今は昔、輝奈の恋人の咄
朝8時目覚めた自分は冷や汗をかき、思わず「やばい!!」と叫んでしまう。
慌てて下の階のリビングに降りると輝矢がのんびり朝食の準備をしている。
「姉ちゃんおはよう、どうしたの?そんな慌てて今日、学校休みでしょ?」
「<しぃー>と…出かける…」
「あれ?今日だっけ?」
「7時に竹ヶ丘公園集合!!」
「それ、ヤバくない?」
「だから、ヤバイって言ってるでしょ!!!」
嗚呼、自分らしくもない、朝から叫んでいつもなら余裕持って家を出るのに、こういう日に限って…
「とにかくなんでもいいから食べるものとココア頂戴!!」
「ココアは揺るがないんだね…、食べる物って今作ってるしなぁ、レックスのドックフード食べる?」
冗談を言う弟に朝から首に自分自慢のカッターナイフを突き立てる
「ごめんなさい、本気じゃないから許して…」
ゆっくりと輝矢から離れると足元に何かがいたので、下を見ると、自分の愛犬であるミニチュア・ダックス・フンドのレックスが尻尾を振りながらこっちを見ている。
「よしよし~♪、餌まだもらってないの?今あげるね~♪」
「こやつ、<れっくす>に対しては性格が変わるの…」
かぐやが呆れた顔でこっちを見る、それに続いて輝矢も
「時間忘れるほどね…」
と呆れ顔で自分を見る。
自分も流石に我を取り戻し、急いでレックスの餌箱にドッグフードを入れ、輝矢が急いで焼いたピザパンを一枚取り、急いで家を出る、
「行ってきます!!」
「行ってらっしゃ~い」
「気をつけての~」
自転車をこいで走り家を出る自分に、手を振って見送る輝矢とかぐや、しぃーと出かけるときは遊戯の事は忘れると決めているため、必ず家にかぐやを置いていく、もうひとつの理由は、まぁ、デートなのだから、言わなくてもわかるだろう。
何とか、駅に付き急いで改札を通り電車に乗り、その電車で一息つく。
自分は生まれつき肺が弱い、走るなどの激しい運動をすればすぐに息が切れる、50m走なんてしようものなら、過呼吸になり気絶する始末、そのためギリギリの時間で移動すれば、必ず遅れてしまう、だから余裕を持って、行動しなければならない。
不老不死といっても、それ(不老不死)になる前の体をある程度キープされるでけであって、不老不死になる前の古い傷跡や体の障害が治るわけでは無いらしい、何とも不便で中途半端な体だ、それなのに。
「なにやってんだか自分…」
一人電車の中でつぶやく自分、正直かなり虚しい、息苦しさが少し落ち着いた頃、電車は目的の駅に付き、またここから急いで目的地へと、小走りで向かった。
時間は少しすぎてしまっている、しぃーには一応連絡したが返信はまだきていない、少し焦りながらもう少しで公園の所まできた曲がり角で、派手に誰かとぶつかってしまった。
彼氏がいなくて学校に遅刻しそうなら、分かる話だが、彼氏がいる上にその彼氏とのデートに遅刻なのだ、正直意味が分からない、今時こんなこともあるものなのだなとか思いながら、立ち上がり「大丈夫ですか?」と声をかけた。
「大丈夫~」
「あ…」
「ありゃ?てるるん?」
そこに立っていたのは、白銀の髪の毛を後ろで括り、眼鏡をかけていて身長がかなり高い男子、見間違える訳が無い、そこに立っているのは…。
「しぃー!!」
いつもの事だけど何故かしぃーにだけは我を忘れて飛びつきたくなる、カッターでメッタ刺しにしたいくらい愛おしい。
「奇遇だね~こんな所でぶつかるなんて~」
彼こそ竹村 周平自分の大好きな人、ひなほどじゃないけど、結構な変わり者だ。
「でも、あれ?何でここにいるの?」
豪快にずっこける自分、しぃーは今日の約束を忘れていたらしい、正直なことを言えばいつものことなのだが…でも、いつも目的地には何故か出現する。
「ごめん、ごめん、体は何故か目的地に向かうんだけど、目的は分からないままなんだ」
「凄いね…それ……、でも来てくれるから何でもいいわ、行こう」
そう言って歩き始めた瞬間、しぃーのお腹が鳴る
「ごめん、朝から麦茶しか飲んでなくて」
「いいよ、自分もしっかり食べてないから、何か食べたいし」
デート一発目の行き先はファーストフード店に決まった。
公園からしばらく歩いたところにハンバーガー屋さんがある。
そこに入店してメニューから、食べ物を選ぶ
「御月見セット一つ」
「はい!お飲み物はいかが致しますか?」
「烏龍茶で」
「かしこまりました、しばらくお待ちください!
