十一ページ目:知識のままに
植物図鑑を作り始めてから十日。俺の生活は思いもよらない形で変化を見せていた。
「んー、と。これは回復ポーションに使えるやつで、こっちは毒にできるやつか。これは調味料にしたら美味いってあったような……」
雑草の多い庭に一人しゃがみ込んで草をむしりながらブツブツ何かを言う少女、俺。傍から見ればおかしい奴なのは重々承知だが、分かっていても俺はこの好奇心を抑えることができなかった。
植物図鑑を作り始めてからというものの、この世界にあるありとあらゆる植物の知識を吸収していったがために、俺の目に映る世界は大きく変わった。ただ道端に生えている雑草。広大な森を構成する木々。誰かが植えたのであろう花。風景の一部としてほぼ認識すらしていなかったような植物たちが、どういったものであるかパッと見ただけで分かるようになってしまったのだ。更に言えば、一部の植物に関してはどれとどれが似た効果を持つとかが分かってしまったので、多分今までされてこなかったであろう発見をしまくっている。前世なら賞とか貰えるレベルの発見をしてるんじゃないか、俺。
「……薬学の知識さえあれば薬屋を開けるよな」
森の奥深くに生えた良質な薬草でないと作れないとされている回復ポーションがその辺に生えている雑草でも作れるとか、改良に改良を重ねて育てたハーブのような旨味を雑草でも出せるとか、多分続けていたらいろんな発見をしていろんな発想をするだろう。薬屋を開くというのは冗談にしたって、この知識を生かさないのはちょっと勿体ない気がする。もういっその事、いろんな景色を巡りながらその土地に生えている植物で新しい何かを作っていくというのも楽しいかもしれない。
ふむ。
思いついたらやらないわけにもいかない。それが俺の性分だ。
俺は抜いた草たちをカゴに入れて日陰に置くと、身支度を整えてから早速出かけることにした。目指すのは勿論、街にある巨大な本屋だ。料理本ぐらいの気軽さで薬学のレシピ本みたいなものがあったらベストだな。
「……で、大量に本を買ってきたのか。飯も食わずに」
思う存分本屋を堪能して、気になった本を片っ端から買ってホクホク顔で帰ってきた俺を出迎えたのは呆れ顔のヴォルクだった。ヴォルクの後ろからは美味しそうな匂いが漂っている。また俺の為にご飯を作ってくれたんだな。なんてデキるイケメンなんだ。
この家に住み始めてからというものの、どうも油断して植物図鑑作りに熱中しすぎてしまう俺は飯をかなり抜いてしまっていた。それどころか訪ねてきたヴォルクにも気づかずに一刻半放置することもあった。その度に心優しいヴォルクは俺を心配し、時に怒り、時に飯を食わせてくれた。そんな生活を六日程過ごしたところでヴォルクに俺が返事をしなくとも来たら勝手に家の中に入ってくれという話をしたところ、こうして毎日俺の為に料理をふるまってくれるようになったのだった。
「今日は何を作ってくれたんだ? この匂いは肉? 肉だな!」
「いきなりそれかよ! ったく、少しは反省しろよな。ちなみに、なんで薬学なんて買ってきたんだ?」
「ああ、それなんだけど」
肉の焼けた匂いに胸を躍らせつつ、俺は貴重な薬草とその辺の雑草が似たような効果を持っていることや、新しい調味料になりうる雑草がある可能性など思いついたことをヴォルクに話した。そして、実際にそれらが作れるのか試してみたくて、薬の作り方を知りたかったということも説明した。
話を聞き終わるとヴォルクは絶句していた。まあ、薬草と雑草が同じ効果ってビックリするよな。気づいたときは俺もかなりビックリした。
「お前の記憶力はどうなってんだ……」
え? まずそっち?
まあ、確かに俺の記憶力はチート級っていうか多分チートなんだけど、でも記憶力がやたらといい奴ってよくいるよな? それに、俺の記憶は読んだ本の内容をざっくり覚えている程度だ。この程度ならその辺にもゴロゴロいそうなわけだが……まあ、いいや。
「で、面白そうだし早速試しに作ってみようと思ったんだ」
まあ、今は実験よりも前に肉を食べるのが先だけどな! 肉! 肉だ!
