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黒市場  作者: うちょん
3/8

気だるげな神様

  愛は惜しみなく与う。             トルストイ


















  第三商 【 気だるげな神様 】













  とある世界の隅に、小さな少女が住んでいた。

  その少女は真っ白な肌を持ち、肩より少し眺めの綺麗なサラサラな髪の毛を持っていた。

  真ん中で分けられた前髪からは、幼さの残る大きな瞳と真っ赤な唇、さらに細い首に体つき。

  少女はいつも、毎日、大きな城の上の方にある大きな窓から、小さく見える城回りにある家や人を眺めていた。

  毎日、同じことの繰り返し。

  それらは、周りの人達から見れば、とても裕福で幸せで何不自由なく生きている、憧れのようなものだろう。

  そんな幼い少女の名は、サシャ、という。まだ十四だ。

  「サシャ様、お食事が出来ました」

  「わかった、今行く」

  召使いがやってきて、礼儀正しくサシャと接しても、それはサシャにとっては窮屈でつまらないものだった。



  カーテンが召使によって開けられる。それによって、サシャは目覚める。

  毎日用意されている洋服というよりもドレスに着替えさせられ、豪華な食事を口にする。

  両親はなにやら日々忙しそうで、今日はどこどこの国に行くだの、明日は別の国に行くだの、来週はまた別に国に・・・・・・。

  お絵かきを習い、楽器を習い、綺麗な文字を書く修行をさせられ、スピーチの練習をさせられ、国の財政について、歴史について、興味ないことをズラズラと言われる。

  そんなサシャの唯一の話し相手と言えば、ちょこちょこと隠れて城に来てくれる、街に住んでる一人の青年だった。

  サシャよりも年上の十八で、サシャはその青年を“ソラ”と呼んだ。

  本当の名前は知らないが、真っ青な綺麗な髪の毛をしているため、青空から取ったのだ。

  サシャの部屋のすぐ近くには、城のてっぺんまで届くほどの高い高い一本の木が立っていた。

  ソラは木登りをしていつも窓を叩く。それが合図。

  「ソラ、また来てくれたの?」

  「ああ。サシャの親が出て行くの見えたからさ。まーたサシャが一人ぼっちで泣いてるんじゃないかと思って」

  「泣いて無いもん」

  歯を見せてニコリと笑うソラの冗談に、サシャはプクリと頬を膨らませる。

  「ソラ、今日はどんなお話してくれるの?」

  「今日は、笛吹きのお話だ」

  ソラは、サシャが一人の時、物語を教えてくれる。

  物語を終えると、今度は他愛もない話をする。

  それが楽しくて、何十分も、何時間も、時には陽が沈むまで話しこむときもあった。

  そんな優しくて逞しいソラが、サシャは大好きだった。

  「あ、もうこんな時間か。サシャの親もそろそろ帰ってくるだろ」

  「もう、行っちゃうの?」

  「見つかったらまずいしな。あ、ほら」

  そう言って、ソラは地面に咲いていた小さな花を摘み、いつものように笑いながらサシャに渡す。

  何本のバラを誕生日に貰っても嬉しくはなかったのに、サシャは今、とても嬉しい気持ちだった。

  「ありがとう!」

  「じゃあな!」

  ひょいひょいっと、登ってきた枝を器用に掴んで下りて行くと、最後にサシャに向かってもういちど微笑む。

  ソラが走って去っていくとすぐに、両親が帰ってきた。

  すぐに窓を閉めて鍵をかけると、風で多少乱れていた髪の毛を直し、本棚に並んでいる本の中から一冊を選び、大人しくそれを広げる。

  下の方がバタバタとし始めると、しばらくして両親がサシャの部屋に入ってきた。

  「サシャ!聞いて!」

  「お前に良い話があるんだ!!!」

  いつもはどんよりとした表情で帰ってくる両親だが、珍しく目を輝かせながらやってきたため、サシャは驚きを隠せなかった。

  「何ですか?」

  他人行儀に聞き返せば、両親は互いの顔を一度見合わせる。

  そして言われたのはー


  「サシャ、お前の結婚相手が決まったぞ!」


  「え?」


  視界が淀んだ。世界がぐらついた。

