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「隣の異世界」シリーズ

隣のドラゴンスレイヤー様

作者: 尾黒



彼女との出会いは、あれから幾年経っても忘れられない。



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隣のドラゴンスレイヤー様

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 オレは、ドラゴンだ。この大陸でもそれなりの強さを持った、肉食系男子だ。

 すごいだろう。うらやましいだろう!


 オレの自慢の鱗は真珠のように美しいし、鋼よりも硬い。

 鋭い爪は岩も鋼も切り裂くほど鋭く、口腔にずらりと並ぶ牙は爪のそれ以上だ。

 背に生えた大きな翼は、空を飛ぶのに大変役立ってくれる。風の力で飛ぶというよりも、何か別の力で飛ぶのだが、方向転換したりスピードを上げるとき、または着陸するときにバランスをとるときに大変役に立つ。威嚇したり、象より大きな身体を更に大きく見せるのにも役立っている。


 ドラゴン、スゲー!

 ドラゴン、パネェ!

 ドラゴン、ステキ!!!


 ていうか、オレ、最強!!!



 ……なんて、思っていたころもありました。




 ドラゴンていうのは、とても長生きなものだ。

 オレがこの世界にオギャーと生まれ出でてから、なんかよくわからんが住処の近くの国の勢力図が何十回何百回と代わり、最近戦も無くなって落ち着いたなー、と思ったら、建国300年記念式典なんてものが行われていた。

 早っ!!


 元々、地球の日本国でサラリーマンなんぞやっていた俺だが、いつのまにやらドラゴンとして生きていた。それも、地球ではない、全く違う世界で。

 きっと、原因だとかがあったんだろうが、全く覚えていない。記憶喪失であるとか、ショックで忘れてしまったとか、理由があって記憶を封じられているなどということではない。たんなる老化とか、そんな昔の事覚えてないよ的な、そういうアレで忘れただけだ。

 最初は覚えていたはずだ。そうでなければ、思春期の男子にありがちなアイタタタな考えや行動はしなかった。

 いずれ必要になるだろうと自身を鍛えぬき、悪の気配を警戒し、『いつかオレをそばに置いていたことを後悔する……』とか、わけのわからんことをぬかして悲壮感たっぷりに親元から逃げ出し、以前の自分であれば赤面して蹲ってしまいそうな『使命』とか『運命』とかを合言葉にしていた気がする。

 今の自分が思い出しても赤面モノで、悶えそうなほどだ。オレ、マジでキモかった。

 ちなみに、親とは和解済みだ。あれ、ネタだから、とゴリ押しして記憶から抹消してもらった。今でも50年周期くらいで実家に里帰りしている。長く生きる種族だしそういうこともあるな、と、どうやらドラゴンにしては穏やからしい母から生温い目で見つめられたときには、憤死しそうになった。


 長く生きていけば前の記憶が薄れていくのは仕方がないことなのだが、たぶん重要だったろう初めの記憶は消えていった。なのに、なぜかそんな恥ずかしい記憶だけは鮮明に残っている。


 何故だ。心の平安を守るために人は記憶を消去していくのではないのか! あ、オレ、ドラゴンだ……。

 こんな記憶抱えたまま、あと何千年と生きなきゃならないのかと思うと憂鬱な気分になる。


 ドラゴンって、あんまりよくないかもしれん……、とブルーな気持ちで気付いたのはそのときである。



 ドラゴンってあんまり……と思ってから気がついた。

 味気の無いただの肉ってさ、ちょっとした拷問なんだよね。出来れば日本のとか、韓国の焼肉みたいなのが食いたいわけ。んで、白米と一緒にかきこんでみたりとか、サンチュで巻いて辛味噌つけて食べたりとか、生ビールで食いたいんだよ。貪り食いたいんだよ。

 なのに、オレが主食としていたのは、ただ単に丸焼きしただけの肉。

 ドラゴンの身体はそれでもいいと判断しているらしく、最初の頃はそれだけでよかった。でも、飽食の時代に生きた日本人の心が拒否するんだ。


 この世には、もっと美味いものが存在する、と……!!!


 オレは、自分の住む山の中で出来る限りの調理を行うことにした。


 オレはドラゴンらしく、険しい『魔の山』と呼ばれる山の山頂近くに住処がある。そこには、ちょっと若気のいたりで集めに集めた財宝がある。ドラゴンといえば財宝だろってことで、手当たり次第集めたものだから、自分でも何があるのかわからない。整理整頓しなきゃなー、と思ってはいるんだけどな。あとでやる、と独り言呟いてから軽く500年くらいは過ぎてるわ。そのうちダニでも湧きそうだ。いや、もう湧いてるのか……?

