雨宿り
校門を通り過ぎる辺りから嫌な予感がしていた。
雨雲はどんどん黒みを帯びていき、遂に竹林の脇に沿ってうねる農道に雨粒が白い筋を描き始めた。おさげ髪の女生徒は鞄を頭の上に乗せて小走りに帰路を急いだ。
だが、降り出した雨は勢いをつけてアスファルトの上に飛沫を立てた。白い半袖のセーラーがじっとりと肌にくっつき始める。少女は悲鳴を上げながら走った。辺りを見回し、どこかこの急な雨を凌げる場所はないかと懸命に探し続けた。
そんな折、道の脇に現れた地蔵を祭った社が視界に飛び込んできた。少女は一も二もなく軒下へ向かって滑り込もうとダッシュした。一瞬、その社を挟んで逆手側に人影が横切るのが見えた。白いシャツの背中だった。だが、急いでいる10代の中学生に不安が忍び込む余裕などどこにもなかった。
祀られた地蔵の脇に立って少女は辛うじて濡れるのを免れたハンカチで顔や首筋などを拭った。雨足は強く、止みそうな気配すらない。
ふと、視線が鎖骨に絡み付いてくるような気がした。
少女は思わず後ろを振り向くが、そこには木板と黴臭い空気しかない。息をなんとなく吐き出せないまま正面を向くと、柱の近くに何かが転がっているのが見えた。透き通る白い腕を露に少女は落ちていたものを拾い上げた。
翳して見ると、それは鍵がいくつか束ねられたキーチェーンであった。ただ、元の色が分からないくらいに錆で覆われていた。
不意に少女はその古びたキーチェーンから視線を逸らした。
辺りを覆っていた雨の筋が一つ残らず消えている。
その代わりに先の見えない霧が温い風と共に社の前を通り過ぎようとしていた。少女は首を傾げながらも軒下から頭を出した。雨は完全に上がっていた。腑に落ちないといった表情を見せながらも少女はぬかるんだ地面から逃げるように車道へ躍り出ると、再び家の方へ歩き始めた。
こんな日に限って必要なものを忘れている自分が腹立たしい。
小一時間は歩いたのではないだろうか。華奢な身体つきの中学生は幾度となく首を振った。鞄を開いては携帯を探すが見つからない。部屋に忘れてきたのだろうか?何かがおかしいのははっきりしていた。自宅までどう道草をくっても20分掛からない距離なのだ。霧が濃くて周りの景色すらまともに見えない。
だが、少女は歩き続けた。この道を真っ直ぐ辿れば家に着くのだ。
その時だった。
後ろから足音が聞こえる。少女は立ち止まって後ろを振り返った。が、後方には真っ白な霧が漂っているだけだ。だが、彼女の聴覚だけがその変化を確実に捉えている。鼓動が手を添えずとも大きく、早くなっているのが分かる。少女は唾を飲んだ。
その足音がいきなりスピードを上げた。
少女は崩れ落ちそうになる足を前に押し出した。身体は呪縛から解けたように動き出し、おさげが揺れた。少女は走った。何度もよろめいた。足が縺れた。ようやく、霧が薄くなってきた。前の景色が朧気にだが輪郭を捉えることができる。少女はその建物らしき影に向かってスパートをかけた。
そう、その景色は少女を見捨てなかった。
だが、少女はそれを望んでもいなかった。
目に見えるのは鬱蒼とした竹林と、古ぼけたあの社だった。少女は鞄を落とした。視線が釘を打たれたように一点を見据える。
あの錆に覆われたキーチェーンを拾った場所に、見覚えのある携帯が転がっている。
後ろには再び白い闇が押し寄せていた。あの足音はまだ聞こえない。だが、それも時間の問題だと、少女は薄らぎかけた意識の中でそう思った。何にしろ、彼女が取る行動は恐らく一つしかないのだろうから。