  力が抜けそうになった足に必死に力を入れ、なんとか倒れずにいると、母親が写真を取り出してきた。

  「この方。三つ隣の国の王子様なんだけど、サシャと同じ歳ですって!!それに、その国、とても財政が良くて、結婚を機に、この国に援助してくださるっていうのよ!!!」

  嬉しそうにキャッキャと話す母親と、安堵したように微笑む父親。

  そんな両親とは反対に、絶望の淵に立たされたように、暗い顔になるサシャ。

  「どうした、サシャ?嬉しくないのか?」

  下を向いていたサシャに気付いた父親が声をかけてきたが、サシャはハッと顔をあげる。

  「なんでもない。今日はちょっと疲れてるから、早めに寝たいの」

  「そうか、悪かったね。また明日、詳しい話をするよ」

  「うん」

  両親が部屋から出て行ったあと、サシャは三人は寝られるであろう大きなベッドにダイブした。

  サシャは、誰もが振り返るほど美しい少女である。

  それは周りの国にも知れ渡っていたことであって、サシャのいる国が財政のことで頭を抱えていることも知られていた。

  あわよくば、と考えていた輩も少なくは無いだろう。

  しかし、サシャの心はソラでいっぱいだ。

  「・・・嫌だな」

  ぽつりと呟いてみても、誰も聞いてはくれないし、言ったところで親や国に迷惑をかけるだけなことくらい、分かっていた。

  「ソラ・・・・・・」

  目をつぶれば、パッと広がるソラの笑顔。

  決して嘘ではない笑顔と言葉をサシャに向けてくれる、唯一の存在。

  気付くと、サシャは寝てしまっていた。




  夜中二時過ぎになり、サシャは一旦目を覚ました。

  「やだ、寝ちゃってた」

  布団を被らずに寝ていたためか、身体は少し冷えてしまっており、両手を交差させて二の腕を少し摩る。

  部屋をそーっと出て階段を下りてみるが、みんな寝ているのか、誰一人としてそこにはいなかった。

  「ちょっとだけなら、いいかな」

  ソラに会おうとして、サシャはその小さな身体一つで外へと出て行った。

  フカフカの上着を羽織り、大きい帽子を被ってサシャだとばれないようにしながら歩き始めた。

  「ソラの家、どこだろう」

  そういえば、自分はソラのことを何も知らないのだと、サシャは一旦足を止めた。

  しばらくその場に佇んでいると、前から数人の人影が見えた為、サシャは思わず近くにあった建物の影に隠れた。

  「そういやさ、この前イオに会おうと思って裏の方行ってみたんだけどよ、全然見つかんなかったぜ」

  「お前物好き。なんでイオになんか会おうとしたんだよ、あいつ魂取るって噂じゃねえか」

  「ばーか。魂なんざ取れるわけねえだろ」

  「けどよ、なんかと交換して、自分の願い叶えてくれるんだろ?安上がりじゃね?」

  「なにと交換させられるか分かんねーンだぞ。やめとけって」

  「ちぇ」

  お酒でも飲んでいるのか、多少気持ちの大きくなった男たちがげらげらと話ながら去っていく。

  「・・・イオ?」

  聞いたことの無い名に、サシャは首を傾げた。

  しかし、そんなことよりもソラだと思い、太陽が昇るまで探して見た。




  「サシャ、眠たそうね。体調でも悪いの?」

  「いいえ、大丈夫」

  「あ、そうそう」

  結局見つからず、サシャは大人しく帰ってきていた。

  そんなことも知らない両親は、昨日見つけてきたサシャの結婚相手の写真を出してきた。

  「ね、素敵な人でしょう?」

  確かに、顔立ちもよくて凛々しくて、王子様と言うには相応しい雰囲気を持ってはいるが、惹かれるものはなかった。

  その人の写真を眺めながらも、サシャはソラの事ばかり考えていた。

  「でね、急なんだけど、結婚式は三日後にすることになったから。ああ、安心して。ドレスも式場も、何もかも準備は整えてあるからね」

  「え?そんな、いくらなんでも急すぎるわ」

  「向こうの都合なんだけど、良いでしょ?なにか用事があるわけでもないし・・・。ね?」

  身勝手な大人たちに振り回され、サシャは思わずテーブルを叩いた。

  「私、自分で決めた人と結婚したいの!!!好きな人がいるの!!!」

  そう叫んで、外へと出て行った。


  ―ソラ!ソラ!ソラ!!!!

