15「男に二言はない」
視線の先に巨大な外壁が見えた。街を守るように建てられたそれは、魔物の侵入を防ぐものなのだろう。それに重なるように結界が張られている。
少々、疑問なんだが、魔物避けの結界があんな弱々しくて大丈夫なのか。俺なら一撃で破壊できそうだ。やるつもりはないが。
街の入り口へと着いた。目の前には巨大な門があり、鎧を着た警備兵(?)のような男が一人立っている。
「ようこそ、ラウルスへ。身分証を見せてくれるか」
近くで見ると中年のおっさんだった。ただ、厳つい顔のくせに、そこに笑みをのせているからかあまり恐そうに見えない。
しかし身分証とは何ぞや。俺が内心、首を傾げているとオールが動いた。
「これを。ーーそれとこの二人は辺境の村から出てきたばかりで、身分証を持っていないんだ。悪いが発行してくれ。こっちの魔物はこの子の従魔だ。証だけはつけた。あとでギルドに登録する予定だ」
オールは自分のギルドカードを見せ、おっさんに説明していく。ルビーのことも説明するとおっさんは疑うこともなく頷いた。
「なるほど、わかった。身分証を発行するには、銀貨一枚かかる。二人分で銀貨二枚だが、大丈夫か?」
「ああ」
「なら、こっちに来てくれ」
おっさんが示したのは、門のすぐ近くに建てられた小屋だった。しかしそこに行くには、必然的に門をくぐり街の中に入ることになる。
そう、結界を通るのだ。
おっさんのあとを追い、俺は街へと足を踏み入れた。結界は反応しない。当然だ。偽装·極は、ゴスロリ幼女もとい管理者のアイリスからもらったものだ。反応するわけがない。もし反応したら、一発殴りに行かなければいけなかった。
俺が結界に反応しないことに、オールも安堵したようで静かに息を吐いている。
小屋の中には、テーブルと椅子という最低限の家具しかなかった。ただし、テーブルの上には、石の台座に乗った水晶が置かれている。
「ここに手をかざしてくれ。犯罪歴がないか調べるからな」
犯罪歴、ね。こんな水晶一つでわかるものなんだな。俗にいう魔道具とかいうものか。
俺は水晶に手をかざした。すると水晶が淡く光る。
「犯罪歴なし。ほら、これが身分証だ、なくすなよ。それと冒険者ギルドや商業ギルドに登録し、カードを作った場合は返却すること」
おっさんから身分証を渡され、俺はまじまじとそれを見た。書かれているのは名前と職業、あとは犯罪歴の有無。どうやらあの水晶は、簡易的な鑑定装置のようだ。
しかし犯罪歴はなしか。確かにこの身体は何も犯してはいない。この擬骸は、な。だいたい魔物の俺に犯罪歴を問うほうが間違っている。
俺のあとにティルが水晶に手をかざし、身分証を受け取った。オールが銀貨を払い、俺たちは小屋の外に出た。
目の前に広がるのは、遠い昔に見た西洋の街並み。その中を歩く人々の姿は多種多様で、明らかに人ではない姿をした者もいた。頭に獣の耳をはやした者もいて、あれが獣人というものなのだろう。地球では二次元でしか見ない種族だ。いや、闇の世界では似たような者がいたか。人狼とかな。
ここが街の入口だからか、露店が多く、客を呼び込む店主の賑やかな声が聴こえてくる。それにつられて冒険者らしい輩や仕事途中の男たちが、露店に群がっているのが見えた。
異世界エスタシオンに来て、俺が初めて訪れた街【ラウルス】は、ずいぶんと賑わっているようだった。
「よし、まずは冒険者ギルドに行くぞ」
街に入ってからのオールの第一声。順番的には間違っていない。従魔登録のこともあるし、情報を集めるなら他国を旅することもある冒険者が集まる場所に行けばいい。納得だ。
だが俺には、冒険者ギルドよりも先に行きたい所があった。そう服屋だ。まず始めにティルに可愛い服を買ってやりたかったのだ。いまティルが着ているのはボロボロの服。ティルは元の素材がいいから、服の良し悪しでその可愛さが変わるわけではないが、保護者としては可愛い服を着せてやりたいと思うじゃないか。ちなみに、お前いつ保護者になったんだ、とかのツッコミは受け付けないからな。
「オール、俺は服屋に行きたいんだが」
堂々と進言したら胡乱な目で見られた。
「理由は?」
「ティルの服を買いたい」
はっきりと言ってやった。隠す理由もないからな。
オールはしばし考えていたようだが、ティルの服の状態を見て一つ頷く。
「わかった、先に服屋へ行くとするか」
「えっ、いいんですか!? 私の服なんてどうでもいいですから、先に冒険者ギルドへ行ったほうが……」
オールの同意を得られたそばから、ティルのこちらを気遣う言葉が飛び込んできた。
「ティル、どうでもよくはないぞ。それに言ったはずだ。街に行ったら新しい服を買うと。俺は言ったことは実行するからな」
「でも……」
「その服はボロボロだ、クロムの言う通りにしておけ」
『そうだぜ、ご主人。クロ公が買ってやるって言ってんだからもらっておけって。むしろべらぼうに高い物買ってもらおうぜ』
オールとルビーが説得するように言葉を重ねる。一人と一匹に言われてティルは俺を見上げてきた。
「えっと、本当に本当にいいんですか?」
「男に二言はない。ーーじゃあ、オール案内頼むぞ」
俺が言うとオールは頷き、歩き出した。その後ろをついていくようティルの背を軽く叩いてやると、ルビーを抱き上げ追っていく。
俺も行こうとしたが、ふと金の用意もしておくべきかと思い、立ち止まった。アイテムボックスを使おうとしたところで、そういえばこのスキルは本体につけられたスキルだということを思い出す。
いまの俺の身体は擬骸であり、そこにつけられたスキルしか使えないのではないだろうか。たしか火、雷、回復魔法、隠蔽、それに双剣術、それ以外はついていない。偽装·極を解き、本体へ戻ればいいのだが、そうすると結界が反応してしまうしどうしたものか。
アイテムボックスや鑑定は意外と便利だし、異世界言語にいたっては意志疎通するのに必要不可欠………。いや、待てよ、俺はいままでティルたちと会話してたよな? 擬骸になってからも普通に話をしていた。本体にしか異世界言語のスキルがないなら、言葉は通じなくなっているはず。
俺はじっと自分の掌を見た。
「スキル【鑑定】」
呟くと俺の目の前に画面が広がる。そこには俺の擬骸のステータスが表示されていた。アイリスが入力したステータスがそのまま……、いや、違う、スキル欄にいくつか増えている。鑑定、アイテムボックス、異世界言語、魔法創造、偽装·極、各種耐性、秘薬生成、本体につけられたスキルだった。
「どういうことだ?」
ーー解、本体と擬骸が持つスキルの共有化をはかりました。今後は、どちらの時でも所有するすべてのスキルが使用可能になります。
頭の中に響く無機質な声。声はそれだけいうと聞こえなくなった。
「は? なんだ、いまの」
説明、だったのだろうか。スキルの共有化と言っていたが、まぁ、スキルが使えるならなんでもいいか。
深くは考えず、俺は使えるようになったアイテムボックスから銀貨を取り出し、二人のあとを追った。