 そんな、ほったらかしの普段はあまり立ち入らない宝物庫という名の物置に、頭を突っ込んだ。

 適当にひっくり返すと、ちょうどよい大きさの杯と鉄製の鎧を見つけたので、口に咥えて引っ張り出した。

 杯は、長めの脚部分と宝石が邪魔だったので爪でそぎ落とした。鎧は、装飾部分をこれまたそぎ落として、鉄部分だけ残し、口から吐き出した岩をも溶かす炎で熱した。初めの物は溶かしすぎて失敗した為、幾つかやり直し試行錯誤の上、鉄板状に再生した。


 その間、オレは相変わらず丸焼きの肉を食い続けていた。吐き出す炎でこんがり焼き、ガブリと食いつく瞬間、地球で人間だった頃に友人とハマっていた漫画を思い出す。某サイヤ人がまだ小さかった頃の食事風景に似ているなあ、なんて暢気に考えながら食事をしていた。あとは、あれか、はじめ人間的な。


 ある日、石を組んだかまどの上にオレの努力の結晶である鉄板が置かれた。もちろん、竃には既に火が入っている。

 その上に、用意しておいたスライスした肉を爪に引っ掛けて乗せた。じゅわっと脂の焼ける音に、にんまりと口の端が上がった。左手側に置いておいた元杯、現ボウルを引き寄せた。海水から取り出した、雑な出来のちょっと苦い塩が入ったボウルは、役目を終えて日の光にキラキラと輝いている。

 程よく焼けた肉を空の器に引き上げ、その後もう一つのボウルに入れてある液体につけた。ちょっとだけつけるのがいい。そして、あんぐりとあけた自分の口の中、舌の上にそっと乗せた。どばっと涎が分泌されたのを感じる。もぐ、と咀嚼して、ぐわっと金色の瞳を見開いた。体中の鱗がスタンディングオベーションだ。脳天から尾の先までびりびりと電流が流れたかのように、身震いした。


 ぼろり、と涙が零れ落ちた。


 そして、オレは我慢できずに咆哮した。




 うーまーいーぞーーーー!!!




 タン塩キタ! 美味い!! 米! 米が欲しいぃいいい!!!

 生ビールでも可! いや、むしろジョッキ歓迎!!

 

 レモンよりはマイルドな柑橘系の絞り汁が程よく脂を緩和してくれていて、美味だった。


 ドラゴンの身では調味料をうまく手に入れることが出来ないので、残念ながらこれが調理としての限界だろう。だが、食べ終わった後の骨や魚介で出汁をとり、塩で味付けすればスープだって出来る。


 なんだか、長い年月を生きるための目標と言うか、希望が見えた気がした。

 いつか、いつかテリヤキチキンを食べる日まで。ドラゴンとして生きていこう。


 そんな風にして、空を見上げ、ぐいっと前足の甲で涙をぬぐったときだった。



がしゃーん! からんからん……

 


 金属製の何かが地面に落ちた音がして振り返った。

 するとそこには、鉄の鎧を身につけた逞しくも美しい、長身の女性が立っていた。

 丈夫そうな兜から溢れ落ちている亜麻色の髪が、彼女の肩で豊かに波打っている。鎧で覆われていない身体は、よく鍛えられてしなやかな野生の動物のようでもある。

 彼女は、なぜか俯いてぶるぶると震えている。

 もしや、オレの姿を見て恐れて……



「嘘だ!!」


 ん? 突然、女性が悲鳴のような怒号を上げそのまま膝から崩れ落ちた。そうして、オレが行ったり来たりしているために硬く踏み固められている地面を両の拳で打ちつけた。籠手があるから痛くないのか?


「伝説のホワイトドラゴンが……! 凶悪なホワイトドラゴン、『白い悪魔』が、こんな、こんなっ……」


 なんだ、その『連邦の』って頭につきそうだったり、雪山で遭難しかけた人が叫びそうな二つ名。ていうか、凶悪?