  「ソラ、会いたいよ・・・」

  とぼとぼと目的もなく歩いていると、見知らぬ場所に出てしまった。

  「どうしよ・・・」

  ソラを求めて、助けて欲しくて、ただ会いたくて出てきたはずなのに、ソラに会えないどころか、家に帰れるかも分からなくなってしまった。

  足下に転がる、家では決して見たことの無い腐った食物や、横たわったまま動かない人の形をしたもの。

  恐る恐る足を進めていると、壁に寄りかかって座っている、若そうな人影を見つけた。

  「あ、あの・・・」

  それに話しかけてみると、ちらっと目が合った気がしたが、瞬間、思わずサシャは後ずさってしまった。

  瞳が赤かった気がするが、気のせいだろうか。いや、今日は満月で月明かりだけでも充分明るい日であって、気のせいでは無い。

  さらには、隙間から見えた髪の毛は、この世のものとは思えないほどに鮮やかな紫色をしていた。

  何も言わない、男と判明したその男に、サシャは続ける。

  「城の方に戻りたいんですけど、どっちの方ですか?」

  「やっと見つけたぜ!」

  急に後ろから現れた別の男は、先日夜に見掛けた男だろう。

  赤い目をした男は何も言わず、目の前の男をただ眺めていた。

  「てめえだな?イオってのは・・・。俺の願いを聞いてくれよ!何でもくれてやるから!」

  「・・・・・」

  イオ、という単語を耳にした途端、サシャの心の中に、何かが芽生えた。

  黙って二人の会話を聞くことにする。

  「一生、金に困らねえ生活を送りたいんだ!!出来れば、超美人な女と一緒にいてぇな・・・。んでよ、毎日楽しく生きたいんだ!!!」

  「・・・・・・」

  何も答えない赤い目の男に苛立ち、男は赤い目の男を殴ろうとした。

  しかし、座っていたはずの男はひょいっと身体を動かして、その男の拳からなんなく逃れると、サシャの前に背中を向けて立つ。

  「自分の力でなんとかするんだな。俺には関係ないことだ」

  「んだとお?!」

  もう一度殴りかかろうとした男だったが、イオと呼ばれた男の顔を見た途端、顔を真っ青にして走り去ってしまった。

  少し間があってから、イオはまた同じ場所に戻る。

  自分の前から無くなった大きな背中を眺めていたサシャだったが、ハッと気づき、イオに近づいて行く。

  「貴方、イオさん、なんですか?」

  「・・・・・・」

  「あの、私の話を聞いてくださいますか?」

  「・・・・・・」

  何も言わないイオに、サシャはイオの前に正座をした。

  「私、城に住んでおります、サシャと言います。知っての通り、この国は財政問題に悩んでいます。そしたら昨日、両親が結婚相手を見つけてきて、結婚式が三日後だと言いました。国の為に結婚するのは、両親の娘として産まれてきた以上、仕方の無いことだと思います。でも、やっぱり好きな人と一緒になりたいんです。けど、私はその好きな人の名前さえ知りません。何処に住んでいるのかも、兄弟はいるのか、何をしているのか、何も知りません。・・・・・・貴方がイオさんで、何でも叶えてくれると言うのなら、お願いです。結婚の話、無かったことには出来ませんか?出来れば、あの方と一緒になりたいのです・・・。欲しいものがあるなら、なんでも差し上げます!!全てをゼロに戻してください!!」

