①積もる白雪
逢うことも今はなきねの夢ならでいつかは君をまたは見るべき
この現し世であなたに逢うことも、今はもうないのですもの。泣き寝をして見る夢でなくて、いつ、あなたと再びまみえるというのでしょうか。
あの方の夢を見て、泣きながら目覚める朝をくり返したのも、今は昔のはなし。
かがやく光のまぶしさと、澄みわたる冷たさに、わたくしは目を醒ました。どうやらまた、経文を写しながら文机にもたれて眠ってしまっていたらしかった。
少しよれてしまった紙の端に、夢うつつの筆跡で「荒れたる庭に積もる白雪」と落書きがしてあった。覚えのある、けれど、だれの歌であったろうか。上の句も思い出だせぬ。
手水を、と思いすり動かした膝が、なにか冊子を踏んだ。
年の経りを感じさせない、美しい色彩をとどめた表紙。ひらけばやはり、まるでたった今書いたかのように墨痕あざやかな物語。
ああ、幾度、わたくしはこの物語を読み、そのたびに胸をつまらせたことだろう。
世のひとはこれを、『源氏のものがたり』と呼んだ。
紫式部が雲居の煙となった、というしらせを受けたのは、あれはいつのことであったか。昨日か、ひと月前か。……いいや、もう十年は過ぎたような気もする。
ほんとうなら、とうに都を去ったかつての女房のことなど気にかけていたらきりがない。けれど、紫式部のことだけは、わたくしはどうにも気にかかっていた。
「お暇乞いにまいりました」と言いにきた顔が、ぼんやりと霞がかって、もうよく思い出せない。
「たよりを」とわたくしが言うと、「え」と式部が聞きかえした。
「わたくしに、たよりをよこしなさい。どんなことでもよい。せわしいのなら代筆でもよいから、よこせる限りはよこしなさい」
彼女は虚をつかれたように少し押し黙って、「はい」とこたえた。そのとき、もしかしたら彼女は微笑んでいたかもしれなかった。
それから約束をたがえず、彼女は折々に文をよこした。彼女の暮らしのことも書いてあったが、多くはわたくしを案じる言葉で埋まっていた。
ああ、そう、そうだった。「荒れたる庭に積もる白雪」とは、その最後の文に書きとめられていた歌だった。
最後の文は、これまで送られてきたもののなかで唯一、彼女自身の手によらないものであった。
『彼女から、自分が亡くなったらあなた様にお知らせするようにと、託っておりました。彼女が末期に詠んだ歌がございますので、添えさせていただきます―――』
ふればかく憂さのみまさる世を知らで荒れたる庭に積もる白雪
永らえるほど憂いことばかりの世のなかだと知らないで、荒れた庭に積もる真っ白な雪だこと。
―――わたくしが詠んだ歌ではないのかとさえ、おもった。
わたくしと紫式部とは、身分も、境遇も、歳のころもまるで違っていたけれど、ただひとつだけ重なり合うものがあった。そのために、わたくしは彼女を何くれとなくそば近く召して、他の者には決して打ち明けないような心をうちを聞かせたりもした。
永らえるほど、憂い。その白雪は、「女」というものなのだろう。