好いいかもしれないな。

 世界の環境の変化によって姿を消していく植物があるということを訴えつつ、消えつつある植物をせめて記憶から消さないよう記録に残す。とか、そんな内容にしよう。そう書いておけば、これが何年前に作られた物なのかは分からないが、かつて存在した植物の図鑑で、もしかしたら今もどこかにひっそりと生えているかもしれないと思わせることができるはずだ。

 真っ白なページに文章だけつらつらと書いてもつまらないから、余白部分には何かの花を描いておこう。ヴォルクが面白いって言ってくれたし、描くのはアサガオにしよう。アサガオみたいな形の花はこの世界に存在しなかったし、パッと見て興味をひかれるかもしれない。


「……はは、想像以上だよ、カナメ。図鑑の中身を見るまでもなくこの前書きだけで十二分に騙せるだろうな。アイツの為だけに使うのが惜しいくらいに最高の出来だよ」

「そう言ってもらえて何よりだよ。報酬に見合った仕事になったか?」

「ああ、追加の報酬を出したいくらいだ」


 前書き、目次、索引まで作り終えるとヴォルクは笑いながらそう言った。つられて俺も笑ってしまう。

 なんというか、悪戯の準備をしている気分になってしまって妙にワクワクする。顔も知らない誰かがこれを読んで騙されるところを想像するだけで楽しくなってしまう。どうやら俺はかなり性格が悪いみたいだ。

 よく考えてみれば、俺は前世も含めた人生の中で初めて自分が手掛けた本を作ったことになる。そう思うと感慨深い。そして欲が出てしまう。


「なぁ、ヴォルク。もしこの本の装丁が決まってないんだったら、ちょっとだけ俺のわがままを聞いてくれるか?」


 依頼されて作ったとは言え、これは俺の本だ。本を出すのであれば、可能な限り装丁にも拘りたい。

 優しいヴォルクは俺のそんなお願いを二つ返事で聞いてくれた。そして、「具体的にはどうしたいんだ?」と聞いてくる。

 聞かれて答えようとして、俺は少し困った。言語化が難しい。具体的なイメージはあるけど、それを上手く伝えられない。困った。


「……いや、無理に言葉にしなくていいじゃんか」


 暫く俺は悩んでいたが、唐突に解決策を閃いた。そういえば俺は自分の思い通りに絵が描けるんだった。言葉にできないなら絵にして伝えればいいじゃないか。そっちの方が認識のズレも少なくて済むだろうし。

 そうとなれば早速描こう。

 ベースの色は既に決めている。深緑だ。出来るだけ暗い色がいい。そこに金でラインを入れて、植物図鑑らしく葉をモチーフにしたエンブレムを入れる。エンブレムは背表紙の上部、一箇所だけだ。イメージはアンティーク洋書。もし出来るなら本をアンティーク調に加工して欲しい。


「なるほど、分かった。こういった装丁なら難しくないだろうな。出来上がったら一度カナメに見せるよ」

「うん! よろしく頼む!」


 イメージ図を受け取るとヴォルクはそう言って去っていった。完成が楽しみだ。

 俺の初めての本。

 俺の手元に残らないのが少し残念だけど、作ることが出来てよかった。俺はこの日初めて、心の底からこの世界に来れて良かったと、異世界転生を果たしたことに感謝した。


 それから数日して、俺の理想通りの植物図鑑が出来上がった。

 完成したそれを見て、俺が小躍りしたのは言うまでも無い。願わくば、この植物図鑑を楽しく読んでもらえるといいな。

一番大事な植物図鑑完成のシーンが無かったので追加しました。

やっちまったな!!

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