  「・・・・・・」

  二人はしばらく、何も言わずにいた。

  少ししてサシャは足が痺れてしまったが、びりびりする足を動かすことも出来ずに、下を向いていた。

  ソレを見て、イオはやっと口を開く。

  「欲しいものを貰うわけじゃない」

  「え?」

  よくわからない応えに、サシャは思わず声を裏返してしまう。

  そのとき、丁度強い風がビュウッと吹いたため、茶色のフードによって隠されていたイオの髪の毛が露わになった。

  母親も父親も召使たちも、皆黒か茶色だったためか、紫色という奇抜すぎる色の髪の毛に、多少怯む。

  だが、月灯りに微かに感じたのは、不気味さよりも美しさ。

  人工的に染められたとは思わない、その自然な紫色の、高貴で気高い色合い。

  そして瞳は透き通るように赤く、一度目が合ってしまったときにはもう目を逸らすことは出来ない。

  脱げてしまったフードを被り直すと、イオは再び口を開く。

  「欲しいものを奪うのは、人間の哀れで愚かな本能の一つ。俺は何もお前たちに幸福を与えているわけじゃない。むしろ、不幸を与えてると言ってもいい。それでも俺に頼みごとをするのか」

  「・・・・・・」

  自分の耳に届いた声となった文字の羅列に、サシャは言葉を失う。

  勝手なイメージだが、イオは悪い人には見えないし、先程の男もイオに何かしてほしいと頼んでいた。

  イオは何かと交換しなければその願いを叶えてくれないという。

  だがしかし、それは決してイオの欲しているものではないという。

  よく分からなくなってきたサシャは、一旦強く目を瞑り、そこに浮かぶソラの笑顔を想い浮かべた。

  ソラの事は大好きだ。ずっと一緒にいたい。

  家族のことだって、嫌いじゃ無い。自分の答一つで、家族の未来も街の人達の未来も、端的に言ってしまえばソラの未来さえ担っているのだ。

  そんなこと、わかっている。

  「でも・・・・・・ソラが好き!!!」

  ボロボロと急に涙を流しながらイオに訴え始めたサシャに、イオは慰めも同情もしない。

  しばらくしてサシャは泣き止むと、イオにペコリと頭を下げてタッタッと走っていってしまった。

  サシャが走って去って行ったあと、イオはのそのそと動き始める。

  「その選択が、地獄をみる」




  「ぐすっ・・・・・・」

  城に戻って一人部屋で泣いていると、コンコン、と静かにドアをノックする音が聞こえてきた。

  今は一人でいたい気持だったサシャは、ゆっくりと立ち上がってドアに近づき、バレないように鍵を閉めた。

  「サシャ様?いかがなさいました?結婚式のドレスの試着をしていただきたいのですが・・・。サシャ様?いらっしゃいますよね?」

  ガンッ、とガラスを何かが叩く音がして、サシャは反射的に窓に近寄る。

  「ソラ・・・」

  そこには、いつものようにニカッと笑うソラがいた。

  窓を開けると、冷えた夜風がひゅうっと部屋の中にまで入ってきて、サシャの髪の毛を揺らした。

  「ソラ、なんで?」

  「ん?サシャが結婚するって、今日の昼に放送があってさ。サシャに会えるの、これが最後になるかもしれないだろ?」

  いつもと同じソラの態度と笑顔に、サシャは嬉しさでまた泣いてしまう。

  「へへ・・・なんか、おかしいな」

  「ん?何が?」

  泣きながらも笑うサシャに、ソラが返す。

  「寂しくてソラに会いたいと思ってたけど、会うと、今度はさよならしたくなくなっちゃうから、会いたくないって思っちゃうの。・・・ねえ、ソラ、私、イオにお願いしてきた」

  「イオ・・・?イオってまさか・・・あのイオか!?なんで?何を!?」

  やはり街では知れ渡った名なのだろうか、ソラはすぐに反応した。

  「結婚しなくて良いようにって。この国の為にしなくちゃいけないことくらい分かってるけど、やっぱり、好きじゃ無い人となんて、結婚出来ないよ!!!」

  「・・・サシャ」

  また泣き出してしまったサシャに近づき、そっと背中を摩る。

  ドンドン!!!!!

