13「俺の格好、変か?」
「えっと、あの、これは……」
全員の前で腹が鳴ったことが、よほど恥ずかしかったのだろう。ティルは顔を真っ赤にし、ルビーを力いっぱい抱きしめていた。
ティルの腕の中で『ご主人、苦し…』とルビーが呻いていたが、まぁ、ほっといても問題ないだろ。
「起きた時から空腹を訴えていたからな。話が長くなってすまなかった、朝食にしよう」
俺はアイテムボックスから昨夜のスープを鍋ごと取り出した。どうやらボックス内は時間が止まっているらしく、スープは温かいままでありすぐに食べられそうだ。空腹の子を待たせるなど可哀想だからな。
スープを器に取り分けティルに渡すと、抱きしめ地獄から解放されたルビーがこちらをじっと見ていた。
『クロ公、オレっちもそのスープってやつを食ってみたいぜ』
クロ公ってなんだ。俺はお前の創造主だぞ。ご主人様ではないが創造主。それにさっきから気になっていたが、こいつの口調、ヤンキーっぽいな。そんな風に創った覚えはないんだが、不思議だ。
『おい、クロ公聞いてんのか? オレっちにもスープよこせって言ってんだぞ!』
俺がいつまでも動かないものだから、ルビーが待ちきれなくなりキレた。地団駄を踏むその姿はまったく恐くないが、やはりヤンキーっぽい。ヤンキーウサギ、ファンシーだな。
「あの、クロムさん、ルビーは人の食べ物を食べちゃだめなんですか」
「いや、別にそんなことはない」
ルビーのキレっぷりにティルが俺を見上げ、聞いてきた。ルビーは使い魔であり、原動力は主の魔力だ。人の食べ物を摂取してもエネルギーにはならないが、それでも食べたいのなら本人の好きにさせればいい。
俺はもう一つの器にスープを入れ、ルビーの前に置いた。ルビーは暴れるのを止め、ふんふんと匂いを嗅いだ後、器を前足で持って一気にスープを飲み干す。
『ぷはぁっ、うめぇ!! クロ公っ、もう一杯頼むぜ!』
居酒屋の酔っ払い親父のような言動だった。ヤンキーで酔っ払い親父って、何度も言うがなぜこんな風になった?
俺はルビーの器に、おかわりのスープを入れてやった。今度は幾分かゆっくりと食べている。
「良かったね、ルビー」
ルビーの食べている様子を嬉しそうに眺めながら、ティルも自分の分のスープを食べ始める。一人と一匹が食べている姿は癒されるな。ウサギもどきが口を開かなければ。
「ティルたくさん食べろよ。ーーオール、俺たちも食べてしまうか」
ティルはいいとしてこのままではルビーに粗方食い尽くされてしまう。それはそれで腹が立つので、俺とオールも食事に加わることにした。
賑やかな食事が終わり、俺たちは馬に乗って再び走り出した。長かった森が途切れ、街道が見えてきたところで、俺は一度馬を止める。オールも俺の動きに合わせて止まった。
「どうしたクロム?」
「いや、ここから街までそう遠くないのなら、馬はやめて歩いたほうがいいと思ってな。目立つだろ、この馬」
「あー、確かに」
「失念していた」と呟くオールに、俺は自分が創った使い魔たちを見た。美しい毛並みに引き締まった筋肉、どこからどう見ても一級品の軍馬にしか見えない。良いものを創ったと自画自賛するが、こんな馬に乗って街道を走ったら注目の的だ。
できれば目立たずに行動したい。だからといって新たに創るのも面倒だ。だったら歩いたほうがいいに決まっている。
「ティルすまないが、ここからは歩きになる」
「ぜんぜん大丈夫です」
ティルが馬から降りようとしたので手を貸してやる。オールも馬を降りたので、使い魔たちを影へと戻した。
さて、街道を歩くからには、俺も準備をしなければ。さすがに吸血鬼の姿で、人間が多く通る街道を歩くのはリスクが高すぎる。それにアイリスとも約束したしな。
俺は人化の術を発動させた。吸血鬼の姿から人間の姿に変わる。外見はいつも通りの黒髪、茶目で服装だけこの世界のものへと変えた。
ついでに偽装スキルも使っておくか。忘れたらまずいしな。
「スキル【偽装·極】」
一瞬だけ視界がぶれた。意識だけそのままに身体だけが、違う何かに変わる。これがアイリスの言っていた擬骸というものか。少々、違和感があるが、それもすぐに消えるだろう。擬骸自体は俺の思う通りに動くのだから。
しかも本体から擬骸にチェンジしたおかげで、魔力の質も変わっていた。これなら俺が吸血鬼だと察知されることもない。
「悪い、準備ができた。行こうか」
俺が振り向くと二人と一匹は固まっていた。三つの視線が俺に集中しており、居心地が悪い。
「なんだお前ら、俺の格好、変か?」
ここで変だと言われても俺にはどうしようもないがな。だいたい服の参考例が、盗賊しかいないというのが悪い。盗賊にセンスの有無を問うというのが、そもそも間違いなのだから。