「ドラゴンなのに竃で料理をして、あまつ、天を仰いで涙するなんて……! そんな馬鹿な話があるか!!! グルメなのか!? 生肉しか食わないドラゴンが、グルメなのか!?!?」


 え。……あれ? オレが悪いのか? とりあえず……


「ぐあふ(ごめん)」


「私は、私はっ……! 数多の暴れドラゴンを倒してきたドラゴンスレイヤーとして、最高峰と言われるホワイトドラゴンと対峙するために血の滲むような努力をし、山の険しさに阻まれつつ此処まで来たと言うのに……」


「ぐぁ。ぐぁぐる、くるるるぅ? (おかしいな。そんなに此処まで来るの難しくないんだが……ルート間違えたんじゃないか?)」


 自称ドラゴンスレイヤーの彼女は、ものすごく落ち込んでいる。こっちもなんだか悪い事したなぁ、と思いつつ、慰めの言葉をかける。


 あ、やべやべ。タン塩焦げる。

 ちょいちょい、と前足の爪先で肉をひっくり返し、程よく焼けたところで器に引き上げた。

 肉につけた柑橘系絞り汁は、オレが3種くらいの果汁をミックスさせたものだ。タン塩用タレとでも名付けるか。うん、泣けるほど美味い。

 そうして肉を口に運んでいると、がばっ、と彼女が飛び起きた。そして、先ほど地面に落とした彼女のものらしき剣を掴むと、こちらへと切っ先を向けた。


「くぅっ……!! 私を、愚弄するか!!!」


 馬鹿にされたとでも思ったのだろうか、彼女は心底悔しそうに顔をゆがめている。

 今までまともに顔を見ることが出来ない体勢だったが、こちらを強い眼差しで見つめる彼女を一言で言うのなら、『美しい』の一言に尽きる。なんでこんな美人がドラゴンスレイヤーなんてものに……。もったいない。……いや、そのギャップがいいのか?


 じっと見つめて動かないオレに焦れたのか、気合と共に彼女が剣を振り上げた。

 そのとたん。

 オレは聞いてしまった。



ぐぅう。




 彼女の腹の虫が鳴るのを。




 や、しょうがないよな。突然動いたら胃がビックリするからさ。だからさ、そんな落ち込むなよ。




---------------




「別に、私はっ! こんなことで貴様を見逃すだなんてことはないんだからなっ!! おかわりっ! スープもよこせ!」


 もぐもぐ。


「ぐるぐるるる?(デザート食うか?)」


「それは……!! 高級フルーツ、アプリン!! 何故こんなところに……!!」


もぐもぐもぐ。



 次々と彼女の細い体の中に消えていく肉と、高級なフルーツらしい果物を、ちろり、と横目で眺めながら、その日オレは自分のためではなく別の誰かのために肉を焼き続けたのだった。




 後に、食べ物が目当てで我が家に入り浸るようになった彼女がもたらした世間様からのオレの評価は、たいそう面白いことになっていた。


 曰く、魔の山には白い悪魔がいる。その住処の奥には世界中の富がある。さらに、討ち倒せし者は、世界を手に入れることができる、と。



 残念ながら、ただの精神的草食系ドラゴンであるオレを倒したからといって、世界が手に入るとも思えない。というよりも、世界ってどうやって手に入れるんだ? 大変だと思うぞ、世界を一人で支配するとか。


 もう一つ、驚きの事実発覚。

 彼女は、本当に世界的に有名なドラゴンスレイヤーだった。

 凶悪と言われるドラゴンを打ち倒してきた彼女は、最も悪と言われているオレの元へとやってきた。だが、オレの姿を見て、驚いたそうだ。

 今まで見てきたどのドラゴンよりも大きく、そして、美しかったんだそうな。

 照れるね。


 しかも、これまで倒してきたドラゴンは動物的で理性などなく、無差別に生き物を襲うようなものばかりだった。だが、白い悪魔ことオレは、なんだか妙に人間くさくて、知性や理性が見える。戸惑いながらも襲撃の機会を待っていた彼女の前で、最も悪のオレがいそいそと竃に火を入れて鉄板の上で肉を焼き始めて、あまつ、嬉しそうに身を捩って咆哮をあげていた。彼女のそれまでの経験と常識、そして戦意が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていったのはいうまでもない。


 彼女には、ごめんな、と、謝っておいた。


 そして、更に驚きの事実発覚。


 オレや、母たちのような理性と知性を持つドラゴンは、この世界でははるか昔からセイントドラゴンと呼ばれ、神聖視されてきた種族らしい。ドラゴンスレイヤーである彼女が殺してきたドラゴンとは全く別の生き物なのだそうだ。種族名がすこぶる恥ずかしい。