ヴォルクの手料理に舌鼓を打った後、俺は早速買ってきた薬学の本に手を伸ばした。とりあえず今は全部読むのではなくて初歩中の初歩だけ。調合の仕方だとか、回復ポーションの作り方だとかが分かりさえすればいい。専門的なところは図鑑が完成した後にでもじっくりやろう。
そう考えながら読んでいると、目的の箇所はあっという間に終わった。調合の仕方については素材によって複雑な方法もあるみたいだったが、薬草の取り扱いについては超単純だ。ただ鍋に突っ込んで煮ればいいらしい。じっくり煮込んだら薬草は取り除いて汁だけをさらに煮詰め、とろみが出てきたら冷やして完成。切らないし乾燥もさせないしすり潰しもしない。火の扱いさえ気を付ければ子どもにも出来そうなお手軽さだ。
「もう本はいいのか?」
「うん。今読みたいところは終わったんだ。で、今から実際に作ってみようかと思って」
本を閉じて裏庭に向かう俺にヴォルクが声を掛けてきたので、簡単に返して俺はそのまま裏庭に出る。本を買う前に採った草は一種類だけだったので、もう何種類か採っておこうと思ったのだ。
というのも、その辺の雑草が薬草と似たような成分を持っているとはいえ、その成分量や効力は薬草と比較するとかなり少ない。薬草で作ったポーションと同じぐらいの効果を目指すなら、かなりの量の草が必要になるだろう。ただ、これは一種類で作った場合の想定だ。何種類かを組み合わせて作れば、草の量も少なく済むんじゃないか、というのが俺の考えである。これが成功すれば、苦労して薬草を採りに行かなくていいうえに、草むしりがはかどるので一石二鳥だ。
種類別に採ってカゴいっぱいに草を引っこ抜いてくると、一つ一つを丁寧に洗って泥を落とす。根っこごと引っこ抜いてきたので、洗い終わったら全ての根を切り落とした。切り落とした根はもしかしたら何かに使うかもしれないので、一先ず捨てずに脇に置いておく。
「なあ、ヴォルク」そこまでの作業が終わったところで、俺はずっと俺の行動を見守っていたヴォルクに声を掛けた。ヴォルクが薬学に明るいのかは分からないが、アドバイスを求めたかったのだ。回復ポーションの作り方をなぞるのであれば後はこのまま草を煮るだけだが、そうではなくてひと手間加えるべきかどうか。「この後、どうしたらいいと思う?」
「難しい質問だな。雑草でポーションを作るなんて聞いたことが無いからどうすればいいのかなんて分からん。まあ、いくつか試していくしかないんじゃないか?」
「それもそうだな。そうするよ」
ヴォルクの言うとおりだ。今まで誰もこんなことをしたことが無いのだから、ひと手間加えるべきかどうかなんて分かるはずもない。別に、絶対にポーションを作らなきゃいけないってわけではないんだし、ここは遊び半分で色々試してみよう。
ファンタジーの世界で連想するのは、様々な草を乾燥させるために吊るしている光景だ。麻縄で縛って天井から吊るしているイラストが一番想像しやすい。さっき読んだ薬学の本にも素材によっては乾燥させるとか書いてあったような気がするし、それに倣って一部の雑草は乾燥させておくことにしよう。それ以外は今日全部煮てみるとして、半分はそのまま煮て、残り半分は刻んですり潰してから煮てみようかな。なんだかすり潰した方が成分が溶けるような気がするし。
小さな鍋を二つ用意して、片方の鍋では早速雑草たちをそのまま煮ていく。水の量は大体被るぐらい。どのくらい煮るのが正解なのか分からないけど、草がクタクタになってお湯に色がついてきたら草をとることにしようと思う。
その間に残りの雑草を刻んでいく。みじん切りがベストだろうか。でもあんまり刻みすぎて刻んでいる最中に成分が抜けてしまうのも良くない気がするので、程よく細かく刻もう。すり鉢は持っていないので、刻み終わったものは鍋に入れてめん棒で押しつぶしていく。太めの茎はつぶれていくけど、細い茎や葉はうまくいかない。鍋をダメにしない程度に叩いて良しとしよう。気が済んだら水を少なめに入れて火にかけていく。こっちも程よく色がお湯についたところで濾して汁だけをさらに煮詰める予定だ。
「と、いうわけで出来たわけだけど……ヴォルク」
「だろうと思ったよ。カナメがポーションの効果を判断できるなんて思ってないからな」
視線を向けるだけで察してくれるヴォルク。素敵だ。
完成した汁を試しに飲んでみてその効果を調べたいところだったのだが、ヴォルクの言う通りポーションの効果が出ているかどうかなんて俺には判断がつかないのである。何をもって効いてるとか分かるわけもない。鑑定スキルみたいなものがあったらよかったんだろうけどな。生憎、俺にはそんな便利スキルはない。望んでないから。
というわけで、ここはお言葉に甘えてヴォルクに確かめてもらおう。汁は十分冷えているので、まずはそのまま煮ただけのものをグラスに注いでヴォルクに手渡す。同じようにもう一つのグラスにも注いで、それは俺が持った。分からないとしても、流石にヴォルク一人に飲ませるわけにはいかないよな。というのは建前で、純粋に興味本位である。
汁の色は茶色い。泥水みたいな色をしている。俺の予想では薄緑色になるはずだったが、残念ながらそうはならなかった。何がいけなかったんだろう。そのまま煮たのがいけなかったのかな。まあ、色はどうだっていいや。効果が大事だ。
息を合わせたわけではないけど、俺とヴォルクはほぼ同時にグラスを傾けた。こういうのは思い切りが大事なので、俺とヴォルクはその中身を一気に飲み干す。
そしてグラスを元気よく置いて一言!