  急にドアが強く叩かれ、サシャもソラも吃驚してそちらに目をやる。

  「サシャ様!?もしかして、どなたかが部屋にいらっしゃるのですか!?お返事ください!!」

  「ソラ、逃げて!」

  ガチャガチャとドアを開けようと力付くで動かしているのが分かり、サシャはソラにすぐ逃げるように告げる。

  コクリと頷くと、ソラはするすると木を下りて行き、地に足が着くと走っていく。

  窓をすぐにしめてベッドに横になると、次の瞬間には別鍵で部屋が開けられ、両親と召使たちが入ってくる。

  誰もいなことを確認すると、ひとまず皆、息を吐く。

  「サシャ、これがドレスなんだけど、どうかしら」

  「ちょっと大きいかもしれないな。けど、似合うぞ、きっと」

  「向こうの御両親もね、楽しみにしてるんですって」

  次々に届く大人たちの身勝手な話に、サシャは頷きもせずに聞いていた。

  こうして息をしているだけで、刻々と時間は過ぎて行ってしまうもので、結婚式まで時間がない。

  ドレスを着て、綺麗だとか母親そっくりだとか、そんな社交辞令を聞いて。

  礼儀作法だとかお世辞だとか、小さいころから躾けられてきたことをもう一度おさらいのようにやり直す。

  さらには、あちらの国のマナーも覚えなければいけないため、サシャは心も身体も頭もいっぱいいっぱいだった。

  「明日か・・・・・・」

  ベッドにごろんと横になり、いよいよ明日になってしまった結婚式のことを考えていたサシャだが、ふと、またソラのことを思い出す。

  だが、やはりソラのことは何も知らないままだった。

  「そうだ」

  何を思い付いたのか、サシャは上着を羽織って、誰にも見つからないようにこっそりとなんとか城から抜けだした。

  再び向かったのは、イオのところだった。

  「イオさん!」

  「・・・・・・」

  ちらっとサシャの顔をみるなり、興味無さそうに目を閉じてしまったイオ。

  「あの、私の願いって・・・・・・。あ、いや、あの・・・。もう明日に迫ったことですし、そもそも、他人の貴方を責めるっているか、そういうのはおかしいってわかってますし・・・」

  「何か用か」

  しれっとしたイオの態度に、サシャは少なからずイラッとする。

  「貴方、失礼な方ですね!!」

  「・・・・・・」

  またしても何も言わないイオに、サシャは悲しみやら何やらがどっと溢れ出し、八つ当たりをする。

  「貴方みたいな、こんなところに住んでいる方に、頼み事なんて本当はしたくないんです!!出来る事なら、自分の力でソラと一緒になりたい!!けど、それが出来ないとわかっているから・・・貴方に先日お願いしたんです!なのに、欲しいものを貰うわけじゃないとか、わけのわからないこと言うし!お金でも地位でも名誉でも、何でもあるのに!!!!・・・せめて、ソラの居場所だけでも教えてもらえませんか?」

  結婚してからのことなどわからない。何もわからない。

  しかし、何も出来ないのもまた事実。

  大好きなソラのことさえ何も知らないと言うのに、それでもなおソラが好きで、忘れることが出来ない。

  もう二度と会えないかもしれないソラに会うため、サシャは精一杯の気持ちをぶつける。

  「俺には関係ない」

  返ってきた言葉は、サシャの身を切り裂くような鋭いものだった。

  「親のせいか、家のせいか、時代のせいか、歴史のせいか、金のせいか、世間のせいか、お前のせいか、俺のせいか。誰かのせいにして自分を守ろうとするのは、まだ精神が未熟だという証だ。恵まれた環境が幸せなのか、恵まれていないから不幸なのか。人生とは実に退屈なものであって、そんなふうに悩むこと自体が、毎日を生きている証拠でもある。まあ、それを偽善なの綺麗事だの、それは別としよう。ただ一つ言えることは、俺はソラなんて奴の居場所は知らない。それに、明日になれば、貴様が望んだように、全てゼロになる」

