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何かを哀しむという事より、ほんとうは、哀しい事が哀しいのだと、彼女は言った。





初めまして。


僕の名前は、xp-no00(エックスシリーズプロトタイプ-ナンバーダブルオー)。通称、ゼロ。

二年前、とある製薬会社の極秘裏プロジェクトとして、咲木宏一(さきぎこういち)・シンディ夫妻に作り出されたアンドロイド。その使用途は主に、新薬実験の対象。

しかし、“限り無く人に近い容貌・機能を備える”という目標を掲げたこのプロジェクトだったが、二年経った今も、僕の兄弟機は居ないし、僕に新薬投与の実験は一度とされていない。

容貌に於いては、身体重や骨格の変化等、“限り無く人”であるという与えられた課題をクリアしていたのだが、いかんせん精神面に問題があり、少し、感情面に乏しかった。


そもそも、機械が人の領域に踏み込める筈も無く、僕は、“アンドロイドである”という事実を、それ以上にもそれ以下にも変えられなかったのだ。


人間の肉体を伴えば薬の作用・副作用の確認には問題無いという声も上がったが、精神に影響が無いとも限らない、と主張する咲木夫妻の却下により、僕は会社をクビになった。

人間でもないし、働いても居ないのにこの言い回しはおかしいとは思うが、肉体の機能が限り無く人に近いアンドロイドはこの国どころか世界初だったので、公にはされていないが、その技術の高さは会社の武器となり、僕は廃棄処分を免れたからこう言っておく。


今は、定期的なメンテナンスの費用・設備等の提供を会社側にしてもらいながら、咲木夫妻の所に住んで居まわせてもらっている。

夫妻には、七歳になる娘が居るが、仕事が忙しくどうしても放っておきがちになるので、僕は居候する変わりにその世話役を買った。しかし彼らは、僕を息子のように思ってくれているらしい。五年もかけた末に作ったので、思い入れも深いそうだ。


「……ねえ、れー」


いつものように二人で夕飯を食べていると、夫妻の娘―――ニナが、唐突に話を切り出して来た。

僕の事を“れー”と呼ぶのは彼女だけである。0(レイ)から来るのだろう。彼女曰く、ゼロはあなたに似合わない、との事だったが、その意味はよく分からない。


「なんだい?」


「わたしねぇ、今度、ピアノの発表会があるのだけど、パパとママ、やっぱりお仕事かしら」


「分からないけれど……もしも宏一さん達が行けなかったら、僕が行くよ」


「ほんと!?」


薄いブラウンの瞳をきらきらさせて、ニナは屈託無く笑った。肩まである栗色の髪をふわふわと撫でると、彼女は更に嬉しそうに笑う。


「うん、約束」


そう言ってニナに小指を差し出すと、それに彼女の細い指が絡む。


確かに僕は感情面は人間より乏しかったが、“喜怒哀楽”の基本をメンタルデータに組み込まれているので、誰かを愛しいと思う事は簡単だった。

それを表現する方法は、知らなかったけれど。


特製のデミグラスソースのたっぷりかかったオムライスを平らげたあと、ニナはソファに座ってテレビを観始めた。僕は後片付けに取り掛かる。

このような人間臭い行動を、今でこそ当たり前のようにやってみせるが、最初ははいはいする赤ん坊同然だった。

全てプログラムすれば、初めから何もかも出来る家政婦的ロボットになれるのだが、“ヒトは学ぶ生き物だ”というのが宏一さんのポリシーだったので、僕の学習プログラムはまっさらな状態で製作された。


だからこそお前は人に近いのだと、彼は言う。



―――プルルルル。



電話のベルが鳴った。僕の手は泡が付いて濡れていたので、ニナが受話器を取る。


「もしもし。……ごはん?うん、食べたよ」


ニナが、僕にちょいちょいと手招きする。会話の仕方からして多分、夫妻のどちらかだろう。


「うん。まってね、今かわるから」


ニナが僕に受話器を渡す。


「―――代わりました」


『ゼロか。伝えるのを忘れていたんだが、今日、知り合いの通夜があってな……』


―――シンディさんの昔からの友人が亡くなったので、通夜に出る。なので、今日は家に帰れそうに無い、との事だった。


「……はい。分かりました」


ブツリ、と宏一さんが電話を切るのを聞いてから、僕は通話終了ボタンを押し、受話器を置いた。


「……ニナ、冷蔵庫にプリンがあるよ。食べるかい?」


「うん!!」


電話を切るなり言った僕に、ニナは無邪気に笑って、キッチンに駆けて行った。

しかし、それが偽りの無邪気さだと、僕は知っていた。彼女は既に他人を気遣う事を覚えていて、“何も理解していない”風を装い、子供であろうとするのだ。

分かっていても、自分が哀しいのを表面に出すと、相手も哀しくなる。“今日もパパ達は遅くなるの?”と口にしては、僕を困らせるから。


「……ニナ、おいしい?」


「うん。わたし、れーの作る料理、すきだもん」


「そう、それは良かった。じゃあ、今度はニナのリクエストを作ろう。何が食べたい?」


「シュークリーム!」


「バニラビーンズ入りのカスタードいっぱいで?」


「そう!」


僕は微笑みながら、彼女の愛らしい仕草に、声に、五感(に相当するもの)全てを傾けた。


ニナはバニラが好きで、彼女からはいつも甘い匂いがする。

普通なら作り手に移るものなのかも知れないが、僕からは何も匂わない。一度だけ、初めてニナに会った時に「電気の匂いがする」と言われた事はあるけど、それきりだ。


「ごちそうさま!」


「……さ、歯磨きして、寝よう」


「はぁ……い」


欠伸交じりのニナに苦笑しながら、僕は彼女の背を押した。


―――今日も、いつもと代わり映えのしない一日が終わりを告げる。



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