「まずい!」
超まずい! めちゃくちゃまずい! 人間が口にしちゃいけないような味がする!
雑草を煮ただけなので当然だが、まさしく雑草汁を体現しているような味がする。草の青臭さと洗ったはずなのに何故か拭えない泥の味。それをしっかり煮詰めてしまったものだから、かなり濃厚な味わいになっている。多分、ただ煮ただけなら水で味が薄まっていてここまでの酷さにはならなかっただろう。うーん、ひどい味だ。
脳内は割と冷静だけど、身体はそうでもなくて、俺は「まずい!」と叫びながら口直しできるものを探して走り回っていた。しつこく味が口の中に残って消えないのも最悪だ! 水を飲んだところで消えようともしてくれない。
なんとか落ち着いてきたところでヴォルクのことを思い出した。そういえば俺ばっかり叫んでいてヴォルクはずっと静かだった。どうなんだろう。もしかしてヴォルクにとってはそんなに味の酷いものではないのだろうか。異世界の味覚ってそんなに違うのだろうか。いや、ヴォルクの料理は美味しいし、ヴォルクが勧めるものも全部美味しいからそんなことはないと思うんだけど。
「……ヴォルク?」
「…………」
「ヴォルク、大丈夫?」
「…………」
無言で首を振るヴォルク。大丈夫じゃないらしい。よかった、味覚は俺と同じらしく、口内に残る雑草汁と格闘している最中のようだ。イケメンフェイスの面影もなくクシャっと中央に寄っているこの表情は、他の人には見せないほうが良いかもしれない。
「効果は期待値の十分の一ってところだな。唾を付けとけば治る程度の傷だったら治せるとは思うぞ」
なんとか回復した後でヴォルクは雑草汁にそう評価した。あの酷い味の中でもしっかり効果を確かめてくれていたらしい。本当に律儀な男だ。
想像をはるかに下回る効果しかなかったけれど、それでも回復の効果が出るってことが分かっただけでも収穫かな。得た知識がデマではなかったって実証するのは大切なことだ。うん。
さて、ここで悲しいお知らせがある。
俺が作った雑草汁はもう一つあるのだ。出来ることならその効果も確かめたい。
じっとヴォルクのほうを見ると、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされたが、何も言わずにグラスを差し出してきたので飲んでくれるってことだろう。俺はヴォルクの優しさに感謝して、もう片方の雑草汁をグラスに注いだ。
刻んである程度潰してから煮たほうの雑草汁。こちらは先ほどとは違い緑色をしていた。潰した分色素が多く出てきたってことなのだろうか。代わりと言っては何だが、こちらは飲む前から雑草臭が強い。雑草だよ! という主張が激しい。余りにも激しくて、飲むのをかなり躊躇する。
えーい、ままよ。
「…………」
「…………」
「……ウッ!」
ことばにできない。
なんだろう、これは。おれたちは、いったい、なにをしているのか。
先ほどとは違い、泥臭さは無い。だが代わりに雑草の主張が激しい。これを飲むぐらいだったら青汁を飲む方がいい。青汁は人が飲むために設計されているのだと痛感できる。一つ目の雑草汁とどっちがダメなのかと聞かれると難しいところではあるが、はっきり雑草を感じられる分こちらの方が凶悪な気がする。丁寧に濾して汁だけの状態なのにこんなにも飲み込めないというのも特徴の一つだ。本能レベルで拒絶してしまう。
ヴォルクも静かに悶絶していた。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。でも多分、ヴォルクのことだからまた真面目に効果は確かめてくれているんだろうな。
「最初のものよりは効果が強いが、それでも微々たるものだな。回復しないわけではない」
「なるほど、なるほど」
復活したヴォルクから出たのはそんな評価だった。なるほど、やっぱりそのまま煮るよりも潰している方がより成分が溶けだすという俺の考え方は正しかったようだ。更に話を聞いてみると、こちらは一定時間効果が持続し、回復し続けるらしい。これは薬草で作った回復ポーションには無い効果らしいので大きな発見だ。魔法を使わずに一定時間回復し続けられるというのはなかなか需要がありそうだ。
「まあ、だとしても味の改善を真っ先にしないととてもじゃないが飲めないけどな」
「だよなぁ……」
当分の間は、雑草でも旨味のある調味料を作れるかどうかの検証に重きを置きつつ、この雑草汁の改善をしていった方がよさそうだ。
煮ただけで飲める味になる薬草は偉大な存在だということを思い知った俺である。