  「え?」

  「わかったら、さっさと去れ」

  なんて男だろうと思いながらも、もう何を言っても眉ひとつ動かさないイオに諦めたのか、サシャは肩を落として城へと戻る。

  ちょっとだけ街を回ってみたが、ソラのことを見つけることは出来なかった。

  顔をあげて見ても、見えるのは真っ暗な天井の様な空と小さな星々、それに満月にまだなれないでいる月。

  昼間の様な綺麗な青空は、見えない。

  ―でも、明日になればゼロになってるって・・・。

  もしかして、とサシャは少しの期待を持って城まで戻り、ベッドに横になった。




  チュンチュン、と鳥の囀りが聞こえてきて、サシャは目を細める。

  ―ああ、ついに今日が来てしまった。

  絶望へと叩き落とされた気持ちのまま、とりあえずいつも通り窓を開けて空気を入れる。

  朝から何か騒がしいと思えば、召使たちがあっちこっちと駆け回っている音や、両親が何やら準備をしている声が聞こえてくる。

  コンコン、と音がし、サシャはふう、と深呼吸をする。

  「サシャ様、式の準備を・・・・・・」

  「今行くわ」

  「・・・・・・」

  「?どうかしたの?」

  サシャを見て、口をぽかんと開けて何も言わなくなってしまった召使を不思議に思い、声をかけてみる。

  召使はただただ茫然としていて、急に部屋から出て行ってしまった。

  「?何よ?」

  ほんの数分後、他の召使いや両親まで一斉にやってきて、サシャを見て口を開ける。

  誰も彼も失礼だと思いながらも、「なに?」ともう一度聞いてみる。

  「君、誰かね?」

  「何言ってるの?サシャよ?みんな今日変よ?」

  「サシャなわけないでしょ!!どこから入ってきたの!誰か、この子を捕まえておいて!!!」

  「え?え?何言ってるの?」

  どうしたことかと、自分の身体に極太の紐を巻き付けて行く召使に聞いてみると、スッと無言で鏡を差し出された。

  「・・・・・・!!!!!!???」

  鏡に映った自分を見て、驚愕した。言葉を失った。

  そこに写っていたのは、いつも見ている自分の顔などではなく、簡単に言ってしまうと不細工な顔をしている人物だった。

  髪型や肌色、背丈も声も同じなのに、顔だけが違った。

  「サシャはどこに行ったのかしら?」

  「あんなに綺麗なんだから、もしかして誘拐でもされたんじゃないか?」

  「今日の結婚式はどうなさいますか?」

  「とにかく、連絡しよう」

  ざわざわと、当の本人はここにいるというのに、誰にも分かってもらえない。

  ―ゼロに戻る。

  ふと、イオに言われた言葉を思い出した。

  「あ・・・あ・・・」

  そのとき、聞き覚えのあるコンコン、という窓を叩く音が。

  ソラが来たと、サシャは必死に身体を動かして窓に近づくと、そこにはやはりソラが木を登ってきていた。

  しかし、サシャを見て怪訝そうな顔をする。

  「ソラ、私よ!サシャ!ね、信じて!!」

  「サ、シャ・・・?」

  「そう!信じて!お願い!!!」

  じーっとサシャの顔を見ていたソラだったが、首を捻る。

  「サシャはそんな顔じゃねーよ!お前、俺を騙してるんだろ!馬鹿にするなよ!!!」

  そう言って、ソラはさっさと消えてしまった。

  大好きなソラと一緒になりたくて頼んだことが、ソラを失う事になるなんて。

  サシャは、昨日までの絶望さえ愛おしく感じ出したが、もうすでに時遅く、顔もソラも戻らない。

  これから私はどうなるんだろう。誰になるんだろう。

  ―ごめんなさい、神様。私はどうやら、悪魔が育てた禁断の果実を欲し、それを食べてしまったようです。

  「あああああぁぁァぁァあああぁァぁアアぁアアアあああああぁァあぁアアアァぁああッッッッッッッッッ!!!!!!!」




  もしも、この世の全ての理を創ったのが神だとしたら、この世の全ての偽善を正義だと言い放ったのは、神に飼われた英雄だろうか。

  野に放たれた悪魔は自由に実を喰らい、神の遣いを誘惑する。

  蜜に誘われ手繰り寄せられた蝶たちは、罠とは知らずに朽ち果てる。



  「所詮、金や地位、名誉なんてものは、他人のものだ。貴様にあったのはただ一つ」



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