1「マダム、トマトジュース、一箱いただこうか」
新しいシリーズ始めました。楽しんでいただけたらうれしいです。
この世界に生まれて幾億年、気が遠くなるほどの年月を過ごしてきた。吸血鬼の始祖として生まれ、闇の世界の頂点に立ち、長い間君臨してきたが、それも急に虚しくなりすべての地位を捨て俺は小さな島国へと流れ着いていた。
適当な森に住み着き、静かに過ごしていたのだが、数人の人間達がいきなり入ってきて一人の人間を囲み始めた。囲まれた人間は不細工な顔で泣きわめいており、囲んだほうは下卑た笑みを浮かべ目をぎらつかせている。
最初は無視していた俺だったが、泣きわめく人間の声があまりにもうるさく、小腹も空いていた為、面倒とは思いいつつ人間達の輪の中へ突入した。
すぐさま腕を一閃。上半身と下半身が別れる男達に噴き出る血の噴水。俺は嗤いながらその血を浴びた。
身体中を真っ赤に染め、俺は後ろを振り返った。そこには泣きわめいていた男が、限界まで目を見開き固まっている。
さて、この男をどうしようかと俺は考える。小腹は満たした。必要のない殺生はしない主義なので、殺すという選択肢もない。だが、姿を見られた以上、このまま逃がすということもできない。
「仕方ない、記憶を消すか」
魔眼を発動させ男の目を見れば、なぜかさっきまでの怯えた目ではなく、キラキラとした、そうまるで神を崇めるような目でこっちを見ていた。
「オラを助けてくれた、あんた神様だべ! そうだべ! おっ母の作ったお守りに必死に祈ったからオラの祈りが通じたんだべ!!」
「はぁ?」
喜びをあらわにし拝み始める人間の姿に、俺は毒気を抜かれ魔眼の発動を止めていた。
血塗れの俺を神と崇める人間。この出会いは奇妙な縁を結び、何代も続いていくことになる。
そして現在ーー。
「マダム、トマトジュース、一箱いただこうか」
俺、クロム·エンシェント·ドラクルは、高校の購買でトマトジュースを箱買いしていた。
「ああ、今日は良い天気だ」
暖かな陽射しが降り注ぐ屋上。俺はフェンスに背を預け、買ったばかりのトマトジュースを飲んでいた。新発売だと購買のマダムに薦められ、とりあえず一箱買ったものだ。
これがなかなかの美味で、血を飲むようにぐびぐびと飲み、気づけば俺の周りは缶だらけになっていた。
「む、飲みすぎたか」
ここが住み処なら気にもしなかったが、いまいるのは高校の屋上。さすがにこれだけの量を飲むと奇異な目で見られそうだなと思う。は? 購買でトマトジュース箱買いした時点で見られている? やかましいわっ。
とりあえず証拠隠滅をしようと簡単な魔術を発動させる。俺の周りに魔法陣が浮かび、缶を次々と消していくなか、屋上の扉が開いた。
「ん?」
「何やってんだよ、クロ」
呆れたようにこちらを見ていたのは、俺がずっと見守り続けてきた一族の一人、狩谷明だった。色素の薄い茶色の髪と僅かに垂れた目が特徴である明の手には購買の袋が握られている。どうやら昼食を買ってここへ来たようだ。
「やっと来たか、明。何、ちょっとしたゴミ処理だ。これなら手間もかからず一瞬だ」
「一瞬ってお前、誰かに見られたらどうするんだよ」
「別に、記憶を消すだけだ」
俺は魔眼を発動させ、少々威圧的に言った。これだけで人間など恐怖で顔を真っ青にするものだが、明は平然としている。
そればかりか魔眼発動中の真紅の眼を真っ直ぐに見つめ、ため息を吐く始末。
「クロ、無駄に目を紅くさせるな。ーー力、使うだろ」
最後の言葉はとても小さかったが、吸血鬼である俺の耳にはしっかりと聞こえていた。明もそれはわかっているのだろう。若干、耳が赤くなっている
ああ、俺が見守っているあのへたれた男の子孫はこんなにも優しい。
俺は魔眼の発動を止め、もう一本、缶のプルタブを開けた。いまはとても気分が良く何本でもいけそうだ。
そうして気づけば買ったトマトジュースをすべて飲み干してしまっていた。再度、缶を散乱させつつ俺は立ち上がる。
「よし、もう一度箱買いだ!」
「何言ってんのお前!?」
焼きそばパンをかじりながら喚く明。いや、お前、口に物が入っている状態で喚くな。屑が飛ぶ。
それを素直に言ったらさらに喚かれた。解せぬ。そこで昼休み終了の鐘が鳴った。
追加で箱買いできなかったのが非常に残念である。
吸血鬼である俺がわざわざ人に化け高校に通う理由、それはただ単に明に誘われたから、それだけだ。
それまでは吸血鬼の姿で月に何度か会う程度だった。狩谷の一族は、いつの時代も笑顔で迎え入れてくれて居心地が良かった。
初代のあのへたれた男の家族は、俺の糧が血だとわかると捧げてくれようとまでしてくれた。俺は血が欲しくて見守っているわけではない為断り、そのかわりに料理を食わせてもらっていたのだ。
それは代々続き、今代の狩谷家、つまり明の家でいつも通り飯を食っていると、明から一緒に高校へ通わないかと言われた。なぜ、明がそう言ったのかわからない。ただ、人の子供が通う学校には興味があったから二つ返事で頷いた。
さっそく高校入学の為のもろもろを準備した。吸血鬼の力をフルに使い、住民票などを獲得。受験などすっ飛ばし(なぜか明には睨まれた)無事入学できた。
思った通り人としての学校生活は刺激に満ち溢れていた。入学してから一年がたち、二年目には明の妹である狩谷美羽が入学してきた。さらに楽しみが増え、俺はこの生活にとても満足していた。
そして、その日は珍しく狩谷兄妹と俺の三人での帰路になっていた。他愛ない会話をしながら道を歩いていると、明一人だけが遅れだした。しまいには立ち止まり、辺りを見回している。
「明、どうかしたのか」
「いや……、なぁ、クロ、美羽。なんか音が聞こえねぇ? こう、頭に響くような……」
本人もよくわかっていないらしく、曖昧な言い方だ。
「音? 何も聞こえないよ、明兄」
ちなみに明はメイとも読めるから明兄らしい。それはさておき、美羽にも俺にもなんの音も聞こえていなかった。
「お前、頭大丈夫か? 俺は不死の吸血鬼だから回復の魔術はさすがに使えないぞ」
「それ暗に病院じゃ治らないって言ってんのっ、違うって、マジもんで音が……っ」
耳を押さえる明。必死なその様子に冗談ではない何かを感じ取った俺は明に近づいた。後ろには美羽もついてきており心配そうにしている。
「明、本当にどうし……っ!?」
ぞわりと肌が粟立つ。この世界では感じたことのない異様な魔力に、俺は反射的に身構えた。と、同時に三人の足下を光が走る。
光はあっという間に巨大な魔法陣を描きあげた。さらに強くなる異様な魔力に、俺はここが街中ということも忘れ、本性である吸血鬼の姿に戻る。すぐさま魔法陣を破壊しようと拳に魔力を集め、振り下ろそうとしたが、それよりも早く光が爆発した。
光が視界を覆いつくし、俺は自身の体が光と共にどこかへ運ばれていくのを感じていた。
読んでいただきありがとうございます。
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