次のお客様、ご注文どうぞ!」
自分の注文の後しぃーが注文する。
「ダブルチーズとチキンバーガーと御月見と普通のハンバーガーそれとナゲットのセット一つ飲み物はコーラLで」
「はい、かしこまりました…」
さっきまでめんどくさくなるくらい元気だった店員のお姉さんのテンションが一気に落ちるのを確認できた。
毎回なのだが、しぃーはかなりよく食べる。
しばらくして注文したメニューが出来上がり、ハンバーガーやら色々山盛りなプレートを持つしぃーと共に座れる席を探す。
一応8時時なので人は少なく、すぐに座る席は見つかり、そこに座る、そして、座るなりよっぽどお腹が減っていたのか、勢いよく食べ始めるしぃーとセットに付いていたポテトをちょびちょびと食べる自分。
「ほんとによく食べるね…」
半分呆れた口調でしぃーに喋りかける、会話がないからちょっと喋りたかったのもある
「そう?おれっち位の年頃なら当たり前でしょ?」
「藤井ですらそんなに食べてるの見たことない、しかもそれ朝御飯だよねぇ」
「朝ならこんなものでしょ~」
朝からハンバーガー4つとナゲットとポテトLとコーラLなんてどう考えても普通ではない…。
そんな山盛りなメニューもしぃーの手にかかればあっという間になくなり、自分が食べ終わる前に食べ終わっていた。
店を出て当初行く予定であった目的地の遊園地へと向かう、普段そんな賑やかな場所には二人とも行かないのだが、訳ありで行くことになった、それは一昨々日の話だ。
いつものように、ひなと下校ていると、駅前でくじ引きが行われていた、自分はどうせ外れると言ったのだが、ひなは一等のハワイを当てると意気込みくじ引きをしたのだ。
ひなは見事に残念賞ポケットテッシュが当たり、自分もついでに引いてみると…
「大当たり!!!」
「へ?」
「お嬢ちゃんおめでとう!3等のユニバース・スタジオの無料二人ペア招待券だよ!」
「はぁ…」
「嬉しくないのかい?
「いえ…わーーい!!」
誰が嬉しいものか、人混みはあまり好きじゃない、でも、くじ引きのおっちゃんや周りの人に悪い、と言う事で喜ぶふりをしておく…。
その後、ひなと行こうと思ったのだが、ペア招待券には御丁寧にカップル限定と書かれている。
「カップル限定って、今時あるのねこんなの…」
「よし、てるにゃん一緒に行けるね!」
「あんた話聞いてた?…」
結果無駄にしたくは無いのでしぃーを誘ったというわけだ、それにしても…
「流石は有名な遊園地、人混みも想像以上ね…」
周りのどこを見ても、人しか見えない現状に思わず気分が悪くなる自分、正直ゲームの発売日やコミケでもない限りこう言うのは遠慮したい
「今は期間限定イベントやってるから、余計に多いみたい…」
普段呑気なしぃーもこの時ばかりは、ダルそうな顔をしていた。
自分もしぃーも人混みは好きじゃない、だから入場はかなり苦痛だった。
しばらくしてアナウンスが流れる
{「10時となりましたので入場を開始させて頂きます、今日は沢山楽しんで行ってください!それでは行ってらっしゃ~い!」}
陽気なアナウンスと共に、人の波が流れ始める、しぃーと自分も波に流されるまま、流されて行き、気がつけば園内にいた
「やっと入れたねぇ…」
まだ何もしていないのにすでに疲れきった表情と声のしぃー、自分も人のことは言えない。
入場まで1時間、普段は大体あっと言う間の1時間も人混みの中では倍の時間に感じた。
「でもやっと入れたし、折角来たんだから!」
何時もの呑気な表情に戻ったしぃーは自分の手を握って、少し小走りで自分を引っ張る、そして、自分が大好きな笑顔で「行こう、輝奈!」そう言ってくれた。
自分も、首を縦にふり、頷いた。