 セイントドラゴンは、なるべく見つけられないように、人の身では踏破できないような標高の空に浮かぶ島の結界の中にすんでいる。時々は下界に降りるらしいが、何千年も引きこもってしまうこともあるらしい。だから、子育ての時期になると一切人間の目に触れなくなるため、はじめは存在を知っていた人間たちも、やがて伝説から御伽噺レベルに忘れ去ってしまう。


 と、里帰りしたときの母に教えてもらった。

 そして、言われた。

 あんたくらいよ、そんな低い標高でぐうたら生活してるのは、と。

 オレ、そんなダメ息子でしたか……。


 ドラゴンスレイヤーである例の彼女の討伐対象は下位種族のドラゴンということで、その事実がわかってからは彼女とはいい友人である。オレが欲しくてしようがなかったスパイスを運んできてくれる彼女は、なくてはならない無二の存在となった。

 オレの作り出すこちらの世界には馴染みない料理が目当てだった気がするが、それでも彼女はオレの良き友であった。

 誤解され、時々勘違いした人間の討伐隊がやってくることも少なくなかったが、それさえオレは楽しかった。有名人である彼女が居合わせたとき出会った人間たちとは、誤解を解いてもらい、その後時々交流を持つこともあった。


 オレは、自分が誰よりも強い存在であることを知っていた。

 だから、料理をして、人であった自分を忘れないように努力したのかもしれない。


 彼女が彼女の仕事のために出かけるとき、オレはついていこうかなんて聞きはしなかった。オレと彼女の間にある暗黙の了解であった。


 やがて時が経ち、彼女が一線を退くことを決意したとき、オレははじめて彼女を背に乗せて世界中の空をめぐった。


 君が守ってきた世界を美しいと思うし、愛しているよ、と、伝える為だ。



 それから彼女は、その命尽きるまで隣に在ってくれた。

 オレは彼女のことを想う時にはいつも、初めて目にした燃えるような強い瞳を思い出す。

 魂の離れた骸が埋葬された墓は、今でも彼女の望みどおりにオレの住処の洞窟の奥に在る。


 掃除が苦手だったオレが毎日欠かさず手入れをしている、いとしい人間の、ドラゴンの敵であるオレの妻の墓。


 今日は何の料理を供えてやろうか。




end


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オレ(ドラゴン) (聖龍=セイントドラゴン)

>>名前出てこなかった主人公。元・日本のサラリーマン。

>>若気の至りでいろいろしちゃったことに尾ひれがついて『白い悪魔』と呼ばれることに。本人大後悔。

>>セイントドラゴンの中でも上位の強さを持っているが、食べることに夢中であんまり気にしてない。

>>ドラゴンスレイヤーの妻を持つ、異色のドラゴン。言葉はアウトだが、妻との意思疎通は何故か出来ていた。

>>妻が亡くなってから数百年後に、種族の特性で人の姿をとれるようになる。『もっと早くに……!』と呟いたきり、更に数百年不貞寝した。


彼女(人間)

>>悪いドラゴンだと思って『魔の山』に倒しに行ったら、餌付けされてドラゴンと友達になっちゃったドラゴンスレイヤー。女。

>>爬虫類スキーで、美しい見目のドラゴンに一目惚れ状態だったらしい。

>>大食漢。ものすごい運動量がそのカロリー消費を助けているに違いないと、ドラゴンに分析されていることを知らない。

>>その細身の体から繰り出される大剣の軌跡が流星のように見えるため、『シューティングスター』と呼ばれている。世界一のドラゴンスレイヤー。二つ名を恥ずかしいとは思っていない。

>>寿命までずっとドラゴンと過ごす。浮気すんなよ、墓に供えるものは花じゃなくて食べ物だぞ、と言い置いて永眠。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今後何万年生きるか分からんドラゴンに「浮気するな」は酷いと思う
2020/10/21 14:03 通りすがり
[良い点] 体中の鱗がスタンディングオベーション [一言] あまりの素晴らしい表現に、読む途中だというのに脊髄反射で感想を書いてしまいました
[良い点] 話がわかりやすい [気になる点] 思考ばっかり書かれてる [一言] ものスッゴク面白いのでちょっと派手にしてみるともっと面白いと思います。
2014/02/17 15:18 鈴木 春香
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